最終話 and the story goes on……?
僕が叫び声を上げたのは言うまでもない。
ちなみにその後、カフェのマスターである蔵土さんに窘められた。屈強で強面な四十代の男なのだが、本当の正体は人狼だそうだ。
(うん。ツッコみ切れない)
僕は注文したアールグレイの紅茶を口にして、ようやく落ち着いた。白李とエマさんは薔薇のアイスクリーム添えクリームソーダを美味しそうに食べている。
教授はあの一件の事を色々と語ってくれた。
「──と、言う訳で遅くなったが依頼はこれで完了だ。本当に君たちにはお世話になった」
「いえ。……それにしても『妖精女王』を人前に出す決心をするなんて意外でした」
教授は隣で幸せそうにアイスを食べている少女へと視線を移した。その眼差しはとても穏やかで優しい。
「私は自分で交わした約束は守る性分でね」
「それでカフェとは……。ギャラリーや美術館も考えたのですか?」
「一応は……。しかし、妻と一緒の時間を過ごすなら、こういった落ち着いたカフェが良いと思ってな」
「あ、昼川。私ね、来月からこの店で働くんだよ」
キラキラと目を輝かせてエマは微笑んだ。以前よりも顔が明るく、生き生きとしている。なによりも口調も素に戻っていた。貴婦人のような優雅な言葉遣いよりも、彼女らしい。
「そっか……って、働くの!?」
「うん! そしたらこの、くりーむそーだ? ってのを、マスターがご馳走してくれる」
「わあ……。教授が良く許可を出しましたね」
「フッ、妻の願いを無下にするほど器量は狭くないのでね」
教授はそう言っていたがカップを持つ手は震えていたし、「妻に色目でも使ったら殺す」という殺意的な視線に対して、僕は口を挟むべきか悩んで──結局、スルーすることにした。
(白金といい勝負だ。白金と皇さんが上手くいくようになったら、次はこの二人の恋愛相談役になるのだろうか……)
「フウタ。ここのクリームソーダは格別だ」
「──って、白李食べるの早っ!」
食べ終わった後だというのに、白李のお腹は「ぐう」と鳴ってお代わりを要求していた。
「かまわん。今日は好きなものを頼むと言い」
「え、いいんですか? すみませんー。ミックス焼きトーストと紅茶のお代わりと、クリームソーダと季節のパフェを一つずつ!」
マスターは「かしこまりました」と伝票に追加メニューを書き足してくれた。
「うん、君のそういう即物的な所は嫌いじゃない」
「ありがとうございます!」
「……トワイライト・ルーカス。君は彼の願いと目的、そして真実に気づいたのか?」
僕は「ええ、まあ」と曖昧に答えた。
「とはいっても、真実の一部に触れただけで、理解し切れていない感じです。あまりにも話が大きすぎてついていけない……というのもありますけど」
「そうか。……『PHANTOM』は今回の一件が予想以上に大きくなり過ぎたと危機感を抱き、しばらくは身を隠すらしい。元々影でこそこそと動いていたのがノア=クロフォードの動きで明るみに出てしまったのだからな。今まで以上にどの機関も美術関係には目を光らせるようだ」
「そうですか。……って、教授はどこでノア=クロフォードのことを……」
あまりにもサラッと出てきた重要人物の名に、僕は尋ねた。
「蛇の道は蛇というだろう。私の身を置く界隈では情報に鮮度が必要なのだよ」
「改めて教授の人脈とネットワークの凄さに脱帽です……」
僕は心の中で敵に回らなくて良かった。と心底思った。
「君を敵に回すよりは、支援者の方が安全ですからね」
「へ?」
「いえ、こちらの話だ。それと、これは絵画に関係するか分からないが、この周辺で妙な事が起こっているらしい。怪異に近いか」
「怪異ですか……」
都会は人や物が多い分、ごちゃごちゃしているので面倒ごとも発生しやすい。もっとも怪異絡みで討伐や浄化が必要なら僕ではなく、白金や皇さんたちの方が適任だろう。
「怪異って、普通は簡単に出来る者じゃないと思うのですが……」
「噂で聞いたのは蛇が出るんだって。白い半透明なのが」
(蛇……白金さんに聞いてみた方が早いかな)
蛇神の領分かもしれない。
それに祀戸市は川が多いので、蛇信仰が古くからあるのかカフェ巡りをした時に、小さな祠や蛇をモチーフにしたオブジェクトが見られた。
「すでに人間社会に溶け込んでいるとは、私の妻は素晴らしい」
「もう、アナタったら」
いちゃつく二人に普通ならば微笑ましく思うのだが、絵面が色々と不味い。
(いや、人間社会で外見的にアウトですからね。中年と少女、傍から見たら親子、祖父孫レベルだからね!?)
「蛇? たしかに最近よくみる。白金も何か気づいていた」
「え、そうなの? 全然気づかなかった」
「フウタに近づかないように、拙が威嚇していたので、気づかないと思う」
「そっか。知らない間に守ってくれていたとは、さすが白李だ」
「ふふん。拙は偉いのだ」
さすがは僕の守護者。最近、過保護な気がするけれど、頼りになる。その後、雑談交じりに話をしていたが、『蛇』のことが頭から離れなかった。
そしてその日を境に、白金が家に帰ってくることが少なくなっていった──。
***
月日は流れ──梅雨が明けて夏休みが目前となったある日。
まだ日が昇り切らない夜明け前に招いてもいない客が僕たちの前に現れた。比較的活動しているものが少ない時間帯だったからか、控えめのノックは耳に響く。僕の部屋が一階だから気づいたようなものだ。
「こんな時間に……誰だよ」と僕は頭をかきながらベッドから降りる。
「殺気はないみたいだ」
「さすが、白李──!?」
白李は黒のキャミソールに、半ズボンとだいぶ露出が高い恰好をしていた。すでに太刀を片手に警戒態勢だ。僕は伊達眼鏡を掛けずに玄関の──扉の向こう側を見る。
そこに居たのは小さな女の子と──。
「まさか……」と僕は呟きながら、玄関先へと急いだ。
後ろから白李も付いてくる。
焦りながらも鍵を開けてドアを勢い良く開けた瞬間──。
白金が滑り込むように玄関へと崩れ落ちた。
「え、白金さん!?」
「私の事よりも、後ろの子を家の中に」
僕はドアの端に隠れるように佇む半透明の少女へと視線を向けた。
(──あれ、この子どこかで?)
真っ白な髪に青い瞳。白のワンピースを着こなし、裸足。おっかなびっくりしつつも僕へと視線を向ける。
「なんとなく面倒なことになるだろう」と僕は直感で思った。
僕と白李は平和に暮らしたい。けれど、事件や謎はそれを許してくれないようだ。
これも「今までの暮らしをするためだ」と言い聞かせ、面倒ごとはさっさと片付けてしまおう。
僕はそう改めて思うと新たな依頼人を部屋に通した。
→and the story goes on…….




