第41話 キヴォトス
それから、二人と一柱はアクア観光を再開した。
歩きながら、アンナはふと頭に疑問が浮かんで、アリスに質問した。
「そういえばアリスちゃんはマリアの弟子になったのに、今はアクアに戻ってるんだね」
「ええ。マリア先生に引き取られた後、しばらくしてから実の父親が現れたんです。今はその人とアクアで一緒に暮らしています」
話の途中から、特に『父親』のあたりから、アリスがキレ気味になっていたのがわかった。地雷を踏んだようだ。
「別に不満はありませんよ。アクアの診療所の手伝いもできますし、この街は好きですから」
街もアリスが気に入っているようで、行く先々で街の人々がアリスに親しげに声をかけてきた。
ノエルの弟子であり、今もなお診療所の手伝いをしているからだろう。
観光名所を回っている途中のこと。
港にあるキヴォトス行きの飛行艇ターミナルに人だかりができていた。
「魔能差別反対!」
「魔法至上主義反対!」
大勢の人々が看板やプラカードを持って大声を出している。所謂デモというやつだ。
「あれはキヴォトスに対する抗議デモです」
アリスが教えてくれる。
「キヴォトスには選ばれた魔法使いしか住めないのですが、それが不平等だとして、反対運動が起きています。
その解決策としてキヴォトスは非魔法使いからも抽選で選ばれた人を一般居住者としてキヴォトスに招くことになったのですが、それでも火は消せなかったみたいですね」
デモ隊に囲われたターミナルの搭乗口から何人かの人たちが飛空挺に乗り込んで行くのが見えた。彼らが件の一般居住者に選ばれた人たちなのだろう。
しかし何故キヴォトスにそんなにして住みたいのか、アンナが疑問に思った時、突然雨が降り出した。それもゲリラ雷雨だ。
デモ隊は散らばり、アンナたちも近くのカフェに避難した。
二階の窓際の席についた二人は先ほどのキヴォトスに関する会話を再開した。
「誰もがキヴォトスに住みたがる理由がこれです」
アリスは空を見た。夏になるとこういう天気はよくあるが、それにしても強い風雨だ。
一瞬にして空が暗くなり、大雨が降り出し、街は水浸しになった。お店の一階には既に水が入ってきている。
「最近、世界各地で異常気象が発生しています。キヴォトスはこの異常気象の対策のため、気候制御装置として、そして避難シェルターとして作られたのです」
世界的に気温が上がり、南極等の氷が溶けて世界中で水位が上がってきているとアンナも聞いたことがあった。
原因は、魔法を使う人間が増加したり、魔法道具が発達したことで、地球全体の魔力が減少したかららしい。
「避難シェルターなんて大袈裟じゃない? 世界が滅ぶ訳でもないし」
そんなのまるでエクレシア教の聖典にある方舟だ。
「世界が滅ぶと予言した魔法使いがいるんですよ。それが『ノア・ジウスドラ』です」
アリスはノアから渡された夜会の招待状を見せてきた。
「そして彼はキヴォトスという、魔法研究機関にして気候制御装置、避難シェルターであり、人類という種を保全する方舟を作ったのです」
それを聞いて、人々がキヴォトスに住みたがることにアンナは納得した。
しかし、いくら大きい船とはいえど、世界中の人が乗れる訳ではない。
当然、選別が必要になり、魔法世紀における優れた人間───魔法使いが優先的に乗ることになったのだろう。
「でも、予言なんてなんだかオカルトみたいだし、信じるほどかな」
アンナの前世でも世界が滅ぶとかなんとかという予言が流行った時期があったが、世界は滅んでいない。
「事実、未来を視る魔法はありますから、信じざるを得ないのでしょう。ノア・ジウスドラがペテン師ではなければの話ですが」
確かに未来を視る魔法の使い手は魔法学校にもいた。ゼウスの力を継ぐユリア・コンセンテスだ。
なんだかアンナも世界が本当に滅ぶのではないかと恐くなった。
その時、空のキヴォトスの船底が発光した。
