第三節
目の前の時計を、上から下まで改めてじっくりと観察する。
八尺ほどの胴部は一切の装飾が排されている。やや楕円形をしている文字盤も同じで、宝飾の類はまったく散りばめられていない。私は華族の邸宅に出入りできるような身分ではないが、これから調律を行う時計は、伯爵邸の正面玄関の突き当たりに設置されているものとしては驚くほど質素な作りをしているのではないだろうか。
屋敷の正面に設えられる時計というからには、きらびやかな宝石や装具、職人が丹精をこめた細工などに彩られた、贅を尽くした造りをしているものかと思い描いていたのだ。同期の華族出の生徒には、文字盤にびっしりと宝石が埋め込まれている腕時計を持ち歩いて自慢している者がいる。ところが、伯爵の柱時計の文字盤には、揮毫されたような力強い太さで刻まれた数字の他には何もなかった。
そのときの私の驚きは驚嘆というよりも、感慨深さをもって迎え入れられる性質のものであった。異郷で思いがけず親しい者に出会えたような心地といえばわかりやすいかもしれない。というのも、工学棟に足跡のように残されている平岩喜重の仕事の成果も、この時計と同種の傾向を有しているからだ。
それらは故人の発揮した性質を容易に伝えてくれている。
私が見たところ、機関調律師、平岩喜重の仕事ぶりは確実な仕上がりと堅調な動作を第一義としている。ゆえに彼が手掛けた仕事は、無駄なところのない堅実なものとなる。機関調律師の仕事は機械の内面にかかるものであるが、平岩喜重その人は外面の装飾にも同種のこだわりを持っていたようだ。
この柱時計は間違いなく彼が遺した仕事といえよう。
感動を覚えた私は柱時計の表面に何度も触れてため息をついていた。装飾が施されていないので、手を遮るものはなにもない。なんという滑らかな手触りだろう。伯爵の目利きは素晴らしい。
「書斎の鍵を開けてまいりました」
急に告げられて、私は慌てて声の方に振り向く。女中が眉根を寄せ、怪訝な目つきでこちらを見ている。階段から突き飛ばされたような気がした。互いにしばしの無言で見つめ合っていたが、
「書斎はこちらの階段を上がりましてすぐ、右手側の扉でございます。それと奥様のお言いつけで脚立をお持ちしました」
私よりやや年嵩と思われる女中は表情を戻し、つと頭を下げてから一階へと降りて行った。
女中の姿が見えなくなるのを確認してから、私は額の汗をぬぐった。平岩喜重に思いを馳せたり、一人気まずさを感じたりしている場合ではない。
再び時計の確認を行う。調律師の卵として仕事を行わねば仲介者に顔向けできない。
時計はいくらか壁面に埋めこまれている。屋敷に施された象嵌だと形容できよう。壁面と時計の側面は毫釐なくぴったりとくっついている。何十年と歳月を経ても、境界は当初の採寸を保ち続けているのだ。
肝心の機構に関しては、ちょっと見てゼンマイ穴がないのがわかった。ゼンマイ式ではないのだ。伯爵が手入れをしていたということを考え合わせると、振り子は見かけだけのもので、時計そのものは別の仕組みで動いているのかもしれない。
工具箱を取り出して手袋をはめ、内部に触れる準備を整える。
右側面に指をかけて再び撫であげる。ささくれ一つない木目の滑らかさが、安物の手袋越しにも伝わる。赤ちゃんの膚を撫でるような感触だ。
下から五寸と十五寸ほどの位置に、幅の浅いくぼみを探り当てる。両の手をそれぞれ差し入れてそっと手前に力をかけると、きぃ、と蝶番がかすかなきしみをあげて正面部分が開く。
振り子は文字盤の真下に厳かに佇んでいる。見たところ真鍮製だ。室内灯を正面から受けて気だるげに輝いている。正面に立って光が遮られると、私の影の中で振り子が鈍重さを増したように見えた。
振り子の振れる幅には十分な空間が確保されていて、子供二人が入れるぐらいの広さがある。振り子を右にずらそうと試みてみる。……とても重い。ちょっと動いただけで、それ以上は押し上げられそうになかった。振り子時計といえば振り子を動力としているが、この調子ではとても動かせそうにない。
普通は振り子が止まらないように、ゼンマイ穴にネジを巻いて振り子の制御を継続させるものだが、内部にも肝心の差しこみ穴が見当たらない。
ゼンマイがきれたか誰かが触ったのなら、振り子が止まった原因はそれだとわかる。
夫人の言葉ではそのとき邸宅には誰もいなかったという。時計が止まった瞬間を見ていた者はいないのだ。
誰かが侵入して時計を止めるきっかけを作ったというのならば話は違ってくるが、邸宅で騒ぎがあったなどと聞きはしない。侵入者が時計を止めるだけにやって来たとも思えない。あるいはそんな奇怪な行動をとるのが怪人か、などと考えだすときりがない。
私は調律師を志しているのだ。不具合の原因を外部に求めるよりも先、目の前の機構そのものから原因を探りだすのが筋というものだろう。
