第二十九章 問題児のチームメイト
「そうだ。お前のチームはすでに決まっている。割り当てられた隊員は二人で、どちらも元素学院の学生だ」
ヤフィエルは書類のある箇所を指さした。
「一人は火属性魔術を得意とするキナ・フィニス。もう一人は氷属性魔術を得意とするシェラ・アジモンクだ。二人とも現在はE級抗魔士で、これからお前のチームメイトになる」
武は書類に載っている二枚の写真に目を落とした。
一人は鮮やかな赤髪の少女。もう一人は淡い青色の長髪を持ち、どこか冷ややかな表情を浮かべている少女だった。
「はぁ……一つ、先に言っておかなければならないことがある」
ヤフィエルは二枚の写真を見つめ、思わずため息をついた。
「どうしたんだ?」
武は顔を上げた。
「この二人は元素学院で、遅刻や早退を何度も繰り返している問題児なんだ。上がどういうつもりでこんな人選をしたのか、私にもわからない」
ヤフィエルは不満げに続けた。
「もし気に入らないなら、今から上に掛け合ってみるぞ。別の隊員に替えてもらえないか、交渉することくらいはできる」
「別に構わないよ。それより、チームを組んだら何をすることになるんだ?」
武は隊員が誰であろうと、さほど気にしていなかった。
すでに今後の行動方針は決めていたからだ。
武が気にしていないとわかると、ヤフィエルもそれ以上は勧めず、説明を続けた。
「わかった。それじゃあ、抗魔士の昇級制度について説明しよう」
ヤフィエルは別の書類を開いた。
「抗魔士の等級を上げるには、まず一定の学業ポイントを貯める必要がある」
「学業ポイントは、任務の達成や授業の試験に合格することなどで獲得できる。チームの全員がそれぞれ定められたポイントに達すれば、学院にチーム昇級試験を申請できるんだ」
「試験の内容は……チームによって異なる。学院が各チームの状況に応じて、専用の特別任務を与える仕組みだ。それを無事に達成すれば、チーム全員が次の抗魔士等級へ昇級できる」
「じゃあ、同じチームに違う等級の抗魔士がいたらどうなるんだ?」
武は首をかしげた。
「抗魔士の等級が高くなるほど、昇級に必要な学業ポイントも増える。全員がそれぞれの基準を満たしていれば、チーム昇級試験を申請できる。ただし、隊員同士の等級差は二級以内でなければならない」
「おお、なるほど」
「一つのチームに異なる等級の抗魔士がいるのは珍しくない。ただ、チーム任務を受ける際には、チーム内で最も等級の低い抗魔士を上回る等級の任務は受けられない」
ヤフィエルは淡々と説明した。
「じゃあ、チームに一人でもE級のままの奴がいたら、全員ずっとE級の任務しか受けられないってことか?」
「はぁ……その通りだ。実は、お前に割り当てられた二人は、前年度にほかのチームから追い出された連中でな……」
ヤフィエルは困り果てたように眉間を押さえ、声を落とした。
「だが、いい知らせもある。今の規定では、E級抗魔士のチーム編成は原則として強制かつ固定だが、お前自身がC級抗魔士まで昇級すれば、その制限は解除される」
「そのときは好きなチームを自由に選べるし、一人で活動することもできるぞ」
「へえ、それは俺にとって都合がいいな」
武は小さく笑った。
強制的にチームを組まされることへの抵抗感が、いくらか薄れていった。
「そういえば、学院長がお前の抗魔士等級を上げるために、誰かを手配してくれると約束していなかったか?」
「そういえば、そんな話もあったような……」
武は顔を上げ、少し考えた。
「本来、今年の規定ではE級抗魔士は原則四人一組でチームを編成することになっている。だが、学院長の手配によって、お前には二人しか割り当てられなかったんだ」
そこでヤフィエルは一度言葉を切った。
「学院長の意向では、残りの一人は白魔法学院の学生から自由に選んでいいそうだ。もちろん、相手が同意することが前提だがな」
「四人揃わなかったらどうなるんだ?」
武は尋ねた。
「現在の規定では、四人未満のチームは任務を受けられないし、昇級試験を受けることもできない。だから、どうしてもあと一人見つける必要がある」
そう言いながら、ヤフィエルは机の上の書類から一枚の名簿を取り出した。
「ちょうどD級以上の白魔法学院の学生名簿を用意してある。まずは目を通して、気になる相手がいないか探してみるといい」
「でも、等級の高い白魔法学院の学生を選んだら、俺が破格生だってバレる危険も高くなるんじゃないか?」
「うーん……確かに、その可能性はあるな。だが、これは学院長がお前のために用意してくれた特別な待遇なんだぞ?」
「チームメイトって、そんなに見つけにくいものなのか?」
「いや、そうでもない。群星ネットには、チームメイト募集専用のページがある。抗魔士の等級や所属学院などの条件を指定して、相手を探せるんだ」
「あるいは任務ホールに行ってみるのもいい。あそこでも仲間を募集している学生がいるからな。双方が同意すれば、学院にチーム編成の申請を出せる」
「なるほど。じゃあ、とりあえず三人のままでいいや。四人目は自分で探してみるよ」
武は何気なく答えた。
「えっ? 本当にいいのか?」
ヤフィエルは少し目を見開き、手にした名簿を軽く振った。
「ああ」
