24話
馬車が森についた頃、ミラは眠ってしまっていた。
アレクリード王国から借りていた馬車は、御者によって城へと戻っていく。
かなり疲れたのであろう。寝息を立てるミラは起きる気配がなく、レイスはそっと優しく抱き上げるとミラを寝室のベッドへと運んだ。
その後、レイスはルカがまだ外にいることに気がついた。
「ルカ。どうかしたのか」
月を見上げるルカが、何かうなずいている。
誰かと会話をしているのだろうか。
自分には見えない何かがそこにいる気配を感じ、レイスは話しが終わるまでその様子を見守っていると、ルカがこちらに気が付き何かに挨拶をしたのちに歩いてくる。
「みゃ(聞こえるか)」
「なっ!?」
レイスは驚いた。
ルカの声が聞こえるのだ。
「みゃ(精霊に、レイスにも話が出来ないと不便だからな、声を届けられるようにしてもらった)」
「嘘だろ……おいおい。なんで元の姿に戻してもらわなかったんだ」
ルカは大きくため息をつく。
「みゃ~(おいおい。人を動物にすることなんて普通の精霊には出来ねぇよ)」
「ん?」
「みゃ(精霊にも色々と種類がいるんだ。だがまぁ……俺がこの姿なのは、多分、俺が望んだからだ
ろ)」
「どういうことだ」
ルカは月を見上げながら、呟く。
「みゃーみゃ(猫って案外、生きやすいんだよ)」
「?」
「みゃー(飽きたら精霊神を見つけて戻してもらう。まぁ、それまでよろしくな。ウサギの、王子様)」
ルカがそう言った瞬間、レイスの体がボフンっとタイミングよくうさぎへと変わった。
それを見たルカは笑い転げる。
「みゃ!(あははは。嘘だろ。最高のタイミングすぎるだろ)」
「……はぁぁぁ。不便だ。だがルカ、言っておくぞ」
「みゃん(なんだよ)」
真面目な表情で、二人は睨み合う。
「俺の方が可愛い。ミラ嬢の一番は、俺だ」
「みゃ(お前、たまに大丈夫かって心配になるぞ)」
二人はその後、吹き出すように笑い合うと並んで月を見上げた。
「まぁ、よろしくな。ミラ嬢の恋人は私だ。いいな」
「みゃー(俺は聖女を守るのが役割だ。色恋なんて知らねーよ)」
見た目はとても可愛らしい二匹のもふもふなのであった。
◇◇◇
鳥の歌う声で目が覚めた私は、ベッドの上で思い切り伸びをした。
「んー! っはぁぁ。あれ……ベッド……」
窓から入ってくる太陽の光と、美しい緑を見ながら私は起き上がる。
朝でまだ涼しいが、夏が本格的に訪れたという暑さを感じる。
「まずは、お風呂ね」
私は起き上がると、お風呂場へと向かい汗を流し、身を清める。
髪の毛を乾かし、着替えを済ませ、そして鏡を見た時に、動きを止めた。
「あ……」
傷が、綺麗に消えていた。
鏡に映る自分を見つめながら、私は涙をこぼした。
実の妹と婚約者に裏切られたその無実の罪の証。
毎日見る度に、私は、忘れようとして、その度に胸が痛んだ。
それが消えているという事実に、私は涙が止まらなくなる。
「あぁ……あぁぁぁぁ」
ただ、消えていることは嬉しいのに。
やはり、妹のオリビアが今あの傷で苦しんでいるかもしれないということは、悲しく思ってしまうのだ。
憎んでいるはずなのに……。
部屋をノックする音が聞こえた。
「ミラ嬢? 起きたのか? どうか、したのか?」
私は扉を開けると、立っていたレイス様の胸に飛び込んだ。
「ミラ嬢? どうした」
「……なんでもないの」
この胸の苦しさを、どう伝えればいいからなかった。
すると、レイス様の足元にいたルカが言った。
「みゃ(言葉にしねーと伝わらねぇぞ)」
私は、レイス様の胸の顔を埋めながら告げた。
「顔の傷が……消えて、嬉しいのですが、でも……オリビアのことを想うと……」
ぐすぐすと泣いてしまう自分のことが情けなく思っていると、レイス様は私の両頬を両手で包み込むと言った。
「そうか……ミラ嬢は、優しすぎるんだな」
その言葉にまた涙が溢れてくる。
すると、呆れたような口調でルカが言った。
「みゃぁ(はぁぁ。なら、祈れ。ミラは自分が思っている以上に聖力強いんだ。ミラの祈れば精霊神にその願いが届くだろうよ)」
