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第47話 家族


 水浸しの地面に倒れ伏したキリエに向けて、ルーナは杖を構えた。


「これでルーナはあんたよりも強いって証明できた」


 無慈悲に衝撃波がキリエへと放たれる。


 それは途中で、宙に浮かぶ式札によって阻まれた。


 間一髪、アンナとアリスが駆けつけていた。


 アリスは魔法無効の性質を無効化する半魔導体製の手袋を着用して、キリエを診察する。


 どうやら溺れて呼吸が止まったようだ。


 アリスがすぐに人工呼吸を試みると、キリエは水を吐き出して、意識を取り戻した。


「ごめん、アリス。魔法使えなくさせちゃった」


「どうせ私は戦力になりませんから、気にしないでください」


 アリスは魔法無効状態が解けるまでは戦えない。


 キリエも魔法治療し難い体質のため、しばらくは戦えないだろう。今、戦えるのはアンナだけだ。


 キリエとアリスの掛け合いを見ていたルーナが気に食わなさそうに文句を言う。


「それってルーナ程度はアンナちゃんなら無傷で楽勝ってことかな?」


 ルーナの様子がおかしいことをアンナは霊視ですぐに看破した。


 アンナの影に潜むイブが更に分析して、伝えてくれる。


「レヴィアタンの精神干渉を受けて、嫉妬の感情を増幅させられてる」


 なら拘束して精神干渉魔法を解除するしかない。アンナはルーナに向けて刀を構えた。

 

「無視すんな! おまえを殺して、ルーナが一番だって証明してやる!」


 一瞬にして、無数の水魔力弾がアンナを囲うように空中に出現し、弾丸の雨が降り注ぐ。


 同時にルーナの杖の穂先から高出力の水魔力砲が発射された。


 浮遊する式神たちが手を繋ぐように組み合わさり、アンナの周囲に幾重にも重なる防御魔法を展開する。

 

八神御前(ハチジンミサキ)───天八重垣(アメノヤエガキ)


 折り重なった防御魔法は一滴の水すらも通さず、ルーナの攻撃は全て阻まれた。


 更に、防御と同時にアンナは他の式神たちをルーナに接近させていた。


「八死織」


 式神たちがルーナを囲い、身動きを封じる封印魔法を展開する。


 しかし、ルーナは転移魔法で陣を脱して回避した。続けてアンナの背後に現れる。

 

「舐めんな!」


 怒声と共に銀の剣が出現し、加減なく振るわれる。アンナは天羽々斬でそれを受け止めた。


 ルーナが用いるのはマリアと同じ大天使ガブリエルの魔法だ。


 ルーナはマリアと近い性質を持っていたため、彼女から直々に指導を受け、ガブリエルの魔法を使えるようになった。転移魔法もその恩恵である。


 アンナからしたら、マリアと同じ魔法が使えるルーナのことが羨ましくて仕方がなかった。だから、ルーナが嫉妬する気持ちがわかった。

 

 人間は自分にないものを他人が待っていると、羨ましく感じる。使い魔が強いだけのアンナは劣等感の塊だった。


「ルーナちゃん、悪魔の言葉になんか負けないで!」


 転移魔法で逃げられて封印魔法で拘束できないため、アンナは言葉での説得を試みる。


「うるさい! その人の気持ちを分かってるみたいな態度が気に入らないんだよ!」

 

