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口紅*





午前中。


高成は、商家の奥で店主たちと向かい合っていた。


明日の大口取引についての打ち合わせだ。


搬入の時刻、人の出入り、護衛の配置。


一つひとつを確認し、

不測の事態が起きた場合の対応まで詰めていく。


特別な懸念はない。


人の流れも、

動線も、

警戒すべき点も、すべて想定の範囲内だ。


この仕事は問題なく終えられる。


そう判断し、話を切り上げる。


「では、明日はこの形で。成高殿、頼みますぞ」


短く応じ、高成は席を立った。



帳場へと出ると、

店内の空気が一段変わる。


反物を広げ、

整理しながら女達が話す声。

時折、笑い声が混じる。


その輪の中に、

まいがいた。


まいが最近親しげにしているユキという少女たち数人と並び、

反物を抱え、何か言われて、

少し困ったように眉を寄せ、そして

——笑っている。


それは、

高成の知るまいとは違う顔だった。


城から連れ出してからはおろか、

今まで、見たことのない表情。


同じ年頃の者たちといるときの、

何の構えもない笑顔。


高成は足を止めた。


声をかけるつもりはなかった。

呼び止める理由もない。


ただ、

見てしまった。


まいはこちらに気づかない。

楽しげに話しながら反物を抱え、その場を離れていく。


その背を、

高成は無言で見送った。


「成高さーん」


背後から軽い声がかかる。

振り返ると、新吉が立っていた。


「さっきの打ち合わせ、

 もう終わったの?」


「ああ」


素っ気なく返す。


新吉は気にした様子もなく、

そのまま隣に立った。


「成高さんさ」


そして、珍しく、やや緊張した面持ちで、モジモジと足元を見ながら話しかけてきた。


「俺のこと助けてくれたし、その、店に来てからもさ、」


話の先が読めない。


「……何の話だ」


「反物のやつとか、

 変な客追い払ったやつとか!」


パッと、新吉が顔をあげる。

そして、


「やっぱ、すげぇよな!」


両手を広げ、屈託なく笑った。


疑いも、警戒もない。


そこにあるのは、

無条件の信頼だった。


「成高さんがいれば、

 この店は安心だって、

 みんな言ってるぜ」


高成は、わずかに眉を寄せる。


「……大げさだ」


「全然!」


新吉は即座に否定する。


「俺さ、

 成高さんみたいな人、

 初めて見た。


強くて、

 何も言わなくて、

 でもちゃんと守ってくれる」


悪びれもなく、

まっすぐな目で言う。


高成は、一拍置いてから口を開いた。


「……守るのは、仕事だ」


声音は低く、静かだ。


「それを、

 持ち上げるものじゃない」


叱るでもなく、

拒むでもない。


ただ、

一線を引くような言い方。


「えー」


新吉は不満そうに口を尖らせる。


「でもさ、

 俺から見たら、一番かっこいい侍だぜ」


その言葉に、

高成は何も返さなかった。


新吉の無邪気な表情が、

一瞬、別の顔と重なる。





——遠い昔。



同じように距離を詰めてきて、

理由もなく懐いてきた子供。


こちらを善だと疑わず、

ただ信じていた、小さな存在。


無邪気で、

よく笑って、

それでいて、

どこか影を抱えていた。


その存在が、

胸の奥に、静かに引っかかる。



「…………」


「成高さん?」


こちらの反応がないことに気づいたのか、

新吉が首をかしげる。


高成は、はっと我に返った。


一瞬だけ息を呑み、

それから静かに吐き出す。


視線を落とし、感情を押し戻すように。


「……持ち場に戻れ」


「えー、もう?」


新吉が唇を尖らせ、足元の床を僅かに蹴った。


そのとき。


「こら!新吉!」


背後から、店主の怒声が飛ぶ。


「お前はまた成高殿の邪魔をしてるのか!」


「げ!」


新吉は肩をすくめ、


「やべぇ!」


と声を上げて、

一目散に逃げていった。


高成は、

その背を見送る。


一瞬だけ、目を閉じてから、