武の返事はあっさりしていた。
今の武にとって、重要なことは二つあった。
一つは、学院内の面倒事にできるだけ巻き込まれずに済むようにすること。
もう一つは、早く金を貯めて、自分の家を買うことだ。
破格生という身分についても、いつまでも隠し通せるとは思っていなかった。
いずれはバレるだろうが、それでも隠せるうちは隠しておきたい。
「そうだ。何か手っ取り早く金を稼ぐ方法ってないか?」
「ん?」
ヤフィエルは少し面食らった。
「お前、そんなに金に困っているのか?」
「さあ、どうだろうな。そうかもしれない」
武は適当に肩をすくめた。
それ以上話すつもりがなさそうだと察したヤフィエルは、深く追及せずに答えた。
「今のお前なら、商隊の護衛任務あたりがいいだろうな。報酬は一般的な依頼よりかなり高い。ただし、長期間野外で過ごす必要がある。一度の任務で十日から半月ほどかかることもあるぞ」
「ほかには地下闘技場に出場するか、懸賞金のかかった指名手配犯を捕まえる方法もある。この二つは抗魔士の等級をあまり重視しない。基本的には実力勝負だ」
「へえ。じゃあ、今後誰かが俺に挑戦してきたら、金を取ってもいいのか?」
武はふと思いついて尋ねた。
「学院の挑戦制度のことか?」
「ああ」
「あれは学院が学生に認めている正当な挑戦権だからな。当然、金を取ることはできない。だが、個人的に取り決めを交わすなら……」
「おお、なるほど」
武は何かを理解したように頷いた。
「本当に金が必要なら、学院長に相談して、お前の活動費を増やしてもらえないか申請してみてもいいぞ」
「いや、いいよ。ちょっと聞いてみただけだから」
武は手を振り、あっさりと断った。
「……そうか。お前がそれでいいなら構わない」
ヤフィエルはそれ以上勧めず、机の上の書類を整理し直した。
「さて、内容を確認して問題がなければ、ここに署名してくれ」
ヤフィエルは羽根ペンを一本差し出し、付け加えた。
「それと、私はこのチームの担当教師でもある。今後、チームに関する問題が起きたら、直接私に相談すればいい」
「えっ? そうなのか?」
武は少し驚いた。
「何か問題でもあるのか?」
ヤフィエルは片眉を上げた。
「いや、ちょっと意外だっただけだ」
武は羽根ペンを受け取り、書類の末尾に自分の名前をさらさらと書き込んだ。
すると、書類に刻まれていた金色の魔法陣がほのかに輝き、淡い光を放った。
どうやら、これで契約が正式に成立したらしい。
武が署名を終えたのを確認すると、ヤフィエルは誰にも気づかれないほど小さく息をついた。
それからポケットから精巧な黒い収納指輪を取り出し、武の前へ滑らせた。
「この中には今月分の補助金と学院の制服二着、それからお前専用の学生証が入っている。なくさないように気をつけろよ。さまざまな権限を有効化する際に必要になるからな」
「わかった」
武は黒い収納指輪を受け取り、何気なく尋ねた。
「そういえば、あとの二人は俺が隊長だって知ってるのか?」
「いや、知らない。正式な入学日に顔を合わせることになるから、そのときは隊長らしく、少しは二人を励ましてやってくれ」
ヤフィエルは苦笑した。
「ああ」
武は頷き、それ以上は何も言わなかった。
用事が済むと、武は長居することなく、ヤフィエルに別れを告げて会議室を後にした。
行政棟を出たあとも、武はすぐには寮へ戻らなかった。
「うーん……あと一人、チームメイトを探さないとな……」
先ほどヤフィエルが話していた任務ホールのことを思い出し、武はこの機会に立ち寄ってみることにした。
どうせあと一人必要なのだ。
ちょうどいい相手が見つかれば、あとでわざわざ足を運ぶ手間も省ける。
学院内の地図を頼りに進むと、武はほどなくして任務ホールへ到着した。
入口に足を踏み入れた途端、あちこちから賑やかな話し声が聞こえてきた。
ホールには四つの受付カウンターが設けられ、中央には木製の長机と椅子が整然と並んでいた。
広々とした空間には大勢の学生が集まっている。
掲示板の前で依頼内容を調べている者もいれば、テーブルを囲んで任務について話し合っている者もいた。
「治癒魔術が得意な抗魔士を一名募集! D級以上!」
「C級討伐任務! あと一人足りないぞ!」
「偵察が得意な奴はいないか? 報酬は相談に乗るぞ!」
武は周囲の声に耳を傾けながら、ホールの設備を見回した。
「へえ、結構賑わってるな」
あたりを見渡していると、ホールの片隅に置かれた長椅子に、一人で座っている黒髪の少女が目に入った。
少女は澄んだ青い瞳を持ち、艶やかな黒髪を肩から下へと垂らしていた。
両手で落ち着かなさそうにスカートの裾を握りしめ、俯きがちに座っている。
周囲に人影はなく、傍らには白い球形のロボットが一台、静かに宙に浮かんでいた。
球形ロボットは短い機械の腕を二本伸ばし、一枚の木札を高々と掲げていた。
『D級抗魔士 チームメイト募集中』
周囲の賑わいとは対照的に、少女の前で足を止める者は誰もいなかった。
ときおり誰かが通りかかると、少女はそっと顔を上げる。
だが、相手の視線が自分に向けられると、慌てて俯いてしまうのだった。
(何だ、これ? どうしてみんな、あの子を避けてるんだ?)