 剣がぶつかり合い、火花が散る。


 互いの心もぶつかり合い、ルーナがアンナの言葉を聞き入れることはない。


 それでもアンナは諦めずに、ルーナと剣を打ち合いながら、対話を試みた。


「悪魔の言いなりになるなんて、ルーナちゃんらしくない。ルーナちゃんは他人の言うことを聞かない我儘でしょ!」


「黙れ! これはルーナの意思だよ。ずっとおまえたちが嫌いだった。魔法弱者のくせに、必死こいて魔法使いの真似事やってんのがキモいんだよ!」


 それはルーナの根底に植え付けられた魔法至上主義思想の発露だった。


 両親の影響で、彼女の心の奥底には魔法弱者への差別意識が根付いていた。


 言葉も通用しない。まるで一年前のルーナに戻ってしまったみたいだ。


「───だったら、またやり直そう。もう一度へし折ってあげるから」


 アンナはルーナを死なない程度にボコボコに痛めつけることで動けなくすることに決めた。


 アリスが精神治療魔法を使えるようになるのを待たなくても、ショック療法的に、一年前のことを思い出して、正気に戻るかもしれない。


「憑依、伊吹大明神」


 最初の決闘の授業を再現するように、イブがアンナに憑依し、右手に草薙剣を握る。


「九血縄」


 赤黒い魔力で編まれた蛇の群れがアンナの影から這い出て、ルーナに向かって射出される。


方舟雨夜リジェネシス・アークナイト


 無数の水弾が黒蛇を迎撃する。


 黒蛇は破壊される際に黒い魔力を周囲に拡散させ、アンナの姿を隠した。


 その間に、隠蔽魔法で透明化した式神がルーナの背後に回り込み、仕込まれた召喚魔法陣が起動した。


 アンナが擬似転移『建速の陣』でルーナの背後を取る。


「見え見えだっての!」


 ルーナの目が光り輝く。先程ノアの透明化を看破した擬似魔眼だ。式神の動きも、アンナの転移もバレていた。


創世前夜粛清再生アトラハシース・フラッド!」


 転移のタイミングに合わせて、激流の砲撃が放たれる。


 しかし、草薙剣の一振りで、水の砲撃は容易く掻き消された。


 まだ攻防は終わらない。今度はルーナがアンナの後ろに転移し、銀剣を振る。


 アンナの影からイブが現れて、防御魔法で剣を受け止めた。イブの憑依を解除し、即座に召喚したのだ。


 その隙をルーナは見逃さない。イブがアンナから離れるのこの瞬間を待っていたのだ。


奇跡遡行パラドックステスタメント!」


 守護霊イブが体内から離れたその一瞬の間に、ルーナはアンナの体内の水分を掌握した。


「死ね!」


 血液を一気に心臓に集めて破裂させる命令を出す。レヴィアタンに洗脳された今、友達を殺すことに何の躊躇いもない。


 アンナは胸を押さえて、苦しそうに膝をついた。


 勝った。ルーナは勝利を確信し、喜んでにやけるが、すぐに奇妙な違和感から、その口元を引き攣らせた。


 おかしい、こんな簡単にアンナ・フルルドリスを倒せるはずがない。


 ルーナが勝ちたかったのはこんなに弱いやつじゃない。そんな確信じみた予感は的中した。


 突如アンナの身体が発火し、全身を紅蓮の炎が包み込む。燃え盛るイブリースの巫女が立ち上がった。


「憑依、熾天使ウリエル」


 閃光と爆発、衝撃波でルーナは吹き飛ばされ、後退する。


 アンナの頭上には真紅の光輪が、背後には紅蓮の翼が浮かび上がる。


 焔の剣と楯を持つとされる、灼熱の大天使『ウリエル』を憑依させたのだ。


 高温によってルーナの体内水分操作魔法は解除されてしまう。ルーナが操れるのは血液であって、マグマじゃない。


 ルーナは自分が安堵していることに気がついた。


 それが友達を殺さずに済んだからなのか、それとも倒したい相手が本気を出してきたからなのかは定かではない。


「わざわざ火属性魔法で来るとか、やっぱ馬鹿じゃんおまえ。鎮火してやんよ!」


 ルーナを青色の魔力が包み込む。頭上に百合を象った光輪が浮かび、背には海色の光翼が出現した。


「聖装ガブリエル」


 銀剣は手放され、二丁の銀色の拳銃がその両手には握られていた。


 魔力弾と魔力砲を主体に戦うルーナがガブリエルの銀剣を自己流にカスタマイズしたのが、この銀銃である。


裁きの喇叭ジャッジメント・ホルン!」


 二丁の銀銃が連続で水属性の弾丸を放つ。その威力は一発一発が通常時の高出力魔力砲と同等だ。


 それに対して、アンナは不利な火属性魔法の防御魔法を展開した。

 

