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暁の巫女 -月の女神2-  作者: 実月アヤ
第三章 失われた女神
20/66

漆黒の刃

****


「ディアナ」


 セイの声に、ディアナは目を開く。いつも見ている綺麗な水色の輝きと、金色の光が見えた。自分を心配そうに覗き込む彼に、大丈夫、と呟いて。何よりも彼が傍に居たことにホッとした。


「怪我はありませんね?おふたりとも」


 アランの声も聞こえ、その姿を確認しようと身を起こしたが。ディアナを抱きかかえるセイの前に立つ彼の、剣を構える背中を見つけて、その指先にまで緊張を孕んだ様子にぎくりとする。


──予想通り、その向こうに。


「ようこそ、失われし暁の国へ。そなたを待っていた、月の女神」


 朽ち果てた城の広間。半分崩れた天井から覗く太陽に照らされて浮かび上がる、漆黒の鎧の男。黒い髪に、赤い光の混じる瞳。指に嵌められた月長石の指輪。


「ドフェーロ皇帝、ゲオルグ・ベルデ・ドフェーロ……」


 思わず彼の名を口にしてしまったのは、セインティア王国で何度も皇国について学んだからだ。

 彼の国は他国を侵略しながら育った軍事大国で、それはゲオルグの代で一気に巨大化した。キャロッド公国のヴァイスに通じるものはあるが、根本的に違うのは皇国の容赦の無さ。しかもその侵略には未知の魔法や魔獣を使役しているらしいと聞いて──ディアナとイールは、クレスの遺した月の指輪の魔力を皇国の戦争に使われていると確信していた。

 皇帝はその指輪を見せつけるように手を掲げる。


「月の女神。これが欲しいか?これの力なら、あの巫女の命を救えるかもしれないと思っているのだろう」


──そう。皇帝が永遠の命を欲しがってディアナを求めるのならば。月のペンダントと指輪にはそれだけの力が込められているのでは?

 リティアによれば、アルティスの秘石の力でもリルディカの命に干渉するのは難しいのだという。


「なんていうか、リルディカの巫女の力は……ディアナさんの力に近いんです」


 魔導士アルティスは人間だ。いくら絶大な魔力でも、人の魔法では異質な巫女の力とは本質的に合わないのだと、そう聞いた。ならば。似ているという月の女神の力なら?

 ディアナ自身に魔法は使えない。感知能力に当てられたアランを癒した不思議な力も、特に自分で意図してやったわけではない。だからこそ月の力を込めた媒体に頼ることを考え──リルディカとレイトの救出と共に、月の指輪の奪還が今回の目的だったのだが。


「欲しいなら、取りに来い。そなた自身が」


 漆黒の男に昏い微笑みを向けられて、思わず背筋が震えた。けれど彼女を背中に隠そうとしたセイの腕を止める。


「セイ、私は大丈夫」


 気遣わしげにディアナを見る彼は、女神がまっすぐに自分を見つめていることに気付いて、頷いた。アランも主と女神に目を走らせて、剣を下ろさないもののわずかに道を開ける。

 ディアナはセイの腕から離れ、しっかりと立った。王子は彼女の隣に並ぶ。愛しい女神を一人きりで皇帝の傍に寄らせるつもりなどない。

 ディアナと共に近づく彼を見て、皇帝は目を細めた。わずかに苛立たしげな色が浮かんだものの、王子の手に握られたフォルレインに気付いて口元を歪めて嗤う。


「──面白い話を聞いた。セインティアの王は運命の伴侶を一目で見抜くそうだな」


 セイは急にそんな話を持ち出した皇帝を訝しげに見やった。彼は真意の読めない顔で言葉を継ぐ。


「そしてその伴侶を得ることができなければ、魔導の命を失うと」


 皇帝まであと数歩というところまで近づいて、ディアナは足を止めた。セイと共に剣を皇帝へ向ける。


「指輪を渡して。リルディカとレイトも返してもらうわ」


 皇帝の口元が深く、笑みを刻んだ瞬間──


「ディアナ!」


 セイの声と共に、目の前を赤い光が走った。


“ガキィィン──!”

 剣が打ち合わされる音。衝撃に散った火花。


「──っ!?」


 振り下ろされた皇帝の剣をセイがフォルレインで受け止めていた。あまりの力だったのか、眉を顰めた王子は手首を返して皇帝の剣を弾く。


「ラセイン様!」


 アランが駆け寄るが、崩れかけた扉からなだれ込んでくるドフェーロ兵に斬り掛かられ、舌打ちしてそれに応戦した。


「何のつもりだ!ディアナが欲しいのではなかったのか!」


 セイが厳しい口調で問う。自分への攻撃は予想していたものの、まさか最初からディアナに斬り掛かるとは思っていなかったのだ。ディアナも目を見開いて、けれど剣を向けられれば戦いの女神の本能でそれを受ける。

