32話 酔いどれの戦い
奥森市の豊かな森は既に夜の帷が降りていた。
月の光に照らされた夜の森は不気味な静けさに沈んでいた。森の中に張られた結界内に、依芙姫達は入っていった。
「邪気や穢れが漂っているね」
「ヤマタノオロチが吐き出したものだろう」と晴真。
碧威と晴真は8つの鈴がついた和楽器の神楽鈴を手にし、「シャンシャン」と鈴の音を鳴らし始めた。
依芙姫は碧威と晴真の間に立ち、優雅に舞始めた。磐守神社の宮司の娘として、依芙姫は巫女の舞を踊れるのだ。
祓師達は八つの大樽が円を描くように配置していった。濃厚な甘い吟醸香が夜の空気に漂い始めた。
「依芙姫ちゃん、綺麗だ」と月の光に照らされた依芙姫に見惚れて、鈴の音を止めてしまった碧威に晴真は蹴りを入れた。
「ちゃんと鳴らせよ」
「ごめん・・・・・・」
やわらかく、より艶やかに依芙姫は舞い続けた。
「来る」と碧威は呟いた。
すると、地面が震えた。闇の奥から巨大な影がうねり出た。黒い影は八つの首があった。ヤマタノオロチに違いない。
赤黒く光る瞳が舞う依芙姫、鈴を鳴らす碧威、酒を捉えた。少女達の美しさと酒の香りに引き寄せられるように、ヤマタノオロチがゆっくりと依芙姫達に近づいてきた。
ヤマタノオロチはゲームに出てくる龍のような顔の出立ちで、8つの頭と8つ尻尾が生えていた。
赤黒く光る瞳で舞う依芙姫と碧威を値踏みしながら、「そなた達、美しいな。舞は良いから、酌をせよ」とヤマタノオロチは命じるように言った。
「はい。喜んで」と妖艶に微笑む碧威。
『さすが、碧威君。ヤマタノオロチもメロメロの美しさだよ』と依芙姫は碧威に見惚れた。
木でできた風呂桶に酒を注ぎ、地面に置いた。ヤマタノオロチは吸い寄せられるように、酒が並々と入った桶に顔をザブンと突っ込んだ。8つの頭が次々にゴクッゴクッと酒を飲み干していった。
『ヤマタノオロチがお酒を好きなのは本当だったんだ』と依芙姫は内心呟いた。
「こんなにうまい酒は初めてだ。もっと注げ! 」
「はい。ただいま」と言って、依芙姫達は大樽から木桶に酒を注ぎ、地面に置いていった。
ヤマタノオロチは濃厚な酒を次から次へと飲み干した。
時折、ヤマタノオロチは邪気が混じったゲップを吐き出した。ヤマタノオロチがゲップをする度に、空気が重苦しくなっていった。
『ゲップをしだしたということは、後もう少しかもしれない』と依芙姫は思った。
「お酒をもっとお注ぎしますね」と依芙姫は酒を勧めた。
「すごい飲みっぷり! 」と碧威も顔を引き攣らせながらも勧めた。
やがて、ヤマタノオロチの巨体に異変が生じた。動きが鈍くなり、赤黒く光る視線が揺らぎだしたのだ。
グラリと山のようなヤマタノオロチの体が傾き、足元もおぼつかなくなったきた。
『今だ』と思い、依芙姫は碧威と晴真に目配せし、2人は同時に顔を縦に振った。
晴真は着物から忍ばせていた祓師用の銃を構え、依芙姫は晴真の背中にそっと触れた。
晴真が「かしこみかしこみ申す。瀬織津姫、速開都姫、氣吹戸主神、速佐須良姫、祓戸の大神、ヤマタノオロチを祓い給え清め給え」と唱え、青白い神氣が銃の周りを覆った。
晴真はヤマタノオロチの胴体に銃口を向け、神氣に包まれた銃の引金を次々に引いた。4発の銃声が鳴り響いた。胴体から黒い塵が辺りに舞った。
「なっ!? 貴様らぁ」とヤマタノオロチは怒声をあげた。目を回しながらも、ヤマタノオロチの8つの頭が依芙姫と晴真に向かって噛みつこうと襲いかかった。
