第46話 嫉妬
ノアはユニコーン決闘部を会場から転移させた後、新たなキヴォトス居住者たちを居住区に避難させた。
会場にいるのは、ノアとレヴィアタンの二人だけだった。
もし、アンナたちが戦うことを選んで戻ってきたら、巻き込んでしまうからだ。
ノアは本当に魔法使いのことを大切に思っていた。
ノアは窓から外を眺めながら、呟いた。
「まだ変わらないか」
その眼は災害で傷つく人々の事など見ていない。彼が見ていたのは未来の光景だ。
ノアの『世界が滅ぶ予言』は嘘だ。
しかし、ノアは本当に未来を見ることができる男だった。
それも、簡易未来視だけでなく、遠い未来の光景を見ることができた。
予言の力は扱い易いものではなく、受動的にしろ能動的にしろ、見える光景は曖昧で朧気だ。
それがいつのことなのか定かではない光景を見ることもある。
そして、十六年前の魔法世紀百年一月一日に、ノアは未来視によって、ある未来を見てしまった。
それは|世界から魔法が消える未来だ。
その未来では人類は魔法能力を失い、科学技術を発展させて生きていた。
しかし、絶対的な力を持つ魔法使いによる支配がなくなった人類は、絶え間なく戦争を繰り返すことになる。
魔法の消失が魔法弱者の繁殖や魔女狩りの再発だと考えたノアは最悪の未来を変えるため、魔法を守るため、魔法至上主義を台頭させ、魔法使いの権力を高めた。
しかしそれでも、未来の光景は変わらなかった。
そこでノアは優秀な魔法使いだけを残して、他の人類を滅ぼすことにした。
それが嘘の予言とキヴォトス建造の理由である。
そして、ついにノアは世界を滅ぼす引き金を引いた。
これで魔法弱者は世界から絶滅し、魔法使いは守られる。
そのはずなのに、彼の見る未来の光景はいまだに変わらない。
「まだ、抗う者たちがいるからか」
未来視の片手間、ノアはキヴォトス内に戻ってきたアンナたちを観測した。
彼女たちはまだ武装しており、戦うつもりのようだ。
「残念だ。未来のために、子供を殺さなければならないとは」
ノアはアンナたちを殺すことに決めた。
そこに、レヴィアタンが寄ってくる。
「イブリースの巫女には気をつけなさい。エクソダスを倒した霊使いよ」
キヴォトス計画がこのタイミングまで遅れたのは、反魔法至上主義組織エクソダスが原因だった。
エクソダスは倒れたものの、それを倒すほどの力を持つイブリースの巫女が現れてしまった。
ノアは懐柔を試みたが失敗、今その危険因子がキヴォトスの中で暴れ回っている。
「アンナ・フルルドリスだけではない。失敗作の救世主もいる。未来視は教えてくれなかったことだ」
未来視は万能ではない。アンナたちがキヴォトスに潜入することを予言の力は教えてくれなかった。
「まるで運命そのものが私の敵となっているかのようだ。見たくもない未来を見せ、見たい未来は見せない。都合の良い未来でも、絶対とは限らない。差し詰め私は運命の奴隷だな」
「贅沢な悩みね。その視点を得られる者はごく僅かな神々と賢者だけだというのに。
でもどうかしら。むしろ貴方は運命に気に入られているとは思わない?
都合の良い未来なんて見ても、それはただの夢で、何の役にも立たない。
でも、悪夢は役に立つ。運命が貴方に危険を知らせてくれているのだから。
それに、今回、敵が入り込むことを知らせてくれなかったのは、貴方にとって、さして影響のない些事だったからとは解釈できないかしら」
「やはり悪魔というのは口が上手いな。私の苦悩も容易く丸め込まれた」
「口だけじゃないわよ。いいアイデアがあるの。上手くいけば、イブリースの巫女も失敗作の救世主も倒せる」
二人が笑みを浮かべながら語らい合う最中、会場の扉が開いた。
入ってきたのはルーナ・セレスティアルだった。少女の表情は後悔からか、翳っている。
「ノア様、お願いがあります。どうか私の友達を殺さないでください!」
「……残念だが、そうもいかない。彼女たちはこのキヴォトスを終わらせようとしている。しかし、君の協力次第では彼女たちを救うことができるかもしれない」
「ルーナ、そのためなら何でもやります!」
ルーナの返答に、ノアは満足そうに微笑み、頷いた。
「そうか。では、今から君にはその友人たちを殺してもらう。それがせめてもの救いだ」
「え?」
その時、ゆっくりと静かに、ルーナの目をしなやかな手指が覆った。
何故か体が動かず抵抗できない。耳元で艶めかしい女の声が囁いてくる。
「自分の心に嘘をつかないで。本当はあの子たちに死んで欲しいんでしょう」
「そんなわけないじゃん!」
