第40話 帰還
「それならあんた、わたしの子分になりなよ」
ミオッカがトカゲの姿になったアルフォンスにそう声をかけたので、エアとレキは一瞬「えっ?」という顔をして彼女を見た。だがミオッカが突然子分を増やすのは今に始まったことではない。
ふたりは今度は小さなトカゲを見た。
トカゲも『えっ?』という顔になっていた。
『……子分、だと? 我が?』
思いがけないことを言われたトカゲは狼狽した。
「そうだよ。子分になったらわたしが食べさせてあげるし、将来ひとりでも生きていけるように仕込んであげるよ。もちろん、わたしのもとでずっと暮らしたければ、そうしてもいいんだ。レキの下につくことになるけれどね、それでもよければわたしと一緒に来るといい」
『我が、おまえたちと共に……』
躊躇うトカゲにレキが近寄り、両手ですくうようにしてトカゲを抱き上げた。子どもは体温が高い。それまでの人生で、誰かに優しく触れられたことのなかったアルフォンスは、その温もりに戸惑った。
「来るかい? いいんじゃねえの、ひとりじゃなくなるぜ」
『だが……』
トカゲは恐る恐る尋ねた。
『いいのか? 本当に、我が一緒にいてもいいのか? おまえたちを食らおうとした竜なのだぞ?」
「もう食わないだろ。姉ちゃんが許可を出したんだからいいに決まってるさ」
レキの言葉を聞いたトカゲは三人の顔を見てから、『なる! なる!』とものすごい勢いで何度も頷いた。
「じゃあよろしくな、アルフォンス。俺たち先輩の言うことをよく聞いて、役に立つ子分になれよ……ミオ姉ちゃん、こいつの名前はちょいとばかり長くね?」
「そうだね。狩りの時には簡潔な呼び名がいいから、あんたは今からルフと名乗りな。さあ、ナト村に……」
帰るよ、と言うミオッカの言葉をレキが遮った。
「その前に、クローニー子爵んちに戻って顔を出した方がいいんじゃねえか? 荷物も置いてあるし、あの人たちが突然消えた俺たちのことを探しているかもしれないぜ」
「ああ、忘れてた」
「田舎の親や妹に、土産も買ってやるといいし。特に女の子は町の土産が好きだろうからな」
「レキは天才か!」
村に帰る気満々だったミオッカは「なるほど、家に帰るからには土産が必要だな」と頷いた。そしてどうやら彼女は、荷物のことも親切にしてくれた子爵家の人々のこともすっかり忘れていたようだ。
「怪我とか大丈夫とは思うけど、ヘールナダ聖教国の男たちに襲われそうになったヒルダのことも心配だし、叔父さんには世話になったからね。挨拶をしてからいこうか」
ミオッカはレキの頭を「さすがだね、レキは気が回る子分だ」と撫でた。それからレキに抱かれたままの姿でなぜか硬直しているトカゲの頭も「ルフ、よろしくね」と撫でた。
新たに付けられた短い呼び名だったが、その名を呼ばれたトカゲの心に温かな何かが灯り、彼の緊張がほぐれたのであった。
結局、クローニー子爵家に顔を出したミオッカたちは、そのままふた晩も泊まることになった。
顔を見るなり泣きながらしがみついてきたヒルディアンヌの気持ちを落ち着かせ、伝説の稀竜種がふたりも目の前にいることを知り絶句したクローニー子爵とその腹心の部下を落ち着かせ、よくよく口止めをする必要があったのだ。
ちなみに、ヒルディアンヌは大好きなミオッカお姉様さえ無事ならあとはどうでもいい、というおおらかさで、レキと一緒になって小さなトカゲを腕に乗せたり肩に乗せたりして、たいそう楽しく遊んでいた。
ルフも、これまでの人生で初めての『友達と遊ぶ』という体験ができてご満悦だった。『ヒルディアンヌよ、我の力が必要な時には遠慮なく呼ぶがいいぞ』などと調子の良いことを言うと「まあ、可愛いトカゲさんだこと。ルフはわたしの騎士になってくれるのね、頼もしいわ」と背を撫でられて、満足げに小さな火をぽふっと吐くのであった。
父親である子爵は『稀竜種を前にしてもまったく動じないとは、我が娘ながらかなりの大物だな。ミオッカの従姉妹だけある、と言っていいのだろうか』と、頭にルフを乗せて「新しい帽子!」と笑うヒルディアンヌを見てため息をついた。
子爵領から遠く離れたナト村では、エイリナが無事に目を覚ましていた。
急に繭が消滅したため、不幸にも台所の床に落下してしまったエイリナは、おしりをさすりながら突然辺りが雪景色になっていたことに驚き、寒さに震えた。繭の中で眠っていた間のことは、まったく覚えていなかったようだ。
両親に状況を説明されたエイリナは「それじゃあ、お祭りは終わってしまったのね。わたし、楽しみにしていたのに……」とがっかりしたが、ミオッカが旅に出てしまったことを知るとさらにがっかりした。
「エイリナが変な入れ物の中から出てきたのは、ミオッカがなんとかしてくれたのだろうから、もう帰ってくるんじゃないか?」
