20話
◇◇◇◇
「あはは! あはは! やったわぁ。王子様が手に入った! 私の、私だけの王子様」
うっとりした表情でオリビアはそう言うと、椅子にレイスを座らせてその肩に頭をもたげる。
レイスの瞳に光はなく、人形のように椅子に座っている。
「ハエレシス様。本当にすごい。私の能力ってこうやって使えばよかったのですね」
テンション高くそう言うオリビアに、ハエレシスはため息をつく。
「上手くいってよかった。この男は、聖女を手に入れるためには邪魔な存在ですからね」
その言葉にオリビアはむぅっと唇を尖らせた。
「ハエレシス様……お姉様が必要って、なんでなの? 私じゃだめ?」
ハエレシスはオリビアを睨みつけると、腰に携えていた鞭を引き抜く。
「手を出しなさい。私に意見する者には罰を与えねばなりません」
「あ、ごごごごごめんなさい。ごめんなさい。む、鞭で打たないで? 私、ちゃんと言うことを聞くわ。だから、だからお願いします」
オリビアの白魚のようだった手はすでに鞭で打たれた後が何か所も残っている。
「ダメです」
その言葉に、オリビアは震えながら手を出す。
ハエレシスは容赦なくその手を鞭で打つと、乾いた音とオリビアの声が響き渡る。
―――――ピシッ、ピシッ。
「う……うぅぅぅ。痛い、痛い……うぅぅぅ」
鞭を片付けると、ハエレシスは言った。
「多人数に使うよりも、一人に集中して使う方が貴方の能力は聞きやすい。このまま、この王子は貴方が操るのです。そして、聖女様には神殿に入ってもらわねば……ただ、あの紋……はぁぁぁ。プリギエーラ様が何というか。神罰を受けた聖女など……」
「神罰ってことは、お姉様はやっぱり聖女ではないのよ! やっぱり! そうだと思っていたわ!」
「……黙りなさい。はぁ。こういう時にルーカスがいれば」
「ルーカス?」
「私の愚な弟子です。ルーカスは唯一聖力を視覚化できる能力を持ち、聖力をその身に宿しているのです……神も何を間違えたのか……」
「ルーカスはどこにいるの?」
ハエレシスはオリビアを睨みつける。
「いなくなったのですよ。はぁぁ。なんという神への冒涜か。とにかく、神罰を受けた聖女だろうと聖女は聖女。神の御心のためには、神殿に所属してもらわねば。何が、王子と結婚か。ばかばかしい。聖女とは神に仕え、神殿に一生を捧げるのが習わしです」
「あー。だから私を連れてきたの?」
「はぁぁ。貴方は本当にお喋りですね。もう一度鞭で打たれたいのですか」
「あ、いやよ。じょ、冗談よ」
「さぁ、あなたの役目の時間だ。レイス様には聖女様と別れ、聖女様は自ら神殿に入り、それをレイス様も受け入れたという記憶を植え付けるのです」
するとオリビアは楽しそうに微笑んだ。
「ねぇ。私がお姉様の代わりにレイス様に愛されるのはダメ?」
ハエレシスはため息をつく。
「ダメです。貴方はこの神殿に身を置くのです。いいですか、貴方の能力もまた、神の意思。私の為に、この神殿で生きるのです」
「えぇぇ。私、素敵な男性と結婚するのが夢なのに」
「……また、あの暗闇に戻されたいのですか」
その言葉に、オリビアは首を慌てて横に振ると、ハエレシスの腕にしなだれかかる。
「ごめんなさい。許して。私はずっと、ハエレシス様の傍におりますわ」
「えぇ。それがいいでしょう。一生を私に奉仕なさい。それが神の意思です」
「はーい」
「それでは、やりなさい」
「わかりました」
レイスの顔をじっと見つめると、オリビアは全神経を集中させていく。
オリビアの瞳が開かれようとした時であった。
「シャー!」
「きゃぁぁ! 何!? 猫!?」
突然オリビアの背中に黒猫が飛び掛かり、オリビアは驚き慌てふためく。
ハエレシスは眉間にしわを寄せながらも、猫を捕まえようとするが、猫はひょいひょいと躱していく。
「くそっ。どこから入って来た」
「やだやだ。洋服が破けちゃった。もう……レイス様をちゃんと洗脳しなきゃいけないのに」
「シャー!」
「え? きゃぁぁぁぁあ」
次の瞬間、黒猫はオリビアの顔面めがけて爪を下ろし、オリビアの顔は猫の爪痕だらけになる。
「痛い痛い痛い!」
「この、おい! 黒猫を捕まえよ!」
