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第42話 夜会


 夜会当日。


 美容や服飾に関して詳しいカサノヴァの手によってアンナたちは夜会仕様にドレスアップした。


 エミリア、シオン、ルーナ、アリスの四人はこういったパーティーに慣れているようで、華やかなドレスとメイクがよく似合っている。


 アンナと椿姫にはヤマトの着物、キリエには童話のお姫様をモチーフにしたドレスをあてがわれ、社交界に不慣れな三人も、カサノヴァのプロデュースによって煌びやかな淑女(レディ)に変身した。

 

 綺麗に着飾った教え子を見て、マリアは満足そうに頷いた。


「みんなよく似合ってる。でも、ナンパには気をつけるのよ」

 

「大丈夫さ、ボクがしっかりエスコートするから」


「一番ナンパする男が言うな」


 などとキレキレ漫才。


 マリアはノアから嫌われているらしく、招待状がなくて夜会には行けないが、もしドレスを着たらきっと素敵だろうなとアンナは妄想した。すると透かさず背筋に寒気が走る。


 マリアに見送られ、生徒七人と引率のカサノヴァはキヴォトス行きの飛空挺ターミナルに向かった。


 もう夕方だというのに、飛空挺ターミナルでは抗議デモが続いており、大勢のデモ隊に囲まれていた。


 今夜は夜会が行われるとあってか活気もすごい。魔法使いが贅沢をすることに対して罵倒が飛び交う。


 アンナたちは抗議の大声を浴びながら飛空挺に乗り込んだ。


 搭乗の際、警備の兵士に招待状を確認される。


 これから潜入ミッションを行うとあって少女たちの緊張も高まる。


「どうぞ、いってらっしゃいませ」


 笑顔で通され、ホッとする。


 飛空挺には既にドレスやタキシードを着た魔法使いたちが乗っていた。


 程なくして飛空挺はゆっくりと空へ浮かび上がり始めた。


 眼下の水の都が徐々に小さくなっていくにつれ、頭上のキヴォトスが大きくなっていく。


 そのアクア海の遥か上空に浮かぶ船の全長は三千メートル、幅は五百メートル、高さは三百メートルにもなる。


 あまりの迫力にゲストたちは圧倒された。


『船底の中央にございますのが、気候制御装置でございます』


 丸みを帯びた船底の中央にある円形の窪みが気候制御装置だと、飛空挺のアナウンスが解説してくれる。

 

