5 お出掛け日和1
「其れではルデルト様。早速参りましょう!」
「いや、だから何処にだよ…」
うっきうきと漫画なら描いてある様な、そんな感じでルデルト王子の自室へと飛び込んで来たエリッタに、ルデルト王子は呆れる。
「なあ、お前さ。その登場の仕方、どうにかなんないのかよ」
「と、仰いますと?」
「唐突に話を振って来るなって事だよ! 昨日も今日も何なんだお前は!」
首を傾げるエリッタに、ルデルト王子は怒鳴るのだが、其れでもイマイチ理解している様子が垣間見れないエリッタに、遂には頭を抱えてしまう。
「あ! その様な事よりもですねっ」
「その様な事って言うな!」
「ルデルト様!」
ルデルト王子の叫び共取れる言葉を華麗にスルーしたエリッタは、ズイッと椅子に座っているルデルト王子に顔を近付ける。
「な、なんだよ…」
目の前、少し動けばキスが出来てしまう距離まで顔を近付けたエリッタに、ルデルト王子は驚き仰け反る余裕も無い。
「お出掛け! 致しましょう!」
にこりと微笑みそう告げたエリッタに、ルデルト王子は「はあ?」っと、何とも間抜けな声を漏らしてしまった。
この場にデルドアが居れば、きっと間違いなく「王子! 一体何ですか、その声は!!」と、その後もくどくどと叱られていただろう。
「今日はとっても良い天気で御座いますし、私……是非とも街へ行って見たいので御座います!」
キラキラと目を輝かせて力の限り訴えるエリッタに、ルデルト王子は引き気味になっていた。
「お前、俺を育成する気……無いだろ?」
「いえいえ! その様な事は御座いません! ですが、何事も根を詰め過ぎるのは良く有りません。何事も適度に、が大事で御座います」
「根詰め過ぎる程まだ何もやって無いだろ……」
キリリッと得意気に胸を張り力説したエリッタに、ルデルト王子は最早突っ込む事にも、リアクションをするのにも疲れ切っていた。
だがルデルト王子の言う通り、勉強らしい勉強はまだ歴史しか行って居ない。その歴史の勉強も、紙芝居を読み聞かせしただけと言う、お世辞にも"勉強"とは言い難い物だった。
だがエリッタは"勉強"だったと譲らない。
「今日のお勉強は、街へとお出掛けをする事で御座います!」
「そんな勉強、聞いた事も無いぞ。デタラメ言うな」
「デタラメでは御座いません。此れも立派な"課外授業"、で御座います!」
「百歩譲って其れが課外授業で良い。でも、俺の外出をデルドアが許す筈は無い」
面倒になったルデルト王子は、溜め息と共に渋々妥協した。此れではどちらが育成する側なのか、最早謎だ。
そして無駄だと言う様に背凭れにダルそうに寄り掛かったルデルト王子に、エリッタはにっこり笑う。
「ご心配には及びません。デルドア様には、ちゃんとルデルト様の外出許可を頂いております」
「嘘言うな」
「嘘等言う筈が御座いません。デルドア様は、快く了承して下さいました」
些か"快く"の部分が、不自然な程強調された事に、勿論ルデルト王子が気付かない筈が無い。
何かデルドアにしたのかと、警戒して睨んで居ると、エリッタはくすくす笑う。
「デルドア様を傷付ける様な事は、しておりません。第一に、私ではデルドア様に勝てる筈が御座いません。私は只の派遣社員で、メイドで御座いますよ? そんな私に、デルドア様が負ける筈が無いでは有りませんか」
「ですから私等に警戒心を持つ必要は御座いませんよ?」と、エリッタは一笑した。ルデルト王子から殺気の様な物を向けられて居るにも関わらず、エリッタは只笑うだけ。
ルデルト王子の目はソレイダ陛下に似てとても鋭い。眉も吊り上がっている為、睨まれたりすれば大抵の女は怯える。
しかしエリッタは、その鋭い瞳で見つめられ、殺気まで発しているのにも関わらず、何ともケロリとしていた。
「お前、一体何者だ…」
「私は、只のしがないメイドで御座います。それ以上でも、それ以下でも有りません」
普通のメイドでは無いと思ったルデルト王子の、その相変わらずの警戒心に、エリッタは只素直に答えた。