「炎の楯」


 燃え盛る楯が水弾を蒸発させる。


 属性の相性では火は水に不利だが、実際の現象となった場合、全てがその限りではない。


 焼け石に水然り、出力の差が大きい場合、相性は意味をなさなくなる。


 今度はアンナが攻撃を仕掛ける番だ。


炎の剣(ほのおのつるぎ)!」


 その手に燃え盛る炎を掴み、握りしめ、凝縮された光炎の剣を作り出した。


 光炎は揺らぐことなく一本の剣として形成されており、その凄まじい高温はあらゆるものを焼き切ることができる。


 前世で観たSF映画に登場するレーザーの剣から着想を得た攻撃魔法だ。

 

 アンナは光炎剣で以てルーナの手に切りかかる。


 当然ルーナは転移で回避する。


 アンナはそれを読み、転移先に式札を仕込んでいた。追うように、ルーナの背後にアンナも擬似転移する。


 ルーナもまたアンナが追い付いてくることを読んでいた。


 転移ではなく、体を逸らすことで、光炎剣を躱し、アンナに銃を向けた。


 アンナは先程水弾を防いだ炎の楯を展開する。


「え──」


 水弾は炎の楯を貫通し、アンナの腹部に命中した。他にも耳と首、肩を弾丸が掠めて、出血している。


「アンナちゃん! どうしよう、血が」


 霊体のイブが心配して狼狽える。


 イブも炎の楯を貫通した水弾止めるために、咄嗟に防御魔法を展開したがそれすらも貫通された。


「大丈夫だよ、イブ。これくらい平気。まだ生きてる」


 アンナは呻き声を漏らしながらも、すぐに炎で傷口を焼き、戦闘態勢を崩さない。


 炎の楯を貫通された際、何とか頭部と胸部への命中は回避したが、腹部には貰ってしまった。


 ルーナはアンナを一度目の攻撃を敢えて防がせることで油断させて、何らかの能力を持つ本命の二度目の攻撃を確実に通したのだ。


 一年前の決闘でアンナが雷魔法の呪符を撃った際の意趣返しだった。


 アンナが痛みに苦しむ姿に、ルーナは心底嬉しそうに笑った。


「どう、撃たれる気分は? おまえを庇って撃たれた時、めっちゃ痛かったんだからね」


 聞いて、アンナはこんな時だというのに、心がすっと安らいだ。


「……よかった、わたし、ルーナちゃんと同じ痛みを知れたんだ」


 腹の傷口を愛おしそうに押さえて、アンナは微笑んだ。


「あの時からずっと、ありがとうとかごめんなさいじゃ払えないものがここに残ってた。ようやく少しだけ、払えた気がする。ルーナちゃんと同じになれたから」


 ルーナはそれを見て、嫌悪感と寒気で思わず口を抑えた。


 あの背後霊なんかよりもずっと、目の前の女の方がイカれていると気がついた。


 アンナから伝わってくる感情を理解したくなくて、ルーナは無表情を作った。


「きっしょ、死ねよ」


 拒絶するように三度、発砲する。


 この弾丸はガブリエルの転移能力を応用したものだ。敵が防御や回避した際に、対象の間近に向かって弾丸が転移し、絶対に命中する。


 そのことに、一度撃たれたアンナは気がついていた。だから、回避しなかった。全ての弾丸がアンナに命中する。


 しかし、アンナにダメージはない。


 その体の表面を堅牢な()属性防御魔法が包み込んで、弾丸から身を守っていた。


「は? なんで? ウリエルは炎の天使じゃねぇのかよ、どうして地属性魔法が使えんだよ」


 ウリエルは炎の天使だ。


 だが、魔術的に司る属性は地。その性質は『堅忍』。守りの天使なのだ。


「ルーナちゃんの気持ち、全部わたしが受け止めるよ。だから、わたしの気持ちも全部受け取って」


 アンナは剣を手放し、炎を灯した拳を握るとルーナに向かって突込む。


 ルーナは発砲しながら転移を繰り返して距離を取るが、周囲に張り巡らされた式札にアンナも擬似転移し、すぐに追いついてくる。


「キモいんだよ、ついて来んな!」


 ルーナは式札のない上空に逃げると、銀銃を一つに組み合わせ、巨大なライフルに変形させた。


 その照準を地上のアンナへと合わせ、空中に百合を象った魔法陣を展開する。


「会った時から、ルーナはおまえのことが大っ嫌いだった。


 アリスちゃんの腰巾着でウジウジしてて弱そうなくせに、ありもしない勇気出して、出しゃばって、カッコつけて、ムカつくんだよ。


 ……ルーナはそんなおまえに、ずっと憧れてた。ずっと勝ちたかった」


 気がつくとルーナは無意識に涙を流していた。


 話す言葉も、頭で考えたものではなく、心から湧いてくる言葉だった。


「ちが、ちがう。これは嘘だよ! ルーナはおまえが大っ嫌いなの。なのに、どうして、心が痛いんだよ!」


 両方ルーナの本心だった。


 レヴィアタンに利用された嫉妬も、アンナへの憧れと友情も、全部がルーナの一部だ。


 それを認めたくなくて、自分のもう半分を殺すように、引き金を引いた。


「ぶち抜け、聖告の喇叭(マトリックス・ホルン)!!!」


 放たれた青碧の弾丸はアンナへ向かって確定した軌道を進んでいく。


 聖告の喇叭(マトリックス・ホルン)は本来ならば、体内水分操作を応用し、相手の体内に直接弾丸を転移させて炸裂される攻撃魔法だが、体内に炎を宿したアンナには通用しない。


