スラッシュ・ダーク小説『暗黒創世神話・玖魔褸靡 〜〜小学3年生カップルへの憤激と、世界廃滅への祈り〜〜』
「ふぅ〜!!性欲に負けそうになったけど、何とか執筆を進められたぞ〜!」
この日、一人のなろう作家の青年:風野山 大地は、パソコンに向き合いながら『小説家になろう』に投稿するための作品を執筆していた。
大地はこれまで、風邪による体調不良や過剰な自身の性欲による思考力の低下、取り貯めしていたアニメや書籍化作家原作のラブコメ漫画による強烈な誘惑に、大地の作品を待ち望む暴徒達の自宅襲撃など、数多くの困難に見舞われながらも、ようやく自作品の執筆を進める事が出来たのだ。(完成したとは言っていない)
大地が時計に視線を向けると、時刻は既に日を0時に差し掛かろうとしていた。
丁度良い頃合いだと判断した大地は、一息つけるために執筆作業を中断して他のなろう作家の作品や活動報告を読む事にした。
「フォッ、フォッ、フォッ!!……どれどれ、みんなはどのような香ばしい作品を書いておるのかな?」
夏休みを利用して帰省した娘夫婦や孫達を出迎える好好爺の如く柔和な笑顔を浮かべながら、大地が早速マイページを開く。
そんな中、お気に入りなろう作家が立ち上げた新規のなろうブランド:『キノコプラス(Kinokoplus)』の最新デビュー作であるエッセイを見つけた大地は、早速読み進める事にした……。
「この作品は『子供への性教育をどんな感じでするのか?』みたいなのが主題なのか〜……それでは、お手並み拝見!」
そう口にしながら、大地は作品を読み進めていく。
作品の内容としては、筆者の体験を通して子供と異性間に関する話題などをどのようにしているか?というのを、懇切丁寧に描かれていた。
その作品を読み進めながら、大地が『♪ちっちゃい子、ちっちゃい子!ちっちゃい、ちっちゃい、ちっちゃい子〜!』と、唐突に思いついた全く内容と関係ないフレーズを元気よく軽快に口ずさんでいた――そのときである!!
「は、はぅあ!?……なんと!昨今、都会では小学校低学年カップルが地平を埋め尽くすほどに横行している、だとッ!?」
実際は『小学3年生でも付き合ってる子達がいるみたいですよ〜♪』という程度の文面だったのだが、極限の嫉妬と憤激に駆られ冷静さを欠いた現在の大地はそれまでの好好爺的態度から一転、顔を悪鬼の如く醜悪に歪ませていた。
……大人である自分がこの地上で生きる人々の生命や営みを守るために日夜、邪悪なる『大淫欲界』の現出を必死になって食い止めているというのに、新幹線に乗る事もなく都会生活を満喫し、カブトムシはデパートで生息しているものと勘違いしてそうなジャリガキッズ達がそんな自分を差し置いて自由に恋愛を謳歌している……。
これまでの自身の世界に対する献身とは、一体なんだったのか。
大地は己の視界が暗転するのを、薄れていく意識の中で感じ取っていた――。
それからの大地は、人々を平和に導くような小説の執筆をやめたかと思うと、突如『小説家になろう』に登録していたユーザーアカウントを削除し、誰にも行方を告げぬまま謎の失踪を遂げる事となる。
最初は大地の友人や知人・密かに彼を慕っていた職場の後輩女性などが捜索願いを出したり、職場の上司や同僚達・彼の作品の熱烈な読者達が血眼で探していたのだが、日夜くまなく行われる捜査をしても大地の行方は依然として掴めず、時間が経過していく内に彼らの記憶から大地の事は忘れられようとしていた。
〜〜大地が失踪してから20年後〜〜
禍々しさが充満する黒き祭壇を前に、呪具を用いながら禁呪を一心不乱に唱え続ける一人の男の姿があった。
髪も髭も伸び放題であり、頬がやせこけてかつての面影が消え失せているが、この人物こそが突如謎の失踪を遂げたなろう作家:風野山 大地その人であった。
『キノコプラス』のエッセイを読んだことで世界の全てに絶望した当時の大地は、このような欺瞞と不条理を自身に押しつけてくる現行世界を否定するための行動を起こす事を決意していた。
そのために彼が選んだのが、世界を滅ぼすことを至上命題とする邪教集団『八月駄路観性導狂会』であり、そこで呪術の修行に明け暮れているうちにいつしか八人いる内の教主の一人に名を連ねるまでの実力者となり、自身の身に邪神・魔尊を宿す禁呪を会得するまでに至ったのである。
大地はそれまでの呟くような詠唱から一転、目を吊り上げながら場をつんざくような奇声と共に最後の一句を口にする――!!
「南無八幡、玖魔褸靡大権現――!!我に、真なる正道を示すための道を与えたまえらんかし……!!」
刹那、大気が震え祭壇がひび割れたかと思うと、場に盛大な轟音が轟き、激震が大地を揺さぶる――!!
