第二節
私が機関調律――平たくいえば修理と調整――を施す柱時計は、表玄関の正面に伸びる大階段の中二階に据えつけられている。階段は中二階で時計にぶつかると、それまでの半分ほどの幅となって左右に分岐し、それぞれ二階の両翼へ通じている。
「――ですから、あの柱時計は亡くなった夫との仲を良くも悪くも今に伝えてくれているのよ。本当にあの人ったら仕事一筋でしてね」
夫人の語りは柱時計の前に案内される間もずっと続いた。要約すれば、碩学級である平岩伯爵との思い出話になる。仕事熱心な伯爵はたまさか家に戻ってきても、夫人を寄せ付けず書室に篭もりっぱなしの日々だったという。仕事で家を顧みない夫とその妻の悶々とした想い……、三流小説にありがちな話だ。しかし夫人の実体験に基づく話は、面白おかしく書かれた架空の話よりはるかに現実味がある。
他方、私は夫人の物言いに悶々とした思いを抱えつつあった。
「時々ね、あの人はその仕事ぶりで碩学級に選ばれたのかしらなんて思う時があったわ」
夫人は、ほ、ほ、ほ、と腹で笑う。
碩学級とは碩学位にはいま一歩届かぬ者や、碩学位に認定される可能性がない分野――要するに学問以外の分野――で活躍する者に贈られる地位だ。国際的な学術機関である西欧碩学研究会が毎年認定している碩学位と違って、碩学級の認定は各国が独自に行う。
碩学級というのはわが国における呼称で、正式な名称や選定範囲、授与基準は国によって異なるものの、多くの先進国が似た制度を採用している。碩学位を世界的な権威とするならば、碩学級はその国における第一人者と考えていいだろう。
「ご夫人にとっては仕事ばかりの方だったかもしれませんが――」
悶々とした思いを抑えきれなくなった私は、夫人の語りについ言葉を差し挟んでいた。
妻が仕事の人と評する伯爵は講演こそすれ、どこの大学の招聘にも応じず、教鞭をふるうことはなかった。それでも機関調律師を志す者ならば平岩喜重の名を知らぬ者はいない。彼が院生時代に調律を手がけた機関とその解説書と手順書は、分かりやすさと読みやすさから、機関調律の基本的な手順や取り組みを知るのに最適な教材として用いられている。また困難な構造の機関を、簡単な構造に作り替えた上で効率性を損なわずに改修してみせた際の直筆メモや模型などは、調律に単なる修理の域にとどめない可能性を示している。
「平岩伯爵の機関調律師としてのお仕事ぶりは素晴らしいものです」
学問を修めた者が手にする碩学級の地位は、碩学位と同じく帝大生にとって憧れの対象だ。ましてや機関調律師を志す私が、その道の先達である平岩伯爵へ尊敬の念を抱かぬわけがない。
彼こそ、私が機関調律師を目指すきっかけとなった、『実地での演習と知識、煤煙を身につけて』いた者の一人だ。
* *
私が平岩伯爵の時計を修理するにいたった経緯を少し説いておこう。
といって勿体ぶるような内容ではない。
帝大の機関工学科に在籍する私は、機関調律師としての経験を積める単発契約の仕事を探そうとしていた。
全学科共通の基礎講義で庚侯爵家の令嬢、絵梨さんと知り合ったのはそのころだ。
私が単発の仕事を探しているのを、共通の知人を介して知った彼女は、それからというもの事あるごとに契約先を探してあてがってくれている。
大華族の一員であるにもかかわらずざっくばらんな性質を持つ彼女は、男女を問わず人気があり、それだけに社交界のみならず大学内でも顔が広く、仕事の口をしばしば見つけてくれる。
彼女がどこでそういった話を聞きつけ、またどのようにして仕事を取り付けてくるのかは知らない。本人に聞けば教えてくれるのは予想できるが、中流層出身である私には侯爵令嬢にそこまで込み入った話を聞くことへの大きな気後れがある。私としては彼女が持ってきてくる堅実な話に乗るだけである。
今回、機関調律師として斯界で有名な平岩伯爵の邸宅での柱時計修理と聞いて、私は二つ返事で引き受けた。
調律師が楽器の音を合わせるように、機関調律師は機関や機械の調律――要するに更新や保全、修理を手掛けるのが仕事だ。
機関調律師という名称自体は、楽器の調律に携わる本来の調律師に由来する。職業としては時計職人や工芸家の流れを汲むもので、彼らの一部が蒸気駆動の機械を修理する仕事に流れ、修理工となったのが機関調律師の興りといわれている。もっとも現在では職人というよりは工学者に分類されている。
修理屋と機関調律師の境界は曖昧だ。強いて違いを言えば、修理と復旧を行う修理屋に対し、機関調律師はさらに一歩踏み込んで、改良や再発防止のための構造の変更を行い得る、という点だろうか。もっとも第三者から見た場合に区別の必要性がないのも確かだ。
それでも私は修理屋ではなく、機関調律師を目指していると言う。