 船体側面にはいくつもの巨大なプロペラが並び、船尾にはジェットエンジンが搭載されていた。


 当然、この大きさの船を空に浮かべるには、この程度の設備では物理的に不可能だ。


 しかし、魔法があれば別。キヴォトスは魔法の力で空に浮かんでいた。


 アンナたちを乗せた飛空挺はキヴォトスの船体の上部にある広大な甲板に着艦した。


 甲板は防風結界で守られており無風だ。乗客たちはタラップから続く巨大なエレベーターで船内へと降りていく。


 近未来感のあるエレベーターは揺れもなく静かに降りていき、程なくして止まった。


 扉が開くと、ゲストたちを太陽光とそよ風が迎えた。


 空舟の中にあったのは、都市だった。


 広大な空間には白いビルディングが建ち並び、天井にはリアルな空が映し出され、人工太陽と雲が浮かんでいる。郊外には木々の植えられた自然豊かな公園や農地もあった。


 外から入ってこなければ、屋内だと気が付かないほど、ここは『世界』として完成していた。


 ゲストたちがキヴォトスの中の光景に圧倒されていると、ステッキを持った初老の紳士が現れて、両手を広げた。


「皆さん、よく来てくれた。ようこそ、方舟(キヴォトス)へ。私はノア・ジウスドラ。この船の主人だ」


 低く重い、同時に聞いた者の心に軽やかに触れるような色気のある声で、紳士はゲストを歓迎した。


 誰もが彼に見覚えがあった。


 オールバックの白髪、賢者の如き平静な眼。均衡の取れた美しく逞しい体格と正しい姿勢。仕立ての良いタキシードと、持ち手に豪華な銀細工の施されたステッキ。


 魔法の教科書に載っている通りの姿だった。


 その写真が撮られたのはもう何十年も前のことなのに、彼の姿はその頃から変わっていない。


 実際の年齢は不明だが、ノア・ジウスドラは何千年も生きているらしい。何せ、聖典系魔法の一部の体系を作り出した魔法の祖の一人だからだ。


 生ける伝説の登場にゲストたちは興奮したり呆然とする中、カサノヴァがノアの前に歩み出た。


「久しぶりだね、ノア」


「おや、まさか君が来てくれるとはな、カサノヴァ。毎度あちこちを放浪しているものだから、今回も振られると思っていたよ」


「来年度からまた魔法学校の先生をやることになってね。生徒たちの校外学習がてらに来てやったよ」


 二人は旧知の仲らしく、親しげに話しているが、ノアは行方不明事件と何らかの関係がある可能性が高い。


 見た目は穏やかな初老の紳士だとしても、中身は神代から生き続ける怪物だ。油断はできない。


「そうだ、ボクの娘と教え子たちを紹介するよ」


 カサノヴァに呼ばれたアンナたちはお辞儀をした。ノアは機嫌が良さそうに微笑んだ。


「皆、優秀だとナイル校長から聞いている。魔法世界の未来が実に楽しみだ。はは、それに、まさか君が父親とはね。驚いたよ」


「ボクがパパになるって予言にはなかったかい?」


「買い被りすぎだよ。私には大雑把な未来しかわからない。だからこそ世界が滅ぶことだけはわかる」


 自嘲めいた口調でノアは言った。


 彼は未来を全て知っているわけではないようだ。そもそも未来を全て知っているなら、潜入任務を企てているアンナたちが、こうしてキヴォトスに入ることもできなかっただろう。


「さて、立ち話も何だ。夜会会場までの案内ついでにキヴォトスの説明をしよう」


 ノアに引き連れられて、ゲストたちはキヴォトス内を走行する路線バスに乗り込んだ。


「キヴォトスには衣食住に必要なもの全てが揃っている。そして、それら全てがこの中で循環し、完結している」


 車窓からは普通の街と変わらない飲食店や服飾店が見える。働いているのは人間ではなく、魔法で動く人形──魔動人形(オートマタ)だ。


「この街の労働力は全て魔動人形(オートマタ)で賄われている。だから魔法使いたちは魔法の研究に専念することができる」


 キヴォトスは一つの社会の到達点だ。


 しかしこれは、この方舟という限られた空間でしか叶えられない夢幻だ。


 この便利な暮らしを世界中に拡大しようとしても、できない。


 ここに住んでいるのが優秀な魔法使いたちだから実現できるているだけだ。


 世の中のほとんどの人は魔法をまともに扱うことができず、その恩恵にはあずかれない。


「知っての通りここは世界が滅んだ際のシェルターだ。地球上のあらゆる種の遺伝子を保存する施設でもある。そして何より、魔法使いという、世界最大の資産を保護する方舟だ。君たちが未来に残すべき資産なのかどうか、今夜見定めさせてもらおう」


 ノアが自分たちを見据えて発言したことでゲストたちは顔を見合わせて喜んだ。彼のお眼鏡に叶えば、ここに住むことができるからだ。


 この夜会は謂わばオーディションで、ここにいるゲストたちは書類審査に受かった成績優秀者である。夜会で彼にアピールして気に入られれば、キヴォトスに住むことができる。


 ふとカサノヴァが聞いた。


「なあ、一般居住者はいないのかい? 千人も住んでるって聞いたけど、それらしい人たちはいないぜ」


 ストレートすぎる発言に、アンナたちはドキっとする。


 しかし、流れ的には別におかしな質問ではない。むしろ聞くのが自然なことだ。


 カサノヴァの指摘通り、一般居住者と思しき人たちは街中に見受けられない。街にいるのは白衣やローブを着た研究職の魔法使いばかりだ。

 

「ああ、彼らはこことは別の『一般居住者区画』に住んでいる。魔法使いの中には彼らと上手くやれない者たちもいるからな。適切な言葉ではないかもしれないが、謂わば棲み分けだ」


