職場の付き合いでおっぱいパブに行くことになったけど、同棲中の彼女に怒られたくないから異世界に行ってテニスする。
「明日は遅くなる……っていうか、朝帰りするから俺の分の飯はいいわ」
「なんで?」
職場から帰宅して早々、ナード系眼鏡青年:本田 ナヨ一郎は同棲中の、猛烈ふくよか系女子:米豪俵 ドス子に具体的な要件を言わぬまま、馬鹿正直に”朝帰り”する事を告げていた。
不穏な空気が室内に満ちる。
それに耐えきれなくなったのか、ナヨ一郎は委縮しきった様子で冷や汗を流しながら早々に白状することとなった。
「実は……職場の付き合いで明日の夜10時から、おっぱいパブに行くことになったんだ……」
ナヨ一郎の発言を聞いて、瞬間湯沸かし器の如くドス子の怒りのボルケージが跳ね上がる--!!
「私という者がありながら、どうしてそこいらの二束三文の売女相手にドブ金を落とさなきゃならないのよッ!!そんな余裕があるんなら、もっと家に金を入れろ!!安月給は犯罪!私の事を……さっさと幸せにしろォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
その後も「血が足りん、もっと殺せ!!」や「ウ〇コを食わせろ!」と支離滅裂な状態で激昂しながら、世界の全てを呪うかの如き言葉を吐き出し続ける。
ナヨ一郎は命の危機を感じていたが、それでも必死に釈明するために涙目になりながらも必死に口を開く。
「ご、ごめん……だけど、誘ってきた人には今週僕が仕事でミスした部分を助けてもらったから、無碍に断るわけにもいかなかったんだ……だから、頼む!!天地神明に誓って浮気のつもりはないし、職場でこれ以上気まずくなりたくないから、どうか今回だけは見逃してくれ……!!」
ナヨ一郎の涙ながらの懇願が聞いたのか、フーッ!!と荒い鼻息を一度放ってから、ドス子はクールダウンし始めていた。
「まったく、ナヨ一郎はどうしようもないでゴワスね……仕方ない、今回だけだぞ♡」
「えっ、まさか……許してくれるのか!?」
先程とは打って変わってにこやかにウインクまでしながら、優し気な様子を見せるドス子。
張り手の一発、二発を覚悟していただけに予想もしていなかった反応を前に、信じられないモノを見たかのように驚愕するナヨ一郎。
--無論、そんなはずがなかった。
「早合点するんじゃねー、糞もやしッ!!アタイが女遊びなんか許すわけねーだろ!」
「ハ、ハヒィッ!!ですよねー!!……で、でも、それなら、今回だけっていうのは何の事なんだ……?」
「ブフフッ……アンタがおっぱいパブなんかに行かなくて済むように、アタシがとっておきの作戦を実行してやるのさぁ……!!」
ドス子がニンマリと笑みを浮かべる。
それを見ながら、ナヨ一郎は嫌な予感を加速度的に感じ取っていた--。
時刻は七時。
仕事が終わったナヨ一郎は、今回誘ってきたオラつき上司:六角に声をかけた。
「お疲れ様です、六角さん。……すいません、今日の件なんですけど……」
「オゥ、お疲れさん。それなんだけど、まだ時間もある事だし適当な店で食う形で良いやろ?それとも、何か行きたいところとかあるか?」
どうやって切り出そうか悩んでいたところに、六角の方から提案してきた。
待っていました、と言わんばかりにナヨ一郎はドス子から授けられた作戦を実行することにした--!!
「ハイ、あのですね……まだ時間もある事ですし、軽く屋外でテニスなんかして汗でも流したら丁度良い運動になるんじゃないかな~……と思ってるんですが」
「……テニスぅ~?」
途端に訝し気な表情になる六角。
それも無理のない事だろう。
これから夜の店に遊びに行くというときに、テニスで運動する必要などどこにもないからだ。
(そうだよな、普通こんな馬鹿げた提案が聞き入れられるはずないよな……だけど、これが断られたらその時点で計画は失敗だ……!!)
絶望的な感情がナヨ一郎の胸中を覆い尽くす。
だが、事態は意外な方向に向かおうとしていた--!!