「なんだ〜、今のは?……地震とか勘弁してくれよ……」
「お、おい!呑気な事を言ってないで、あれを見てみろよ!」
「あん?あれって……な、なんじゃありゃあ!?」
突然の地響きに戸惑いを見せていた人々が、示された方に目を向けて悲鳴の声をあげる。
彼らの視線の先にいたのは、天まで届きそうな巨躯を誇る異形の怪物が悠然と存在していたからだ。
その怪物は両腕と肩から生やした一対からなる計四本の豪腕を持ち、それぞれが巨大な円月輪、十文字槍、大鎌、大斧といった武器を手にしていた。
腹部は異様に膨れ上がり、そこには巨大な亀裂の痕らしきものが痛ましいほどくっきりと浮かび上がっている。
下半身からはこの巨体な体躯を支えるために必要なのか、重量感溢れる足が四本生えており、この怪物の異形性をより一層際立たせていた。
眼がある部分は太陽の熱光で灼かれたかのように潰れており、口は耳元まで張り裂けているという有り様であり、その相貌はまさに"天に仇為した原初の魔神"という印象を目にした者に抱かせるのに充分であるだろう。
この異形の怪物こそが、八魔之王:玖魔褸靡の力をその身に顕現させた大地の姿だった。
人々が突然の埒外な異常事態を前にロクに動けずに戦々恐々とする中――巨大な異形がゆっくりと口を開く。
『我が名は、救世神:玖魔褸靡。……欺瞞と不条理に満ちたこの世界に真実の理を敷く者なり……!!』
怪物が言葉を解する事にも驚いたが、それ以上に"真実の理"という発言の真意を図りかねて混乱する人々。
そんな彼らの困惑に構うことなく、玖魔褸靡が高らかに救済宣告を告げる。
『真実の理……それは我のみが唯一正しい光に導かれた存在であり、それ以外の七十億人は山賊であろうと検非違使であろうと小学3年生のカップルだろうと老若男女を問わず、全てが闇の中で蠢く"キモオタ"に過ぎない!という事である……!!ゆえに我は、この世界で唯一価値がある"我"という存在を有象無象が跋扈するこの汚濁まみれの地から救いあげるために、これよりこの世界に対して"救世現象"を引き起こす事とする……!!』
玖魔褸靡の発言を聞いて、大衆が盛大にどよめく。
それも無理のない事だろう。
この玖魔褸靡という怪物の主張は、宗教と呼ぶにはあまりにも自身以外の存在を敵視したモノであり、誰かを導くというよりも自身の中で強固に練り固められた概念と言っても過言ではなかったのだ。
何かがおかしい……何かが軋みを上げて狂い始めている……。
そんな確信を持ちながらも、自分達の眼前に佇む圧倒的な脅威とその内に秘められた底知れぬ狂気を前に、声を上げるどころが身動ぎ一つすら出来ずにその場で立ちすくむ人々。
視界が機能していないであろうに、そんな彼らの様子がまるで見えているかのように口の端を吊り上げて笑みの形を作った玖魔褸靡は、右肩から生やした腕に持っていた大鎌を天高く振り上げる――!!
『彼の天と此の地を切り離す――"天地を解離する裁定神の大鎌"!!』
――刹那、天と地が分かたれるが如く、託宣通り全てのモノが切り離された。
玖魔褸靡の"天地を解離する裁定神の大鎌"の斬撃はまずはじめに、異世界や平行世界と呼ばれる異なる世界と地球との繋がりを完全に断ち切った。
これにより地球は、異界の助力や援軍を得る事も出来ずに現在地球上にいる勢力だけで玖魔褸靡と対峙する事を余儀なくされる事になる。
これだけでも危機的な状況である事に変わりはないのだが、怪物の斬撃による効果はそれだけではなかった。
天地を切り離すというまさに宇宙開闢といえる偉業を成せるのならば、三千大千世界において断ち斬れぬモノなど何もない。
その事を証明するかのように、玖魔褸靡の権能は地球と異界との接点だけでなく、小学3年生のカップルの心の繋がり……いや、彼ら彼女らだけではないこの地上に生きる全ての人々の心の絆を完全に切り離していた。
これにより玖魔褸靡に対抗出来る力を持った"神獣"と呼ばれる存在も、自身を構成するために必要な『人々の想いの繋がり』が根底から断たれた事によって地上に留まれずに消失する事態となる。
また、この斬撃の効能によって人々は玖魔褸靡というとてつもない世界の脅威を目前にしているにも関わらず、皆が皆ロクに結束する事も出来ずに自分本意かつ衝動的な振る舞いしか出来なくなっていた。
「ヒャッハー!!御大層な邪神様とやらに、俺様がドでかい一撃を喰らわせてやるズェ〜〜〜!?」
「オイ、勝手な真似をするんじゃない!!……クソッ、蒙昧なる愚民共め!僕に全て任せれば上手くいくモノを……!!」
「オラァッ!!さっさと、ヤらせろこのクソ女ァッ!!」
「い、嫌ァッ!?……だ、誰か!見てないで誰か私を助けてェッ!!」
玖魔褸靡が君臨する世界においては、心だけでなく"命"が結びつく事も出来ない。
ゆえに、性行為をしても誰も妊娠する事が出来なくなったため、地球では現在進行形かつ世界規模で深刻な出生率の低下が相次いでいた。
さらに問題はそれだけではない。
「ふざけんな、地球人!!さっさと、俺達を元いた世界に戻しやがれ!!」
「私には、故郷で帰りを待つ大切な者達がいるんだ!!……こんなところで訳の分からんバケモノに殺されるなど真っ平ゴメンだ!」
玖魔褸靡が地球と異界の繋がりを断ち切った事によって、この世界に取り残された異界の亜人種や別の時代から来た人間が疎外感や迫害などから恐慌をきたし、各地で暴動を起こし始めたのだ。
それに乗じる形で、同じ地球人でありながら自身の欲望や利益のために"裏切り"ともいえる策謀を張り巡らせたり、闘争を引き起こす者が相次ぎ、世界は玖魔褸靡を討伐するどころの話ではなくなっていた。
さらに、追い打ちとばかりに人類に脅威が迫る――!!