ルデルト王子に嘘を言うのは余り良くない。其れを既に心得て居るエリッタだった為、エリッタは素直に答えたのだ。
事実、エリッタは本当の事を言った。エリッタは、それ以上でも、それ以下でも無い存在。
何か力が有る訳でも無い、メイドとしての実力が他のメイドよりも有るだけ。
そして、居なくても困るが、だが例え居なくなったとしても幾らでも代えは居る。
口にはしなかったが、ルデルト王子は何となく分かったのか警戒心を解き、今度は不満げに口元を歪めた。
「どうしたのですか? ルデルト様。ま、まさか! 何処かお加減でも悪いのでは…!」
警戒心も薄れ、殺気まで無くなり何故か眉を寄せ口元を歪めて黙って居るルデルト王子に、エリッタは具合でも悪くしたのでは無いかとわたわたとその場で狼狽える。
「何でもない! はあ…一々慌てるなよ」
「本当で御座いますか!? ああー、良かったですっ」
ほっとした様に胸を撫で下ろすエリッタ。その顔には本当に、安堵の色が浮かんでいた。だがルデルト王子は、そんなエリッタの姿に首を傾げる。
「何でお前がほっとしてるんだよ。もし仮に具合が悪かったとしても、お前には関係無いだろ。俺が具合悪いだけなんだから」
「関係無く等有りません! ルデルト様の身にもし何か合ったらと思うと……!」
想像したのか、顔を真っ青にして頬に両手を当てる。そんなエリッタに、ルデルト王子は訝しげに顔を歪めるだけ。
「兎に角です! ルデルト様。もし万が一にでも、少しでも、具合が悪いとお思いになられましたら、私に仰って下さいませ!」
「あ、ああ?」
「絶対で御座いますよ!?」
「あー……ああ…」
エリッタの勢いに押される形で頷いたルデルト王子に、それでもエリッタは良かったと満足げに微笑んだ。だがそんなエリッタを横目に、ルデルト王子は未だに良く分かっては居なかった。何故、自分が具合を悪くするだけで、こんなにもエリッタが心配するのかも。具合が悪く無いと分かっただけで、こんなにもほっとして居るのかも。
ルデルト王子には、エリッタの行動も、エリッタの発言も、分からない事だらけであった。
「其れでですね、ルデルト様…。今日は街にお出掛けという予定だったのですが、ルデルト様のお加減が余り宜しく無いので御座いましたら、今日の課外授業は中止に致しますが、どう致しますか?」
「あ? だから俺は別に具合悪くなんて無いってさっきから言ってるだろ?」
「で、でしたら…!」
「まあ、別に。お前がそんなに街に行ってみたいって言うんだったら、行ってやらない事もないけど?」
ふんっと鼻を鳴らし、顔をエリッタから反射的に逸らしてしまうルデルト王子は、顔を逸らした瞬間、なんで俺は顔を逸らしたんだと自分自身を疑問に思うが、この時は特に其処まで気にはしなかった。
「ほ、本当で御座いますか!?」
「本当だって言ってるだろ!? 何回も言わせるなら行ってやらないからな!!」
「私、とても嬉しいです。って、いえいえ! 遊びに行く訳では有りませんでした。此れは課外授業です! そうです!」
余りの嬉しさに顔を綻ばせたが、ハッと我に返り首をぶんぶん振ってぶつぶつと自分に言い聞かせているエリッタに、やっぱり遊びに行きたかっただけじゃ無いかとルデルト王子は内心呆れて居たが、此処で其れを本人に言えば絶対に面倒になるのを学習したルデルト王子は、結局一人自問自答して居るよく分からないメイドを眺めて居る事にしたので在った。
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「ルデルト様! ご覧下さいっ、街で御座いますよ!?」
「街に来てるんだ、街に決まってるだろ…」
あの後暫く自分の世界へと入り込んでしまったエリッタを放置し、ソファで本を読む事にしたルデルト王子に、漸く此方の世界に帰って来たエリッタが、ルデルト王子に平謝りすると言う微妙な構図が出来たのがほんの数十分前の事だ。そして現在は、エリッタの希望通り城から出て街へと降りて来たのだった。人が、この場合魔物と言うのか、角の生えた者達で活気付いている街に大興奮のエリッタの隣で冷め切っているルデルト王子は、ダルそうに自分の少し前を歩いて行くエリッタの後に続いて歩いている。
