30話 素直になれない想い
クラーケンとの戦いの後、人魚達と別れ、康晴と佐藤が乗ってきた船と手漕ぎ船を縄でつなぎ神楽海岸の砂浜まで依芙姫達は戻ってきた。
クラーケンが起こした荒波の影響で海岸の砂浜は流木や海藻、見知らぬ漂流物が無造作に散らばっていた。
「漂流物を拾うのは大変そうだね」
「夏休み中だし、ボランティアの方々が明日にでも、ゴミ拾いをしてくれるだろう」
晴真が風祭に抱えられて砂浜に着地した。
依芙姫は晴真に尋ねた。
「何で、風祭先生と一緒に来たの? 」
晴真は人差し指で頬を掻きながら、
「あの襲撃の後、実は先生から筋力トレーニングを受けていたんだ……」
確かに、トレーニングの成果で晴真は筋肉がついて、少しガッチリしているように見えた。
両手を後頭部で組みながら風祭は
「福竹と特訓をしていたらラジオで強風や台風が来てないのに太平洋沖で高波が発生しているという情報が流れたんだ。これは、悪妖がらみだと思ってな。福竹に関東祓師協会に確認させた」
「クラーケンの仕業で、康晴さんと佐藤さんが討伐に行ったと聞きました。中級の祓師である自分が行っても邪魔かと思いましたが、相手は巨大なクラーケンなので援護できることもあると思って、先生にお願いをして運んでもらいました」
「いやー、晴真君が来てくれて助かったよ。道返玉も切れてしまったし……」康晴は、晴真の背中を空中で叩いた。康晴はクラーケンの墨で全身が汚れてしまっているので、服が汚れないよう空中で叩く真似をしたのだ。
康晴は風祭に向かって軽い会釈をして感謝を伝えた。
「風祭先生も晴真君を運んでくださり、ありがとうございます。重かったでしょう」
「俺の筋肉にかかれば、どうってことないですよ」と風祭は丸太のような腕を曲げ、上腕の筋肉の山を作った。
風祭の仕草に引き気味の佐藤が話題を変えようと、無理矢理、別の話題を持ち出した。
「それにしても依芙姫ちゃん達。妖と仲良くなるなんて、すごいね」
「成り行き上ですが……」
「普通はなかなか仲良くなんてなれないよ。でも、康晴さん、祓師協会としては人間と妖が仲良くするのは大丈夫なんでしょうか? 」
「関東祓師協会には報告するが、悪妖に堕ちてない妖なら大丈夫だろう。穢れや邪気を撒き散らす悪妖は大問題だが、人間と仲良くする妖なら俺は良いと思う」と康晴は佐藤に言った。
「お父さんと晴真の八握剣の柄がクラーケンの塵と一緒に海の中に消えてしまったね」
「クラーケンを祓ったのだから、関東祓師協会から報奨金と一緒に八握剣の柄と40発分の道返玉を支給してもらうさ」
「海水を被って全身がベトベトだから早く体を洗いたいよ」と依芙姫が言った。
「そんなことを言ったら僕達はクラーケンの墨を被ってひどい有様だよ……」と泣きそうな声を出す佐藤。
康晴は右手を挙げながら、「神楽海岸温泉センターで汚れを落として、うまいものでも食うか! 」と言った。
依芙姫は温泉センター近くの小屋で軽く体の汚れを落とし、着替えとタオルを持って女湯に向かった。
依芙姫が体を洗っていると、湯気や石鹸の泡で体がよく見えないのか、女性達のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「あの子、カッコいい」
「本当だ! 」
「女性なんだろうけど、ああいう感じの彼氏が欲しいなぁ 」
体を洗い流した依芙姫はヒソヒソ話をしている女性達の方に向かって歩き出した。女性達は依芙姫を見つめていた。
「やっぱり、かっこいい……」と女性達はホウッとため息をついた。
『身長が低かったらカッコいいなんて言われなかったかな』と依芙姫は温泉に浸かりハァッとため息をついた。
一方、男湯では、体を洗い終えた碧威が温泉に浸かっていると、
「キレイな子が湯船にいるぞ」
「バカ。よく見ろ。あれは男だ」
「えっ……本当だ。胸がない。ショック……」
ヒソヒソ話をしながら、女性と見紛うような美しい顔立ちをした碧威を見てショックを受ける男性の客がいれば……
イタリアの巨匠・ミケランジェロが掘った彫刻のように、われた腹筋、分厚い胸板で筋骨隆々の風祭にも客達の注目が集まっていた。
「すげぇ、筋肉……」
「どうやったら筋肉があんなにつくんだ……」
ひそひそ話が聞こえた話を聞いて、風祭は気をよくした。風祭は腕を大きく広げたり、体を捻り側面を見せたりとポーズを決めて客の注目を集めていた。
「康晴さん。彼らの近くにいると巻き添えで注目されてしまいそうです。僕達、彼らから離れましょうよ」と佐藤は康晴に耳打ちした。
「そうだな……」
戦いの疲れを癒したいので、康晴と佐藤は碧威と風祭から距離を取り、温泉に浸かった。晴真は体を洗い、露天風呂で外をぼんやりと眺めていた。