「な、何だ!?どうして、"四聖獣"がこんなにいやがるってんだ!!」
「嘘……しかもこの四聖獣の群れ、私達に襲いかかろうとしてる!?だ、誰か助けてッ!!」
「マ、ママ〜〜〜ッ!!」
人々を襲撃しているのは、『小説家になろう』界隈で"四聖獣"と称されるドラゴン・グリフォン・マンティコア・アイアンタートルの四種類の幻獣からなる大群であった。
その数はまさに地平を埋め尽くすほどであり、なろうユーザー達から『東西南北を守護し、病を鎮める効能を持つ』とされたはずの幻獣達は、明確な人類の敵として既存の文明社会を滅ぼそうとしていた。
これらの"四聖獣"は、異形の邪神:玖魔褸靡の膨らんだ腹部から亀裂を割って生まれ出た者達であった。
これらの大群は単なる本能や欲求に忠実なだけの怪異や魔物とは違い、まさに神の重大な使命を帯びた敬虔なる使徒の如く、一切の慢心や余興もなく冷徹に眼前の命を摘み取っていく。
人間同士で引き起こされる闘争と玖魔褸靡の幻獣達による襲撃で膨大な犠牲が出ているにも関わらず、新しい生命だけがいつまで経ってもこの地上に産まれない。
今や邪神:玖魔褸靡が直接手を降すまでもなく、世界は存亡の危機を迎えようとしていた――。
そう、唯一の例外を除いて――。
この世界の存亡が賭かった非常事態を前にして、検非違使達を取りまとめる『禁中近衛十二将』の第七席にして、現在の日本政府の実質的最高指導者である絢瀬 榛慧は、かつて全権を剥奪し存在そのものを強固に封印していた第十席:黎明殿 有稜を解放する事を閣議決定。
日本の歴史上最も危険視されていた有稜を自由にする代わりに、榛慧は秘匿されていた特殊部隊:天堕盧衆に関わるあらゆる権限を永久凍結した後に、この事態を止められなかった責を取るという名目のもと、第十一席である風邏義 戒厳の刃による"処刑"という形で、その生を終える事となる。
かくして、榛慧による封印の軛から完全解放された有稜は、僅かな人類生存圏となったトウキョウで己の覇武を示さんとしていた。
黄金に輝く龍の頭部を模した兜を被り、マントをたなびかせながら有稜が大衆の前に姿を現す。
玖魔褸靡が君臨する世界において、人々は団結する事が出来ずに各々好き勝手な振る舞いしか出来なくなるにも関わらずこれだけ多くの人間がこの地に集ったのは、自身の欲求を満たす事よりも根元的な感情――黎明殿 有稜が復活する、という前代未聞の異常事態を恐れたためである。
「臣民諸君、お初にお目にかかる。我は、この日本……いや、この世界をあの異形の邪神から取り戻さんとする最後の世界王:黎明殿 有稜である……!!」
居並ぶ聴衆を前に、威風堂々と名乗りを上げる有稜。
そんな彼が何を口にするのかと、人々は固唾を呑んで様子を窺っていた。
対する有稜は、そんな彼らに構う事なく話を続ける。
「知っての通り、『禁中近衛十二将』の第七席:綾瀬 榛慧が此度の件の責を取る形で処刑された、のだが……真にこの事態を憂慮していたというのならば、時間遡行すら可能であった"天堕盧衆"の狂犬共くらいは残しておくべきであったろうに、奴は何を酔狂に走ったのか"天堕盧衆"に関わる全ての権限を凍結したせいで、文字通り未来永劫誰も奴等に介入出来ぬ有り様となった。……まったく、悪足掻きとはいえ自身の不始末を押しつけておきながら、それでも死してなお天下の采配を振るおうとは、我を差し置きどこまでも不遜で身勝手な奴よな……!!」
そう言いながらも憤怒や不満よりも、どことなく懐かしむような、されど喜色が混じった声音で今は亡き第七席を評する。
そんな有稜の様子を目にしながら、聴衆は困惑した様子でざわつき始める。
――綾瀬は黎明殿 有稜にとって、自身を長年封印してきた不倶戴天の敵ではないのか。
――それに、長年日本の権力者や検非違使達がひた隠しにしてきた"天堕盧衆"の存在を、ここまで明け透けに話す理由はなんだ?
――綾瀬 榛慧と天堕盧衆という戦力が欠けている以上、人類側はますます不利になっているだけではないのか。
――そして、そんな事態を前にしてもまるで動じていないこの男の自信は何なのか。
「だが、何も恐れる事などありはしない。……救世神を騙りこの世界の支配権を簒奪せしめんとする不遜な逆賊めは、真の王であるこの我によって、裁かれるべきだからだ」
ゆえに、と有稜は言葉を続ける。
「もはやこの地に榛慧の権謀術数や"天堕盧衆"の時間遡行なと不要である。……臣民諸君、貴殿らは生まれや立場、思想や種族……それこそ老若男女を問わず、みな一人余さず我が威光のもとで尖兵と化し、命を賭してでも"神殺し"の責務を果たせ……!!」
有稜が国会議事堂前にて、生き残ったトウキョウ都民に向けた演説とも言えぬ一方的な宣言を行う。
だが、有稜へ向けられたのは疑惑に満ちた眼差しや罵詈雑言の嵐であった。
それというのも、無理はない話だろう。
有稜は確かに検非違使達を束ねる『禁中近衛十二将』の一席に名を連ねてはいるが、現世に深刻な影響を与えかねない有稜の強大すぎる能力を危険視した第七席の綾瀬 榛慧に長い間存在ごと封印されていた事からも分かるように、この国において黎明殿 有稜という名は『守護者』というよりもそれこそ『逆賊』あるいは『破壊者』という意味合いの方が遥かに強いのである。
ましてやどのような形であれ社会と関わってきた他の大半の十二将と違い、有稜はいずれの既得権益ないし新興勢力との接点も持っておらず、この場に突如姿を現した有稜に即座に従って利益のある者など皆無に等しかった。
ゆえに、現代において封印から解かれた有稜と志や利益を共にする味方など誰一人としておらず、現在国会前に集っているのは有稜以前からの検非違使達による支配体制に不満や危機感を持っていた市民達や、日本の歴史上最強最悪の禁忌とされた有稜を討ち取る事によって名を上げようとする山賊や戦士達が集結していた。
有稜の発言を受けて、早速市民達から反発の声が上がる。
「ふざけるな!そんな横暴が許されてたまるモノか!!」
「黎明殿 有稜!!アナタの支配になんか、誰一人として屈したりしないわ!」
そんな声を皮切りに、より一層激しい罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。
だが、有稜はそんな彼らを前にしても動じることなく、ぴしゃり、と言い放つ。
「我の言いなりにはなれないが、あの玖魔褸靡とやらにはむざむさ黙って命を差し出すような真似をこれからも貴殿らはしていくつもりなのか?……現にこの黎明殿 有稜という"脅威"を眼前にしておきながら不満や恐怖を元に結束するでもなく、皆が皆ただ単に好き勝手に喚いているだけではないか」
有稜の発言に対して押し黙る市民達。
彼らとて現状のままならば玖魔褸靡に滅ぼされるだけであり、現状対抗できる手段を持っている存在が有稜のみであることは分かっているのだが、有稜の独裁を許すようなことになればそれもまたこの社会にとって破滅に等しい事である、というのを本能的に感じ取っていた。
理屈ではまともに足並みを揃えることも出来なくなった自分達では、この男を止める事が出来ない――。
そんな諦念の気持ちが蔓延し始める中、理論ではなく直情的に動く者達がいた。
「正しいやら間違っている、って話じゃねぇ……急に出てきて何を偉そうに仕切ってやがんだ、テメェはよぉ!!」
「有稜……貴様の錆び付いた鍍金など、すぐに引き剥がしてやる……!!」
行動を開始したのは、玖魔褸靡が出現する以前からこの国で検非違使達の統治に逆らい、自身の思うままに暴れてきた"山賊"や"キモオタ"と呼ばれる『まつろわぬ者達』であった。
彼らはそれぞれ己の武器である山賊刀や過激な性描写のライトノベルを手にしながら、有稜へと殺到する――!!