それを機に次第に雨は弱まり、程なくして雨は止んだ。あれが気候制御装置なのだろう。
「止みましたし、出ましょうか。水浸しですが、これがアクアの日常ですから」
階段を降りると水浸しのはずの一階から既に水が引いていた。
不思議に思い、外に出ると、先程まで海の延長線上だった街の石畳が露出していた。
なんと、街の各地から雨水が広場の上空に集まり大きな球体が形成されていた。
その真下には見覚えのある桃色の髪の少女が杖を掲げていた。ルーナ・セレスティアルだ。
「水を葡萄酒に、葡萄酒は我らの血潮に」
詠唱が終わると、水の大玉はみるみると小さくなり消えてしまった。
水を自分の魔力に変える魔法だ。これで雨上がりの不便な水浸しに憂う必要はない。
広場に集まった人々がルーナに拍手を送る。
ルーナは謙遜することもなく、自慢気に胸を張って拍手を浴びた。
アンナたちも拍手していると、ルーナが気付き、近寄ってきた。
「アンナちゃん、アリスちゃん、おひさー! つっても二週間くらいしか経ってないか」
「久しぶりルーナちゃん。でも、なんでアクアに?」
「あれ、アリスちゃんから聞いてないの? ルーナも夜会に招待されたんだよ。今日はアリスちゃんのおうちに泊めてもらうんだ」
聞いてない。アンナはてっきりアリスと二人きり(ここでイブの首締めが炸裂)だと思ってた。アリスの方を向くと、
「伝え忘れてました〜」
なんて、笑ってる。
別に変なことをするつもりなどアンナにはなかったが、期待させておいて、振り回す様は正に悪女だ。
「ほら、みんなもいるよ」
ルーナが見ている方向には、キリエ、椿姫、エミリア、シオンの姿があった。
ユニコーン寮決闘部の勢揃いだ。それはそれですごく楽しみで、アンナはワクワクした。
「皆様ごきげんよう。お元気なようで何よりですわ」
「やっほー、遊びに来たよ」
エミリアとキリエが活発に挨拶し、シオンと椿姫は後ろで会釈した。
全員ノア・ジウスドラから招待状をもらっているようだ。魔法学校の成績優秀生なのだから、不思議ではない。
「全員揃いましたね。では、私の家にご案内します」
案内されたアリスの家はメインストリート沿いの大きな洋館だった。
もちろん海の上に建っていて、窓を開ければ海と綺麗な街並みが見える。
お父さんが丸々一棟所有しているようで、使っていない部屋がいくつかあり、今夜はそこに泊めてもらう。
各々が部屋でのんびりしているとアリスに呼ばれて二階の広間に集められた。アリスのお父さんが挨拶したいらしい。アンナはこういう時緊張するタイプだ。
一体どんなダンディーが姿を表すのかとイメージを膨らませていると、ジャスミンの香りを纏った金髪の美人が現れた。
髪は肩口で切り揃えられていて、白いコートを羽織っている。美女と見紛うほどの美男で、年齢は二十代半ばほどにしか見えない。
「こんにちは、ボクはカサノヴァ。アリスのお父さんだ」
穏やかで爽やかな声。アンナはこの人をイヴの記憶の中で見たことがあった。
裁判を受けるイヴの弁護士をやっていた人だ。つまり百年以上前から生きていることになる。
「新学期からユニコーン寮の先生になるから、よろしくね」
常時、顔面から魅了魔法を垂れ流しながらウィンクしてくる。
この場にいる女子はアリスのせいで耐性があるが、本来なら歩くだけで周囲の老若男女は虜になるだろう。
如何にも軽薄な様に、生徒たちはこれが先生だとはすぐには信じられなかった。
「皆さん申し訳ございません。見ての通りクズですが、本当にこれが先生なんです」
呆れた顔でアリスが捕捉する。
「アリス、お父さんをクズ呼ばわりなんてしちゃダメだよ。事実だけどさ。これでも一応『円卓の騎士』なんだぜ」
などと自慢気に語るカサノヴァ。
大昔から生きていることや、円卓の騎士であることを鑑みれば、凄いのは事実だし、アリスの父親ということで一応信用はできそうだ。