観察を続けると、振り子の正面奥、つまり文字盤の鉛直下にあたる位置に細長い穴が開いているのが認められた。工具箱から取り出したストッパーに少しずらした振り子を受け止めてもらい、携帯灯に火を入れて確かめてみる。幅二寸、奥行きは四寸ほどの方形で、くり抜かれた人工の穴という印象を受けた。
なぜこんなところに穴が。ゼンマイ穴というには大きすぎる。
時計とは関係がないようにも、あるようにも思われる。
ふと思い立って、振り子を正面に戻してその幅も測ってみた。こちらは三寸弱。実寸よりも興味深いのは、振り子が正面に収まって停止すると、穴がすっかり覆い隠されてしまう点だ。加えて振り子の裏には穴と同じ幅二寸、深さ四寸ほどの溝が上部から彫られていたのである。
手を裏に回して探ってみると、溝は文字盤の中へと続いている。時計の構造部分にまで伸びているようだ。灯火は微かに揺れている。穴に向かって風が吹いているのだ。
この穴は自然にできたものではない。
何らかの目的をもって、振り子に隠れる部分に穿たれたものなのだ。時計の調律は伯爵だけが行っていたという話であるから、夫人はこのような穴が存在しているのさえ知らないだろう。以前は振り子が左右に振れる度に穴が見え隠れしていたはずだが、時計の奥をじっと見るような者がいるとも思われない。今ここに立っている私が、伯爵以外の最初の発見者かもしれなかった。
私は伯爵の秘密を垣間見た気がして、すっかり鼻息を荒くしていた。ただし、謎の穴が時計の故障に関係があると決まったわけではない。穴がもとから穿たれていたのだとすれば――それはおそらく時計が据えられた二十数年前から開いているのだろう――二週間前に停止した振り子とはおそらく関係ないだろう。
平岩伯爵への個人的な興味も相まって、奇妙な構造が気になるところではあるが、調律にあたっては置いておいてもよさそうだった。
脚立に上がって、私は文字盤を真横に見る。下のネジを外して、いよいよ伯爵が手掛けた時計の内部構造とご対面である。
一目見たところ、内部の構造も外見のこしらえと同じく質素な構成をしている。むろん悪い意味ではない。
無駄がない。
質素。
教科書のような。
これらは平岩伯爵のためにあるような言葉である。碩学級だからといっていたずらに凝らないのだ。衒気のない作りに森厳な念を呼び起こされつつ、調律の基本に沿って各部の構造と現在の状態を確認していく。
時計の振り子はやはり見せかけであるのがわかった。
この振り子は動力部に通じる歯車を介して制御されているらしい。停止している現在は付け根に組み込まれた歯車が安全装置として歯止めの役目を果たしており、容易に人力で動かせないよう固定されている。時計が動きだせば、振り子自体の重さで付け根の歯止めが解除される。そうなればあとは振り子の重さと力で自動的に振れ続ける。
私が手で動かせたのは、もとから遊びとして可動できるように作られていた範囲らしい。その可動範囲は背後の穴がちょうど見える程度に設定されている。壁面の穴は時計が停止して振り子の安全装置が作動した状態であっても、人の手で辛うじて確認できるようになっているのだ。
なんのために、という疑問は尽きない。
夫人の頼みにはこの謎の解明は含まれていないが、修理が済めば夫人に伺いを立ててみるのも悪くない。許可を得られればこの穴の謎を心行くまで探らせてもらおう。
穴はひとまず置くとしても、振り子を動かすには時計に動いてもらうしかない。幸いに輪列の各々は寸分の違いなく組みこまれているようだ。これなら動かなくなった原因を探り当てるのにもさして苦労はしないだろう。単なる油切れであればいいが。
持ってきた部品目録の図と、実際に用いられている部品を突き合わせていく。整った構造をしているが、今では古くなった規格品が用いられている。いずれも二十八年前に据え付けられてから取り替えられていないのだろう。もっともそれは故障の原因ではない。受石も取り替えるほどではなかった。時計盤の内側に収まっていた部品は少しだけ埃が被っている。
さて、ここで振り子時計にしては珍しい機構を発見した。輪列の奥に、はみ出るように箱が据え付けられていたのだ。動力をおさめている香箱だろうか。すぐ脇に鎖でつながれたネジがはめこまれている。最初からここに収納するように設計されたのだろう、ぴったりと収まっている。
香箱らしきものにはネジ穴が開いていた。普通、時計のネジ巻き穴は表面の分かりやすい部分に開けるもので、わざわざ文字盤を開いて中身を確認しなければいけない箇所に設けたりはしない。
柱時計に触れたことのない夫人が、動力切れによる停止を故障と勘違いしたとしても無理はないし合点もいく。碩学級の平岩伯爵しか調律を手掛けていなかったという点が、時計の停止を複雑な故障に起因すると見せかけてしまっていたのだ。