だが、自身に危機が迫っているにも関わらずそれでも有稜は威風堂々とした余裕の態度を崩さない。
むしろ有稜は親愛を込めて、彼らへと語りかける。
「クハハハハッ!!……良いぞ、それでこそ人が持ちえる最高の輝きだ!これほど心踊る事はない!」
ゆえに――それが儚く消える存在だとしても、強く願わざるをえない。
「さぁ、見せてくれ!貴殿らの鮮烈なまでの在り方を!!……これまで辿ってきた自分達の軌跡が、錆び落としの研ぎ石程度にしか使われるモノではないと本当に信じているのなら、一矢我に報いてみせろッ!!」
「ッ!?……ほざくな、有稜ォォォォォォォォォォォォォッ!!」
決死の形相を浮かべた山賊達の刃が迫ろうとした――その瞬間である!!
「ここより現界せよ――"黄金時代・王道楽土"!!」
刹那、有稜の全身から言葉通りの鮮烈な黄金の光が放たれ始める――!!
この場にいた全ての者達は有稜から放たれる輝きを目にした瞬間から、有稜に対して抱えていた敵意や危機感、不安といった感情が自身の中で急速に薄れ、それどころかまったく別の感情に変質していくのを感じていた。
それは今まさに有稜に迫ろうとしていた山賊達も例外ではない。
彼らは己の気迫で何とか自我を保ちながら、有稜の光の効力に対して必死に抵抗していた。
「テメェ……一体、何をしやがったッ!?」
決死の形相を浮かべる彼らとは対象的に、有稜が悠然とした様子で答える。
「ふむ?どうやら時が経ちすぎて、この時代の人間は我の事をロクに知らぬと見える……この我が司る属性は『金』、もたらす効果は『支配』。あまり捻りはないがその権能とは、他者という存在を文字通り"支配"する事である……!!」
「ッ!?な、なんだとッ!!」
そう口にしている間にも、抵抗し続けていた山賊やキモオタ達の精神の有り様は、黄金の輝きによって有稜への熱烈な忠誠心に塗り替えられていく……。
自分が自分ではなくなっていく恐怖に押し潰されそうになりながらも、それ以上の有稜への憎悪と憤激を胸に、血涙を流しながら彼らは眼前の怨敵を睨みつける――!!
「黎明殿 有稜……!!俺は、貴様を絶対に許さないッ!!」
「例えすべてが塗り替えられたとしても……お前に奪われたモノを絶対に忘れないッ!!」
有稜に挑んだ山賊やキモオタに限らず、この場に集った者は日本人であれ異邦人であれ異種族であれ、文字通り老若男女の区別なく黄金の支配に絡め取られていく――。
「アガ、ガッ……!?」
「グ、グゥゥゥッ……!!」
それでも有稜に屈するわけにはいかない、と人々は必死に歯を食い縛りながら抵抗する。
そして、今ある気持ちを精一杯吐き出すように、力を込めて叫び出す――!!
「黎明殿 有稜様に、絶対の忠義をッ!!」
一瞬で、場が静まり返る。
口にした本人も自分が何を口にしたのか分かっていない様子で茫然としていたが、それも一瞬の事であり、大衆は堰を切ったかのように皆一斉に有稜を礼賛する声を上げ始めていた。
「黎明殿 有稜様に絶対の忠義を!!」
「我々は玖魔褸靡の暴虐を許さない!!」
「全てを捧げてでも……我等は貴方のもとについていく!!」
今自分達の頬をつたうものが、一体何の意味を持つのか――。
それすら疑問に思う心を忘れ、彼らは熱気に取り憑かれたように有稜を称え続ける。
『我等の真の主の帰還に祝福を!黄金の支配に勝利あれ!!』
眼前の光景を睥睨しながら、有稜がおもむろに宣言する。
「"人は十を冠する者に、王の威光を仰ぎ見る"――。起てよ、臣民!!これより先は、我等が勝利の凱旋を飾るモノと心得よッ!!」
有稜の発言を受けて、沸き立つ大衆の群れ。
検非違使でありながら、歴史上唯一『王』へと君臨を果たした存在:黎明殿 有稜。
有稜の絶対的な支配のもと、世界は更なる混迷へと突入していく――。
有稜の支配を受けた者達は、老若男女問わず有稜に対して絶対的な忠誠を誓い、彼の命令を徹底的に遵守、場合によっては有稜のために自身の命を擲つ事すら微塵も躊躇わない狂信的な尖兵と化していた。
人類存亡の危機にまで追い詰められていたにも関わらず、トウキョウに集いし人々は瞬く間に玖魔褸靡が産み出した四聖獣達を駆逐していったのだが、これには有稜の"黄金支配"による強制結束以外の要因があった。
王の威光を称える玉座に、悠然と鎮座する有稜。
そんな彼の傍らに、一人の人物が佇んでいた。
現在のトウキョウにおいて、唯一無二にして神聖不可侵な絶対的な王となった黎明殿 有稜を前にしているにも関わらず、その男は微塵もかしずく様子を見せなかった。
現在この場にいるのが有稜と男の二人きりとはいえ、他の第三者が見れば、あまりの不敬ぶりに憤慨しそうな光景である。
だが、当の有稜は特に気にした様子もなく――されど、諌めの言葉だけを口にする。
「他の者がこの光景を目にすれば、不敬の謗りを受ける事になるぞ、義時よ。……我に対する忠誠は絶対的とはいえ、貴様自身は単なる臣下の一人に過ぎないのだからな」
それに対しても、義時と呼ばれた男は有稜の方に顔を向ける事もなく――どことなく哀愁を帯びた声で答える。
「僕は今さらそんなものを気にしたりしない。もとより十二将に名を連ねる資格もない"裏切り"こそが、この僕の真実なのだから。……そういう意味では、復活した君にすぐに始末される事になると思っていたよ……有稜」
有稜を呼び捨てにする、という現在のこの国において信じられない事を平然としてみせる男。
男は、シルバーのトレンチコート風の狩衣を身に纏い、呪文とも模様ともいえそうなモノが刻まれた白い布を垂らすようにして顔を隠す、という異様な風貌をしていた。
だがその格好が奇抜にも関わらず、一見冷徹そうに振る舞いながらも、柔和な物腰や本来の穏やかな気性が秘められた喋り方などから、不思議と『芯のある誠実な青年』という印象を人に抱かせる事に成功していた。
この人物こそが、検非違使達を纏めあげる最高幹部・『禁中近衛十二将』の第九席である影津 義時――まさにその人であった。
義時の呟きに対して、ほんの一瞬間を置きながら――すぐに有稜が答えを返す。