クラーケンの戦いでついた汚れを落とし、温泉で体を癒した依芙姫達は温泉センターの食事処のテーブル席に座った。席順は窓側から晴真、依芙姫、碧威、正面には風祭、康晴、佐藤の順で座っている。
頼んだ食事が来るまで、碧威以外の一同は除菌ティッシュで手を拭いた。碧威も真似をして除菌ティッシュを手に取ろうとしたら、依芙姫に手を払われた。
「碧威君は触っちゃダメ! 犬はアルコールを分解できないから危ないよ! 」
「僕は犬じゃないよ」
「狼は犬のようなものだし、何かあったら危ないよ」
「僕、人間の要素もあるけど……」
食事を終え、食後のデザートと飲み物が届いた。
碧威が康晴と佐藤の真似をして、食後のデザートに付いたコーヒーを飲もうとカップに手を伸ばした。すると、依芙姫は慌てて碧威のコーヒーカップの上に手で押さえた。
「碧威君はこっち! 」と言って、オレンジジュースを勧めた。
「犬はコーヒーや紅茶等のカフェインを飲むのは危ないよ」
「僕、犬じゃないのに……。僕だって、コーヒー飲んでみたい……」と碧威はシュンとした。
依芙姫と碧威のやり取りは、一見、仲の良い微笑ましい光景だ。しかし、晴真の目から見ると、碧威と依芙姫は以前にも増して距離が近くなっている気がした。2人の距離の近さを晴真は面白くないと感じていた。
クラーケンとの戦いの翌日の早朝。
依芙姫は磐守神社の裏山の巨石群に向かった。巨石群にはすでに晴真がいた。晴真が依芙姫に「話をしたい」とメールを送ったからだ。
「おはよう、晴真」
「はよっ」
「話って何? 」
「祓師の活動を再開したから、また神氣を分けてもらえたらと思って……」
「ああ、そうだね。今は夏休み中だし、どうする? お互いの予定が合う時にここに来るの? 」
「……できたら」
「わかった。来る時はメールちょうだい」
「ああ」
依芙姫はポンと手を叩いた。
「そうそう、手とか触れなくても、神氣を渡せるようになったんだ。こんな風に……」と言いながら、
両手で球体の形を作りながら、依芙姫は神氣の玉を作り出し、晴真の胸元に置いた。神氣の玉は晴真の体に徐々に吸い込まれていった。
突然、晴真は左手で依芙姫の手首を掴み、右手で巨石に手をついた。依芙姫は少女漫画に出てくる壁ドンのように晴真に囲い込まれた形になった。
真剣な表情で晴真は依芙姫を見つめた。
「直接、依芙姫の手から神氣をもらいたい」
「えっ……なんで? 」
晴真はゴクっと唾を飲み込んだ。
「俺はお前がす……素敵な許嫁だと思っている」
依芙姫は晴真の発言に戸惑いながら、
「ありがとう。まぁ、直接、手に触れた方が神氣の濃度も濃いかもしれないけど……。ただ、問題なのは碧威君かなぁ……」
晴真は眉をひそめた。
「碧威がどうかしたのか? 」
「私に男の人の匂いがつくと、碧威君うるさいんだよね」
晴真はムッとした。
「依芙姫、お前は碧威のことが好きなのか? 」
思わず、依芙姫の頬が赤くなった。両手をバタつかせながら、
「ま……まさか」
「なんで、顔が赤くなるんだ? 」
「まぁ、あの顔で甘えてきたり、女の子扱いしてきたり、色々と……」
顔を真っ赤にし、モジモジした。この依芙姫の反応は年相応の恋する女の子のように見えて、晴真は狼狽えた。
「でも、私と碧威君は種族が違うから、好きにはならないよ」と依芙姫は目を伏せた。
ギリっと晴真は唇を噛み、依芙姫の手首を掴んでいた左手にさらに力を加えた。
「俺達は許嫁だ。祓師として頑張るから、俺のことも見てくれ」
依芙姫は目を見開き、「うん、わかった」と言った。依芙姫は晴真の左手に手を重ね、神氣を送った。
一方、その頃。とあるビルの最上階の一室で、サングラスの男からの報告を受けて身なりの良い男が絶叫した。
「バカな……、クラーケンが祓われただと!? 」
黒いスーツ姿のサングラスをかけた男が「はい」と答えた。
「神楽市の少年の祓師は抹殺しなかったのか? 」
「神楽市の少年の祓師と戦いましたが、神氣もさほど多くはなく、格闘術は一般の格闘家レベルにも及んでいません。とても大蛇を祓えるとは思えません。カラス天狗を仕留めるのもやっとといった感じでした」
「で、何で始末しなかったのだ? 」とギロリと男はサングラスの男を睨んだ。
「とどめを刺そうとした時、2人の少年が駆けつけ邪魔されたのです。その内の一人が人間ではない得体の知れない強さで……、負傷したのでひとまず撤退しました」
「大蛇達を祓ったのは、複数人の仕業というわけだな。クラーケンも祓われてしまったし……。こうなったら、あいつを解き放て! 」と男はサングラスの男に命じた。
「はっ」と恭しくおじぎをし、サングラスの男は出て行った。
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