ハエレシスが外に控えていた神官たちに声をかけ、黒猫を掴ませさせようとしている時、慌てた様子で神官が廊下を走って来た。
「た、大変です! 聖女選定の間に、聖女様が向かっているとのことです」
「なんだと!?」
ハエレシスは驚くが、オリビアは嬉しそうに微笑むと言った。
「お姉様に、直接レイス様はあなたと一緒に行かないと告げてあげないと! レイス様! 私を抱っこしてお姉様の元へ連れて行って!」
表情一つ動かないレイスが、オリビアを抱き上げる。
ハエレシスは驚き声を上げた。
「待て! なんという女だ。あぁぁぁ。全く言うことを聞かん。この後は懲罰室だぞ!」
ハエレシスはオリビア達の後を追うように走っていく。
神官達は黒猫を捕まえようとするが、黒猫もまた、ハエレシス達の後を追っていく。
そして神官達もまた、バタバタと慌ただしくその後を追ったのであった。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……はぁ。確か、確かこっちのはず」
私は人目につかないように必死に、昨日の部屋を目指して走る。
神殿の中は静かで、自分の足音が異様に大きく響いて聞こえる。
誰かに気付かれたら、終わりだ。そんな予感がして、私は緊張しながらもどうにか足を前へと進める。
しかし、あと少しということろで神官に見つかり、私は逃げるように走っている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そして走れば走るほどに道が分からなくなっていく。
「もう、もう、もう!」
どっちに行けばいいのか分からない。
「こっちへ行ったぞ!」
「急いで捕まえろ!」
そうした声が響く中、私は走り、走り、そして道を何回も間違えながらも、どうにか昨日の部屋へとたどり着いた。
「やった……ここ、だわ」
早く木に触れて、精霊神の元へと行かなければと思った。
「お、ね、え、さ、ま~」
「え?」
危機馴染みのある声。けれど、本来ならば二度と聞くことのない声のはずだ。
それが、どうして。
振り返ると、そこにはオリビアの姿があった。そしてそればかりではなく、そんなオリビアをレイス様が抱きかかえていたのである。
そしてレイス様に下ろしてもらうと、私に歩み寄って来た。
「うふふ。お久しぶりね」
「……オリビア。どうして……」
「ハエレシス様に助けていただいてね、今、能力の使い方について、学んでいるの~」
「なんですって……」
オリビアが自由になるわけがない。
しかも何故レイス様が……。
嫌な予感がして、私はレイス様を見つめると、声をかけた。
「レイス様……ねぇ、レイス様!」
無表情のまま、ぴくりともこちらの声に反応しないレイス様。
私は、オリビアに詰め寄ると声を荒げた。
「レイス様になんていうことを!」
私は自らの聖女の力の使い方が未だにわからない。以前は強く力を感じ、そしてオリビアを止めることが出来た。
しかし、今、全身に私は痛みが走り、精霊の紋によって恐らく自分の力もうまく使えないようなのだ。
するとオリビアはむっとするとレイス様に向かって言った。
「レイス様はもうミラお姉様のことなんてなんとも思っていない! 私のことを、愛しているのよ! レイス様、さぁ、私のことを」
「やめて」
「愛して?」
「やめてぇぇ」
私はオリビアを止めようとしたのだけれど、レイス様にそれを阻まれる。
オリビアのことを愛おしそうにレイス様は見つめると、軽々と抱き上げた。
「オリビア。大丈夫かい?」
「えぇ。レイス様」
「よかった。私の愛おしい、オリビア」
「うふふふ~。あぁー。最高。ねぇ、お姉様、好きな男を取られた気分、どう? ふふふ。あははははは! あー気持ちい」
声高らかに笑うオリビアを、甘い瞳で見つめるレイス様。
私は目の前で繰り広げられている光景に胸を押さえて足元がふらつく。
「みゃー!(なんでここに! 待ってろって言ったのに!)」
「……ルカ」
走ってくるハエレシス様を追い越して、ルカが私の前へと立つ。
そして状況を見て首をひねる。
「みゃ(一体どうなっている。レイス、あいつどうしたんだ。あの女は誰だ)」
泣いてしまいたい気持ちを抑えて、私はゆっくりと深呼吸をする。