踵を返した。


護衛としての、自身の持ち場へ。


通りを見渡し、

人の流れを確認する。


——余計なことを考えるな。


守るべきものは、目の前にある。


高成は、

いつものように立った。


だが、

先ほど見た笑顔が、

意識の底に沈んだまま、

消えることはなかった。




***




まいは、反物の束を抱え直しながら、

声を掛けられるままに手を動かしていた。


「たま、これ一緒にお願い」


「うん」


返事は、もう迷わず出る。


重さにも、

布の扱いにも、

少しずつ身体が慣れてきているのが分かった。


隣では、ユキたちが手際よく反物を整えている。


「それ、そっちで合ってるよ」


「ありがとう」


そんなやり取りも、

自然にできるようになっていた。


(……私、ちゃんとやれてる)


そう思えたことが、

少し嬉しい。


誰かの輪の中で、

役に立っている。


それだけのことなのに、

胸の奥が、ほんのり温かくなる。


「たま、さっきのさ」


反物を畳みながら、

ユキが声をかけてくる。


「成高さん、

 見てた気がするんだけど」


「……え?」


思わず、手が止まる。


「気のせいかな」


ユキは肩をすくめる。


「でも、

 なんかじっと見てたような」


「……」


まいは、

何も答えられなかった。


振り返っても、

もうそこに高成の姿はない。


(……仕事だよね)


そう思い直し、

首を小さく振る。


考えても仕方がない。


今日も忙しい。


反物は次々と運ばれ、

声も途切れない。


気づけば、

さっきの話題は流れていった。


手を動かしながら、

ふと、頭の隅をよぎる。



(明日が……大口取引、だった)


高成が話していたことを、

断片的に思い出す。


この店での手伝いも、

長くは続かない。


それは、最初から分かっていたことだ。


護衛の仕事が終われば、

自分たちは、またここを離れる。


——仮の居場所。

仮の名前。

仮の生活。


それでも。


気づけば、

この忙しさが当たり前になり、

朝になれば店に来て、

反物に触れ、声を交わす日々が

続くような錯覚をしていた。


(……終わるんだ)


そう思った瞬間、胸の奥が、ほんの少しだけ縮む。


名残惜しい、と呼ぶほど大げさな感情ではない。

けれど、この場所に慣れてしまった自分がいることを、まいは否定できなかった。


(……でも)


それ以上は考えない。


ここは居場所ではない。

今はただ、与えられた役目を果たすだけ。


まいは小さく息を整え、反物に向き直った。


布の感触。

指先にかかる重み。


それに集中していると、余計な考えは静かに沈んでいく。


昼の光が斜めに差し込み始めた頃、一段落の声がかかった。


今日も、ちゃんと一日を過ごしている。


誰かに言われるだけでなく、自分で動き、自分の手で役に立っている。


連れ出され、何も出来なかった頃の自分ではない。


布は変わらず重い。

けれど、その重さに、もう負けてはいなかった。


(……大丈夫)


誰に向けるでもなく心の中で呟き、まいは次の仕事へ向った。



***



仕事は、思ったよりも早く片が付いた。


反物の山が一息つき、

おきよが「今日はここまででいいわよ」と声をかけた頃、

店の奥まで差し込んでいた光は、すでに高くなりきっていた。


外から聞こえる人の声も、

朝の忙しなさとは違って、どこか緩やかだ。


通りを行く人影は絶えないが、

足取りは落ち着いていて、

昼餉を終えたあとの時間帯だと分かる。


(……思ったより、早い)


まいは反物を棚に戻し、

軽く手を払った。


「お疲れさま、たま」


ユキたちに声をかけられ、

小さく手を振り返す。


そうやって店の入口付近で待っていると、

少し遅れて、高成が姿を見せた。


奥での打ち合わせを終えたばかりなのだろう。

羽織の前を整えながら、

いつもの落ち着いた足取りでこちらに来る。


「待たせた」


「いえ」


それだけのやり取り。


だが、ふと、朝のことが頭をよぎる。


(……そういえば)


