22話
「きゃぁぁぁぁぁあ。痛い痛い痛い! なにこれ。やめてぇぇぇ」
突然のことに私がびくりとすると、精霊神は言った。
「能力はもうない。引き抜いてしまったよ。あと、彼女の罪を返しただけさ」
冷ややかな微笑み。
オリビアを見ると、顔の半分が焼けただれ、それを抑える姿が見えた。
私がぎょっとしていると、オリビアが私に向かって叫んだ。
「お姉様……ねぇ、これ、どうなっているの? ねぇ、私、私の顔! どうなっているの!」
精霊神は、私をレイス様へと引き渡すと笑顔のままオリビアの元へと向かい告げた。
「あぁ。煩いね。おだまりよ」
次の瞬間、オリビアお口は塞がり、驚いた表情で固まっている。
それを見ていたハエレシス様はその場に跪き、首を垂れる、
じっとその姿を見つめていた時、騒ぎを聞きつけたのかプリギエーラ様が現れ、驚いた様子でハエレシス様の横に並び頭を垂れる。
「精霊神様にお目に描かれるとは、なんたる幸運でございましょうか」
二人を見比べた精霊神様は、レイス様へと視線を向けた。
「そこの聖女の婿。こちらへおいで」
レイス様は私を抱きかかえたまま精霊神様の前へと進む。
すると、精霊神様が言った。
「聖女はこれよりアレクリード王国に光を齎すだろう。そしてこの婿はとても良い子だ。引きはがすようなこと、二度と考えるな。あと神殿は私を崇めると言うのであれば、性根の腐っているモノは全てつまみ出せ」
プリギエーラ様が顔をあげ、驚いた様子で私とレイス様を見た後に頭を下げる。
「も、もちろんでございます。そもそも、お二人を引き離すようなことは」
「私には全て見えていた。精霊の紋を授けた聖女を、神罰といい、蔑んだこともだ」
「も……申し訳ございません」
「うむ。神罰の精霊の紋の色を覚えておくと言い。この色だ」
「ぎゃぁぁぁあっ」
「きゃぁぁぁぁぁ」
オリビアと共にハエレシス様が悲鳴を上げる。
全身にジュクジュクとした黒い精霊の紋が浮かび上がり、それらは黒い煙を立てる。
「これが、神罰だ。いいか? ちゃんと覚えておくのだよ。さぁ、神罰を受けた者は追い出しなさい。悔い改めたならば、それは消える。悔い改めねば一生を苦しむことになるだろう」
「や、やめて。お願いです。酷いわ。私悪いことなんて何もしていないのに!」
オリビアの言葉に、レイス様が声を上げた。
「人の心を操ることを悪いことだとは思わないのか! 私は、私は愛しい女性を! この手で傷つけようとしたのだぞ! 分かるか! この苦しみが! 後悔が!」
「レイス様……」
「私は、悪くないもの! あぁぁぁぁぁ。痛い、痛いぃぃ」
そんなオリビアを見て、精霊神様はため息をつくと手を叩いた。その瞬間、オリビアの姿が消えた。
「罰せられるはずの国の牢へ返した。はぁ、煩かった」
まるでなんの感情もなく精霊神様はそう言うと、ハエレシス様の方を見て言った。
「お前も出てお行きなさい。頑張って悔い改めるのだよ」
「私は……私は、神殿の為を想って!」
「ルカ。ほら、ここからはお前に任せるよ。お前が一番この者に恨みがあるだろう」
精霊神様の言葉に、ルカは大きくあくびをする。
「別に。まぁそいつにとって神に仕えられねぇことが一番の苦しみだろう? あはは。ご愁傷様だな」
「る、ルーカス・サリヴァン。どうか、どうか精霊神様に口添えをしてくれ。私は、私は神の忠実なる僕で、お前だって、私が育ててやっただろう! 帰る場所が無くなってもいいのか! うっぅぅっぅ」
ルカは、レイス様に抱きかかえられている私の手を取ると、その手に口づけを落として言った。
「育てられた記憶はないなー。俺には、聖女様がいるから、神殿には帰らねぇし。問題ないな。バーカ」
「あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ」
ハエレシス様はプリギエーラ様が指示した神官達の手によって連れていかれる。
精霊神様は満足したようにうなずくと両手を広げた。
「さぁて、久しぶりの自由だ。最初に、神の御業と行こうか」
一体何をするつもりなのだろうかと思っていると、どこからともなく鐘が鳴り響いた。
この世のものとは思えない、美しいその音色に、皆が驚いた表情を浮かべる。
「祝福を! 聖女ミラはアレクリード王国に光を齎すであろう!」
精霊神様の声が、響き渡る。
天井の天窓から美しい光が舞い降り、美しい花弁が舞う。
それを見た、プリギエーラ様や他の神官様達は祈りを捧げる。
「あぁぁぁ。聖女様。私達の罪をお許しください」
精霊神様は宙を舞い言った。
「あとは聖女が好きにおし。私は、自由に空を駆けてくる。また、会おう」
次の瞬間、精霊神様を追いかけるように、光る精霊達が空へと向かっていく。
「聖女、ごめんねー」
「ありがとうね」
「恩は返すよ」
「この国に栄光あれ」
「精霊新様、聖女様、ばんざーい」
五つの光は美しく輝きながら精霊神様を追って空へと飛んでいく。
私は小さく息をつきながらレイス様の胸元へと頭をもたげた。
疲れた。
「ミラ嬢……すまなかった」