「あの子は私の妹のオリビア。洗脳の能力者だから目を合わせてはだめよ……」
「み(洗脳!? はぁー。なるほど、あのクソ野郎の思惑が見えてきた。おい、気合いれろ。ここで食い止めなきゃ、神殿に幽閉ルートだぞ)」
一体何が目的なのか。
私は、深呼吸をすると冷静になりオリビアを見る。
オリビアはこういう時、口をぺらぺらと滑りやすくする。
聞くならば今がチャンスだ。
私はオリビアの木を引くために、悔しそな表情を浮かべながら尋ねた。
「どうしてレイス様を? それに私をどうしようと言うの? オリビア。どうして」
するとそんな私の様子に気をよくしたのだろう。
嬉しそうにオリビアは言った。
「レイス様には一人で国に戻ってもらうの。お姉様は聖女なのだから、レイス様と結婚せずに神殿に一生を捧げなくてはだめよ。ハエレシス様が言っていたわ」
なるほど。
その言葉だけでだいぶ状況が呑み込める。
つまりハエレシス様は私とレイス様が来る日を見計らっていたということか。
「……はは。本当に……人間って……勝手よね」
私は息を荒くしながら部屋へと入って来たハエレシス様へと視線を向ける。
「オリビアは、ここにいてはいけないと思いますが、どう釈明されますか」
息を整えたハエレシス様は、にこやかな微笑みを浮かべると言った。
「これは神のご意思。聖女とは神殿に使えるもの。私はその手助けをしようとしただけですよ」
「洗脳の能力者を使って?」
「神の御心を叶えるためです」
「そう……神の、御心を……他人の心を操り、洗脳するなんて、神は許されるのかしらね」
私はレイス様へと視線を向けるが、レイス様はこちらを全く見ることなくオリビアを愛おしそうにぎゅうぎゅうと抱きしめている。
私はそれを見て最初は悲しくなったが、次第に怒りが湧いてくる。
「レイス様!」
呼ぶけれど、こちらを見向きもしない。
それにオリビアは嬉しそうに笑い、わざとレイス様とくっつく。
「まぁまぁ、とにかく聖女様。これからは神殿にて、いろいろと教えて差し上げましょう。神に祈りを捧げ続けていればきっとその神罰も消えることでしょう」
ハエレシス様が私に近づこうとするので、私は後ろへと下がる。
「レイス様をどうするの」
するとオリビアが答えた。
「私は、レイス様とこのまま居たいけれど、ハエレシス様が記憶を書き換えて、お姉様とは円満に別れたことにして帰ってもらうの」
「別れて……」
私を神殿に閉じ込め、レイス様はアレクリード王国へ返すということ。
内心、私は少しほっとする。私だけがここに幽閉されるのであれば、まだいい。
レイス様には自由でいてほしいから。
現状私がどうにか出来るかが怪しい。
「ルカ」
「みゃ(なんだ)」
「行きなさい。あなた一人ならば逃げられるわ」
この部屋の入り口はすでに神官達に固められており、私が逃げ出そうとしてもすぐに捕まってしまうだろう。
「みゃ(はぁぁぁ。いくわけねぇだろ)」
ルカは優しい子だ。
でもどうしたらいいのだろう。
目の前には敵。
ルカと私では、絶対に敵わない。
「あ、そーだ。いいこと考えた。ハエレシス様。やっぱり私、ここにずっといるのは嫌だわ」
突然の言葉に、ハエレシス様は眉間にしわを寄せてオリビアを見つめ、オリビアは声高らかに言った。
「やっぱり私は王子様と一緒に幸せになりたいもの~! レイス様と一緒に行くわ! いいわよね? レイス様」
「ああ。もちろんだ」
うっとりとした様子のレイス様。
だが、ハエレシス様が笑い声をあげた。
「あははははは。レイス殿とアレクリード王国に行けば、お前は騎士に捕まり処刑だぞ!」
けれどその笑い声にオリビアは肩をすくめる。
「皆洗脳してしまえばいいのだわ。ハエレシス様には、洗脳は効かないけれど……他の人には効くって、私もう気づいているのよ。ふふふふ。バカなふりするの、疲れたわ」
オリビアはそう言うと、ぞっとするような笑みを深め、声を上げた。
「神官様、こちらを見て」
視線の合った者から、硬直していく。
ハエレシス様が驚いた表情を浮かべ、それから声を荒げた。
「やめるのだオリビア! また鞭で叩かれたいのか!」
「あーいやいや。その鞭痛いのよ。本当に……見てこれ。この手! 本当に痛かった。だから、ハエレシス様にも同じことしてあげる。確かにハエレシス様には私の力が効かないようだけれどレイス様がいるわ。レイス様、やっちゃって」