「う~ん、でも確かにバッティングセンターで何回か打って腕を疲れさせた方が、俺はその後のボウリングで調子良いスコア出たりするからな~……案外、テニスで程よく身体を疲れさせるってのもアリなのか?」
しばらくブツブツ言っていた六角だったが、自己解決した様子でクルリ、とナヨ一郎に向き合う。
「お前の言う通りテニスをやってもいいけど、俺今道具持ってないぞ?何より、俺は構わんけどお前はほぼ素面で遊びに行くとか大丈夫か?」
「ハ、ハイ!!テニス道具は六角さんの分まで持ってきているので大丈夫です!!心配しないでください!」
それに、この作戦が成功すればおっぱいパブに行く必要もなくなるのだ。
彼にしては珍しい事に、心の中では勝利を確信したニヤリ、とした仄暗い笑みが浮かんでいた。
そうとは知らない六角は「お前そんなにテニスが好きだったのかよ!!……本当は、おっパブよりも楽しみにしてるんじゃないだろうな?」などと茶化しながら、豪快に笑っていた。
「こんな遅くにテニス出来る場所があるって聞いたけどさ……ここなんて何もねぇ原っぱじゃねぇか?」
そんな六角の疑問に「だ、大丈夫ですから、少しだけ待っててください……!」と何とかなだめすかしながら、ナヨ一郎は決行の時を待っていた。
(ここまでは順調に上手くいっていたけど……本当にあんな作戦で何とかなるのか!?)
ナヨ一郎はドス子との昨夜行った打ち合わせを思い出す--。
『ナヨ一郎が職場の糞低俗上司とおっぱい悪の吹き溜まりパブなんていう場所に行かなくて済むようにするためには、そのハゲ野郎の心と身体を生きる事自体を放棄するレベルで疲れさせれば良いと思うの』
『ドス子ってよく会った事もない人達をそこまで口汚く罵れるね』
『うん、それでね、仕事終わってからだと時間もそんなにないだろうし、半端な運動ではそこまで爆発的に疲労させるのは難しいと思うから、2人で異世界にでも行ってテニスをしたら良いと思うの』
『え、待って、色々思考とか指摘が追い付かない』
自分の提案によほど熱中していたのか、ナヨ一郎の指摘にも動じることなくノーモーションで頷き、異世界でテニスなどという突拍子もない事を言い始めるドス子。
そんな彼女を前にゆっくり一度深呼吸してから落ち着きを取り戻したナヨ一郎が、疑問を口にする。
『……あの、さ。六角さんを疲れさせる、っていうのは百歩譲って良いかもしれないよ。でも、何で異世界?とやらでテニスする事になるの?』
『?普通にテニスをして良い汗流すんだ~、って思っていたときに、急に異世界に飛ばされてゴブリンやらオークに遭遇したら動揺しまくって精神・肉体共に急激な負荷がかかって、思った通りのパフォーマンスが出来なくなった結果、プレッシャーで普段より倍以上疲れるに決まってるでしょ?ナヨ一郎、本当にやる気あるの?』
キョトン、とした表情で聞き返してくるドス子。
……おかしなことを言っているのは、自分の方だろうか。
頭を軽く押さえながらも、これだけは聞かねばならぬ、とナヨ一郎がドス子へと尋ねる。
『気軽に異世界、とか言っているけど……具体的にどうやって僕達を向こうに飛ばすつもりなのさ?』
「フフッ、それはね……」
…………。
……………………。
「オイ、聞いているのか!?本田!!」
痺れを切らした六角の呼びかけで、現実に引き戻されるナヨ一郎。
これ以上、引き伸ばすのは流石に不可能………もはや、これまでと覚悟を決めた――その瞬間である!!
(ア、アレは--!!)
詰め寄る六角の後ろ側に、ふくよかな体型の女性――いわずもがな、ドス子の姿がナヨ一郎の視界に映る。
ドス子が右手を押し出すように構えたのを見て、ナヨ一郎もラケットを持ちながら身構える。
(アレが、ドス子の奥義:”どすこい楼閣”--!!)
”どすこい楼閣”。
それは、強烈な張り手の風圧によって対象を異なる世界へと吹き飛ばすドス子の必殺の奥義である--!!
凄まじい暴風が2人のもとへと、突き抜けていく--!!
「「ウ、ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」」
こうして、ナヨ一郎と六角は異世界へと転移した。
「何だぁ、ここは……何か、変な小鬼みたいな奴がいやがるぜぇ……?」
(ほ、本当に僕達は”異世界”っていう場所にやって来たんだ!!……六角さんが言っているのは、たぶん”ゴブリン”とかいう魔物だな……!)