「そう、なの?」
「みゃ(……はぁぁぁ。聖力の使い方を一度学んだ方がいいな……知識量が足りねぇんだ)」
確かに、私は聖女としての力の使い方が分からなくて、今回もとても苦労した。
ルカのいう通りだ。
私は聖女としての力の使い方もなにもかも未熟すぎるのだ。
私は背筋を正してルカと向き直ると頭を下げていった。
「ルカ。聖力の使い方を教えてください。私の、お師匠様になって」
「……みゃぁ(くそだりぃ)」
ルカはそういうと、尻尾を振りながら歩く。
「みゃー(まずは、腹ごしらえが先だ。肉食わせろ)」
それを了承だと受け取ると、私はうなずいた。
「わかったわ! 美味しいのを焼いてあげる!」
「みゃ(はぁぁ。だるい)」
そう言いつつも、少しルカは楽しそうだった。
私とレイス様は視線を交わすと微笑みあい、そして朝食に向かったのであった。
ただ、今日はやることがたくさんある。
午後には登城する予定であり、国王陛下にこれまでのいきさつを報告する予定だ。
私達は朝食をとった後は支度を整え、レイス様が手配してくれた王城から来ていた迎えの馬車に乗ってアレクリード王国の王城へと向かった。
黒猫は不吉の象徴。
そう言われているため、私はルカが嫌な思いをするのではないかと心配したのだけれど、ルカは気にしていない様子で私の膝の上だ。
「もし人目につくのが嫌なら、カバンや籠の中にはいる?」
尋ねてみるとルカは顔を上げて小ばかにするように笑う。
「みゃ(見た目が黒いからって不吉だなんて思うバカに構っていられるかよ)」
強いなぁ。
私は大丈夫そうだなと思い息をついた時、馬車がとまる。
レイス様は私の膝の上からルカを抱き上げる。
「さぁ、行くか」
「ええ」
レイス様は片腕でルカを抱き、もう片方の腕で私を馬車から下りるとエスコートしてくれた。
だが驚きは馬車から下りた瞬間にやって来た。
「聖女ミラ様! 万歳!」
「レイス王子殿下、万歳!」
割れんばかりの歓声が聞こえ、私は驚いていると、どうやら王城の周りには沢山の人が押しかけているようだ。
場内には貴族の面々が訪れており、私達が馬車から下りてくるとたくさんの拍手が聞こえてくる。
「これは……一体」
どうなっているのだろうか。
そう思っていると、ルカが呟いた。
「みゃ(昨日、精霊神様が宣言しただろう。王国中に聖女ミラについての神託が降りたんだ)」
「え?」
「なるほど……王城から至急登城命令があったのはこのためか」
私は想像よりも、大変なことになっているのかもしれないと思いながら、レイス様と共に急ぐ。
侍従が私達の案内役にやってくると、すぐに謁見の間へと通された。
すでに国王陛下がその場にはおり、その横に王妃殿下の姿もあった。
私とレイス様は前へと進み出ると、一礼して国王陛下からの言葉を待っていると、国王陛下はその場にいた騎士や侍従達を皆下がらせた。
「レイス、ミラ、そして神官ルーカス・サリヴァン。今回は神殿と色々とあったようだな。レイスから昨日早馬でおおよそのことは手紙で知らせを受けているが、細かく教えてくれ」
国王陛下の言葉に私達はうなずき、神殿で起こったことを包み隠さず話をしたのであった。
国王陛下はルーカスの方へと視線を向けると言った。
「ルーカス・サリヴァン。そなたのことは、副神官長であるハエレシスが隠ぺいしていたとの知らせを受けている。今後神殿側は精霊神の声に従い、改善されるとのことだが、その罪は重い。そなたから何か、要望があれば、私から神殿側へと話をつけられるよう、力添えをするが、どうだ」
ルカは尻尾を揺らすと言った。
「み~(俺は聖女の傍を離れない。神殿には絶対に帰らない。それだけだ)」
レイスはうなずくと、それを国王陛下へと告げる。
国王陛下はうなずくと、立ち上がり私達に告げた。
「昨日、精霊神様による神託がアレクリード王国に響き渡った。皆がその声を聞き、聖女ミラの誕生を知ったのだ」
それから私の方を国王陛下はじっと見つめて尋ねた。
「ミラ。聖女として仕事を任せたいのだが……どうだろうか。ただ、無理強いをするつもりはない」
仕事?