 ドフェーロの魔導師が放った炎球をセイがフォルレインで薙ぎ払い、その隙に皇帝は女神へと剣を振り下ろした。それをディアナが後ろに飛び下がって避け、追おうとした皇帝にセイが自分に撃ち込まれた炎球を彼に向けて弾き返す。


「チッ」


 皇帝は舌打ちして、炎を自らの甲冑に包まれた腕で振り落とした。女神へと目を向け直した瞬間に、ディアナの剣が迫る。アランは主達の様子を視界に入れつつ、目の前の兵士を打ち払った。

 王子と月の女神の連携はますます強固なものとなっている。それぞれ一人でも他に並ぶ者の居ないほどの剣の達人だ。それがまるで二人で一つであるかのように、冴えた剣技を見せていた。だからこそ、彼らとたった一人で互角に渡り合っている皇帝に薄ら寒いものを覚える。

 まるで魔物のようにギラギラと光る赤い瞳で、欲しがっていたはずの女神へ振り下ろす剣は全く躊躇いなどない、本気で殺すつもりの剣だ。

皇帝は剣の柄を強く握り直した。愉悦を浮かべた表情で高らかに言う。


「気付いたのだ。永遠に我がものにするためには、その命を喰らって魂を閉じ込めればいいのだと」

「ラセイン様!危険です!」


 その指輪が赤く輝き、瘴気に満ちた禍々しい魔力が溢れ出るのを感知し、アランは主に警告した。

 王子はフォルレインの刀身に稲妻を纏わせ、皇帝へ振り下ろす。それを追うように、続いてディアナが皇帝へと剣を振り下ろし──突然、目の前に突き出された指輪に息を吞んだ。


 おそらく唯一巫女を救う手段となる、月の力を秘めたそれを。

 自分の一撃によって壊すことを恐れた、一瞬の躊躇いが彼女の剣を鈍らせ──


「ディアナ!」

“ザンッ──!”


 セイの声に重ねて、布が剣によって裂かれる音がして。身体に痛みとドン、という衝撃が走る。

 けれどそれは、彼女と皇帝の間に割り込んできたセイの背中に押されて、下がった身体が石柱にぶつかった痛みと、そのまま彼の身体の重みを受けた衝撃であって。


「──ぐ、っ」


 王子の口から苦痛にまみれたうめき声が漏れる。強い血の香りに、女神はごくりと息を吞んだ。

 傷を負ったのは自分ではない。……ならば、誰?


 ディアナは目を見開き、恐る恐る半分重なった彼の身体から顔を出せば。


──皇帝の剣が王子の肩に突き立てられていた。

 それは深々と彼の身体から背後の石柱までを貫き、身動きが取れぬようセイを縫い止める杭となって。


「セイ!!」

「ラセイン様!」


 ディアナの悲鳴混じりの声とアランの切羽詰まった声を聞きながら。王子はそれでも片腕のみでフォルレインから稲妻を放つ。しかしそれは皇帝に当たる前に、魔法の壁によって四散した。


『ラセイン、治癒する』

「駄目だ!今は攻撃魔法を」


 主の身体を案じてフォルレインが呼びかけるが、セイは首を横に振って、今度は刀身に炎を纏わせて皇帝へと振る。けれど肩を縫い止められて動けない身体では、追撃もままならない。何人かの兵士を吹き飛ばすだけだった。


「セイ!動いちゃ駄目!」


 ディアナが傷口を押さえて、溢れ出る血を止めようとするが、その傷の深さに心臓が嫌な音を立てて暴れ始める。


「ディアナさん!」


 アランの声にハッと振り返ろうとした瞬間、その長い栗色の髪を甲冑の手に掴み上げられた。


「きゃあっ!!」


 ディアナを捕らえた皇帝は、目を見開く王子に嗤ってみせる。


「──伴侶を得られなければ、というのは例えば」


 セインティアの近衛騎士は掴み掛かってきた兵士をまとめて切り捨て、蹴りを喰らわせて昏倒させ、女神の元へと走る。何人かの剣が彼の身を掠るが、気にしていられない。主の傍に行かなくてはと、逸る心のままに剣を振るった。

 いけない、あの皇帝はどう見てもまともではない。赤い瞳に浮かぶ狂は──殺気だ。


「ディアナ様!」


 叫んだ彼の声は、二人の主の耳にも入らず。月の指輪から溢れた黒い霧が、皇帝の手の中で黒い刃に変わった。



「伴侶となるべき相手が──死んだとき」



 時を歪めた魔法のように。

 全てがゆっくりと、まるで悪夢のようにアクアマリンの瞳に映る。


 振り下ろされた黒い刃。

 大きく見開かれた紫水晶の瞳。

 誰よりも愛おしい女神の──涙。



「ディアナ──!!!」



 青の王子の叫びと共に。


 フォルレインの炎が消え失せた。

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