「もちろん。オリビアがそう望むなら」
その言葉に、私は慌てて声を上げた。
「ダメ! レイス様にそんなことをさせないで!」
「あーら……レイス様。先に、お姉様に痛い目に合わせてあげて」
「……」
「命令よ」
一瞬レイス様の動きがとまり、オリビアは再度強く言い放つ。
もしかしたら、少しは意識が残っているのだろうか。
私は声を上げた。
「レイス様! レイス様、落ち着いて。私が絶対に、レイス様を元に戻して見せ」
腕を掴まれ、私をレイス様が地面へと押し倒す。
背中が打ち付けられて痛いけれど、それよりも、こちらをじっと見つめるレイス様の瞳を見て、私は胸が痛くなった。
あぁ。
瞳の奥に、ちゃんとレイス様がいる。
私はそっとレイス様の頬に手を伸ばす。
「大丈夫よ……貴方は、悪くない」
「黙れ」
「今は、少しうまく力が仕えなくて、戻してあげられなくて、ごめんなさい」
「黙……れ」
「レイス様……愛しているわ」
「黙……ミラ……にげ」
しびれを切らしたオリビアが叫んだ。
「早くお姉様を殴りなさい!」
レイス様が拳を振り上げるが、その腕は振り下ろされることなく止まった。
「ミラ……は……やく……にげ」
レイス様は唇を噛み、血がにじむ。痛みで正気を取り戻そうとしているのだ。
その時、ルカがレイス様に飛び掛かった。
「邪……魔だ!」
「みゃ!(おい! 早く、逃げろ!)」
「レイス様! ルカを傷つけないで!」
ルカを引きはがし、地面にルカは叩きつけられた。
私は、ルカを守るために倒れるルカに覆いかぶさる。
「ダメ、ダメ!」
レイス様は葛藤しているのだろう。うめき声を上げた。
私はルカだけは守らなければと、ルカを抱きしめる。
「みゃー!(おい! 離せ! 逃げろ! 俺はいいから!)」
「じっとしていて! 守るから! 私が! 守るから」
レイス様にルカを傷つけてほしくないし、ルカにも傷ついてほしくない。
「みゃ!(やめろ! 俺は! 俺は大丈夫だ!)」
「ダメ。じっとして! お願い」
その時、しびれを切らしたのだろう。
オリビアが声を上げた。
「もう! じれったいわね! いいわ! 私が直接お姉様を罰してあげる!」
私の元へとやって来たオリビアは、他の神官を操り鞭を受け取ると、それを振り上げた。
痛みを覚悟したその時。
「みゃ(くそがぁ! 神よ! 聞いてんのか! 俺の聖女を守らなくちゃならねぇんだよ! さっさと姿を元にもどしやがれぇぇぇぇ!)」
次の瞬間、眩しい光が輝いたかと思うと、まばゆい光の中から、金色の瞳に黒髪の、顔の整った青年が姿を現す。
吊り上がった瞳はルカと同じだ。
「はぁぁぁ……おせえんだよ……クソ神」
「ルーカス!? なぜお前が!」
ハエレシス様が驚いた声で叫ぶのが聞こえた。
ルーカスは髪の毛を掻き上げ、大きくため息をつくとオリビアの振り上げていた腕をつかみ、捩じ上げた。
「い、痛い! 痛い! や、やめて! 私の命令を聞きなさい!」
オリビアはそう命じるが、ルカはオリビアのことを冷ややかな金色の瞳で睨みつける。
「な……なんで」
「能力者同士の場合、その力が効かない。お前はそんな基礎すらしらないのか」
「え……」
ルカはハエレシス様の方を睨みつけると、皮肉気に笑った。
「俺がいなくなり、新たな手ごまを探したということか。ハッ……なるほどなぁ。たしかにこの女がいれば、病気を癒せずとも、治ったと錯覚させることも容易か」
ハエレシス様は目を吊り上げると声を荒げた。
「ルーカス・サリヴァン。そこに跪け。お前のような黒髪の化け物を、この神殿で守ってやった恩を忘れたのか!」
ルカはその言葉に舌を出す。
「嫌だね。俺の名前はルカだ。それで飼い主は聖女様。だろ、ミラ」
「え? え?」
戸惑う私に、ルカは無表情のまま言った。
「おいおい。俺をあんなに撫でて、愛でて、甘やかしたってのに、今更捨てるとか言わねぇよな」
その言葉に、私は声をあげた。
「言い方!」
するとオリビアが声を上げた。
「やめて! レイス様助けて!」
「はぁぁぁ。クソ女すぎるだろ」
次の瞬間、レイス様の拳がルカに向かう。