「……あの"玖魔褸靡"という邪神が無尽蔵に産み出す幻獣共に対して、単なる非力な凡夫を一心不乱にぶつけたところでロクな戦果は見込めんからな。……ゆえに現状、貴様の能力も活用せざるをえない。ただ、それだけの事だ」
それに対して、「あぁ、分かっているさ……」と、簡潔に答える義時。
現在の義時が司る属性は『時』、もたらす効果は『解放』。
これらが示す権能を用いて義時は、有稜の支配の効果を最大限に発現させ、その支配を受けた者達の潜在能力を最大限に発揮させる事により、彼らを自分達十二将のように……とはいかないまでも、検非違使並の戦闘力の持ち主に変貌させる事に成功していた。
有稜と義時の能力の重ね掛けにより、まさに"神狩り"と称されてもおかしくないほどの活躍を見せていた。
そう、全ては戦局に必要なため、残しているに過ぎない――。
それ以外の理由など、ありはしないしあってはならない、という想いを、有稜と義時はこの短いやり取りの中に込めていた。
二人が互いに"友"という言葉を口にするには――長い年月の間にあまりにも多くのモノが失われ、あまりにも現在の立場が違いすぎていた。
これ以上、私怨にかかずらう暇などないと言わんばかりに、有稜は義時に対して戦局の話を切り出す。
「現状、あの"玖魔褸靡"という邪神に何か動きはあるか?」
「……怪物達を産み出す以外は、武器を手にしているにも関わらず不気味なくらいに何の動きも見せていない。ただ、僕が思うにあの"玖魔褸靡"という神格は……」
「それならば、おおよその検討はつく。男神でありながら、単体で生命を産み出す特性、そして、天地を解離する事を可能にする大神の大鎌を有している。……ならば、答えは自ずと一つに絞られる」
そうして、有稜は忌まわしき世界の敵の本質――その真名を口にする。
「偽りの救世神:玖魔褸靡大権現。……その神格は文字通り、遠いメソポタミアの地に伝わる神話において、主から王権を簒奪した反逆神:"クマルビ"に他ならない……!!」
簒奪神:クマルビ。
『メソポタミア神話』において、クマルビは次のような所業を行ったとされている。
曰く、クマルビは天空を司る偉大なる神:アヌの息子として生まれ、彼を補佐する大臣となりながら、野心から彼の王権を奪い、逃げゆくアヌの性器を噛み千切る、という凶行に走ったとされる。
王位に就いたクマルビだったが、アヌの神気を体内に取り込んだ事によって、男神でありながら三柱の神を産み落とす事になる。
クマルビは産み落とした息子の一人にして、成長を遂げた天候神:テシュブによって、己が父であるアヌにした仕打ちのように玉座を追放される事となったのである。
「厳密に言えば、クマルビは父の神気を体内に取り込んでいるため、『単身で生命を産み出せる』というわけではないのだろうが……あの玖魔褸靡という存在は、『八月駄路観性導狂会』の狂信者達によって性質が多少変化したのか、三柱の強大な神よりかは現在の化外共を産み出す方が神気を消耗せずに済むのか……あるいは、その両方か?」
自分が推測していたモノと同じ答えを導き出した有稜に対して、義時が驚きの声を上げる。
「君が長い眠りから目覚めてまだ日も浅いというのに……もうそこまで調べていたのか?」
そんな義時に対して、有稜が何でもないかのように平然と答える。
「何を驚く事がある?我は玉座の上に踏ん反り返っている性分でない事くらい貴様も知っているだろう。……前線で刃を交えない以上、奴の正体に辿り着くための時間ならばいくらでもある。我が”王道楽土”を真にこの世界で完成させるためならば、このくらいの事など手間とも思わんな」
そう言いながら、外を見やる有稜。
そこには、玖魔褸靡の尖兵である四聖獣達を鬼神……いや、検非違使の如き勢いで討伐する兵士達の姿があった。
そんな有稜と同じ方に顔を向けることなく、されど強い意思を込めた口調で義時が彼に尋ねる。
「君は、本当にこの黄金による支配を完成させるつもりなのか」
それに対して、即座に有稜が答える。
「無論だ。それが”十”という王の権威を冠する検非違使であった我の責務であり、ただ為すべきことである。……そこに、何の疑問を挟む必要がある?」
それ以外の答えなどない、と言わんばかりの有稜の断言。
義時は無駄と知りながらも、沈痛な声音で最後の問いかけを口にする。
「それがもしも本当に完成してしまったら……君は、本当に一人になってしまうじゃないか」
現在、有稜の強大な”支配”の権能は人種や種族、老若男女問わずその効果を発揮していた。
その影響は、彼ら以上に強大な力を持った検非違使達にも出始めており、十二将を除くほとんどの者達が既に有稜を盲目的に崇拝するようになっていた。
現に今こうして話している間にも、義時は自身の抵抗力を極限まで”開放”して支配に対して必死に抗っていた。
だがそれも既に時間の問題であり、このまま有稜の支配領域が広がっていけば自分や他の十二将も有稜の在り方を全肯定するだけの意思なき傀儡になることは明白であった。
そんな世界に有稜がただ一人残される未来を――義時は耐えられそうになかったのである。
だが、先程と違い一切の躊躇いもなく有稜は、決別ともいえる言葉を口にする。
「当然の事であろう。……真の王ならば、孤高であるより他にあるまい」
今度は両者とも何も言葉を発しなかった。
外の喧騒とは裏腹に、ただ、重苦しい沈黙だけがこの場に横たわっていた――。
"個人による絶対的な独裁"という歪な形ながらも、玖魔褸靡の分断をはね除け互いに結びつく事が出来るようになった人々は、有稜の支配下においてであるが徐々に子供を産めるようになっていた。
だが、それ以上に聖獣達との戦闘で命が無残にも散っていく。
それでも彼らは、ただひたすらに自分達が忠誠を誓う黎明殿 有稜という王の絶対的な勝利を信じて、死も恐れずに異形の群れに突撃していく。
その甲斐もあって有稜の勢力は、生き残っていた僅かな生存者を強制的に取り込み、異形の大群を駆逐しながら徐々に有稜の黄金支配の勢力圏を広げる事に成功していた。