そもそも私がなぜ機関調律師を志しているのか。それは一年生後期の必須授業の手引きで、学部教授が語った薫陶を受けてである。
いわく、『机上での理論は大事であるが、機関工学を学ぶ道を選んだ諸賢はそれだけにとどまらず、自らの手で様々な機関に触れて学びとり、実地での演習と知識、煤煙を身につけていってほしいと希う。それこそが機関工学における真知であり真髄でもある。仮に機関調律師を目指す者がいるのならば、なおさらそうしてほしいと願う次第である』
この言葉に私は心を打たれた。
思い返せば郷里で身につけた学問や試験勉強は、理論ばかりで実践がなかった。私も入学そのものが目標となっており、機関工学科に入った先を見いだせずにもがいていた。
そんな状態にあったさなか、理論と実践を同時に叶えよという激励と、またそれを更に体現する職が機関調律師であると知って、私はこれを目指してみようと飛びついたのである。
教授はおそらく毎年、新入生に同じ内容を語っているのだろう。そうだとすれば上手く乗せられた形になるが後悔はしていない。
感化された私は学業のかたわら、理論を実践できる仕事を探しはじめ、その最中に絵梨さんと知り合い、今に至るのである。
* *
平岩伯爵邸での仕事だというのを聞かされたとき、ひょっとしたら彼の遺した成果物に触れられるかもしれない、という邪な心理を胸にいだいた。そのような自分をやましいやつだといささか嫌悪してもいた私は、伯爵夫人にお目にかかった際にも、いやらしさが透けて見えないようになるべく落ち着いた態度を心掛けていた。だが、
「ご夫人の言い方では、伯爵が報われないのではないでしょうか」
先人を仕事人間のような口ぶりで解している夫人を前に、つい口を出してしまった。
いかに伯爵夫人といえども、いや、夫人だからこそ受け入れがたかった。もっとも近しい人間である妻が、夫の仕事の価値に無理解でどうするのか。平岩伯爵は確かに仕事ばかりだったかもしれないが、彼はそれに見合うだけの熱量と力量をもっていた。だからこそこの国の碩学級に選ばれたのだ。五十と三つで亡くなったのが惜しまれる。
「あら、悪く言っているように聞こえたのならごめんなさいね」
夫人は面食らった様子も見せない。それどころか柔和な笑みを浮かべたまま、しかし潮の引いたような口調で、
「わたくしは旦那を貶しているわけでも、ましてや恨み言を吐いているわけでもありませんの」
私は、はっとなって頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそ差し出がましい口を聞いてしまいました。申し訳ございません。伯爵に入れこむあまりつい言いすぎてしまいました……」
あのような口を聞いた私が平民の出だと知ったら、伯爵夫人からただちに屋敷を追い出されるかもしれない。それでは私を紹介した絵梨さんの顔に泥を塗ってしまう。
「その――」
なんと詫びたものか。咄嗟に口にすべき言葉が見つからない。
「昔から一人でもかしましい女でね、そのせいかわたくしにはそんな気がなくても、ついつい他人を悪く言っているように聞こえてしまうのね。夫とお付き合いを始めた最初の頃にも、それで彼を驚かせたことがよくあったわ」
夫人の変わらぬ口調から彼女が怒っていないのがわかる。
「どうぞお顔をお上げになって」
「その……、本当にすいません」
「いいのよ。わたくしの言い方が悪かったのだから。あなたは機関調律師を目指しているのですってね」
おそるおそる顔を上げると、はたして夫人は笑っていた。
「そんなあなたに機関調律師だった平岩喜重の腕や仕事を理解していないような口ぶりで話してしまって、ごめんなさいね」
謝られるとかえってこちらの気まずさが高まる。
この人は自分がどういう風に受け取られる喋り方をしているか分かっていたのだ。それでも構わず言い続けていたのは、やはり夫人のおしゃべりな性分ゆえだろう。
「旦那の後輩、なんていうと、碩学伯の夫人ごときが偉そうかしらね」
「とんでもございません!」
つい先ほどとはあべこべな、まったくの申し訳なさに駆られていた。先ほどの特高もこんな気持ちだったのだろうか。
「だいいち私はまだ調律師の卵でありますから、平岩喜重伯爵の後輩と擬せられるのはかえって畏れ多いぐらいです」
「大学も同じなのですから、後輩ですよ。それにお若いのだから恐縮なさらないで。わたくしが若いころなんて、女のくせにもっとはねっかえりだったわ。おしゃべりなのはいまも変わりないですし」
夫人は、ほ、ほ、ほ、と腹で笑った。私が口を差し挟んだ程度では、「はねっかえり」だったという彼女の調子はまるで影響を受けないのかもしれない。
「仕事一筋の人だったとはいえ、あの人との思い出はけして悪いものではないのです」