 そのため、今回は転移による必中弾の高威力版に過ぎない。


 そして、地上から紅蓮の流星が放たれる。


 アンナはその身に炎を纏うと、聖装の翼で飛翔し、迫る青碧の弾丸に向けて拳を振りかぶった。


炎の拳(イシャラーエル)!!!」


 燃えたぎる紅蓮の拳が弾丸とぶつかり合う。灼熱を迸らせて、拳が弾丸を穿った。


 アンナはルーナに迫ると必死の形相で叫んだ。


「ルーナちゃん! 大好きいいいいいい!!!」


 突然の告白に、ルーナは目を丸くして、一瞬動くのが遅れる。


 アンナはルーナの腕を掴んで逃げられないようにすると、擬似転移で有利な地上に移動させ、燃え盛る拳で顔面を殴りつけた。


「ぐぇあ!?」


 防御魔法は砕け散り、衝撃で何も考えられなくなる。


 口と鼻から血が溢れ、一瞬意識が飛んだ。


 それと同時に、ウリエルの魔法が持つ退魔の性質が、ルーナの中の悪魔の魔力を浄化する。


 更に痛みとアンナの言葉によってルーナの精神は無理やり正気に戻された。


 しかしアンナはそれに気がつかない。再び殴ろうと拳を振り上げた。


「───ちょ、ちょ待って、正気に戻ったって。大好きって言えば何してもいいと思ってんのかよおまえ!?」


 アンナはすぐにルーナを抱きしめた。友達を殴った後悔から泣いていた。


「よかった、よかったルーナちゃん。ぶってごめんね。私のこともぶっていいよ」


「うわ、キモ。……まぁ、ルーナは助けてもらった訳だし、そういうのいいよ。アンナちゃんたちのこと、殺そうとしてたし、むしろこっちが悪いことしたなって」


「ほんとに正気? いつもなら自分が悪いなんて微塵も思わないよね」


「あ〜もう、わかったから、あとでね。今、あんまり力入んないから、勿体無いんだよ」


「よかった。ありがとう」


「……きっも」


 いつもの調子に戻ったようで、アンナは安堵した。しかし、ルーナの表情が再び暗くなる。


「ルーナ、みんなに死んで欲しくない。だからさ、みんなでキヴォトスに住もうよ。もういいじゃん。諦めて、楽な方にしちゃおうよ」


 ルーナはアンナ縋りつき、引き留めようとしてくる。


 レヴィアタンに洗脳されたのとは別に、元々ルーナはキヴォトスに住むことを選んでいた。


 その意見は今も変わっていない。


「心配してくれてありがとう。でもごめん。わたしは誰かが犠牲になったって知った上で自分が生き続けるのは嫌なんだ」


「それじゃアンナちゃんが犠牲になっちゃうじゃん!」


 ルーナの強い意志にアンナは感動した。故に、己の意志もより強く固まった。


「大丈夫、ノアを倒せばいいんだよ。そうすれば、世界は滅びない」


 返答になっていない。


 狂気に塗れた勇気。それに、ルーナは強く惹かれてしまった。


 アンナは決して、ルーナの生き方と死に方に口出しはしない。だから、ルーナの方から手を伸ばした。


「ルーナも一緒に行く」


 アンナが手を取ろうとした時のこと。


「ルーナ、何を言っている!」


 そのまとまった空気を壊すように、二人の大人が現れた。ルーナの両親だ。娘を心配して追いかけて来たようだ。

 