六角は興味津々といった様子で「スゲー!!」などと言いながら、辺りを見渡している。
ナヨ一郎にとっても未知の世界ではあったが、時間がないのでそれどころではない。
ナヨ一郎は当初の予定通り、テニスで六角を疲労させることにした。
「六角さん、何か大変な事態に巻き込まれたようですが、とにかくテニスをしてから考えましょう!」
「えぇ~……そんな場合かよ……別にいいけど」
六角は「お前、本当にそこまでテニス好きだったの?」と聞きながらラケットを手に取り、ナヨ一郎とジャンケンをする。
先攻はナヨ一郎からだった。
「それじゃあ、ファーストサーブ、行きます!!……フンッ!」
「おっしゃ、来い!!……って、どした!お前!?」
打ち返そうとした六角だったが、コートに入ってきたボールも見逃してナヨ一郎に声をかける。
当のナヨ一郎は右肩を左手で抑えながら、苦悶の表情で膝をついていた。
「すいません、ちょっと無理な体勢で打ち込んだせいで……肩が外れたみたいです……!!」
もともと、ナヨ一郎は見かけ通りのナード系青年であり、テニスどころか運動など得意ではなかった。
だが、ドス子の提案を言われるがまま受け入れ、見知らぬ土地で得体のしれないゴブリンなどに囲まれるという緊迫した状態で何とかプレイしようとした結果、本来からは程遠い不慣れな体勢で強引に腕を振るう事になり脱臼するハメとなったのだ。
ナヨ一郎のもとに、慌てた様子で六角が近づいてくる。
「オイ、大丈夫か、本田!?」
「ハイ、僕は大した事ありません……だから、このままテニスを続けましょう……!!」
「そんな事言っている場合か、馬鹿野郎ッ!!」
ナヨ一郎を激しく一喝する六角。
あまりの気迫に、計画も何もかも忘れナヨ一郎は押し黙っていた。
「そんな状態で遊んでいる場合じゃないだろ!!……さっさと、こんな場所から帰るぞ、本田!!」
六角の『戻るべき現実がある』という強い意思に呼応したのか、”どすこい楼閣”によって送り出された異世界の情景が薄れていったかと思うと、二人はもとの草原へと戻っていた--。
「いや~、もう一回ちゃんと見てみたら大した事なさそうだし良かったじゃねぇか!しばらく抜き癖がつくかもしれないが、今日はそういった事も忘れるくらいパーッと遊ぼうぜ!!」
「……ハイ、六角さん!」
六角の見立てによって大したことはない、と判断されたナヨ一郎は結局当初の誘い通り2人で”おっぱいパブ”へ行くことになった。
計画は頓挫することになったが、ドス子に打ち明けた昨夜と違って沈鬱な気持ちはなく、どちらかというとそれとは正反対ともいえる晴れやかな気持ちだった。
あのとき、六角が本気でナヨ一郎を心配して一喝した事は無関係ではないだろう。
若干だが、「本当に心配しているなら、体調気遣って帰らせてくれても良いんじゃないの?」という六角への疑念もあるといえばある。
だが、今のナヨ一郎を動かすのはそんな自棄も含めてない交ぜとなった情熱らしき感情であった。
(瞬間的とはいえ、今の僕は異世界を渡り歩いた存在ともいえるんだ!……今さら、恐れるモノなんてありはしない!!)
そんな決意を胸にしながら、ナヨ一郎は六角と共に店内の料金システムの説明を聞いていた--。
おっぱいパブの後に2軒ほど夜の店に連れていかれてから、夜中に帰宅したナヨ一郎。
へべれけに酔っぱらったナヨ一郎を待ち受けていたのは、悪鬼の如き形相を浮かべながら仁王立ちするドス子だった。
彼女がおもむろに口を開く--。
「何か、言い残すことはあるか」
軽薄な笑みを浮かべながらも、強い意思を秘めた瞳でナヨ一郎が言葉を返す--!!
「あ、あ、ありましぇ~~~っん!!ペロペロペロペロペロッ!」
こうして、ナヨ一郎は死んだ。
それが精神的なのか物理的なのかは、読者の皆様のご想像にお任せするとしよう。
~~完~~