父のレットクにそう言われたエイリナは、刺繍や縫い物などの冬仕事の合間に外に出て、雲に覆われた空の下で村から出る道を眺めては姉の帰宅を待った。
そうして今日も道を眺めていたエイリナは、鉛色の空に飛行するなにかを見つけて目を凝らした。
「大きな鳥が飛んでいるわ。この寒さの中、どこに行くのかしら……あら、とても大きいわ。それに、鳥の背中になにかを乗せているみたい」
そこへ、ありえない距離から風に乗って聞き慣れた声が届いた。
「エイリナ、ただいま! ちゃんと元気になっているんだね、良かったよ」
「この声は、ミオッカ姉さんね? どこにいるの?」
エイリナは辺りを見回したが、姉の姿は見当たらない。そこへまた妙に気が利く風が声を運んできた。
「上だよ、白い竜が見えるだろう? これはわたしの子分でエアっていう役に立つ竜なんだよ。その背中に乗っているんだ。今、その辺りに降りるからね」
「竜? 竜! ええええーっ、父さん、大変よ! ミオッカ姉さんが、竜に乗って空から帰ってきたわ! 父さん、母さん、どうしたらいいの?」
エイリナの悲鳴を聞いて、レットクとメイニャが粗末な家の中から出てきた。
「なんだって? うわあっ、アレはなんだ!?」
上空に羽ばたく白い竜と、その背につかまって身を乗り出し「危ないから近寄らないでねーっ」と手を振るミオッカを見て、三人は絶句した。
「竜ですって? そういえば、星読みのお婆が竜だの聖なる乙女だの言っていたけれど、あんた、本当に竜を連れてきちゃったの?」
メイニャは顔を引き攣らせて「まったく、あんたって子は!」と吐き捨てるように言った。だが、その瞳は、散々心配をかけた娘が無事に帰ってきた安堵で濡れていた。
「父さんも母さんも、ただいま」
竜から降りたミオッカは、トカゲを肩に乗せた子どもを従えて笑顔で言ってから「エイリナ、会いたかったよ! 元気な顔を見られて嬉しいよ」と妹を抱きしめた。
レキがエアの背中に乗せてきた荷物を下ろすと、エアは白い服を着て竪琴を手にした、いつもの人の姿に戻って「ご無沙汰しています」とレットクたちに上品に微笑んだ。エイリナは、初めて見るエアの美しい姿に息を呑んでいる。彼の美貌は年頃の娘の心を釘付けにしてしまうのだ。
「あっ、あんたは、人間じゃなかったのか?」
驚くレットクに、エアは「はい、そうなのです。竜の姿になると、より一層ミオの役に立てるので喜んでいます」と答えた。
「そう、なのか? まあ、その、ミオッカが世話になっているな」
彼の正体がが巨大な竜だと知り、『うちの娘はなんてもんを子分にしてしまったのだ』とほんの少し怯えながらレットクが言うと、エアは嬉しそうな顔になった。
「いいえ、お世話になっているのはわたしたちの方ですよ。旅の間にわたしはたくさんのことを学び、様々なことができるようになったのです。修行をして狩人としての仕事もできるようになったんですよ。すべてはミオの指導のおかげなのです。そして、レットクさんはミオの師匠だとお聞きしています。今のわたしがあるのもレットクさんのおかげです、誠にありがとうございます」
レットクは面食らった表情でエアの感謝の言葉を聞いていたが、メイニャの「あらまあ、あんたはずいぶんと達者に喋れるようになったのねえ」と感心する声を聞いて我に返った。
「それは良かったな。これからも立派な狩人になれるように精進するといい」
師匠っぽく言うと、エアも「はい、その言葉を胸に、より一層努力します」と弟子っぽく答えた。
ミオッカは、レキも家族に紹介した。
「いろいろあったんだけどさ、子分も増えたよ。この子はレキといって、二番目の子分なんだ」
「俺はレキ。よろしくな!」
「レキは賢いし、気が利くいい子なんだよ。そして、このトカゲは小さくなっちゃったけど実は竜なんだ。三番目の子分のルフっていうの」
『我はルフ。ミオッカの三番目の子分として見聞を深めていきたく思っておる。よろしく頼む』
ルフはふん、と鼻息を荒くして鼻から小さな火を吐いた。
「こいつは偉そうだけど、火おこしが得意だし、小さな子と遊んでもとても気をつけて怪我などさせないよ。抱っこしても大丈夫だから、人気者なんだ」
レキにそんな紹介をされたルフは、胸を張って『人気者である』と頷いて見せた。
エイリナとレットク、メイニャはかなり混乱していたが、混乱が極まると人はかえって冷静になるものである。
「とりあえず、家に入りなさい。寒かっただろう」
「うん、久しぶりの我が家だね」
ミオッカとレキ、エアは大きな荷物を持って中に入った。
「さあ、お土産をたくさん持ってきたよ! わたしたちは狩りをしたり演奏をしたりして、お金を稼いできたからね、いいものがたくさんあるんだよ」
