問う者
小瀬は歩幅を崩さず、山道を下っていた。
村へ向かう道は細い。人ひとりが荷を背負って通るには足りるが、荷車が何台も行き交うような道ではない。雪解けで湿った土はまだ柔らかく、足を置くたびにわずかに沈んだ。
こういう土地は嫌いではなかった。
見通しが悪いぶん、気配は嘘をつかない。踏み荒らされればすぐに分かるし、誰かが急げば、その焦りは土に残る。
だからこそ、妙だった。
静かすぎる。
人ひとり、すれ違わない。薪を背負った百姓もいなければ、畑へ向かう女の姿もない。鳥の声すら今日はやけに遠く、獣の気配まで薄いのが、なおさら気味が悪かった。
だが、だからといって、ここで何かが起きていると断じるにはまだ足りない。
道そのものに荒れはない。馬がまとまって踏み込んだ跡もなければ、兵が通ったような深い踏み荒らしも見えない。南雲が先に入ったのなら、何かしら残るはずだが、それも見当たらない。
(……静かすぎるだけ、か)
小瀬は目を細める。
寒村なら、人の気配が薄い日もある。皆、家に籠もっているだけかもしれない。
そう考えれば、それで済む。
だが、どうにも引っかかった。
村までは、まだ少しある。
まずは見えるところまで寄るしかない。
小瀬は足を止めず、道の先へ視線を送った。
このまま無造作に入り込むのは悪手だ。
村口の手前、全体を見下ろせる位置か、せめて家並みの端が覗けるところまでは寄りたい。
煙の上がり方、人の動き、家畜の声。そのどれか一つでも拾えれば、腹の底に溜まった違和感の正体が少しは見える。
腰の刀が歩みに触れるのを感じながら、小瀬はわずかに口元を歪めた。
(さて)
吉と出るか。
凶と出るか。
どちらにせよ、まだ引き返すには早い。
小瀬は歩を緩めず、観察できる距離まで静かに道を詰めていった。
歩を進めながら、小瀬は高成のことを考えていた。
法力が効き、高成が落馬した、あの瞬間。
あれほどの男が戦場で膝をつく姿を、小瀬はこれまで見たことがなかった。追撃の場でも、乱戦の中でも、傷を負うことはあっても、崩れるように落ちることだけはなかった。
それが、あの時は違った。
まるで内側から断ち切られたように、唐突に落ちた。
高成が人なのか。
それとも、噂どおり人ならざるものなのか。
小瀬は細い道の先を見たまま、口の中だけで呟く。
(忠興の賭けは、半ば当たり、半ば外れってところか)
異形ならば、あの場で死んでいてもおかしくはなかった。僧の法力が何を穿つものなのか、小瀬には詳しくは分からない。だが、忠興が切り札として持ち出した以上、“効けば終わる”と踏んでいたのは確かだろう。
けれど高成は死ななかった。
それどころか、あの場で立ち上がり、刀を握り直し、なおも斬った。今朝も、万全とは言えないまでも、確かに持ち直していた。
人でもない。
かといって、忠興が望んだような“ただの異形”でもない。
(結局、お前は何なんだ)
問いは静かに沈む。
高成が人外かどうか。
もしそれが今回の謀反に関わっているのなら。
もし、その“人ではなさ”が、あの娘を連れて国を出た理由と繋がっているのなら。
小瀬は、知りたいと思う。
高成が、何を選んだのか。
何を捨てて、何を拾ったのか。
それを知るまでは、共にある。
昨夜の火の前で、言葉にこそしなかったが、小瀬はもうそう決めていた。
道の脇の湿った土に、草履が深く沈む。
静かな道だ。……静かすぎる道だ。
けれど、小瀬の思考はその先へは向かわなかった。
もっとずっと前の、南雲の昔へ。
小瀬の意識は、遠く遡っていった。




