第43話:一射の精度
放たれた一射は、もはや「射撃」というよりは「空間を穿つ光の線」だった。
矢はウィネットが作り出した『無風の筒』へ滑り込み、シルフの『極冷膜』によって摩擦熱を一切発生させることなく、滑るように加速していく。
過剰な大爆発も、ド派手な衝撃波もない。
ただ、物理法則を極限まで味方につけた一本の矢が、乱気流の壁をあざ笑うかのように、まっ直ぐに、どこまでも静かに空を裂いていく。
「キェ……ッ!?」
滑空していた風切鳥のリーダーは、己の「領域」であるはずの風が機能していないことに気づき、目を見開いた。避けるための風の溜まりが、矢の軌道上に存在しないのだ。
『ツンッ』
微かな、骨を貫く音。
矢は風切鳥のリーダーの首元の急所を正確に穿ち、反対側へと突き抜けていた。
過剰な威力を込めていないため、鳥の体は破裂することなく、ただ推進力を失って力なく失速し、崖の途中の岩棚へと静かに落下していった。
「キィィイ……!?」
残された風切鳥たちが、恐怖に羽を震わせる。
群れの絶対的なリーダーが、誇っていた風の障壁ごと一瞬で撃ち落とされたのだ。
統率を失った鳥たちは、もはや僕たちに襲いかかる意気地を失い、悲鳴のような鳴き声を上げながら峡谷の奥へと散り散りに逃げ去っていった。
「やった……! 逃げていくよ、蓮くん!」
ウィネットが汗を拭いながら、跳び上がって歓声を上げた。
「すごい……! 本当に、あの激しい乱気流の中を、矢が真っ直ぐに……!」
シルフも短杖を握りしめ、興奮で頬を紅潮させている。
「ああ。二人のおかげだ。僕一人じゃ、あの風を計算しきれずに矢を何本も無駄にするところだった」
僕は弓を収め、二人の元へ歩み寄った。
「ウィネット。あの複雑な上昇気流に対して、正確な逆ベクトルをぶつけた判断は見事だった。君の風のセンスがなければ、あの無風の筒は作れなかった」
「えへへ〜! でしょでしょ!? あたしもね、蓮くんの言ってた『ベクトルの相殺』ってやつ、ちょっと感覚で分かってきたんだよね!」
ウィネットは鼻が高々といった様子で胸を張る。以前のような雑な大魔法ではなく、「力加減と制御」の面白さに目覚めつつあるようだ。
「そして、シルフ」
僕が視線を向けると、シルフは少し緊張したように背筋を正した。
「君の極冷の精度は完璧だった。矢の表面の氷膜が厚すぎれば重量バランスが崩れて失速していたし、薄すぎれば空気抵抗を殺しきれなかった。あの絶妙なミクロン単位の温度制御は、君にしかできない技だ」
「蓮……さん……っ」
シルフの瞳に、温かい光が宿る。
街中で言っていた「蓮さんの和弓の理を一番近くで支える」という決意。
それが単なる口先だけではなく、こうして明確な成果となって結実したのだ。
「私……お役に立てたんですね。蓮さんの矢のために、私の氷が……っ」
「役に立ったどころじゃない。僕の射撃は、君たち二人のサポートがあって初めて完成するんだ。……ありがとう、二人とも」
僕が素直な感謝を口にすると、シルフは愛おしそうに目を細め、ウィネットは「もう〜! 蓮くんたら照れるなぁ〜!」と言いながら僕の肘を突っついてきた。
その後、僕たちは岩棚に落ちたリーダー個体の素材を回収し、無事に『風鳴り峡谷』の依頼を完了させた。
無駄な破壊を行わず、環境の課題を論理と連携でクリアしたため、僕たちの消耗は最小限で済んでいた。
Bランク冒険者としての初仕事としては、完璧すぎる成果と言えるだろう。
王都への帰り道、夕陽が斜めに差し込む街道を、三人で並んで歩く。
「ねえねえ蓮くん! 次はどんな依頼にする? 今日の『無風の筒』、もっと練習すればもっと速く作れると思うんだよね!」
「焦るなウィネット。魔法の精度を上げるのも大事だが、まずは今日の連携の反省点と、魔力効率の計算をし直すのが先だ」
「え〜っ、また蓮くんの難しいお勉強タイム〜? シルフちゃん助けて〜!」
「ふふっ、駄目ですよウィネットさん。蓮さんの仰る通り、復習はとっても大切です。私も、もっと効率よく冷却膜を作る方法をメモしておかないと……」
「シルフちゃんまで蓮くんの味方〜! ずるい〜!」
賑やかに笑い合いながら歩く二人の姿を見ながら、僕は心地よい充足感に包まれていた。
強大な力で敵を粉砕するのではない。
仲間たちの持つ特性を理解し、世界の法則に当てはめ、最も美しく、最も無駄のない一射を放つ。
僕が培った「弓道」は、この異世界で、素晴らしい仲間たちと共にどこまでも進化していくのだと、僕は確信していた。