小さくレイス様から呟かれた言葉に、私は首を横に振る。
「いいえ、いいの……ただ……」
私は先程のことを想いだし、小さな声で言った。
「さ、さっきのは……その、忘れて」
「ん?」
私はうつむくと、レイス様が嬉しそうに表情を浮かべてこちらを覗き込んできたのにむっとしてしまう。
「からかっているでしょう」
「いや。そんなことはない」
「なら……」
「もう一回したいくらいだ」
「なっ!?」
私が顔を真っ赤にすると、ルカが私とレイス様の間に割り込んできた。
「いちゃこらしたいのはわかるだが、一旦、いろいろ片づけてからにしてくれ」
「あ……」
「はぁ。それはそうだな。面倒だな」
そうレイス様は呟くと、一度息をつく。
「プリギエーラ様と話を付けてくる。少し待っていてくれ」
「えぇ」
レイス様がプリギエーラ様の方へと向かうと、ルカが私の頭の上に顎を乗せてくる。
「ちょっと、やめて」
「はぁぁ。つめてぇ。猫の頃あんなに触らせてやったのに」
「貴方、全然触らせてくれなかったじゃない」
「たまには触らせた」
「そうかしら。じゃあ、肉球を触らせて」
「いや……俺はもう猫じゃ……」
―――――ボフン……。
頭の上に、モフモフとした重さを感じ、私は驚きながらルカを抱き上げた。
「うそ……え?」
「みゃー(あのクソ神。いつか殺す)」
私は頭の上からルカを下ろし、抱き上げると、さりげなく手で肉球を触った。
「みゃ(おい)」
「すごい……幸せが押し寄せてくるわ」
「みぃ(俺の肉球から幸せ勝手に摂取すんな)」
「ふ……ふふふふふふふ」
私は可笑しくって笑いが止まらない。
なんだか、いろいろなことが一気に起こりすぎて感情がおかしくなっているような気がする。
ただ言えるのは。
「ルカはいい子ね」
「……」
私のことをルカはじっと見上げる。
「みゃ(なんだ……ミラ。お前と俺、どっかで会ったことあるか?)」
ルカの言葉に私は笑みを浮かべる。
「さぁねぇ。どうかしらねぇ」
「みゃ(あー。なんだ。むかつくな)」
「ふふふふ」
そうこうしている間に、レイス様がプリギエーラ様との話を終えて帰って来た。
私達は一度家へと帰れることになり、ハエレシス様の処分はプリギエーラ様とアレクリード王国側とで協議することとなった。
私達は馬車に乗り、やっと、家へと帰れることになる。
そんな私の膝の上にはルカがおり、頭をこれでもかというくらいに下げて見送りをする神官様達をルカは無視していた。
「ねぇ、ルカ」
「みゃ(俺は、神殿には戻らねぇぞ)」
ルカが小さく呟いたその言葉に、私は苦笑を浮かべる。
「違うわ」
「みぃ(じゃあなんだよ)」
こちらをちらりと見るルカに、私は言った。
「これからも、一緒に森で暮らしてくれる? あ、でも、嫌になったり、外に出かけたいなと思ったりした時は、出てもいいのだけれど」
驚いたようにルカが顔をあげる。
「みゃ(……俺は子どもじゃねぇ。大人の男だぞ)」
「そうね。子どもじゃなかったのは驚きだったけれど。この黒猫の体が子猫だから、なのでしょうね。おかしなことだけれど」
「みー(……そんな俺が、いいのかよ)」
私はルカの頭を撫でながら呟く。
「だって、もう、家族でしょう」
一緒に暮らすうちに、一緒に食事を共にするうちに、もう私の中でルカは家族だった。
ただ、大人だったというのには驚いたけれど。
ルカは目を見開き私を見つめた後に、体を丸めてしまった。
「ルカ?」
嫌だっただろうか。
そう思っていると、レイス様がひょいと自分の膝の上へとルカを乗せた。
「……心配だ」
呟かれたレイス様の言葉に私は言った。
「だめ?」
「はぁぁぁ。君は男が……どんな生き物なのか、分かっていないから」
「え? どんな生き物か?」
首を傾げる私に、ルカが言った。
「みゃ(おい。俺にだって選ぶ権利はあるぞ。言っておくが、俺は)」
「俺は?」
ルカは視線をふいっと反らすと、レイス様の膝の上からひょいっと飛び降りて馬車の反対側の席のクッションの上に丸くなる。
「みゃ(あほらしい……俺は聖女を守るのが役目だ。傍に居るのが役目だ)」
遠回しにだが、一緒にいてくれるということなのだろう。
私は笑うのを堪えたのだった。
レイス様は複雑そうな表情を浮かべた後にため息をつく。
「人間の姿に戻ったら、出ていってもらうぞ」
「みゃー(……はぁぁぁぁ。クソ神すぎるだろ)」
馬車は揺れ、家を目指してゆっくりと走る。
早く森へと帰りたい。
私はそう思いながら、レイス様に頭をもたげた。
「大丈夫か?」
「えぇ。貴方が一緒だから、大丈夫」
貴方の元へと帰って来られて良かった。
そう、私は思ったのだった。
時は少し前へと遡る。
ミラ達一行はまだ知らないが、精霊神が宣言した言葉は、アレクリード王国全土に響き渡っていた。
【祝福を! 聖女ミラはアレクリード王国に光を齎すであろう!】
全国民がその言葉に歓喜し、皆が祈りをささげた。
聖女ミラ。
彼女の名前が、アレクリード王国全土に響き渡ったという事実を、まだ本人たちは知らないのであった。