 この一般居住者区画については、マリアの用意した船内図にその存在が記されており、アンナたちは既に知っていた。


 アリスは読心魔法で嘘をついていないか確認しようとするが、ノアの精神は生きた年月故か複雑で深く、読み取れない。


「それならいいが、君は最初、魔法使いだけしかキヴォトスに入れていなかっただろう。一般居住者に不当な扱いはしていないだろうな」


 再びストレートにカサノヴァが聞く。ノアは苦悩するように眉間に深い皺を寄せた。


「私とて、できることなら、全ての人を救いたい。しかし、私の持つ力で救える人の数には限りがある。だからまず、魔法という価値(・・)を持つ人を優先しただけだ」


 その表情と声は苦悩に満ちており、彼の葛藤が窺い知れた。


「無論、一般居住者に不当な扱いはしていない。彼らも保護すべき大事な世界の資産なのだからな」


 彼の寛大な精神性に他のゲストたちは甚く感銘を受けて、拍手した。


 ノアが優れた指導者であることは、この少しの間の言葉と所作でアンナたちにも充分に理解できた。彼が世界が滅ぶと言えば信じてしまうのも頷ける。


「じゃあ、一般居住者と連絡が取れないのは何故だ」


「技術の秘匿と、選ばれなかった人々の怒りから守るために、キヴォトスの住民は外界との連絡と行き来を断っている。外部との行き来ができるのは一部の魔法使いだけだ」


「そういうことだったか。一般居住者の中に友人がいてね、会えなくて心配していたんだ。後で会えたりするかな?」


「規則は規則でな。君たち外部の者と接触ができるのは夜会に出席する者を含む一部の魔法使いだけだ。だが、もし君がキヴォトスの住民に選ばれれば友人との再会も叶うだろう」


 ノア・ジウスドラは微笑みながら、カサノヴァを試すように見定めた。


「是非、選ばれたいものだ。何せ、世界が滅ぶんだから」


 カサノヴァもまた、その発言の真偽を見定めるため、ノアを見据えた。しかし彼の表情と精神には一部の隙もなく、その心中を探ることはできない。

 

 程なくしてバスは夜会の会場である、大きな宮殿に到着した。


 宮殿では既にキヴォトスに住まう魔法使いたちが、先んじて集まっており、ワイングラスを片手に優雅に語らい合っていた。


「今夜は楽しんでいってくれたまえ」


 ノアはゲストたちに声をかけると、会場の中心に移動した。すぐに周りに人々が集まり、見えなくなる。


 人が多いのもあるが、礼儀を重んじる場所というのが恐ろしくて、アンナは縮こまって、アリスの背後に隠れた。

 

 カサノヴァが生徒たちを会場の端のテーブルに誘導して座らせ、通信魔法で会話を開始する。


「ノアは一般居住者たちが無事だと言っていたけど、真偽は不明だ。住民に選ばれるまで待つこともできない。彼らが無事かどうかは、今からボクらの目で確認する必要がある。予定通り、捜索作戦を始めよう」


 そこでアリスが口を挟んだ。


「作戦名を宣言してください。締まりません」


「え、なんか恥ずかしいんだけど」


「羞恥心があるようには見えませんが」


「ちょっとそこ、親子喧嘩は後にしてくださいます? もう私が言いますわ」


 親子喧嘩が起こる前にエミリアが割って入り、咳払いした。


「それでは『ラプタ作戦』開始ですわ!」


 流石は部長だけあって、一気にみんなの気持ちがまとまる。


 手筈通り、隠蔽魔法に優れたアンナ、キリエ、椿姫、シオンの四人が夜会会場を離れて、キヴォトス内の捜索を開始した。


 それと入れ替えに、カサノヴァが四人にそっくりな魔動人形を自分の周りに侍らせた。


 魔道人形の容姿は四人と寸分違わないほど似ており、その所作や声も本物とそっくりだ。


 カサノヴァは世界有数の『人形使い』であり、本物の人間と見分けの付かないほど精巧な人形を作ることができた。


 彼が長い年月を生きているのも、その身体を定期的に新しい人形(もの)に変えているからだ。


 そして、アリス、ルーナ、エミリア、カサノヴァの四人は夜会会場で参加者と会話をして、キヴォトス、ノア、一般居住者についての情報収集を行う。


 アリスとカサノヴァは話術に長けており、ルーナとエミリアは家柄が良いため、自然に情報を引き出せるだろう。


 まずエミリアは以前別の晩餐会で会ったことのある魔法貴族の男性に声をかけた。


「お久しぶりですわ、デウカリオンおじ様」


「おお、エミリア。君もキヴォトスに招待されたんだね」


 彼のタキシードの襟には鳩とオリーブ葉を模ったマークのバッジが付いている。あれはキヴォトスの住民である証だ。


「おじ様はキヴォトスにお住みになっていらっしゃるのですね」


「ああ、エンジニアとして造船計画の初期から参加してるんだ。なに、君なら今夜にでも選ばれるさ。まあ、いざとなればゼウスの血を引く君は神々が保護してくれるだろう」


「おじ様、世界は本当に滅ぶのでしょうか。お父様は何も仰っていませんわ」


「この滅びは神々の手によるものではなく、人類自身が招いたものなのだろうな。不幸なことに、百年の負債を我々が払わなければいけなくなった」


 魔法世紀になり、人間が地球の魔力を使い過ぎた。百年かけて積み重なった地球の怒りを受けるのは百年前には生まれてすらいなかった人々だ。


 一般居住者について探りたいが、話の流れを無視すると怪しまれる。エミリアはノアや彼の予言、キヴォトスの方面から探りを入れることにした。

 