相変わらず人員は圧倒的に少ないモノの、支配地域が増えた”王道楽土”は有稜を絶対の法とする領域であり、この場に侵入した四聖獣達は瞬く間に支配の光に呑み込まれ、『創造主である玖魔褸靡の為だけに、自分達は産み出された』という存在意味に破綻をきたした結果、矛盾に耐え切れずに灰も残さず消え去ることとなった。
支配地域がある程度増えると、生き残った兵達の間に戦闘経験が蓄積され、また敵に一定の損害を与えたら自分達が暮らす”王道楽土”に誘い込んで自滅を図る、という戦法が確立されたため、玖魔褸靡の尖兵との戦闘はある時期を境に、人間側の快進撃を繰り広げる事になる。
そうして、世界の半分は有稜が支配する黄金領域と、もう半分を邪神:玖魔褸靡が君臨する暗黒領域に分断された。
遠く玖魔褸靡のいる方角を見据えながら、配下の者達を背後に並べた有稜が意気揚々と声を上げる。
「……ここまで来るのに、多くのモノを得たにも関わらず。我は常に手にしたモノを失い続けてきた。最早王道楽土には何もない……」
ゆえに、と有稜は言葉を続ける。
「ならば、この支配の果てに何があるのか……異界の邪神よ。貴様が座するその暗黒世界になら、我が王道楽土にはないような、どんな財宝にも替えられぬ”輝き”があるのだろうか?」
そう口にしながら、両腕を大きく広げる有稜。
有稜は既に認めざるを得ない。
玖魔褸靡を簒奪者と蔑みながら、その実、己こそが他者のモノを奪わんとする無法の徒であった事に過ぎないのだと――。
だが、最早取り繕う必要もない。
既にこの黄金の都には、自分が何をしようともそれを咎める者や諫める者、命を賭して叛旗を翻す者など一人もいないのだ。
ただあるのは、異口同音に紡がれる己への称賛のみ。
ならば、この世界で期待出来る存在など、後は明確な”敵”を置いて他にないはずだ。
それにここまで来た以上は、全てを手にしてみなければ気が済まぬ。
更に言えば、この分断を司る邪神さえ倒せば、再び以前のように地球と他の世界や時代を繋げられるようになるかもしれないのだ。
……そのときこそ、黎明殿 有稜という孤高の王は、数多の世界の可能性を食いつぶしたその先に、黄金の支配すら及ばぬ未知の”輝き”に出会えるかもしれない。
ならば、どのみち自身がやるべきことはただ一つ――。
「救世神、玖魔褸靡よ――。貴様が真に世界を救う存在ならば、三千大千世界の全てが我に呑み込まれる前に、我から絶対なる王権と支配する全ての土地と民……そして、この命を簒奪するより他に道はないぞ?」
黄金龍を模した兜で顔が隠れていても、そこには明らかに隠し切れない喜色の笑みが浮かんでいる事は明白であった。
まさに、王の戯れ――。
有稜は玖魔褸靡を不遜なる逆賊などではなく、この世界の覇権を賭けて争う事が出来る唯一人の”好敵手”と見做していた。
人に、時代に、世界全てに忘れられし玖魔褸靡よ――。
救世を騙りながら、貴様は己自身しか見ていないつもりだったかもしれないが、それでも、貴様こそがこの世界で我が魂を照らし続けた唯一の光である――。
そんな万感の意を込めながら、有稜が玖魔褸靡に向けて宣戦布告する。
「さぁ、玖魔褸靡よ!……我と貴様、どちらがこの世界の命運を握るに相応しいか、雌雄を決しようではないか!!」
有稜が高らかに謳い上げる中、玖魔褸靡は未だに不動を貫く――。
メソポタミア神話におけるクマルビ。
現代においてあまり知られていないこの神は、天空神たる王からの権威の簒奪、男神でありながら三柱の強大な神を産み出し、その神に自身も王権を奪われる……などといったその特性から、ある別の神話における大神の雛型ではないか、と言われている。
その神は――ギリシャ神話において、父である開祖の天空神を所持した大鎌で打ち倒し、自身も生み出した息子である至高の雷鳴神によって世界の支配権を奪われた強大なる大神――運命の裁定神である。
そして、息子のゼウスが統治する時代を白銀時代、それ以降代を経るごとに青銅時代、鉄時代と呼ばれているのに対して、クロノスが支配する時代は最も完成されたという意味合いを込めて『黄金時代』と呼ばれていた。
玖魔褸靡と黎明殿 有稜。
その在り方が対極であるにも関わらず、奇しくも同じ神を彷彿とさせる者達が、世界を二分するという因果のもとに対峙する。
どちらが真の時代を統べる王なのか、それを決める為の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。
だが、どちらが勝ったとしても生き残った者達にもたらさられるのは、玖魔褸靡の分断による全ての生命が暗黒のもとに消え去る廃滅か、有稜の支配による自由意思なき隷属である。
絶対的な支配王と救世を騙る神。
未来に一片の希望の光も差し込む余地がないまま、世界は最後の時を刻んでいく――。
玖魔褸靡との世界の命運を賭けた最終決戦に挑むべく、有稜はこれまで以上に大規模かつ果敢な暗黒領域への侵攻を進めていた。
今日も有稜は配下の兵達に、命令を飛ばしていく。
「侵攻部隊には、戦闘の要である山賊・検非違使・異世界帰還者のどれかに属する者達を中心に編成せよ!化外共の動きが活発な場には、一部隊に必ずこの三勢力の人員を入れるものとする!!」
「玖魔褸靡を直接的に倒せる要因にはならんだろうが、奴が『風野山 大地』というただの凡夫であった頃に強く影響を与えた『キノコプラス(Kinokoplus)』というなろうブランドの執筆に関わった者達の作品を徹底的に調べあげよ!!小説・随筆、ジャンルや成人向けに関わらず、徹底的にだ!!」
「これだけ我が"王道楽土"の領域が広がっているなら、玖魔褸靡の世界間を隔てる"分断"の効能も多少は減衰しているやもしれぬ。……キモオタ達は、過激な性描写のライトノベルをこの黄金の都に蔓延させ、暖簾という結界で区切られたこの世(全年齢向け)とあの世(R-18指定)の境目を破壊し、異界に繋ぐための門を開くのだ!!」
有稜の的確な戦局判断による指示のもと、意思を統一された兵士達が一子乱れぬ様子で、王の命に答える――!!