ルデルト王子には此の光景等何時物事で、何十年も此処に住んで居るルデルト王子には見飽きているのだ。だがそんな見飽きた光景を、この自分の前をうろちょろして居るエリッタは、凄いや、大きいや、賑やかや、沢山の方が居るのかと、珍しがって居る。
最早メイドが、自分がお世話をして居る者を放置して遊んで居る等有り得ないのだが、現在街に夢中のエリッタにはそんな当たり前の事も頭には無かった。そしてまた我に返り、自分の後ろを結構な距離を開けて着いて来ているルデルト王子の元まで走って向かい、平謝りするので在る。
「申し訳有りません。私とした事が、今日はメイドとして有るまじき失態を…。其れも二回も等と……!」
「しつこい奴だなあ。もう良いって言ってるだろ!? 何回謝れば気が済むんだよ!?」
「何回でも謝らせて下さいませ! 何回謝った所で私の犯してしまった罪は消え無いのです!」
「オーバーな奴だなあ、お前……」
街の一角に有るお洒落なカフェで、コーヒーを飲んでいるルデルト王子の前に座って落ち込んで居るエリッタに、何回目かの溜息を吐く。この世の終わりだとでも言う様に顔を真っ青にして、もう良いと言ってい居るにも関わらず、またルデルト王子へと謝っていた。
「しつこいって言ってるだろ!? もう帰るぞ!?」
「ええ! まだ他にも見たい所が――ごほんっ」
「お前、今本音が出ただろ…」
「何の事でしょうか? きっとルデルト様の聞き間違いで御座いますよ」
一瞬出たエリッタの本音をちゃんと聞いて居たルデルト王子は、呆れ顔でエリッタを見たが、エリッタは何の事か分かりませんとしらを切る。
「と、兎に角ですね、まだ課外授業を行っておりません! 此のまま帰ってしまう等駄目で御座います。私、決めました。金輪際……謝りません!」
「お前さ、良く面倒臭いって言われねぇ?」
「いえ? 生真面目だなとは、言われますが…。面倒臭いとは言われた事が御座いませんよ?」
自身の紅茶を飲みながら首を傾げたエリッタに、ルデルト王子はもう良いとそれ以上は何も言わなかった。だがルデルト王子は「生真面目って事は、悪く言えば面倒臭い共取れるだろ…」と、内心思って居た事を、クッキーを幸せそうに食べていたエリッタは知らない。幸せそうにクッキーを頬張るエリッタを、ルデルト王子は興味深そうにテーブルに頬杖を付き眺めて居た。
街に出て来てから、エリッタという人物像が随分変わったのを感じる。あの最初の出会いがルデルト王子的には衝撃的だった為、まさかエリッタがこんなだとは思わなかったのだろう。街如きで此処まではしゃぎ、紅茶やクッキーをそれはもう幸せそうに食すエリッタに、ルデルト王子は不思議でならない。
其れはそうだろう。ルデルト王子には、これ等は全て当たり前なのだから。
街が何時もこんなに賑わって居るのも、紅茶やクッキーが美味しいのも、全てルデルト王子には当たり前で喜ぶ程の物でも無い。そんな事柄で一々コロコロ態度を変えるエリッタは、ルデルト王子の目にはさぞ不思議で可笑しな人物に映っている事だろう。
「とっても美味しいですね! ルデルト王子っ」
ボーッと観察して居たルデルト王子に、屈託の無い笑みを向けたエリッタ。そんなエリッタの笑みに、ルデルト王子は自身の胸が可笑しくなる。そのよく分からない胸の動きに、ルデルト王子は気付いては居なかった。気付かない程、其れは一瞬で、ほんの少しの変化だった。
「良いからさっさと食べろ。――課外授業、するんだろう?」
フンッと鼻を鳴らし、目の前の皿からクッキーを一つ取り口に放り込んだルデルト王子に、エリッタは目を輝かせる。
「はい! 課外授業、頑張りましょうね!」
満面の笑みを浮かべた後、またエリッタはぱくりとクッキーを口に入れた。