「ルーナ、おまえは私たちと一緒にキヴォトスで暮らすんだ!」


「そんな薄汚い魔法弱者たちと関わるのはやめなさい!」


 その怒鳴り声に、本能的にルーナの精神が縛り付けられて、怯んでしまう。


 親の言う通りにするしかない。そんな弱気がルーナを支配する。


 側から見たアンナは、すぐに家庭環境が良くないことを察知した。


 洗脳じみた教育を受けてきたのだろう、会ったばかりの頃のルーナが魔法至上主義に傾倒していたのも、あの両親のせいであることは明白だ。


 すると、アンナが一瞬にしてルーナの両親の前に移動して、拳を振り上げた。


 二人は咄嗟に防御魔法を展開して身を守るが、炎の拳によって簡単に破壊される。


 そしてアンナは無防備になった父親の頬を徐にビンタした。


「は、ぇ?」


 父親はなにが起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くした。


 呆気に取られていた母親も容赦のないビンタをくらい、蹌踉ける。


「何をするの、この汚らわしい猿───」


 言い切る前に、もう一度ビンタをくらい、母親は目を見開いて黙った。


 アンナは至って真面目な顔で二人に向かって言い放った。


「あなたたちよりも、私の方が強いので、私の方が偉いです! そして、あなたたちは弱いので死んでください!」


 アンナが再び拳を振り上げて殴るふりをした。二人は怯えて尻餅をついてしまう。


 もちろん、アンナに二人を殺すつもりはない。


 今アンナがやって見せたバカバカしい行動は、魔法至上主義の在り方そのものだった。


 ノアと魔法至上主義者たちがこれからやろうとしていることは、こんなにくだらないことなんだ。


 それを見て、ルーナの中にある厳格な両親のイメージが崩壊し、精神の締め付けが解けた。


 両親もただの人間で、こんなに情けない。考えてみれば、能力で人を差別していた、大人気ない人たちだ。


 両親たちへの感情が冷めて、ルーナは寂しくなった。気持ちが親から離れて、孤独を覚えたのだ。自分がひとりぼっちな気がした。


 そのルーナの機微をアンナが見逃すはずがない。


 今度、アンナはいきなりルーナの両親に頭を下げた。


「お父さん、お母さん! ルーナちゃんをください!」


「は?」


 親子三人が声を揃えて驚いた。目の前のイかれた少女の言っていることが理解できない。


 アンナのこの発言はお願いではなく、これからの行動の宣言に過ぎない。


 誰かが拒もうと、阻もうと、今宣言したことを成し遂げるだろう。


 アンナはルーナの前に立つと、握手を求めながら言った。


「ルーナちゃん、一緒に暮らそう。わたしと家族になろう!」


「え、ちょ、何言ってんのおまえ!?」


 頬を赤くして恥ずかしがるルーナ。


 愛の告白と勘違いしているが、アンナにその意図はない。


 マリアが自分にしてくれたのと同じように、ルーナと純粋に家族になりたかった。


 少し遅れてルーナはそのことに気がついた。


「……ああ、そういうことね」


 ルーナは両親の方を一瞥して、逡巡する。


 ルーナは家族といると、苦しいと思うようになってしまっていた。


 自分の家族の考え方が間違っていることに気がついてしまったからだ。