「さて、みんなに集まってもらったのには理由があってね」
カサノヴァは真剣な表情になって懐から封筒を取り出した。ノアの夜会の招待状だ。
「君たちには、事件の捜査に協力してもらいたい」
「わ、悪いことなど、しておりませんわ〜!?」
エミリアが勘違いして両手を上げた。
「違う違う、君たちを取り調べしたい訳じゃないよ。君たちに調べて欲しいんだ」
そう言ってカサノヴァは分厚い書類を手渡してきた。
その書類には『キヴォトス一般居住者名簿』とあり、千人以上の名前が記されていた。
「キヴォトスの一般居住者全員と連絡が取れなくなっている。君たちには夜会に乗じてキヴォトスに潜入しもらい、行方不明になった人たちを捜索して欲しいんだ」
アンナがアリスの方を見ると、今知ったようで驚いている。
「あ、あの、私たち魔法騎士ではないのに、捜査とか勝手にやってもいいのでしょうか?」
椿姫からまともな質問が飛ぶ。
「ああ、そうか。じゃあ、ボクが今から君たちを見習いの従騎士に任命しよう」
「それ、魔法騎士団の許可なしでできないのでは?」
シオンからも指摘され、カサノヴァが困る。
「後でマリアあたりから叱られることになるかもだけど、ボクが責任を取るからさ」
めちゃくちゃ信用できない。アリスを見ると、また呆れて、頭を抑えていた。
すると、部屋の隅から重圧が発せられて全員が動けなくなった。
「誰に叱られるですって?」
そこにはマリア・フルルドリスが仁王立ちしていた。今しがた転移魔法で現れたようだ。
「げぇ、マリア!?」
カサノヴァはその美貌を蒼白にして冷や汗をかき、壁まで後退りするが、マリアに胸ぐらを掴まれて宙に浮かんだ。
「子供たちを危険な目に合わせるつもり?」
「騎士団はキヴォトス内じゃ治外法権で動けないし、キヴォトスは招かれていない者を通さない結界が張られているから、招待状を貰えてない君も役に立たない」
「ボクは貰ってるけどね」と自慢気に招待状を見せるとマリアは手を離して、カサノヴァは尻餅をついた。
「やれるのはこの子たちだけだ。エクソダスを倒した実績もある。君もわかってるんだろ」
丸め込まれるのが癪なようでマリアは舌打ちをした。恐る恐る、アンナが手を挙げる。
「あの、やります」
せっかくの夏休みだが、困っている人がいるとわかった以上見過ごせなかった。
「誰かが危ない目に遭ってるかもしれなくて、自分にできることがあるのなら、やりたいです」
他の生徒たちも頷いて賛同した。全員アンナと同じ意見だった。
マリアは天を仰ぎ、溜息を吐くとカサノヴァを睨んだ。
「作戦は?」
カサノヴァは気を取り直してピョンと跳ねた。
「とびっきりのがある。具体的には、夜会に参加すると見せかけてキヴォトスに潜入し、行方不明の一般居住者を探す」
「全然具体的じゃない」
そう言ってマリアは図面をテーブルに広げた。キヴォトスの船内図のようだ。
「こんなものどこで? 外に漏れる訳ないのに」
「さっきキヴォトスに出入りしている魔法使いを捕まえて記憶から内部の情報を抽出したのよ。下っ端だから大したことは知らなかったけど、船内図は出力できたわ」
マリアは既に捜査を始めていた。夏休みなのに急に入った仕事とはこのことだったようだ。
しかも、さらっとヤバいことをやっていて、生徒たちは恐怖した。
「……あの、まだキヴォトスが黒とは決まってませんわよね?」
「一般居住者との連絡が途絶えたのに、キヴォトス側から事情の説明は一切無いし、もう黒でいいわよ。白だったらそれでいい訳だし。さっき気絶させた人には申し訳ないけど、もう片方の天秤に千人乗ってる以上、ちょっと乱暴にせざるを得ないわ。大丈夫、私を罰せる人たちは私よりも弱いから」
カサノヴァを含めて全員が引いた。この聖女にとって法は何の意味もなさない。
その後、船内図をもとに作戦を決めたアンナたちはお泊まり会を中止し、明日に備えて早めに就寝するのだった。




