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稀竜と精霊の乙女〜アーゲルバインドの風〜  作者: 葉月クロル


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第39話 小さなトカゲ

『ぐぬう、全員で巨大化するとは怪しき技なり。これは聖なる乙女の力なのか?』


 歯をむき出して威嚇するトカゲは、地団駄を踏んで怒りを表していた。小さくなったと同時に幼さも出てきたようで、先ほどのような高齢者の落ち着きが減っている。


 そんなアルフォンスに、賢いレキが即座に「違う違う、俺たちが巨大化したんじゃなくて、おじさんがちっちゃくなったんだ。チビのトカゲにもなってるぜ」と突っ込んだ。


『な、なんだと? そんな馬鹿なことが……うわあっ、我の身体が! 身体がおかしなことになっておる!』


「おそらく、さっきのあれで兄ちゃんの方におじさんが持っていた力が移っちゃったんだろうなあ。まあ、エア兄ちゃんを食おうとした自分が悪いんだから、命があるだけありがたいと思いなよ」


「そうです、あなたが諸悪の根源なのです」


 エアは素早い動作で小さくなったアルフォンスに近寄ると、尻尾を掴み上げてミオッカのところに戻った。


『これ、何をするのだ! セアイアルムス! 我の尾を離さんか! ぐあっ!』


 暴れる竜を一発叩いておとなしくさせてから、笑顔で尋ねる。


「ミオ、捕まえましたがこれはどうしますか? 生き物を殺すからには食べるべきなのでしょうが、おそらく、これの肉はとてもまずいのでお勧めしません。燃やしてしまいましょう」


 先ほどの気持ち悪さを思い出したエアは、「ミオのおなかが痛くなったら大変ですから」と言ってトカゲを振った。


『なっ!』


 まずい肉扱いされた青銀のトカゲは、怒りのあまりにのたくたと身体を悶えさせた。だがミオッカは、とても澄んだ瞳で逆さ吊りにされたその姿を見守りながら言った。


「まだ食べていないのだから、そのような先入観を持つのはいけないよ。臭みやアクが強かったり、弱い毒がある獣や植物でも、処理の仕方では食べられるようになる。小さいけれど、いくらか肉は付いているみたいだから、香辛料を振って串焼きにするといいんじゃないかな。エア、動物の処理の基本はわかるね?」


「はい、しっかりと血抜きをしてよく冷やし、臭みが出る前に内臓を抜き去ります。なるほど、トカゲにも応用が効くんですね」


 屈辱に耐えていたトカゲの、のたくた具合が激しくなった。


『おまえたちは本気で我を食べる気なのか? おい、離せ! 我はこの世界に長く生きる稀竜種であるぞ、もう少しうやまうとか、ねぎらうとか、とにかくなんとかならんのか!』


「エアの命を狙ったから、もうあんたは敵だよ」


 さらりと言うミオッカの冷たい目を見たアルフォンスは、彼女が本気で言っていることと、自分がなにをしでかしてしまったのかに気づいて身体を震わせた。

 彼は竜を統べると言われた『聖なる乙女』を敵に回してしまったのだ。


 エアも頷いた。


「あなたはわたしを食べようとしましたよね。それなら、わたしがあなたを食べてもいいと思います。狩人として、多少まずくても我慢して食べます」


『偉そうに胸を張るでない!」


「ほい、兄ちゃん。これ使いなよ」


「気が利きますね」


「よく手入れしてあるから、固い皮でも切り裂けるぜ」


 解体用のナイフをレキに手渡されたエアは、凶悪な光を放つ刃をアルフォンスの喉に近づけた。


「わたしは血抜きも解体も得意なんですよ。ちょっとちくっとするだけですからね、怖かったら目をつぶっていてください。すぐに終わりますよ」


『うわああああーッ、よせ! よさんか! 聖なる乙女、この狂った竜を止めるのだ!』


 もちろん、ミオッカに止める気などない。


「あんたはこれまで、生まれたばかりの竜をたくさん食べてきたんでしょ? 食べられる順番が来たんだと思って、観念しなよ」


『聖なる乙女も狂っておったあああああーッ!』


 トカゲは激しく暴れた。


『違う、奴らは我に食べられるためにここに辿たどり着き、我に身を捧げたのだ。その魂は我と共に生きていたのだが……今はセアイアルムスの中に入ったのだろう! つまり、白い竜に食べられたのだぞ!』