重い拳を受け止めたルカは、それをいなし躱すと、レイス様が蹴りからの打撃と続けて攻撃を仕掛けてくる。
ルカは後ろに下がり、体を回転させて宙へと飛ぶと、地面へと軽やかに着地する。
「猫の感覚生きてるとか、最強だろ。おいレイス。肉の貸し、返すぞ。ミラ、祈れよ」
そうルカは言った瞬間、清涼な森の香りが部屋いっぱいに広がった。
私はルカに言われたとおりに祈りを捧げる。
「レイス様が、オリビアの洗脳から解放されますように」
「めぇさませ」
ルカはそう言い、手のひらをレイス様に向けた瞬間、眩しい程の光が私には見えた。
これは一体何なのだろうか。
だが、その次の瞬間、レイス様はよろめく。
私はレイス様の元へと向かって走り、その体を支えた。。
「レイス様……」
その瞳が揺れる。
まだ完全に洗脳が溶けていないのが分かり、私は唇を噛む。
「くそ、後少し力が足りねぇか!?」
その言葉に、私はレイス様の両頬を両手で包み込んだ。
「レイス様」
「……うぅぅぅ」
「愛しているわ」
私はそう告げると、レイス様の唇に、自分の唇を重ねた。
聖女の力は、触れている面積が多い効果がある。
そう私は文献の一節を思い出し、レイス様をその後ぎゅっと抱きしめた。
「何……ちょっとぉ! レイス様! 私を守って! なんなのよ!」
オリビアの言葉に、私はどうかどうかと祈りを捧げる。
レイス様を返してください。
私から奪わないで。
そう思った時、レイス様が私の方を見て、もう一度私にキスをした。
「ミラ嬢。ありがとう」
「あ……レイス……様?」
レイス様は顔をあげると、オリビアの方を見てはっきりと言った。
「断る。私が守るのは、ミラだけだ」
「レイス様! レイス様、意識が戻ったの!?」
「ミラ、本当にすまなかった。大丈夫だ」
「良かった……本当に、良かった」
私はレイス様にぎゅうぎゅうと抱き着く。
レイス様は私を抱きしめ返した後に、ルカへと視線を向ける。
「ルカ、ありがとう」
ルカはレイス様の横に並ぶと、その肩を思い切り強く叩いて言った。
「肉の恩があったからな」
「ははは。これが終わったら、うまいものなんでも食わせてやる」
「はっ。うまいもんは貸しにはするなよ」
「もちろん」
目の前にはオリビアの操る神官達がいる。手には武器を持ち、こちらを睨みつけている。
ハエレシス様は声を上げた。
「オリビア。とにかく今は強力し合おうじゃないか」
「えー。ハエレシス様きらーい。でもまぁ、いいわ。それにしても、お姉様ったらとんだアバズレね! レイス様だけじゃないなんて」
「……とんだ誤解だわ……」
私は状況を見つめる。
「ねぇルカ。他の皆もルカの聖力でどうにかならないの?」
「残念でした。俺の聖力のほとんどをレイスに使ったから無理だな」
「そうなの……」
レイス様が口を開いた。
「どうにか道を開いて逃げよう」
私はその言葉に首を横に振る。
「もう一度、精霊のところへ、私はいかないといけないの」
事情を話せないのがもどかしい。
「それは、その精霊の紋と関係があるか」
私はそのレイス様の質問に答えられない。だが、答えられないこと自体が、そうだと言っているような
ものであり、レイス様はうなずく。
「ミラ、ここは任せろ」
「……」
多勢に無勢だ。二人が人数には圧倒されてしまうかもしれない。
「ミラ。私はこれ以上の修羅場を幾度となく潜り抜けて来た。安心しろ」
その言葉に、私はレイス様の友人が書いたと言う小説を思い出す。
「たしかに……ふふふ。あの物語を潜り抜けて来たレイス様なら説得力があるわ」
「だろ?」
わざと、明るく振舞って私を安心させてくれようとするレイス様。
「……わかったわ。急いで帰ってくるわね」
「あぁ」
私はルカに向向き直る。
「ルカ。どうかお願いね」
「わーったよ。さっさといけ。あ、クソ神にあったら、死ねって言っていてくれ」
相変わらず口が悪い。
ルカは確かに子どもではなかったけれど、ルカはルカだった。
私はうなずくと気合を入れる。
「お姉様! 何をするつもりなのよ! もう逃げ場はないわ」
「神罰を受けた者がその木に触れるな!」
そのような声が聞こえるが、私はそれを無視して一歩前へと進むと、聖なる木に手を触れたのであった。