しかも無理強いをするつもりはないという言葉にルカが小さく呟く。
「みゃーん(ミラ。自分の立ち位置を理解しろよ。精霊神がわざわざお前を聖女と宣言したのは、お前を守るためだ。精霊神が守ろうとしている聖女とはつまり、言って見れば国王よりも立場は上となる)」
ドキリとした。
それと同時に、精霊神様の言葉がそれほどまでに大きいのだと改めて実感した。
それはそうだ。
人知を超えた存在である精霊神様……。精霊の恐ろしさを思い出して私は身震いし、それから自分を落ち着けるために深呼吸をする。
「はい。私で出来ることであれば」
国王陛下はほっとしたように微笑まれる
「では、レイスと共に衣服を着替えて整えた後に、国民に姿を見せてほしい。城前にたくさんの人々が押
し寄せていてな。一目、聖女の姿を見たいと集まっているのだ」
先ほどの声はそういうことか。
私はうなずくと、国王陛下はレイス様の方へと視線を向けた。
「急ではあるが、レイス。ミラとの婚約を皆に発表するように」
その言葉にレイス様はうなずく。
「かしこまりました」
私も一礼し、私達は急ぎ、皆の前に出るように支度を整えていく。
美しい白いドレスに私は身を包み、化粧を施してもらう。
鏡に映る自分は傷一つない顔であり、まだ見慣れない。
支度が整うとレイス様が私を迎えにやって来た。
私と揃いの衣装であるが、すらりとしたレイス様のその姿に、見惚れてしまう。
心臓がドキドキとする中、レイス様は私を見ると嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「綺麗だ」
さらりとそう言われ、恥ずかしさを覚える。
「レイス様も……素敵よ」
腕が差し出され、私はレイス様にエスコートされる。
着替えの間レイス様と一緒にいたルカはとことこと一緒について来ている。
主城門が解放され、王城前の広場に国民達が集まる。
私達は、広場を見下ろせるテラスへと向かった。
「ミラ、大丈夫か」
「えぇ……でも、いろいろと突然起こりすぎて緊張しているわ」
「実は、私もだ」
私とレイス様は視線を交し合うと、くすりと笑い合う。
はっきり言えば、まだまだ現実が受け止め切れていない。
精霊神様に神託として聖女として皆に知られていたことも。
レイス様の婚約者として今、皆に発表するということも。
でも、大丈夫だ。
私はレイス様の手をぎゅっと握った。それをレイス様も握り返してくれる。
「ミラ、行こう」
「えぇ」
割れんばかりの拍手が聞こえた。
私とレイス様が皆の前へと姿を現した瞬間声が響く。
「聖女様万歳! アレクリード王国万歳!」
心臓がうるさいくらいに鳴った時、緑の森の香りが吹き抜けていく。
それと同時に、五色の精霊の光が飛び回り、そして空に美しい虹をかけた。
天から美しい花弁が舞う。
「祝福だ」
「精霊神様からの祝福だ!」
皆からの拍手が舞い起り、私とレイス様は皆に向かって一礼をする。
私は、自分がこうやってまた人の前に立つことができるなんて思ってもみなかった。
森で一人で生きていくのが自分の運命なのだと、生きているだけましなのだと思った日もあった。
けれど今は、世界が変わった。
「ミラ」
横を見れば、私の愛おしいうさぎの王子様がいる。
そして、足元には可愛い黒猫のルカもいる。
「みゃ(はぁ~。くそだりぃな)」
口は悪いけれど……。
私はルカを抱き上げ、それから国民の皆を見た。
アレクリード王国で、私はこれから生きていくのだ。
たくさんの人々からの祝福の声を聞きながら、そう、思った。
第二章完結となります(●´ω`●)
読んで下さった読者の皆様に感謝です。ありがとうございました!