「……わたしの中に、ですか?」


 エアは首を傾げてから「なにも入ってませんけど?」と不思議そうな顔をした。


『どういうことなのだ? 魂と叡智はどこに消えて……ああっ』


 逆さになったトカゲは『我の隅っこに、魂たちが、まだ入っておった……』と小さな声で言った。


『つまりだな、我を殺すとこれらの魂をも殺すことになるぞ。かまわんのか?』


 ミオッカは困ったような顔をした。


「それはまずいな。エアを食べようとしたアルフォンスを食べるのは筋が通っているけれど、罪のない竜たちの魂を殺すのは良くないことだよ」


「となると、燃やすのも駄目のようですね」


 そう言うと、エアはトカゲを地面に捨てた。


「仕方がありません。もう悪さをする力もなさそうですし、ここに放置していきますか?」


『我は悪さなどしたことがないぞ! 稀竜種としての運命さだめまっとうしていただけだ』


 ミオッカは肩をすくめると「そうだったっけ。それじゃあ、稀竜種としてまたここで暮らしなよ。そうすれば世界は安泰なんでしょ? わたしたちはナト村に帰るね」と手を振り、エアに「竜になって乗せて行ってよ」と声をかけた。


 と、小さなトカゲは翼をはためかせて浮き上がり、ふよふよとゆっくりした速度でミオッカの方に向かった。

 

『ミオッカよ、早く戻るのだぞ』


 白い竜の姿に戻ったエアの背中に飛び乗ろうとしたミオッカは「え?」と振り向いた。


「もうここには戻らないよ。さよなら、人騒がせなアルフォンス」


『馬鹿なことを言うではない!』


 小さなトカゲは、ぽふっと火を吐いた。


『我をここに残していくのか? こんな身体では、外に出ることも難しいではないか。我も生きていくためには食べなければならないのだ、餓死してしまったらどうするのだ?』


「でも、あんたはここで稀竜種のお務めをするんでしょ?」


『力を奪われた我は、もう稀竜種ではなくただの竜……てっ』


 人型に戻ったエアにぺしりと叩き落とされたトカゲは『なにをするか!』と抗議した。


「そちらこそ、なにを馴れ馴れしくしているんですか。ミオに近づかないでください。あんまりしつこいと、世界がどうなろうと解体して肉にしますからね」


『だが、ミオッカは聖なる乙女なのだろう。つまり、我と共に生きる運命さだめにあるのだ。そのような伝承が、稀竜種の記憶に伝わってきているぞ』


 トカゲにしか見えない竜のアルフォンスは、つぶらな紫の瞳でミオッカを見つめた。


『だから、戻ってくるだろう? もう我をひとりにしないだろう? 聖なる乙女は竜と共にいてくれると、我は信じているぞ』


 ミオッカは「変なことを言ってるけど……」とアルフォンスを見たが、はっとした表情になった。


「あんた、もしかして、ずっとひとりで寂しかったの?」


 トカゲは口を引き結んだがなにも言わない。


「長い間こんな場所にひとりでいてとても寂しいから、やって来た竜たちを飲み込んで、エアのことも飲み込んで、この洞窟の中でわたしたちと一緒に暮らそうって思っていたのかな? 今までは身体の中に溜めた竜の魂と話をして生きてきたの?」


『普通の竜の魂は、会話などできぬ。我は、太古の昔に稀竜種として生まれてきてから、誰とも対話しておらぬ。ミオッカ、セアイアルムス、そしてレキとかいう小僧、おまえたち三人が、初めての会話の相手である』


「うわあ、マジかよ!」


 レキが「こいつ、究極のひとりぼっちじゃねえか!」とトカゲを指さしたので、ミオッカは「冗談にならないからやめなさい」とそっと手をつかんでおろさせた。


『だから我は……聖なる乙女がやってくるのを……とても楽しみにしていたのだ。我の寿命がつきそうなのを感じておったが、もしかすると間に合い、今度は乙女と共に生きていけるのかと我らしからぬ夢を見てしまった。それなのに、またひとりになって生きてゆかねばならぬのか……』


 幼い心とトカゲの大きさに戻ってしまったアルフォンスが、項垂うなだれてとても哀れな姿で呟いたので、ミオッカたちは酷い弱いものいじめをしているような気分になってしまった。

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― 新着の感想 ―
力のない小さな生き物の話を聞いちゃうと すぐ情に絆されてしまいます 単純チョロチョロの読者です(^_^)
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