しかし、狼の耳と尻尾をはやした碧威が素早く跳躍し、鋭い爪でヤマタノオロチ1つ分の頭を切り裂いた。
「お前、人間じゃなかったのか!? 」
ヤマタノオロチの残りの7つの頭が碧威に襲いかかった。しかし、酔いがまわったヤマタノオロチの動きは鈍く、素早い碧威の動きについていけなかった。
「目が回る……。ならば……」
ヤマタノオロチの7つの顔が大きく息を吸い込むと、碧威めがけて帯状の炎を吐き出した。
「くっ……」
碧威は地面を蹴って高く跳躍し、七本の帯状の炎を避け、ヤマタノオロチの懐に入った。ヤマタノオロチは自分に炎をぶち当てた。
「ぐっ……」とヤマタノオロチは炎を吐き出すのを止めた。碧威はヤマタノオロチの胴体を切りつけた。
「顔と違って硬い」
「ぐふふっ。ワシの体は鋼鉄並みに硬いのだ」
碧威は直接攻撃を止め動き回ることでヤマタノオロチを翻弄した。いつの間にか長い首がそれぞれの首に絡まったいた。
銃声を聞きつけた康晴を含む4人の祓師達がヤマタノオロチを囲んでいだ。青白い、濃紺の神氣を纏った八握剣をヤマタノオロチに突き刺した。
「卑怯な手で負けてしまった。む……ねん……」と掠れ声でヤマタノオロチは黒い塵となって崩れ去り地面に黒い小山を築いた。
康晴、晴真、奥森市の祓師達は鈴を鳴らしながら、ヤマタノオロチが吐き出した邪気や穢れを祓っていた。邪気や穢れは空気に漂っているだけでなく、ヤマタノオロチが踏みしめたり、ヨダレや唾を吐き出したりした地面も穢されていたのだ。
祓師達をよそに碧威が依芙姫の耳元でささやいた。
「依芙姫ちゃん、きれいだったよ」
「な……」と依芙姫はとたんに顔が真っ赤になった。
「お世辞でもありがとう。馬子にも衣装というやつかな……」と右手を後頭部に置き、照れながら「あははっ」と依芙姫は笑った。
「お世辞じゃないよ。可愛い着物を着て舞を舞っている依芙姫ちゃんに、僕は見惚れちゃったんだよ。鈴を鳴らすのを忘れるぐらいに……」
「えっ……男の子と間違われる私が綺麗というのはありえないよ。碧威君の美醜観は変わっているんじゃない? 」
「狼の神獣だからね。……って違うよ。依芙姫ちゃんは妖だろうが誰にでも優しく接する。僕は外見や神氣の多さではなく、依芙姫ちゃんのそういった優しい心が昔から好きなんだよ」
トクントクンと依芙姫の胸が跳ねた。頬に熱が集まり、さらに依芙姫の顔が真っ赤になった。依芙姫は隠すように両手で顔を覆った。
「碧威のことが好きなのか」という晴真の問いを依芙姫はふと思い出した。
『そうだ……。碧威君は普段は物静かだけど、彼の素直なところ、 私に自信を持たせようと一生懸命なところ、時々甘えてくるところが好きなのかもしれない』と依芙姫は自分の気持ちに気づいてしまった。
依芙姫は胸に手を重ねながら、『-でも、種族が違うし、人間は森を破壊しているので、碧威君の両親や一族に自分は受け入れられるはずがない。自分には晴真という許嫁がいるのだから……この気持ちには蓋をしなければ……』と依芙姫は自問した。
「ようやく森一帯の浄化が終わったぞ」と康晴と晴真が依芙姫の元へやって来た。
依芙姫はハッと気がついた。慌てて地面に膝と手をつき、穢れと邪気で弱まってしまった森へ神氣を送った。
「さあ帰ろう」と康晴は声をかけ、依芙姫達は奥森市の森を去った。
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