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次の電車はきっと来る(栗原咲希)

鉄道職員:咲希の恋愛模様

 夜風が、ホームを静かに吹き抜けていった。


 愛知県の要所駅、知立駅。通勤通学時間を過ぎた三河線ホームは、電車を待つ人影もまばらで、昼間の喧騒が嘘のように落ち着いている。


 栗原咲希は白手袋をはめ直し、深く息を吸った。


 三河地方で生まれ育った。幼いころから、買い物も通学も、いつも三河線だった。雨の日も、部活帰りの夕暮れも、受験の日の緊張も、この線路の上を走る列車が運んでくれた。専門学校を卒業し、名古屋鉄道への就職が決まったとき、迷いはなかった。


 ――今度は、私が運ぶ側になりたい。


 それが、二十一歳の春の決意だった。乗務員として働き始めてから、毎日さまざまな乗客とすれ違ってきた。制服姿の高校生。疲れた顔の会社員。ベビーカーを押す若い母親。旅行鞄を引く老夫婦。


 あの高校生は、かつての自分かもしれない。

 あの母親姿は、未来の自分だろうか。


 列車はただ時間通りに走るだけだ。けれど、その車内には無数の人生が揺れている。人の暮らしを支えるこの仕事に咲希は誇りをもっていた。


 そんな人生を、咲希と同じように安全に運ぶ人がいる。――鉄川だ。


 五歳年上の上司だ。落ち着いた声。確実な指差喚呼。どんな小さな異変も見逃さない観察力。忙しい時間帯でも決して声を荒げず、最後は必ず「安全第一」と締めくくる人。


 咲希は、そんな鉄川に憧れていた。最初は尊敬だった。自分も鉄川のような鉄道職員になりたい、そう思って毎日彼の仕事を学び、背中を追っていた。だが気づけば、その想いはただの憧れや尊敬だけではなくなっていることに気付いた。無意識に彼の姿を探している自分がいた。シフト表で同じ勤務を見つけると、胸の奥が少しだけ明るくなった。


 憧れはいつしか恋に変わっていたけれど、鉄川には、東京に恋人がいた。鉄川は休みの前日、勤務を終えると新幹線で東京に向かう。ホームで土産袋を持つ姿を、何度も見てきた。


 ――それでも、自分にだってチャンスがあるかもしれない


 そんな小さな可能性を心の中で信じてはかき消していたある日、職場で正式な報告があった。


「鉄川さん、結婚することになりました」


 鉄川の彼女は東海地方へ転勤が決まり、愛知で一緒に暮らすのだという。職場は祝福の拍手に包まれた。咲希も、笑って拍手を送った。自分でも驚くほど自然に。


 ーーその日の夜、ささやかな結婚祝いの席が設けられた。咲希も同席することになった。だがその席で、幹事から思いがけない依頼をされた。


「花束、栗原さんから鉄川さんに渡してあげて」

(えっ……?)


 一瞬、言葉を失った。断る事も考えた。きっと顔は強張っていただろう。少し迷ったあと……咲希は頷いた。逃げたくなかった。


 花束は、思ったよりも重かった。


「結婚、おめでとうございます」


 声が震えないように、必死に息を整える。鉄川はいつもの穏やかな笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。その目は変わらず優しくて、だからこそ胸が痛んだ。


 飲み会が終わり、夜の空気が冷たく頬を打つ。


 鉄川は最終電車で帰ると言った。


 結婚後は勤務体系が変わるらしい。三河線で顔を合わせる機会も減るだろう。このまま、何も言わずに終わるのか。咲希の足は、自然と鉄川が乗る電車のホームへ向かっていた。最終電車入線前の静寂。


 発車案内が響く。


 鉄川がベンチから立ち上がる。


「栗原さん? 今日は遅くまで付き合ってくれてありがとう」

「いえ。そんな……あの、鉄川さん、少しだけ、お話が」


 喉が乾く。手のひらが汗ばむ。


 発車ベルまで、あとわずか。


「鉄川さん」

「うん?」


 夜風が二人の間を通り抜ける。


「私、鉄川さんのこと、ずっと好きでした」


 あまりにも短い言葉。けれど、何年分もの想いが詰まっていた。


 鉄川は目を見開き、そしてゆっくりと息を吐く。


「……栗原さん、ありがとう」


 その声は、驚くほど優しかった。


「その気持ちは嬉しい。でも、僕にはこたえられない」


 分かっていた。それでも、聞きたかった。


「栗原さんは可愛いし、仕事も真面目だ。きっと、いつかいい恋が始まるよ」


 慰めではない。本気の言葉だった。だからこそ、涙が溢れた。


「はい……ありがとうございます」


 発車ベルが鳴り響く。鉄川は軽く会釈し、列車に乗り込む。ドアが閉まる直前、もう一度だけ目が合った。


 列車がゆっくりと動き出す。咲希は白線の内側で、深く頭を下げた。


(行ってらっしゃい)


 胸の奥で、そう呟く。赤いテールランプが闇の中へ遠ざかる。しばらく動けなかった。涙は止まらない。それでも足はホームに立っている。


 ――駅。そこには列車が来て、そして去っていく。ダイヤは乱れない。次の列車は、必ず来る。


 咲希はゆっくりと顔を上げた。この恋は終わった。でも、それは終点ではない。


 ――私は私のダイヤで進む。


 誰かの隣を願うだけの自分ではなく、自分の時間を、自分の速度で走らせていく。鉄川のように、誰かの人生を安全に運びながら。きっと、次の駅がある。


(鉄川さん、ありがとうございます。いい恋が見つかるよって言ってくれて。でも……今夜だけは、少しだけ泣かせてください)


 咲希は空を見上げた。夜空は静かに広がっていた。頬をつたう涙を拭い、咲希は別のホームへ向かう。


 明日もまた、始発列車は時間通りに走る。その先に、まだ見ぬ未来が待っている。

- キャラクター プロフィール -

名前:栗原咲希くりはらさき

職業:鉄道職員

好きな事:サッカー観戦

年齢:21

身長:160㎝(5'3")

体重:52㎏(115lb)

誕生日:9月2日

星座:乙女座

血液型:A型


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