夫人は身長よりも少し高い位置にある文字盤を仰いだ。
玄関をくぐった位置からも時刻がわかるようにと、文字盤はかなり大きく作られている。間近で見ると夫人や私の頭の三倍はあろう。針は停止している。成人男性の胴ほどに太い振り子もいまは時を刻まず、ただ垂れ下がっているばかりだ。なんらかの不具合が生じているのは明白だった。
「そんな思い出の中で、わたくしの身近に唯一残っているあの人の仕事の成果がこの柱時計なの、……ううん、仕事というより趣味だったのかもしれないわね。あの人にとっては仕事の全てが趣味だった。そう思えるわ」
ふふ、とかすかに笑った夫人は時計を愛おしげに撫でた。
当時には愛憎こもごも複雑な感情が入り混じっていたのだろうが、月日の堆積により『悪いものではない』思い出へと結晶化しているように見えた。長年の連れ添いに先立たれた身がより強力にその作用を推し進めたのだろう。
思い出というもの自体が、虫入りの琥珀のように、当時を閉じ込めて固化する性質を持っているのかもしれない。私に当てはめてみても、帝大生となった今では郷里での苦渋や死に物狂いの試験勉強の過去も悪いものとは思えなくなっている。
「この柱時計はあの人が家を建てた時に手ずから据えつけたものなのです」
「伯爵御自らですか」
夫人はうなずいた。そう言われると柱時計が一層と尊いもののように感じられてくるのだから、私も現金である。
「ということは平岩伯爵がご自身で調律を行っていたのですか?」
「定期的に、といっても年に一回か二回でしたけれどね。主人は誰にも頼らずに手入れ、あなた方の言葉では調律していました。そのおかげでしょうね、この時計は先日までずっと正確な時を刻んでいましたの……」
「こういった形で調律を――修理を行うのは、平岩伯爵以外では私が初めてですか?」
「ええ、先立たれてこのかたは手入れをしなくても動いてくれていましたから。けれど先月の二十七日だわ、夕方に出先から戻ったら振り子が止まってしまっていたのに気づいてね。昼間は女中にもお休みを与えて家を空けていたから、誰も停止した瞬間を見ていないのよ。それからこの子はずっと休んでいるというわけ。この子にとっては二十八年目にして初めて手にした休憩というわけね」
そう考えると主人が亡くなってからもう五年が経つのねぇ、と夫人はため息を付け加えた。柱時計はこの屋敷で針を回しはじめてから二十三年もの間、平岩喜重の手で調律されていたのだ。
「すぐに修理を頼んでもよかったのですけれども、設置してからずっと平岩喜重が調律しつづけていた時計ですから、調律を頼んでいいものかどうと思いましてね。主人が亡くなったのだから時計にもそのままずっと休んでいてもらおうかしら……、そんなふうに悩みもしましたのよ」
その悩みは修理する、しないで済む単純な話ではないように思われた。夫君が設置し自ら調律を施していた時計を他人に触れさせてもよいのか。主人たる伯爵が亡くなったのだから、時計もそのままにしておいた方がいいのではないか。時計も夫との思い出と共に結晶化させてしまうか、修理してこれからも歩み続けていくか。種々の懊悩が複合した問題に違いあるまい。
「さてどうしたものかしら、と思って二週間ほど前に庚侯爵夫人へご相談申し上げましたの。そうして侯爵夫人から絵梨さんの耳に入りましたのね」
なるほど、それで調律師を志す私へ絵梨さんからお話しが回ってきたわけである。
「迷われていらっしゃる間に調律のお話が動いていたのですか?」
まさか侯爵令嬢は平岩夫人の修理を行うべきかどうかという悩みを推し量らず、修理の実施を前提に私に話を持ってきたのではあるまいか。
「いいえ」と、夫人の言葉が私のあらぬ懸念をきれいに打ち消す。
「調律のお願いはわたくしが決断したことですから。絵梨さんには、『平岩伯爵が夫人のもとに残していった時計なのですから、これからも一緒に歩み続けるべきですよ』なんて説き伏せられてしまいましてね」
私のあずかり知らないところで、夫人の悩みは依頼の仲介者によってすでに解決されていた。ならば私がやるべきは調律ただ一つである。
「それに、何十年も聞こえていた振り子と鐘の音がぱったり途絶えてしまうとどうにも不安に感じてしまうものね。私にとっては《時計塔》の鐘の音よりもなじみのある音だから……」
「わかりました。学生の身の弱輩ではありますが、平岩伯爵がお遺しになった柱時計、つつしんで調律にあたらせてもらいます」
「ぜひお願いしますね。夫の書斎の鍵を開けさせておきます。亡くなってからは埃を払う用事以外では誰も入っていないから、図面など必要なものは残っていると思います。ご自由にお使いくださいな」
深々と頭を下げて、夫人は応接間へと引き上げていった。