 家族と離れ離れになるのは悲しいけど、自分のために決心した。


「行くとこもないし、お言葉に甘えよっかな」


 ルーナはアンナの手を取った。その瞬間、心が軽くなった。


「よろしくお願いします? でいいのかな」


「うん、よろしく」


 アンナは満足そうに頷くとルーナの手を引いて彼女の両親の前に立った。


「ルーナちゃんは絶対に幸せにします!」


 その強すぎる意思に、ルーナの両親は何も言えない。


 例え両親が拒もうが、アンナの意思が変わることはないし、その行動を止めることはできないだろう。


「あとキヴォトスもぶっ壊すので、別のところに住んでください。ルーナちゃんも言っておきたいことがあったら言っていいよ」


 その強情すぎるアンナの態度がルーナには頼もしく思えて、安心感でつい笑みが溢れた。


 その笑顔は両親の知らないものだった。


 ルーナは真剣な顔で両親に向き合った。


「お父様、お母様、ごめんなさい。ルーナは二人の考え方が間違ってると思う。だから、一緒には暮らせない。


 これまでご飯を食べさせてくれて、ありがとう。たまに顔出すからさ、健康には気をつけてね」


 ルーナにとっては例え魔法至上主義者でも親は親。


 その繋がりを完全に切ることはできない。


 それでも、互いに丁度良い距離をとって生きることはできる。ルーナはその道を選んだ。


 両親は無言だった。アンナの行動を否定しても止めることはできないから何も言えないだけで、彼らの意見は変わらない。


 キヴォトスに住むべきだと思っているし、魔法弱者への偏見は持ったままだ。


 それでも、ただ一つ、彼らが娘を大事に思う気持ちだけは真実だ。


 両親は矛盾しているとわかっていながら、ルーナの無事を祈った。


 ルーナの洗脳を解き、両親とも話をつけたアンナは彼女の手を引いて、アリスとキリエの元に戻った。


 アリスは魔法を使える状態になり、キリエも回復していた。


「お二人ともお疲れ様です。治療するのでそこに寝てください」


「へぇーい。あ、そだ。キリエちゃん、さっきはごめ〜ん」


 手を合わせて、さりげなく謝るルーナ。


「いいよ、悪魔のせいなんでしょ。でも、あれは本気じゃないからね」


 殺されかけたことは気にしていないが、戦いで負けたことは気にしていた。


「なに、負け惜しみ? どう見たってルーナの勝ちじゃん」


「ふん、こっちはルーナちゃんのこと助けるために手加減してあげてたんだよ」


「キリエちゃんが本気出したところで火がちょっと出るだけじゃん。どうせ溺れてたと思うけど」


「なんだと〜」


「じゃあ、もっかい戦おっか?」


「いいよ、今度は手加減しないから。火傷して泣いちゃっても知らないから!」


 二人の仲が悪くならないで済んだことに、アンナとアリスは目を合わせて笑い合った。


 緊張が解けたからなのか、アンナは傷の痛みを思い出して、苦笑いになる。


「アンナちゃんもごめんね〜。土手っ腹に風穴ぶち空けちゃって。世界救ったらご褒美にビンタしてあげるからさ、多めに見てよ」


 いつもの調子が戻ったら戻ったでこの女は人を苛立たせる天才だ。アンナは苛立つどころかそれを楽しみにしているが、イブは違った。


 イブが、アンナの影から姿を現し、わなわなと小刻みに震え始めた。


