残業オフィスの差し入れ弁当(安田春奈)
女性会社員:春奈の恋愛模様
愛知県豊山町。名古屋空港の灯りが遠くにまたたく夜。オフィスの一角だけが明るく残り、静けさの中にキーボードの音だけが響いていた。
「……データベースの応答がまだ戻りませんね」
「うん、こっちから再起動かけてみる」
安田陽奈は上司と並んでパソコン画面を覗き込んでいた。定時はとうに過ぎている。本来なら、今日は名古屋駅近くで同期会のはずだった。
「安田さん、今日は残念だったね。同期会」
「仕方ないですよ。こういう時のために、私たちがいるんですから」
上司は苦笑した。システムトラブル。データベース管理の部署にとって、それは緊急対応の合図だ。地味だけど、会社の全機能が止まる前に動くのが自分たちの役目。営業も経理も、設計も──みんな、この裏側のシステムの上で動いている。
そんな責任感が、陽奈を支えていた。けれど、今夜ばかりは少し胸が寂しい。同期会には、経理部の澤田も参加しているはずだった。同じ入社組の中でも、落ち着いた雰囲気で、話すと不思議と安心できる人。陽奈が異性として惹かれる相手だ。
「……安田さん、同期会、楽しみだったんでしょ?」
「ちょっとだけ、ですね」
上司に軽く笑い返し、画面に視線を戻す。そんな時だった。オフィスのドアが開き、足音が近づいてくる。
「こんばんは。まだ仕事中ですよね?」
顔を上げると、そこに澤田が立っていた。片手には紙袋、もう一方にはコンビニのビニール袋を下げて。
「澤田君!? どうして? 同期会は?」
「途中で抜けてきたんだ。安田が来れないって聞いて……トラブル対応だと、食事もろくに取れないだろ? だから、はい、差し入れ」
陽奈と上司が目を丸くする。
「おお、経理の澤田君。わざわざどうしたの?」
「いや、差し入れを。安田さんの分と、課長のも一応」
彼は照れくさそうに笑って、紙袋を机に置いた。袋の中には、きれいに詰められたお弁当。もう一つのビニール袋からは、コンビニおにぎりとカップ麺、お茶がのぞいている。
「気が利くなあ。悪いね、澤田君」
「いえ。同期会の店で頼んで詰めてもらった分と、途中でコンビニ寄って買ってきただけですから」
陽奈は少し言葉を失った。
(同期会……みんなで楽しく盛り上がっていたはずなのに……)
「……わざわざ私たちのために持ってきてくれたの?」
「うん。システム部、今、トラブル対応中だって聞いたから」
「ありがとう。でも、申し訳ないね。せっかくの同期会だったのに」
「いえいえ、問題ないですよ、課長。それに──」
澤田は少し視線を落とし、照れくさそうに笑った。
「安田のこと、ちょっと気になってたから」
「え?」
思わず声が裏返る。上司が空気を読んだように、咳払いをして席を立った。
「俺は向こうの端末見ながら、カップ麺食べてくるよ。澤田君、ありがたく頂戴するね。では、あとは若いもん同士で」
そう言って去っていく背中を見送り、陽奈はますます頬を赤らめた。
「……もう、課長まで余計なことを」
「はは、すみません。別に深い意味じゃ……いや、深い意味、あるかも」
澤田の声は少し照れていて、それがまた優しかった。
「澤田君、わざわざ同期会を抜けて来てくれるなんて。ごめんね」
「うん、別に良いよ。安田が頑張ってトラブル対応してるのに、俺達だけ楽しんでるのも何だかね。それに、安田たちがデータシステムを守ってくれてるおかげで、俺たちも経理の数字を扱えるわけだし」
「そんなふうに思ってくれてるなんて、ちょっと驚き」
「本当のことだよ。世間じゃ設計部とか営業部が目立つけど、裏で支えてる部署こそ会社の生命線だと思ってる」
澤田は真剣な表情でそう言った。
(澤田君……)
心の奥にあたたかいものが広がっていく。こんなに真面目に、システムの仕事を理解してくれる人がいたなんて。
「……ありがとう。なんか、報われた気分だよ」
「うん。仕事にキリがついたら、ちゃんと食べなよ。休憩も腹ごしらえも大切だろ?」
陽奈は紙袋を開け、オフィスの机に並べて食事をとった。お弁当はまだほんのり温かく、即席みそ汁のお湯を注ぐ音が心地よい。
「同期会より、こっちの方が落ち着くかも。私、騒がしい席はちょっと苦手で。でも同期の前だと、一人で静かにしてる訳にはいかないし」
「それ分かる。それに俺も、安田とこうやって静かに話してる方が、なんか自然だな」
陽奈は少し微笑んだ。澤田といると、不思議と肩の力が抜ける。しばらくして、端末のモニターに緑の
文字が並んだ。
「……チェック完了です」
「おお、さすが安田。解決したの?」
「いや、大部分はって感じかな。あとはもう一回、全体のチェックして再確認かな」
上司が戻ってきて、画面を確認する。
「よし、ヤマは越えたかな。さて、安田さん、もうひと踏ん張り頑張ろうか」
「はい、課長」
そのやり取りを聞いて、澤田は席を立とうとする。
「じゃあ俺はこれで」
部屋を出ようとした時、陽奈が澤田を追いかけてきた。オフィスの灯りが穏やかに廊下を照らす中、静かな空気が流れた。
「……ほんとに来てくれてありがとう。澤田君が来てくれて、なんか元気出た」
「そりゃよかった。じゃあ、また今度、みんなで飲み会しよう。今日の埋め合わせに、気心知れた数人で」
「うん、でも……」
陽奈は小さく息を吸った。
「澤田君と二人じゃ、ダメかな?」
陽奈が少し目を逸らしながら伝えたその一言に、澤田の目がわずかに見開かれる。そして次の瞬間、照れたように笑った。
「……いいの? 二人で?」
「うん。今日みたいに、静かに話せる時間の方が、私は好きだから」
「……そっか。じゃあ、ぜひ」
二人は目を合わせ、ふっと笑い合った。
窓の外では、名古屋空港の誘導灯がゆっくりと瞬いている。システムも街も、確かに動き続けていた。その夜、陽奈の心の中で、新しい何かが静かに動き出した。
- キャラクター プロフィール -
名前:安田陽奈
職業:会社員(データベース管理)
好きな事:博物館巡り
年齢:29
身長:155㎝(5'1")
体重:54㎏(119lb)
誕生日:10月5日
星座:天秤座
血液型:O型
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