武は周囲を見回した。
近くには仲間を探している学生が大勢いるというのに、誰一人として彼女に近づこうとしない。
その奇妙な光景が、かえって武の興味を引いた。
「よう! ちょっといいか?」
「ひゃあっ!?」
黒髪の少女は肩をびくりと震わせ、思わず腰を浮かせた。
「わ、私……琉璃・長生門と申します! 現在はD級抗魔士です! あ、あの……よ、よろしくお願いします!」
琉璃は慌てて立ち上がり、両手を胸の前でぎゅっと握りしめると、深々と頭を下げた。
武は少し驚いた。
ただ声をかけただけなのに、いきなり自己紹介までされるとは思わなかったからだ。
(待てよ……長生門?)
(俺の知ってる、あの長生門か?)
武は改めて目の前の少女を観察した。
琉璃は白を基調とした制服を着ており、襟元や袖口には淡い青と金色の装飾が施されていた。
プリーツの入った短いスカートに、黒いニーハイソックスを合わせている。
服の仕立てから縫製の細部に至るまで、どこを見ても非常に丁寧で、上質なものだとわかった。
「お前、あの長生門家の人間なのか?」
「あ……うぅ……ん……」
琉璃は俯いたまま、口ごもるように小さく声を漏らした。
「それで、どうなんだ?」
「は、はい……」
その声は、耳を澄まさなければ聞こえないほど小さかった。
武は顎に手を当て、考え込んだ。
(そういえば、今俺が住んでる仁棲寮も、長生門家の傘下企業が運営してるんだったよな)
(この子と仲良くなれば、寮の契約期間を延ばしてもらえるかもしれないぞ?)
(そうなれば、家を買うのもそんなに急がなくて済む。ゆっくり金を貯められるじゃないか)
考えれば考えるほど、我ながら完璧な計画に思えてきた。
「お前、チームメイトを探してるのか?」
武は琉璃の傍らに掲げられた木札を指さした。
「は、はい……」
琉璃はおずおずと頷いた。
「じゃあ、俺のチームに入らないか?」
「えっ……?」
琉璃は呆然と武を見つめた。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は武・伊勢。チームの隊長をやってる」
「い、伊勢さん……こんにちは……」
琉璃は再び深々と頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくていいって」
武は軽く手を振ると、彼女の隣に浮かぶ白い球形ロボットへ視線を向けた。
「ところで、こいつは何なんだ? 新型の魔導具か?」
「えっ?」
琉璃はぱちぱちと瞬きをした。
まさか、相手が真っ先に興味を示したのがロバちゃんだとは思わなかった。
「あ、あの……この子はロバちゃんっていって、私の補助ロボットなんです……」
「へえ~。戦闘の手伝いもできるのか?」
武は興味津々に尋ねた。
「で、できます! ロバちゃんには戦闘支援機能だけでなく、周囲の環境を探知したり、戦場の情報を分析したりする機能もあるんです!」
琉璃は慌てて身振り手振りを交えながら説明した。
「おおっ、それはすごいな!」
武は面白そうにロバちゃんへ顔を近づけた。
「はじめまして、武・伊勢様。本機の名称はロバちゃんです。琉璃様の日常生活の補助および戦闘支援を担当しております」
「おおっ! 自分で喋れるのか!? すげえな、こいつ!」
「お褒めいただき、誠にありがとうございます。武・伊勢様」
「それで、どうする? 俺のチームに入るか?」
武は琉璃に向き直った。
「い、いいんですか……?」
琉璃は不安そうにスカートの裾を握りしめた。
「いいぞ」
「ほ、本当に……? 私の能力とか、確認しなくてもいいんですか?」
「ん? 嫌なのか?」
武は不思議そうに首をかしげた。
「い、嫌じゃありません! 入りたいです!」
琉璃は慌てて何度も頷いた。
「よし。じゃあ、どうやってチームに登録するんだ? 直接受付に行けばいいのか?」
武は頭をかいた。
「あ……は、はい……そうです……」
琉璃は何かを言いかけた。
だが、自分の事情をすべて打ち明けてしまえば、せっかく声をかけてくれた相手が考えを変えてしまうかもしれない。
そう思うと、どうしても言葉が出てこなかった。