「やば、大魔神がブチ切れてんだけど。飼い主から言ってやってよ。ルーナは悪魔に操られてただけだって」


「そこじゃない! アンナちゃんが痛い思いをしたのも嫌だけど、それは本人が悦んでるから許す。


 だけど大好きって言ってもらったり、抱きしめてもらったり、手を握ってもらうのはダメだよ! 


 極め付けは家族になろうって。ズルいよ、私にもやって欲しい!」


 いつもの如く、女神は嫉妬に狂っていた。ルーナは呆れて元凶のすけこましを指差した。


「その文句、こいつに言ってくんないかな。別にルーナが頼んでしてもらったわけじゃないし。こいつが誰彼構わず女の子口説くのが悪いんじゃん」


 イブは困ったようにアンナの方を見る。


「……アンナちゃん。私、このままじゃアンナちゃんのこと、どうにかしちゃうよ?」


 アンナの首に冷たい指が這い寄る。首締めには興味があるが、今はそんなことをしている時ではないので、説得を試みる。


 アンナはイブの手を優しく触ると抱き寄せて頭を撫でた。


「寂しくさせてごめんね。大好きだよ、イブ」


 イブは動揺して顔を真っ赤にし、震えの原因を興奮に切り替えた。


「そ、その手には乗らないよ! いつもそうやって女の子を誑かしてるんでしょ! わわわたしはこんな手には引っかからないから!」


 口では抵抗しているが、既に心もとい魂は落ちていた。


 その次の言葉が欲しくて、耐えているフリをしているのだ。


 要望に応えてアンナはトドメを刺すことにする。


「イブは私の大事な家族だよ。わたしを生んでくれてありがとう。この世界に生まれて来られて幸せだよ。イブと家族になれたから」


 聞いて、イブは爆涙した。


「……そうだよ私、アンナちゃんのママなんだ。ママだったんだ。私が産んだんだ」


 全て事実だが、頭のイカれた強火のファンみたくなってしまい、見ていたルーナが引いた。


 アンナの前世のことを知らないため、二人がイカれているようにしか見えないのだ。


 アンナに抱きつき、うっとりしていたイブは突然アリスに引き剥がされた。


「アンナちゃんの治療をするので、どいてください」


「む〜」


 アリスが傷の上に手を翳すと時計の魔法陣が出現し、針が反時計回りに回転し始めた。


 すると見る見るうちに傷が治っていき、ものの数秒で完治した。着物の穴すらも塞がっている。


「ありがとう、アリスちゃん」


「どういたしまして」


 アンナが名残惜しそうにお腹をさすると、ルーナが気持ち悪そうに顔を引き攣らせた。


「そんなに傷をつけて欲しいなら、私がつけてあげましょうか?」


 アリスが懐から短刀を取り出して見せてくる。


 アンナは青褪めて震え出した。


「ややややめて」


 注射が苦手なように、わかっている状態で刺されるのは怖かった。


 マゾだからといって痛いと苦しいが全部好きなわけじゃない。


 それを見て、イブが盾になるようにアンナの上に覆い被さった。


「私がお腹を痛めて産んだ大事な子を傷物にするつもり!?」


「冗談です。茶番をやってないで、早くノアを倒しに行きますよ」


 四人と一柱は気を取り直して、ノアを倒すため夜会会場へと向かうのだった。


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