ルビー色の決意(小田凪咲)
女性ウエディングプランナー:凪咲の恋愛模様
岡崎城の石垣が夕陽に染まる頃、凪咲はチャペルの最終確認を終えた。
祭壇の花。リングピローの位置。装飾や小物の配置……完璧だった。
「さすが、小田さんの仕事はいつも完璧だね」
背後から声がする。営業担当の塩崎だ。二十八歳、軽口ばかり叩くが仕事はできる。
「今日も綺麗にまとまってる。これなら新郎新婦も大満足でしょう」
「そうですね」
凪咲は微笑んだ。いつもの、少しだけ営業用の笑顔。
――おめでとうございます。
今日も何度その言葉を口にしただろう。祝福の拍手の中、新郎新婦が誓いの言葉を交わす瞬間。凪咲はいつも一歩下がった場所で、その光景を見守っている。
今日も、誓いの言葉は私のものじゃない。
当然のことなのに、時々胸の奥が、わずかに疼いた。
披露宴後の片付けを終え、式場を出ると、夜風が冷たかった。
一月生まれの凪咲は冬が好きだ。澄んだ空気は嘘をつかない気がする。帰り道、乙川沿いを歩く。ライトアップされた川面が揺れている。スマートフォンに通知が入る。大学時代の友人の結婚報告だった。今月、二件目。
「またか……」
思わず苦笑する。
二十五歳。
焦る年齢ではない、と頭ではわかっている。けれど、毎週のようにドレス姿を見ていれば、自分だけ取り残されているような気分にもなる。
私は、誰かに選ばれるのだろうか。
そんな思考を振り払うように、凪咲は小さなワインバーの扉を開けた。仕事終わりの一杯が、最近のささやかな楽しみだ。
「いらっしゃい、小田さん」
カウンターの端に、見慣れた背中があった。
「……塩崎さん?」
「偶然だね。俺も飲みたくなって」
営業担当とはいえ、式場では常に動き回っている男だ。仕事中のきちんとした印象とは違い、今はどこか年相応に見える。
凪咲は少し迷い、二つ席を空けて腰を下ろした。
「今日は何にします?」
「重めの赤で。ピノじゃなくて、もう少し骨格のあるもの」
「さすがワイン通。注文の仕方がかっこいいな」
「まあ、ワインは私の趣味ですから」
ワインが注がれる。深いルビー色。一口含むと、ほのかなタンニンが舌に残った。
「小田さん」
塩崎がグラスを揺らしながら言う。
「最近、ちょっと疲れてない?」
「え?」
「営業だからね。顔色くらいは読めるんだ」
図星だった。だが、凪咲は笑う。
「普通ですよ。繁忙期ですし」
「……小田さんは」
彼は視線をこちらへ向けた。
「誰かに選ばれるの待ってるタイプじゃないでしょう?」
(えっ?)
凪咲は一瞬、言葉を失った。
「えっと……何ですか、それ」
「だって小田さんは、新郎新婦の背中押す側でしょう? 演出決めて、進行作って、最高の一日を形にする。選ばれるのを待つより、選んで決める側の人間なわけじゃん」
心の奥に、何かが触れた。
――私は、選ぶ側。
「仕事ではそうですけど……でも、恋愛は別ですよ」
「本当に?」
からかうようで、どこか真剣だった。グラスの中のワインが揺れる。
「小田さんが本気で誰かを好きになったら、相手は逃げられないと思うけどな」
「なんだかひどい言い方ですね」
「これは褒め言葉」
ふっと笑う彼の横顔は、式場で見る営業の顔と違った。
凪咲は気づく。この人は、いつからこんなふうに近くにいたのだろう。新郎新婦の間に立ち、意見が割れれば調整し、無理難題もまとめ上げる。その横で、いつも塩崎は支えてくれていた。
「……私、」
凪咲は小さく息を吐いた。
「選ばれたいって思ってました。誰かに『必要だ』って言われたくて」
「今まで言われたことないの?」
「仕事では時々ありますけど。でも、それとこれとは違うじゃないですか」
しばらく沈黙が落ちる。店内を流れる静かなジャズがふたりの間を流れていく。
「じゃあさ」
塩崎はグラスを置く。
「もし俺が言ったら?」
「……えっ? 何をですか?」
「君が必要だって」
鼓動が一つ、大きく鳴った。
「営業としてじゃない。式場の戦力としてでもない」
彼の声は、思ったより低かった。
「小田凪咲として、俺の隣にいてほしいって言ったら?」
夜気が頬を冷やす。凪咲は視線を逸らした。
ずっと、“選ばれる”ことを待っていた。けれど今、選ぶかどうかを決めるのは自分だ。誓いの言葉は、私のものじゃない。でも、これからの言葉は――。
「……それ、ずるいです」
「何が」
「私に決めさせる気でしょう」
「当たり前でしょ。俺は小田さんが選ぶ側の人だって思ってるから」
思わず、笑みがこぼれた。胸の奥にあった焦りが、少しだけほどける。
「じゃあ」
凪咲はグラスを持ち上げた。
「まずは、選ぶための時間をください」
「そっか、了解。まあ……交渉の成果としては十分かな」
塩崎は笑って軽く頷く。
「もう、そんな言い方して。でも、もし私がお断りしていたらどうしたんですか? 明日から職場で気まずいですよ?」
「俺は営業だから、勝算がない話は出さないよ」
「……ばか。でも、ありがとう。私のことをそんな風に見てくれて。私、逃げずにちゃんと考えます」
ありがとうと塩崎に言ったはずのその言葉が、自分の胸にも帰ってきたような気がした。思いのほか胸の中が温かい。
乙川の水面が揺れる。冬の空気は澄んでいる。
凪咲は思う。
選ばれるのを待つだけじゃなくていい。誰かの幸せを演出してきた自分だからこそ、自分の未来も、ちゃんと選べるはずだ。もう一度、選ぶ。今度は、私自身のために。
ワインの余韻が静かに広がる。
誓いの言葉は、まだ私のものじゃない。
でもきっと、いつか。自分で選んだ相手と、自分の言葉で。その日を思い描きながら、凪咲はもう一度グラスを傾けた。隣には、必要だと言ってくれた人がいる。それだけで、少しだけ未来が明るく見えた。
- キャラクター プロフィール -
名前:小田凪咲
職業:ウエディングプランナー
好きな事:ワインテイスティング
年齢:25
身長:160㎝(5'3")
体重:55㎏(121lb)
誕生日:1月28日
星座:水瓶座
血液型:O型
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