アンナたちはルーナにとって大切な友達だ。死んで欲しいなんて思っていない。
それなのに、心の隅に何か異物感が芽生えた。
「貴女、あの子たちに嫉妬してる」
それは心の奥底で眠っていた本心。
ルーナはアンナたちを本当に大事な友人だと思っているが、心の片隅で劣等感を感じているのもまた事実だった。
魔神レヴィアタンはその僅かな『嫉妬』を巨大に膨れ上がらせた。
「これはチャンスよ。貴女があの子たちよりも優れてるって証明する最後のチャンス。
あの子たちが絶滅する前に、貴女の手で殺してあげなさい。
どうせ、このままだとあの子たちは塩になるんだから、貴女の手で殺してあげるのが、せめてもの救いじゃないかしら。
それに、あの子たちはお父様とお母様が毛嫌いする能力の偏った劣等生。
殺したら、きっと二人は喜んでくれる。貴女を褒めてくれるわよ」
レヴィアタンの声はルーナの精神に深く入り込み、自我を奪っていく。ルーナの目からは光が消えて意識は朦朧となり、ただ一つ、強い嫉妬だけが心の中に残った。
「……ころ、す?」
「そうよ。殺しなさい、ルーナ。あなたが一番優れていると証明するために」
自我を失い、レヴィアタンの操り人形と化したルーナは目的を果たすため、会場を後にした。
それを見届けたノアは呟いた。
「これでは救世主ではなく、まるで悪魔だな、私は」
「今更。大勢の人間を海に沈めようというのに」
「何を言っている。地上に人間などいないではないか」
男は己の発言に何の疑問も抱かなかった。本当に魔法弱者を人間だと認識していないのだ。
その異常な精神性に、レヴィアタンはつい口元を下品に歪ませて笑った。
「本当に悪魔がいる」
◇
気がつくとキリエ・クレシアはキヴォトスの市街地にいた。
ノアによって強制的に転移させられたようだ。
空間ごと切り取るように転移させられたため、魔法の効かないキリエも転移していた。
当然向こうはキリエの対策をしているというわけだ。
他の部員たちとは離れ離れで、通信魔法も繋がらないが、キリエにはこれから何をすればいいのかわかっていた。
「さてと、ノアをぶっ倒しに行きますか」
考えることはアンナたちと同じだ。目的が一緒なら、すぐに再会できるだろう。
会場に向かって、市街地の道路を走っていたキリエは、一ブロック先の通りに目立つピンク髪の少女───ルーナ・セレスティアルを見つけた。
彼女はキヴォトスに住むことを決めたはずだが、どうしたのだろうか。
「おーい、ルーナ!」
声をかけるがルーナは俯いて返事をしない。
キリエが駆け寄ると、徐にルーナが杖を向けてきた。
「……ごめん、キリエ。死んで」
杖の先から衝撃波が発生する。キリエは受けずに、咄嗟に回避した。
キリエには魔法は効かないが、魔法から連鎖した現象の影響は受ける。
例えば魔法で発生させた火の影響は受けないが、その火によって上昇した気温の影響は受けるということだ。
ルーナは単純な魔力弾で空気を打ち、副次的な衝撃波でキリエを攻撃したのだ。
「どうしたの、ルーナ!」
「あんたたちを殺して、ルーナが一番だって証明する。そうすればお父様とお母様に褒めてもらえるの。どうせ死んじゃうならさ、ルーナに殺されてよ」
その目は虚ろで、何らかの魔法の影響を受けていることは明白だった。
キリエが触れれば、その魔法を解除できるかもしれない。すぐにキリエの頭は戦闘モードに切り替わる。
「ルーナ、今助けるから!」
身体強化で加速して、一気にルーナへと距離を詰める。
それを阻むべく、ルーナは衝撃波と水属性魔力弾を混ぜて攻撃してくる。
判断を誤れば死に至るルーナの攻撃に、キリエは殺意を感じ取った。
思惑通りの展開に、ノアは遠見越しに笑っていた。
キリエは何とか攻撃を凌ぎ、ルーナへと迫る。手が身体に触れる寸前、ルーナの姿が一瞬にして消えた。転移魔法だ。
「やっぱりルーナ、あんたのこと嫌いだわ」
ルーナはいつのまにか、空中に浮かび、キリエを見下ろしていた。その頭上には巨大なキューブ状の水が出現している。
巨大な水塊が落下する。
キリエは魔法無効の性質の防御魔法を展開した。しかし、その水塊は魔法無効をすり抜ける。
「魔法じゃない!?」
この攻撃は水魔法ではない。
転移魔法で海から大量の水をこの場に転移させ、それを地面に溢した、ただそれだけの行為だった。
圧倒的な水の奔流がキリエを襲う。
咄嗟に張った通常防御魔法も砕け散り、大海の破片に飲み込まれた。
得意の火属性魔法は当然無理、身体強化でも水の中から脱出はできず、キリエは意識を失った。