『ハッ!!了解致しました、我らが王よ!』
かくして、有稜が率いる黄金の軍勢は、怒涛の勢いで四聖獣の群れをこの地上から駆逐していく。
キモオタ達主導による異界接続作戦は、未だにこの世界に玖魔褸靡が君臨しているためか、思ったような戦果が全く得られていないが、それでも山賊や検非違使を中心にした侵攻部隊の獅子奮迅の働きぶりによって、現在地上の九割は有稜の"王道楽土"の支配領域に組み込まれていた。
何もかもが、上手く行きすぎている――。
そう、恐ろしいほどに。
今や玖魔褸靡の姿が目視出来るほどに己の支配圏を広げた有稜は、ここにきてここ最近の戦局で感じていた違和感の原因を分析し始める。
「何故、玖魔褸靡はむざむざ我が軍勢の進軍を許した?……明らかにここ最近は、奴が産み出す幻獣の数が急激に減りはじめている……!!」
無尽蔵ともいえるほど、産み出されていたドラゴン・グリフォン・マンティコア・アイアンタートルから成る四聖獣の群れは、目に見えてその数を減らしていた。
支配領域を広げながら戦況を聞くたびに、遂に玖魔褸靡の力に底が見え始めたのかと考えていたのだが、目にする限り玖魔褸靡の力は依然として健在……むしろ、最高潮に達しているように有稜には感じられた。
「何だ……四聖獣は人間達を滅ぼすために産み出されたわけではないのか?奴等は玖魔褸靡が十全に力を蓄えるために、余力を用いて造り出されただけの単なる時間稼ぎの駒に過ぎないのか……コイツは、自分自身の力で旧世界の生命を終焉らせなければ、気が済まない、とでも言うのか……?」
しかし、それにしてはあまりにも非合理的であり、効率が悪すぎる。
有稜が知る風野山 大地という人間は、知り合いの書いたエッセイに対する嫉妬や憤激、絶望から邪教集団に所属する道を選ぶような直情的な性格であり、既存の社会や人類を滅ぼすためなら、こんな回りくどい方法を取らずに最初から手っ取り早く自身の巨躯を活かして盛大に暴れ回っているはずである。
奴には、世界を滅ぼす以外に力を最大限に蓄積してまで成し遂げたい他の目的がある――。
玖魔褸靡に限らず、この世に再び復活してから感じていた様々な違和感が有稜の脳内をよぎるが、肝心の答えに辿り着かない――。
自身の意見を修正・訂正する者が誰もいなくなった世界で、有稜が当然の帰結が如く一人で頭を悩ませていた――そのときである!!
『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』
突如、これまで動きを見せる事がなかった玖魔褸靡が、盛大に雄叫びを上げる――!!
即座に臨戦態勢に入るように有稜が指示する中、玖魔褸靡が右肩から生やした腕に持っていた大鎌を天高く振り上げる――!!
だが、玖魔褸靡が大鎌を振り下ろした先は有稜達の脳天ではなかった。
三千大千世界において斬れぬモノはないとされる"天地を解離する裁定神の大鎌"の断罪の刃は、玖魔褸靡と有稜達の間を阻むかのように空間を斬り裂く――!!
刹那、次元が一瞬のうちに断裂した――。
「総員……かかれぇっ!!」
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
有稜の号令のもと、玖魔褸靡に向けて全軍が死に物狂いで突撃していく――!!
山賊を筆頭に、続いて検非違使やキモオタ、異世界帰還者や二代目インキュバス俳優、ネコ耳女神天使、ムチ肉女エルフ、神待ち入道、理知的なオーク、褐色髭もじゃ幼女風ドワーフ、あやかしマイスター、黒騎士を継ぐ者、天蓋を覆う意思至上主義の忍者、ブルマを履いた半魚人、江戸時代の大工、悪の組織:イマペー団の戦闘員、玄関先で抱きしめ合ったりする兄妹(本当は従兄弟だが、妹の方はそれを知らない)、超巨大ベンチャー企業の社員、中国マフィア、ソビエトの残党、帽子屋、漁業組合の漁師、時計塔の魔術師、イラン観光協会のガイド、傭兵部隊……etc.
立場や国籍、種族の差すら超えて皆が皆、有稜ただ一人に勝利をもたらすために突貫していくが、玖魔褸靡が作り出した次元断裂に阻まれて攻撃が届かぬまま、断裂に呑み込まれ盛大に散華していく――。
死にゆく彼らには微塵も興味を見せないまま、次元を隔てた玖魔褸靡の姿は朧な――実体を持たぬような幻影になっていく。
その様子を目にしながら、ここに来て有稜は自身が盛大な思い違いをしていた事に気づく――!!
