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8話

 森は、奥へ行けば行くほどに静かになる。


 聞こえてくるのは風の音と、鳥の鳴き声、動物の息づく気配。その位だ。


「あそこの岩の上に自生している草が必要だから取ってくるわ。ウサギの体では歩きにくい場所でしょうから、ここで待っていてちょうだい」


「いや、私も最近ではどこでも行けるぞ」


「……上、苔がたくさん生えていて、滑りやすいのよ。ちょっと待っててちょうだい」


「……ミラ嬢がそういうのであれば」


 私はゆっくりと岩へと昇り、必要な薬草を採取していく。


 岩の上は人間であれば、さほど高くないけれど、ウサギの小さな体で落ちたらもしかしたら怪我をするかもしれない。


 ウサギがどれくらいの身体能力なのか、それが私には未知数なので、出来るだけ怪我をしないようにしたい。


 採取を終えて私は滑り降りるようにして岩を降りる。


 こういうことをするようになってから、令嬢の時よりも足腰が鍛えられた気がする。


「ここは採取し終えたわ。次は、向こう側へと移動するわ。日が暮れる前に今日休む場所へと向かって歩くわよ」


「目的地があるのか?」


 レイス様が驚いたようにそう言い、私は当たり前だろうというようにうなずいてみせる。


「この森は私にとっては薬の採取場よ。採取するために森を探索することもあるから、いくつか拠点となる休憩場所は決めているの」


「なるほど」


 今向かっている休憩地点は、今日一番の楽しみの場所である。


 ここに来るというのは、町に買い出しに行く前に決めていており、私の荷物にはこの日の為に奮発した石鹸が入っている。


「楽しみだわ」


「楽しみ?」


「えぇ。レイス様も、気に入ると思うわ」


「気に入る?」


 首を傾げるレイス様だけれど、それを知ればきっと喜ぶだろう。


 そう思いながら私は足早に向かい、そしてしばらく歩けば硫黄の匂いが漂ってきた。


 スンスンとレイス様は鼻を鳴らす。


「これは……ガスか?」


「えぇ。ふふふ。この奥に温泉があるの。しかもその横に丁度いい洞穴があって、そこが今日の休憩地点よ」


「温泉? ちょっと待て、まさか」


「さぁ! 行きましょう! ふふふ。入るの楽しみだわ」


 足早に私が向かうと、レイス様が足を止めて声を上げた。


「ちょ、ちょっと待て! うら若き乙女が、こ、こんな森で温泉だと⁉ 怪しい者が現れたらどうするのだ!」


「こんな森の奥に?」


「ぜ、絶対に来ないとは言えないだろう?」


「そうねぇ。でもまぁ、可能性は低いわ」


 そう言って私はまずは周囲を確認していきながら、洞窟の中も確認をする。


 誰も入った形跡もなく、また以前、置いていた荷物もそのままそこに置いてある。


 私は置いておいた荷物の中から布を取り出すとそれを洞窟の入り口に掛け、簡易のカーテンを作る。


 それから背負ってきたカバンの中から敷物を出すとその上に荷物を載せていく。


 久しぶりの温泉に鼻歌交じりに私は意気揚々としていたのだけれど、レイス様はとても居心地が悪そうに、行ったり来たりを繰り返している。


「気持ちいいのよ?」


「いや、いやいやいや。そういう問題ではない」


 王子様だから、こういう外で温泉に入るなどありえないのだろうなと思いながら私は呟いた。


「この温泉、最高よ。生きていて良かったって思える。じゃあ、私は入るから」


 そう言って私は洋服を脱ぐと、別に持ってきた透けない色のついたワンピースに着替えを済ませてレイス様を抱き上げた。


「ちょっと待て……それは?」


「え? 温泉に入る時に着るワンピースよ。さすがに、獣とかの心配もあるから、すぐに逃げられるように、ワンピースを着て入るの」


 口をパクパクと開け閉めしたあと、小さくレイス様が息をつく。


 それがどこか不満げな様子で、私は首を傾げた。


「裸の方が良かったかしら?」


「違う! そういうことではなく……その、服を着たまま入るとは思わなかったから、先に教えてくれれば心配することも、なかったのにと……」


 もごもごと呟くレイス様。


「貴方って、よく心配するわよね」


「? そりゃあ、心配するだろう」


「他人なのに、あぁ、私が薬を作るから?」


「なにを? いや、それがなかったとしても普通心配するだろう」


「普通に? ……わかんないわ」


 普通に心配をするという言葉の意味が、私には分からない。利益もなく、他人のことをどうして心配する必要があるのか。


「ミラ嬢だって、私のことを、心配してくれるではないか」


「え?」


「思いやってくれただろう。私は……ミラ嬢を見て、天使とはこういう人をいうのだろうと思った。たった一人、人間に追われ寝る場所も見つけられず、走って走って……そして噂に縋るようにミラ嬢の元へ向かった。君は……そんな私を救ってくれたんだ。突き放すこともせず、話を聞き、そして、力を貸してくれる」


 その言葉に、私は小さな罪悪感を抱く。


 私はそんな高尚な存在ではないから。


 静かに私は首を横に振り、それから話題を逸らすように温泉へと視線を向けて言った。


「温泉入りましょう。石鹸持ってきたから、綺麗に洗い流したいの」


「……そうか。って、言っておくが、私は一緒には入らんぞ! 見張っておく! こら、放せ!」


「ふふふ。洗ったらきっとふわっふわになるわよ」


「やめろ! 私は、私は図体のデカい男だぞ! 気持ちが悪いだろう!」


「悪くないわ! ふふふ!」


「わ、悪くないだと!? い、いや、その、筋肉があってもいいのか!?」


「いいわよ! 今はないから大丈夫」


「そうか……よかった。その、ちなみにミラ嬢は、どんな男が好みだろうか?」


「は?」


 想っても見ない方向へと話題がずれたことで、私は驚いてしまい、そっとレイス様を放すと言った。


「さぁ、お風呂お風呂。混浴したいならご自由にどうぞ」


「うぅぅぅ。せんぞ。私はそんな男ではない!」


 私は、洞窟の横にある岩場を登っていく。硫黄の匂いが鼻をかすめていく。


湯気が立ち上るそこは、階段状に上から温泉が流れており、丁度湯舟のような形にお湯が溜まっているのである。


 私は下段の方の温度を確かめてから、お湯に体を浸した。


「はぁぁ。気持ちいい」


「私はここで見張りをしているからな」


 岩の上の方で、こちらに背を向けているレイス様。


 私はからかうように言った。


「気持ちいわよ~。貴方も一緒に入りましょうよ~」


 するとレイス様が驚いたようにこちらを見て言った。


「う、うら若き乙女がそのようなことをいうものではない! っは! すまん!」


 ワンピースを着ているというのに、レイス様は顔を真っ赤にして視線を背ける。


 なんとも無害な人だなと、私はそう思いながらくすくすと笑い声を立てた。


 それから、先ほどのレイス様の言葉を思い出す。


 どんな男が好みか……。


「貴方みたいに……優しい人……かしら」


 小さく呟いて、私はハッとすると、ごまかすように温泉で顔をばしゃばしゃと音を立てて洗ったのであった。


ブクマやお星さまもらえると、飛んで喜びます!

飛びます!飛びます!ぴょーん。

いつも読んで下さりありがとうございます!


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