第37話 獣害
冬はゆっくり過ぎ去り、何事もなく春を迎えた。
「この世界、平和すぎ」
前の世界が波乱すぎて未だに平和に戸惑うよ。まったく困ったものだ。
「マリーダ、出掛けて来るね!」
テレパシー能力もコントロール出来てきたので、一人で出掛けることも出来てきた。本当に普通の子のようだ。
エリーダが出掛けてしまったので、リナイヤの店に行ってみる。
「おはようございます、マリーダ様」
「マリーダ様、いらっしゃい」
元々リナイヤの店は大きく、宿もやっていたので敷地はかなり広い。リナイヤ一人でやれるわけもないのでこれを機に人を雇った。
女性の仕事はあまりないので応募者は多く、十人も雇うこととなったのだが、オレが異界人ってことがバレて敬われる立場となってしまった。
やり難いというか生き難いというか、背中がムズ痒くて仕方がない。オレはそんなもの望んじゃいないんだよ。
「お仕事お疲れ様~」
それでも人間強度が落ちたせいか、笑顔で返すことも出来るようになってしまったよ。
裏から店に入ると、朝だってのにもう客が入っている。仕事はどうした?
「繁盛してるね」
「美味い酒と美味い料理、あとは若い娘がいるからね」
そこにオレは入っていませんからね。
「それはなにより。なにか作ってよ」
作ってくれる人がいる幸せ。ルームに入らなくてもいい世界になるのもそう遠くないな。トイレはルームに入るけど。
朝食か昼食かわからない時間に食べてしまったが、今日はサーグに会う約束をしている。テレキボードに乗ってプルリコ村に向かった。
大きい町に行くとしても先立つものと商品がないと商売も出来ない。なので、サンベルクとプルリコの商路を築いている。
たまに通っていた行商人をスピリッツに雇い入れ、今は定期的に往来させている。サーグも商売の勉強として同行しているよ。
往来が出来れば品が動く。スピリッツが独占しているので売上も上々だ。
村も物流が多くなったので、金を使うことを覚え、消費も激しくなっている。そろそろプルリコ村に支店を置くかって話も出てたっけ。
「お、鹿だ」
トナカイではなく、奈良の公園にいそうな鹿だ。まあ、灰色の毛だからカモシカに見えなくもないな。鹿か? 牛か? 偶蹄目か?
「本当に魔物やモンスターがいない世界だよな」
そんな世界だからオレらをここに転生させたのかね? これで男に転生させてくれたらよかったのによ。
……まあ、それほど不都合はなかったりするんだけどな……。
腕力は欲しいと思うが、別に力仕事をするわけでもない。生活するだけならこの体でも問題ない。不自由はしてないのだ。
「どこかと争っているわけでもないしな」
平和すぎて強くなる理由もない。これはあれか? スローライフってヤツか? スローライフがなんなのか知らんけど。
プルリコ村に到着すると、サーグたちが広場にいた。なんか深刻な顔で話し合ってんね。
「ご苦労様。どうしたの?」
「あ、マリーダ様。実は鹿が山から大量に下りて来ているようです。農作物への被害も出ているそうで山狩りをするかどうか話し合っているそうです」
「鹿? 冒険者──はいなかったか」
魔物やモンスターが闊歩している世界じゃないんだから冒険者なんているわけもない。いて狩人か。
「村でなんとかなりそう……ではない雰囲気だね」
テレパシー能力がなくても村人からの表情で深刻さがわかるってものだ。
「はい。村の狩人が三十匹は狩っているそうですが、焼け石に水って感じです」
この世界にも焼け石に水って言葉あるんだ。転生者が広めたのか?
「それならアタシがやるよ。鹿ならゴブリンより簡単だしね」
俊敏さは鹿のほうが勝るが、ゴブリンみたいに隠れるのが上手いわけではない。狩りなら鹿のほうが楽ってものだ。
「殺すのは簡単だけど、片付けるのが面倒だから脚を一本だけ奪っておくよ。だからサーグたちで止めを刺しておいてね」
脚一本潰しておけばすぐには死なないし、サーグや村の連中が狩るのも難しくはないだろうよ。
「わかりました。村には上手く伝えておきます」
「うん、よろしく」
村から出てしばらくしたらルームに入った。
「久しぶりの狩りか」
前の世界ではうんざりしてたのに、今のオレはワクワクしている。血が滾るぜ。
「これに腕を通すのも久しぶりだな」
湖の小屋で着ていた服が今もぴったり。うん。オレ、成長してねー。
「おいおい。少しは成長しろよ。まさかこれで停止したとかはないよな? マジ勘弁だぞ」
まったく、これだから長命種は嫌なんだよな。いい感じにまで成長しろよな。ったくよ。
ジャッグコマンダー・トリダガーナイフを腰に取り付け、テレキボードに収める投げナイフをつかんで外に出た。
「準備運動しておくか」
投げナイフを空中に放り投げてテレキでつかんだ。
「うん。まだ勘は衰えてないな」
空中を動かし回し、勘を取り出したらテレキボードの鞘に収めた。
「まずは畑周りにいるのを狩るか。いや、逃げられるか?」
まあ、それならそれで構わないか。オレの目から逃れることは出来んのだからな。
テレキボードに乗り、空へと舞った。