まいは、少しだけ言い淀んでから口を開いた。


「朝私の方を見てたってユキちゃんから聞きました。…何かありましたか?」


高成は、一瞬だけ視線を動かした。


「……大した用事ではない」


短く、それだけ。


「気にするな」


それ以上、話は続かなかった。


(……そう、だよね)


深い意味があるわけではない。

そう自分に言い聞かせ、

まいはそれ以上踏み込まなかった。


二人は並んで、商家を後にする。


宿へ向かう道は、

昼の光に照らされ、

人の行き交いも穏やかだ。


通りは、昨日の夕刻ほど混み合ってはいなかった。


肩が触れるほどではないが、

人の流れは絶えず、

行き交う気配が常に視界の端にある。


それでも、

はぐれるほどではない。


高成の歩幅は、一定だ。

左手がこちらへ伸びることもない。


(……昨日とは、違う)


そう思ってしまってから、

胸の奥が、ほんの少しだけ静かになる。


理由は分からない。

ただ、

何かが足りないような気がした。




今日は昼の時間帯だからか見慣れない露店が多い。


まいは歩きながら、

つい視線をあちこちへ向けてしまう。


焼き物の器を並べた店先。

小さな木彫りの人形。

籠に山盛りにされた干し果物。


呼び声が飛び、

笑い声が混じり、

通りはどこか浮き立っている。


(……こんなに、いろいろあるんだ)


昨日の夕刻よりも、

色も音も、近い。


足を止めるほどではない。

けれど、歩幅が自然と緩む。


その変化に、

高成は振り返らない。


だが、数歩先を行っていた足取りが、

いつの間にか、まいと並ぶ速さになっていた。


軒先に吊るされた簪が、

風に揺れて、かすかに鳴る。


一瞬、視線が留まりかける。


艶のある玉飾り。

細い金具。


そして、簪の店の数軒先には、色とりどりの髪紐が束ねられていた。


薄桃。

浅葱。

白に近い、やわらかな生成り。


指に触れればほどけてしまいそうな細い糸。


髪を結うとき、髪にその薄い色が落ちるのだろうかと、

ほんの一瞬だけ想像する。


(……私の赤い髪でも、白とか、明るい色を合わせていいのかな。)


でも、すぐに、その考えを振り払う。


必要ない。

今の自分には、関係のないものだ。


そう分かっているのに、

目だけが勝手に追ってしまう。


高成の歩調は

その間も変わらない。


前に出ることも、

急かすこともない。


たが、

まいが視線を向けた分だけ、

進みがわずかに遅くなった気がした。


(あ、いいにおい……)


どこからか団子を焼く甘い匂いが流れてきて、思わず息を吸う。


においの先を辿ると、屋台の前で笑う同年代の娘たちが、小さな袋を手に、何かを分け合っている。


(……ああ)


胸の奥で、

小さく何かが動いた気がした。


自分が見ているのは、

“物”ではない。


——こんなふうに、

街を歩く時間そのもの。


歩きながら、

世界を見ること。


それが、

いつの間にか許されている。


高成は、一度もこちらを見ていない。

それでも、距離だけは、崩れなかった。



気づいた途端、

少しだけ、怖くなる。



慣れてしまいそうだから。



この仮の生活に。

この穏やかな時間に。


そう思いながらも、

視線はまた、自然と前へ向く。



そして——



ふと、通りの一角で、

まいの視線が止まった。



小さな店先に並ぶ、色とりどりの小さな器。


艶のある紅が、

陽を受けて並んでいた。


(……あ)


ただ、それだけ。


立ち止まるほどではない。

けれど、

目が、離れなかった。



——淡い色の方が、似合う。



昨日、ユキに言われた言葉が、

唐突に浮かぶ。


商家で知り合った女の子たちは、

着物の色も、

髪の結び方も、

自分で選び、考えていた。


反物を選ぶ同じ年頃の客の姿も、

何度も目にしている。


そして、今さら気づく。


彼女たちは、

着物や髪紐だけでなく、

きちんと化粧もしていた。


(……そうか)