ここまで来て時計の停止原因がネジの巻き忘れとは。故障ですらない。あまりにも呆気ない原因の解明に私は肩を落とす。
鎖につながれたネジを穴に挿しこむ。ぴったりだ。何度か巻いてみる。時計の大きさから、結構な力を込めて回さなければならないだろうと考えていたのだが、予想に反して、空気をかくような軽さでもってネジが回転した。あまりに軽すぎる。ネジが中の機構と噛みあい、機械を回しているという手触りがまるでない。ただ、中でキィ、キリ、と何かが回っているような音はしている。何度か巻いてからネジを外す。
時計は稼働しない。
中のゼンマイが外れているのだろうか。
それならネジを回した時になんらかの感触があってしかるべきだろう。それさえもない。
香箱らしきものの中は空っぽなのでは……。ネジを回した感触の軽さが、私にそう思わせていた。これまで時計が動いていたことを考えれば、元から空っぽというわけではないだろう。それに、わざわざネジを差しこんで動かすような作りをしているのだから、箱が偽装品だというのも考えにくい。
もともと収められていたゼンマイはどこへ消えてしまったのだろうか。消えたから時計が止まったのか、時計が止まったから消えたのかはわからない。ただ、そこに時計が停止した理由が絡んでいるのは明白だ。ともかく、新たに湧いた疑念を裏付けるには、奥に仕舞われた香箱を開いてみるしかない。
時計の奥へ、奥へ、底の見えない階段を降りていかされている気がした。
輪列を慎重に分解していく。様々な形状の歯車を一つ外すごとに私はそろそろと脚立を降りて、異常がないかを確認、なければ床に設けた部品の仮置き場に丁寧に並べる。また脚立に上って部品を取り外してはゆっくりと脚立を降りて……、繰り返す。
香箱より手前にあるとはいえ、時計の駆動をつかさどる心臓であることには変わりない。不用意に傷つけて時計が動かなくなっては困る。時計の部品は高価だ。そうでなくても平岩喜重の手掛けた時計なのだ。下手に扱っては不敬である。箱を取り出すのに十分な広さを確保するころには、緊張で多くの汗をかいていた。まるで執刀医だ。
時計の心臓に力を注ぐ香箱の中身はゼンマイと相場が決まっている。伯爵の柱時計においても同様なのだろうか。
箱の四隅は大きめのネジで留められている。爪で優しく叩いてやると、軽い反響音が返ってくる。やはり空っぽのようだ。螺子を取り外し、箱のふたを外ししたとき、私はあっと声を上げそうになった。
香箱の奥、つまり壁に溝が彫られていたのだ。大きさは測らなくても分かる。幅二寸、深さ四寸ほど……、振り子の奥に穿たれていた穴と、そこから伸びる溝と同じ大きさだ。溝は下部に向かって続いている。箱には溝が空いているだけでゼンマイは見当たらない。
私は工具箱からビー玉を取り出して溝に流してやった。普段は床や部品が傾いていないかどうかなどを調べる道具として使っている。ビー玉は小気味よい音を立ててあっという間に溝を滑り落ちていき、かん、かん、と振り子に当たってから、穴の奥へ吸い込まれるようにして消えた……、耳を澄ましていると、しばらくしてから小さな音が返ってきた。
箱の内側の四隅にはめられたネジは随分と緩い。ふたを固定していたものとはまた違うものだ。このネジは箱の内側を通る数本の棒に支えられて、箱の側面のネジ巻き穴に通じている。
鎖につながれたネジを挿しこんで回してやる。すると、内側の緩いネジはつがえられた棒を介して、キィ、キリ、と小さな音を立てて少しだけ締まった。続けて回してみると、ネジ巻き穴と連動している小さなネジは幾らかの厚さを残して固定された。こうしてできた幾らかの厚さの幅が、ここにおさまっていた部品の幅と見ていいだろう。ネジを巻くと、箱の中の〝何か〟が固定されて時計が動く仕組みなのだ。ゼンマイ仕掛けではないけれど、この柱時計は確かにネジ巻き式である。
香箱の中は四隅のネジとそこから伸びる棒のほかに何もない。ぽっかりと空間が生じているのだが、振り子に隠される穴のような不可思議さは呼び覚まされなかった。ここにあったものが明確に欠けているという印象を与える。
欠けた部品こそが時計に動力を伝える源なのだ。
真の動力源はこの溝を滑って穴の奥へ落ちていった。
脚立を降りて振り子を少しずらした私は、もう一度ビー玉を穴の奥へ落とす。しばらくして音が返ってくる。携帯灯の炎が緩やかな風を受けて敏感になびく。
この奥の空間に何があるのだろうか。
私は時計よりも香箱の中身が消えた先を調べなければならなくなっていた。そのためには時計や屋敷の建設にあたって用いられた図面を手に入れる必要がある。夫人からは平岩伯爵の書斎を自由に使っていいと言付かっている。
何かの目印になるだろうかと、私は雑記帳の破ったページを丸めて穴に差し挟んでから、書斎へ向かった。