「……大したモノだ!見事にやってくれたな、榛慧……ッ!!」
思えば、自分が目覚めさせられた最初の段階で既に違和感があった。
異邦人や怪異が犇めき混迷化を深める現代の日本を、権謀術数で渡り歩いてきたあの稀代の策士気取り――禁中近衛十二将:第七席の絢瀬 榛慧という男が、事態の責を取るなどという殊勝な理由で自身の"死"を選ぶはずがなかったのだ。
極めつけは、時間遡行能力を有する天堕盧衆に介入するための全権限の凍結。
有稜の手に天堕盧衆が渡る事を真に危惧していたのなら、有稜の封印など解かずに自身の権限を最大限に使って代償覚悟で天堕盧衆を過去に送り、まだ無害だった頃の風野山 大地という人間を殺めれば良かっただけなのだ。
そのような疑念はあったものの、そんな選択を榛慧がする理由が有稜には分からなかった。
だが、現在自分の眼前で起きている現実を前にすれば、答えは自ずと導かれる。
「玖魔褸靡よ……まさか、貴様がここまで本当に世界から自分を救う事しか考えていなかったとは、ついぞ思わなかったぞ!!」
有稜が心底愉快そうに哄笑する。
有稜の言葉通り、現在玖魔褸靡は自身の"天地を解離する裁定神の大鎌"による分断の斬撃を用いて、自分をこの世界のあらゆる時間軸から切り離そうとしていた。
目的はそう――山賊や検非違使、小学3年生のカップルのような自分の平穏を乱す者達が犇めくこの世界から、誰も脅かす者がいない安住の地――虚無の空間に至るためである。
そのような意味では、真の意味での怪物は玖魔褸靡や黎明殿 有稜などではなく、この事態を読みきっていた絢瀬 榛慧に他ならない。
彼は大地が八魔之王:玖魔褸靡として顕現した時から、その神格・権能を割り出し、力を持つ前の風野山 大地という人間の言動から、その真実の願いが何なのかを的確に理解していた。
その結果、榛慧は玖魔褸靡という存在が世界にとって絶対に看過する事が出来ない脅威である、と判断。
過去に戻って大地を始末したところで、第二・第三の大地のような人間が現れ玖魔褸靡の力を手にすれば、世界は何度も存亡の危機に立たされる。
ゆえに、榛慧は玖魔褸靡の力を大地の願い通り、大地ごと誰の影響も受けず――誰にも干渉する事が出来ない虚無の空間に隔離させる事を決断したのだ。
有稜の封印を解いたのは、玖魔褸靡が虚無へと旅立つよりも先に、人類が滅ぶような事態を避けるため。
玖魔褸靡があらゆる時間軸から消えれば、世界は強制的に風野山 大地という人間が存在しない状態で修復される、と榛慧は睨んでいたが、時間という確かではないモノであるがゆえ、有稜の支配という形で人類の存続を図ろうとしていた。
世界が大地の存在を抹消して修復されたのなら、有稜がどれだけ黄金の支配を広げようが強制的にすべてなかった事にされ、黎明殿 有稜が封印されたままの世界線が続いていく。
修復がされずに、そのままの世界が続いていくのなら、自由意志はないモノの有稜の支配下のもと、世界は存続していく。
ただその場合、世界の覇者となった有稜が他の時代にまで手を伸ばし文字通り手がつけられない存在になるのを防ぐため、榛慧は時間遡行能力を有した天堕盧衆、並びにこの世界で唯一彼女らに介入出来る権限を有した自分が有稜の手に落ちる事だけは、何がなんでも避けなければならなかった。
そのために必要だったのが、風邏義 戒厳による自身の"処刑"であった。
云わば黎明殿 有稜は、玖魔褸靡が産み出した四聖獣達が如く、絢瀬 榛慧という男によって捨て石にされた形となっていた。
有稜にとってはどこまでも悲惨な事に、最後まで榛慧の読み通りであったらしい。
玖魔褸靡が消え去った後に残った虚無は、玖魔褸靡に関わった全ての事象をなかった事にするかのように、有稜が築き上げた"王道楽土"、その何もかもを呑み込んでゆく――。
崩れゆく黄金の都の残骸とともに、虚無へと堕ちていく有稜。
だが、どこまでも一人であり続けた王は、これこそが自身の望みであると言わんばかりに心の底から高揚した笑い声を上げ続けていた。
「クハハハハッ!!……良いぞ、これが"虚無"か!私の黄金の支配すら及ばぬまさに未知の領域!!……ここには、私が望む"輝き"はどこにもなさそうだが……望んだモノが手に入らぬ、という事がこれほどまでに!狂おしいほどに愛おしい……!!」
全てを失いながら、有稜は今の自分こそが真の勝者である、と高らかに謳い上げていた――。
「あぁ、一筋の光が差さぬ事に、これほど安らぎを得る日が来るとは夢にも思わなかった……今の我は、全てにおいて満たされている……!!」
黎明殿 有稜。
最後に全てを喪失したはずの王は、自身に流れていく確かな充足感に満たされながら、それでも飽きぬ"未知"を求めて、虚無の先を目指していく――。
いつもと変わらない景色。
そこでは、慌ただしくも何の変哲もない日常が繰り広げられていた。
人情商店街では、日本で新国家を建国しようとする武装組織と検非違使達による大捕物が行われ。
柔らかな日差しが差し込む公園では、恋人達が愛を語らう。
猛烈ふくよか系女子が、張り手を突き出しながらナンパしている男とされた女性を両方なぎ倒し。
学校では北条 政子が授業をしながら、内向的な生徒が休み時間に流行りの山賊小説を読んだり、クラスの人気者が中心でみんなと国民的トップアーティスト:HEAPS《ぼた山達》の話題の最新曲の話に興じていた。
当たり前の景色、変わらぬ日常。
ただそこに風野山 大地という一人の人間だけが、最初から存在しないかのようにいなかった。
それでも、世界は緩やかに続いていく――。
風野山 大地だけがいない日常。
この光景が時代の修復がされた世界線の形なのか。
あるいは、虚無に呑み込まれた者達が今際の際に見た儚い夢幻だったのか。
いずれにせよ、それを疑問に思う者など、この世界に誰一人としているはずがなかった――。
〜〜終焉〜〜




