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磐守姫と銀色の神獣 〜自然を守るために、祓師、神獣、妖と共に悪妖を祓う〜  作者: ハルモニア


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31話 ヤマタノオロチ

 真夏の昼下がり。

 「ミーンミーン」と蝉の声が磐守神社の境内に鳴り響いていた。石畳は熱を帯び、空気は揺らでいた。


 夏休みは既に半分が過ぎていた。巫女のパート勤務をお願いをしている女性が休暇を取っているため、代わりに依芙姫が社務所で夏休みの宿題をしながら受付をしていた。依芙姫は巫女らしく白い小袖に緋色の袴を履いていた。


 社務所の電話が鳴った。依芙姫は参考書から顔を上げ、ゆっくりと受話器を取った。


「磐守神社でございます」


 受話器の向こうから聞こえてくる声はひどく切迫していた。関東祓師協会からだった。


「……はい、ええ。場所は……奥森(おくもり)市の森ですか!? 」と依芙姫の表情が険しくなった。


 奥森市は大蛇を封印していた岩焼寺(がんしょうじ)があった木畑(きはた)市の北に隣接している市である。


「それで……何の悪妖が出たんですか? 」


 数秒の沈黙の後、返ってきた言葉に、依芙姫は目を大きく見開いた。


「ヤマタノオロチですか!? 」


 祓師ではない依芙姫でもヤマタノオロチのことは知っていた。古事記で須佐之男命(すさのおのみこと)が退治した悪妖ということで有名だからだ。

 蝉の声がいっそう大きく聞こえ、社務所の中だけは、ひんやりと温度が下がったように依芙姫は感じた。


「……わかりました。父に伝えます」と告げ、依芙姫はそっと受話器を置いた。


 依芙姫は康晴が本殿から出てくるのを待った。外では蝉が狂ったように鳴き続けていた。依芙姫はその鳴き声が不気味な前兆のように感じた。


 約1時間後、本殿から康晴が男性の客と共に出て来るのが見えた。康晴が客を見送ったのを見届けて、依芙姫は康晴の元に向かった。


 依芙姫の報告を聞いた康晴が「なんだと! 」と叫んだ。

 大きな声を上げた康晴の激しい気迫に依芙姫は思わず後ずさった。


「ああ、すまん」


「どうしたんですか? 」と髪を後ろに縛った碧威が本殿の入口から走ってきた。


「おぉ、碧威君。実はな、奥森市にヤマタノオロチが現れたようだ」


 眉を顰めながら、碧威は「ヤマタノオロチは伝説の悪妖ではないのですか? 実在するのですか? 」 と聞いた。


「あぁ、とある県では退治された場所や体の一部を埋めた跡地にいくつか神社が建立されておるぞ」


「ヤマタノオロチは封印ではなくて退治されたんだよね? なんで、出現したんだろう? 」と首を傾げながら依芙姫が尋ねた。


「わからん」


「それに、退治して埋めた県ならまだしも、なんで奥森市にヤマタノオロチが出現するの? 」


 康晴は腕を組みながら、「全くもってわからん。しかし、奥森市に出現したのは確かだ。奥森市の祓師が結界を張って閉じ込めておるが、果たしていつまで保つか」と言った。


「じゃあ早く行かないと……」


 康晴は軽く拳を口元に添え、「コホン」と一つ咳払いをしてから、静かに言葉を切り出した。


「ヤマタノオロチを祓う前に、依芙姫と碧威君、二人にお願いがある」


「えっ。何? 」


「今回のミッションは、特に碧威君が鍵だと思う」と神妙な顔をしながら、康晴は言った。


「えっ、僕がですか? 」と碧威は大きく目を見開いた。


「晴真君もギリギリいけるかもしれん……」とブツブツ呟いて、康晴はイソイソとスマホを取り出し、晴真に連絡をした。

 依芙姫はこの康晴の怪しい行動に嫌な予感がしたのであった。


 康晴が運転する白い乗用車で奥森市の森に向かう中、粧しこんだ依芙姫、碧威、晴真は暫くの間、無言だった。


 車の中で依芙姫は恥ずかしそうに、碧威と晴真は不機嫌な表情をしていた。

 先程、里子によって依芙姫、碧威、晴真はうっすら化粧を施された。


 そして、三人は朝露を含んだような花々の文様が散りばめられている薄手の着物を着ていた。その上に、それぞれにあった色の袴を履いている。依芙姫は野葡萄色、 碧威は濃紺、晴真は萌黄色の袴を履いている。


 沈黙に耐えかねた依芙姫が口を開いた。


「お父さん、なんで私達こんな格好をしないといけないの? 」と助手席に座る依芙姫が康晴の方を向いて尋ねた。


「ヤマタノオロチは酒と美しい女性が好きだと言われている」


「昔、若い娘を生贄に捧げていたようですが、いくらなんでも……」と晴真は渋った。


「君達にはヤマタノオロチを接待して強い酒をガンガン飲ませてほしいのだ。須佐之男命も酒でヤマタノオロチを酔わせて戦ったぞ」


「だからといって……」と晴真はまだ渋っている。


「須佐之男命も櫛名田比売(くしなだひめ)の身代わりに女装をしたという説もあるしな」


「その説は作り話とも言われてますよ」となおも抵抗を試みる晴真。


「大丈夫、三人とも似合っておるぞ。綺麗だ」と康晴はわざとらしく3人を褒め称えた。


 依芙姫は肩をすくめて口元をゆがめながら、『多少肩がゴツくても、碧威君は元々が綺麗だから……化粧したら立派な美少女見えるけど。私、特に晴真は微妙だよ』


 依芙姫は康晴に似て顔立ちが整っているので、化粧を施したことで綺麗になった。しかし、日頃、少年と間違われることが多い依芙姫は鏡を直視できず微妙な有様だと思い込んでいた。


『晴真なんて少女にしては広い肩幅でガッチリしているから、見るからに女装しているようにしか見えない。きっと、私もそう見えるんだろうな……』と依芙姫は大きくため息をついた。


『……こんな姿、牡丹姉さんに見られたくない……』


『女装がモロバレとわかる俺が真っ先に狙われそうだ……』


 碧威と晴真は心の中で呟いた。


「よし、着いたぞ」と康晴は3人に声をかけ、依芙姫達は車を降りた。


 奥森市の数人の祓師達が出迎え、康晴に「お疲れ様です」とお辞儀をした。


「こんな綺麗な子が踊ったら、ヤマタノオロチもイチコロでしょう」


「康晴さん、こんな綺麗な子を連れてきてくれてありがとうございます」


「ハハハッ。3人の内、2人は少年だがな……」と康晴は豪快に笑った。


「えっ!? 」と奥森市の祓師は戸惑いを見せた。


『綺麗な子は碧威君だけで、きっと私のことは少年と思ったんだろうなぁ』と依芙姫は複雑な気分になった。


「三人とも頼んだぞ」と康晴が声をかけた。


 奥森市の祓師も、「君達が頼りだ」


「頑張ってくれ」


「検討を祈る」と次々に声をかけた。


「……はい」と依芙姫、碧威、晴真は渋々返事をしたのだった。

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