両親と妹は『なぜ、演奏?』と首を傾げたが、マイペースのミオッカは「母さん、まずはこの手紙を読んでみてよ」と懐から一通の手紙を取り出してメイニャに渡した。
「クローニー子爵からだよ。母さんの弟なんだってさ。親切な叔父さんで、ヒルディアンヌって名前の可愛い従姉妹もいたよ。あのうちの人たちはみんな親切だった」
いきなり爆弾を落とされて、三人は絶句した。が、ミオッカはそんな空気を一切気にかけない。
「はい、これはヒルディアンヌからエイリナに贈り物だってさ。綺麗なリボンなんだ。髪を結んだり、服に縫い付けたりして使うらしいよ。ヒルダはエイリナに一度会ってみたいって言ってたよ」
上質な絹の美しいリボンを三色も渡されたエイリナは「こんな、お姫様が使うようなリボンを、本当にいいの?」と、顔を赤くしながら受け取って嬉しそうに笑った。
「あとは、町で買ってきた新鮮な果物や、珍しい干した果物や、焼き菓子や、魚の干したやつ。長く持つものを選んで買ってきたよ。あとは布地も買ってきた。レキが詳しいから助かったよ」
「こっちが普段着用。こっちは下着を縫うといい布だ。あとは、晴れ着用と、若い娘さんが好きなレースもいくつか選んでみたからさ。飾りボタンもあるから、綺麗な服ができるぜ」
見せもの一座にいたせいで、こんなものにまで詳しいレキの説明を聞いて、レットクとメイニャは『本当に賢い子どもだな』『まあ、物知りね。こんな子がミオッカと一緒にいてくれたら助かるわ』と感心した。両親だけあって、ミオッカの残念な点も正確に把握しているのだ。
「あとは、お茶や、丸薬なんかも買ってきた。これは新しい靴だよ。それから、あったかい布団もある。これは釘と、ネジだよ。あとは……」
後から後から渡される素敵な土産物に三人は溺れそうになったが、エアが「わたしは力持ちなので、たくさん持ってこられました」と胸を張っているので「遠いところを、素晴らしいものをこんなに持ってきてくれてありがとう」とお礼を言って受け取った。
「あと、お金も渡しておくね。それじゃあ、三人の元気な顔も見たし、わたしたちはそろそろ出発するね」
「はあ?」
ようやく帰宅したというのにまた出て行こうとするミオッカを、レットクは「うちに帰って来たんじゃないのか?」と引き留めようとした。
「ミオッカ姉さん、また旅に出ちゃうの?」
ミオッカは寂しそうな顔をする妹の頭を撫でた。
「うん。わたしたちは旅を続けて、この世界をいろいろ見て回ろうと思うんだよ。あと、この家だとわたしたちが泊まる場所がないしね。雪の中で野営するのは寒いから」
居間兼台所兼食堂と、寝室しかない粗末な家なのだ。
「星読みのお婆にもよろしく伝えておいてよ。あったかくなった頃にでも顔を出すからさ、客間を増築しておいてね」
さあ行くよ、と声をかけられた子分たちは外に出ると、エアが竜の姿になり、肩にトカゲを乗せたレキとミオッカが素早くその背に乗った。厚いマントをしっかりと身体に巻きつけたミオッカが「みんな、準備はいいね」と声をかけた。
「ミオッカ、あんたって子は、まったく……」
外に出てきたメイニャに、ミオッカは「そうだ、言い忘れていたんだけど」と言った。
「わたしの父親だっていう精霊は、なんか、力をなくして消えちゃったみたいなんだよ。一発殴ろうと思っていたのに残念だけど、その辺を吹く風の中にいるみたいだからさ、母さんも文句があるなら言うといいよ」
「ちょっとミオッカ! それはかなり大切な話よ!」
「あと、叔父さんに返事を書いてあげてね。待ってるって言ってたし、怒ってないなら遊びに来て欲しいんだってさ。クローニー家の人たちはほとんど病気で死んじゃって、母さんに酷くした人たちは誰もいなくなったから、叔父さんをあんまり怒らないでやってよね」
「ミオッカ! 待ちなさい! それも大切な話!」
「それじゃあ、行ってきます」
「ミオッカーッ!」
メイニャが叫んだが、母親に叱られるのに慣れているミオッカは笑顔でスルーした。
「ミオッカ……」
「メイニャ、あの子が無事で良かったな」
「姉さんは相変わらずね」
メイニャの背をさすって慰めるレットクと、くすくす笑うエイリナと共に、メイニャはあまりにも自由過ぎるミオッカたちを見送った。
そしてその後、弟の手紙に書いてあった『いろいろな姉上の逸話を聞いていたので、ミオッカがいかにも姉上の娘だと感じて、とても楽しく思いました』という素直な感想を読んで「あの子が、わたしにそっくりなの?」と頭を抱えたのであった。
精霊と人間の娘、ミオッカ。
白と金の稀竜種、エア。
青銀の稀竜種、ルフ。
そして、出自が不明だが聡明なレキ。
彼らの旅はこれからも続く。
FIN.
これでこのお話は終わりです。
最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました(*´∇`*)