胸の奥で、

小さく何かが噛み合う。


あの子たちが、

なんとなく眩しく見えたのは――


着物や髪飾りだけではなく、

顔立ちにまで色をのせていたからだ。


ほんのわずかな色が、

人を“よそいき”に変える。


それだけの違い。


けれど、その違いが、

遠く感じさせていたのかもしれない。



気づけば、足が止まっていた。


高成との距離がわずかに開く。


高成は、

数歩先で足を止め、振り返った。


「どうした」


「あっ……いえ」


慌てて首を振る。


(これは、必要ないものだ)


そう思う。


もし買ったとしても、

自分には似合わない。

使い方も分からない。



それに——

今以上に、もらう理由も、ない。



そう考えたはずなのに、

無意識に、表情が沈んでいたのだと思う。


高成が、こちらを一瞥する。

それにハッとして、まいは店から離れようとした。


「すみません、行きましょう…」


余計な気を遣わせたくなかった。

足を止めただけでなく、養われている身で、さらに望むなど――。


そう思い、視線を伏せる。


だが、まいが口を開くより早く、

高成は店の方へ向き直った。


「これを」


低く、簡潔な声。


「……え?」


「薄い色のものを」


店主が目を向ける。


「はい、少しお待ちを」


店主が、高成が目で示した器を棚から取り上げ、布で軽く拭う。


まいは、慌てて声を上げた。


「い、いいです!

 自分には、もったいないですから……!」


必死な言葉だった。


だが、高成は、それをちらりと見ただけで、

何も言わない。


店主が再度色を確認し、

迷いなく会計を済ませる。


まいは、

その背中を見つめながら、

胸がきゅっと縮む。


(……物欲しそうな顔、してたのかな)


恥ずかしさと、申し訳なさが、

一緒に込み上げる。


高成が戻ってきて、

小さな包みを差し出した。


「……すみません」


反射的に、そう言って受け取る。


包みを受け取った瞬間、

申し訳なさに肩が縮こまる。


きっと、手間をかけさせてしまった。


そう思うだけで、

顔が熱くなる。


それなのに、さらに追い討ちをかけるように店主が話しかけてきた。


「お嬢さん、せっかくです。塗ってみては?」


手鏡が目の前に差し出される。


「え、あ、えっと……」


高成は動かない。


その沈黙が、

なぜか急かされているように感じてしまう。


慌てて包みを開き、紅を取り出すが――



けれど、

手の中の包みを見て、

すぐに手が止まってしまった。


(……どうやって、使うんだろう)


小さな器を手にしたまま、

まいは戸惑って立ち尽くした。


使い方が分からない。

指に取るのも、唇に触れるのも、ためらわれる。


そんな様子を、

高成は黙って見ていた。


一瞬、視線がまいの手元に落ちる。



そして、思いがけない一言が降ってきた。



「……貸せ」


短い声。


「え……?」


返事を待たず、

高成はまいの手から器を取った。


迷いのない動きだった。


蓋を開け、指先——小指に、ほんのわずか色を取る。


「上を向け」


戸惑いながら、まいは顔を上げた。


近い。


思わず息が止まる。


月明かりを映したような瞳が、真っ直ぐにこちらを覗き込み、


息を呑むほど整った顔立ちが、容赦なく迫ってくる。


胸が、強く打った。


それから、

躊躇いなく、まいの唇へ。


「……っ」


驚きで、身体が固まる。


触れたのは、一瞬だった。


小指が、唇に軽く触れ、

色を乗せるだけ。


それ以上でも、それ以下でもない。


高成はすぐに手を離し、

器をまいの手に戻す。


「……これでいい」


それだけ言うと、

視線を逸らした。


まいは、固まったまま動くことができなかった。


その様子を、店主が微笑ましく見ている。


「はい、どうぞ」


改めて差し出された鏡に、

まいは恐る恐る目を向けた。




映っていたのは、見慣れた自分の顔。

けれど───


その唇には、

春先にほころぶ花弁のような色が宿っていた。


雪解けの水を含んだ桜が、

ひとひらだけ頬に触れたかのような。


強くはない。

けれど、確かに“咲いている”色。


(……あ)