 悪事を働いているなら、一般居住者の行方不明と何らかの繋がりがあるはずだ。


 ノアの信奉者に聞かれたくないため、エミリアは小さな声で尋ねた。


「ノア様の予言が嘘ということはありませんの? 世界が滅ぶのなら、お父様も予言されるはずです」


 デウカリオンは怒ったりせずに何か合点がいったように頷いて答えてくれた。


「ゼウスの血を引く君が彼を疑うのも無理はない。だが、今現在世界各地で発生している異常気象を見れば、信じざるを得ないだろう。


 何より、このキヴォトスの建造は自然災害が起こる前から計画されていたんだよ。彼が未来を知っているのは疑いようもない事実だ」


 世界が滅ぶと言うだけでは、馬鹿にしか信じてもらえないカルトのペテン師だが、実際にその予兆が起きれば、戯言は予言に変わる。


 そして、世界の滅びを見越して人々を保護する方舟を作っていたともなれば、救世主の出来上がりだ。


 発言の後、何かを思い出したかのようにデウカリオンは顎に手を当て、小声で呟いた。


「だが、ノアも全知全能ではない。見通せない未来もあるし、完璧ではなかった」


「是非、詳しくお聞きしたいですわ」


 二人は会場の隅の席に移動して会話を再開した。


「あれは異常気象が活発になった時のことだ。キヴォトスは太陽光や風、水といった自然のエネルギーを利用して生活に必要な魔力を作っているのだが、気候制御装置を多用した際にキヴォトスの魔力が不足したことがあった。


 そもそも気候制御装置はキヴォトスにおいては余分な機構なんだ。逃れられない滅亡に備えたシェルターなのに、世界の延命装置を取り付けるなんてのは矛盾してる。それが彼の完璧ではないところであり、我々が彼を信じた理由でもある」


 エミリアはてっきりノアが実は悪い人だというタレコミを聞けるのかと思っていたが、その真逆だった。聞く限り、ノアは聖人や救世主に相応しい人格者だ。


「なんだか惚気話のようですわね、おじ様」


「そりゃそうさ、私たちはノアに惚れたからこんな馬鹿でかい船を作ったんだ」


 新興宗教のように洗脳されたりしているわけでも、魔法で操られているわけでもない。ここの住民はノアのカリスマ性に惹かれているのだ。


「それで、魔力不足はどう解決されたのです? 日々、異常気象の頻度や規模は大きくなるばかりでしょう」


「ああ、それがノアは新たな魔力炉の開発に成功してな。ノアを含む一部の関係者しか詳しくは知らないんだが、何でも理論上は永久機関だとかで、魔力を永続的に作り出し続けられる装置らしい。


 導入されたのは、丁度一般居住者が住み始めた頃だったな。新型魔力炉で余裕ができたから千人もの住民を受け入れたのだろう」


 デウカリオンの口から一般居住者という言葉が出たことで、エミリアは話題を切り替えることにした。


「そういえば一般居住者の方々はお見受けになりませんが、おじ様はお会いしたことあります?」


 すると、デウカリオンの顔が無表情になり、その口調も冷たくなった。


「あの役立たずの穀潰し共のことなど知らん。キヴォトス反対派と反魔法至上主義へのアピールで、致し方なく受け入れただけだ。この百年で進化できなかった奴らこそ滅ぶべき劣等種だとは思わんかね、エミリア?」


 突然強い思想を語られ、更に同意まで求められた。


「おほほ、そ、そうですわね〜」


 普段のエミリアなら言い返すところだが、潜入任務中とあって、グッと出かかったクソ汚ねぇ言葉を堪えた。

 

 ここは魔法学園とは比べ物にならない魔法至上主義の巣窟だ。魔法弱者の一般居住者について言及することすら憚れる。会話で情報を聞き出すのは困難だろう。


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