胸の奥に、やわらかな光が差す。



——この色が、似合うと思ってくれた。



ただ護るための対象ではなく、

ここに立つ一人の女として

見てくれたということかもしれない。



そう思った瞬間、

理由もなく、嬉しくなった。


まいは顔を上げ、

高成を見た。


「……ありがとうございます」


それは、

これまでにないほど、軽やかな声だった。


思わず弾んでしまったのは、

隠しきれないほど嬉しかったから。



そう言った瞬間、

高成の表情が、ほんの一瞬だけ、やわらいだ気がした。


「……ああ。」


それを見たまいの胸が、きゅっと縮む。



これで──三つ目だ。



新吉に戯れつかれている時の釈然としない顔。

仮眠の合間に見た、いつもの鋭さが少しだけ影を潜めていた顔。


そして、今。


まいはそれを、心の中でそっと三つ目に数えた。

笑みを更に深める。


「……大事にします」


まいは口紅を大事そうに両手で包む。

まるで、壊れやすい宝物のように。


——せめて、この胸のあたたかさが。


言葉よりも先に、

高成に届けばいいと願った。



だが、次の瞬間。

高成は、はっとしたように視線を逸らし、踵を返した。


「行くぞ」


「え!あ、待ってくださいっ」


歩き出す背中は、

いつもと変わらない。


けれど、

わずかに歩調が早かった。


「あのっ、ありがとうございました」


「どうも」


まいは店主に頭を下げ、

慌てて後を追う。


小走りになりながら、

胸元に、紅を大切に抱える。


まるで、

壊れやすい宝物のように。


やがて追いつき、

昼の街のざわめきの中で、

二人はまた、並んで歩き始めた。


けれど、

まいの胸の内だけが、

さっきまでとは、少し違っていた。




***





夜。

宿の部屋は、行灯の明かりも落とされ、

静けさが戻っていた。


まいは布団に横になり、

天井を見つめたまま、しばらく動かなかった。


昼の出来事が、

何度も頭の中で繰り返される。


小さな器。

淡い桜色。

そして——


無意識に、

そっと唇に触れる。


昼間、

ほんの一瞬だけ触れた指先の感触。


それを思い出しただけで、

胸の奥が、きゅっと縮む。


(……嬉しかった)


理由は、分かっている。


似合うと選んでもらえたこと。


それだけだ。


それだけのはずなのに——


衝立の向こうから、

高成の気配を感じた瞬間、

心臓が、跳ねる。


布擦れの音。

静かな呼吸。


そこにいると分かるだけで、

意識してしまう自分に、

まいは思わず顔を伏せた。


(……なに考えてるの)


昼の記憶が、

別の記憶を連れてくる。


夢の中で感じた、

覚えのない温度。


そのことを思い出してしまい、

一気に頬が熱くなる。


まいは声を殺して、

布団の中でもぞもぞと身を縮めた。


(……違う、違う)


慌てて、頭を振る。


きっと、

高成にそんなつもりは微塵もない。


物欲しそうに見えたのかもしれない。

それか、年頃の娘として、

街に溶け込むために必要と判断しただけ。


きっと、そういう理由だ。


(……うん)


そう結論づけると、

胸のざわめきは、少しだけ落ち着いた。


それでも。


大切に包んだ紅の存在を思い出すと、

自然と、唇が緩む。


「……ありがとうございます」


小さく、そう呟いてから、

まいは目を閉じた。



感謝の気持ちと、

まだ名前のつかない想いを、

胸の奥にしまって。






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