14話
「みゃ(赤い月……魔力が空気中に満ちている)」
部屋の中にいた黒猫は外に出ると赤い月を見上げた瞬間に全身がきしむような痛みを覚えてその場にうずくまった。
「く……うぅぅぅ」
そして次の瞬間、その姿は、真っ黒な髪と金色の瞳を持った人の姿を変える。
「はぁっぁぁ……姿が、戻った?」
黒い髪の毛を掻き上げ、大きく息をつくそのルーカスは、白い神殿の服を身に纏っている。
大きく背伸びをすると屋敷の中を歩き、そしてミラのいる部屋まで来ると、ベッドで寝息を立てているその横に腰掛けた。
「間抜け面……危機感ねぇなぁ」
ルーカスは手を伸ばすと、顔半分の焼けた傷へと軽く触れた。
「……聖女に傷をつけるとは……な……」
聖女を傷つけられたという事実に、全身を強烈な怒りが駆け巡っていく。
不思議な感覚であった。
これまでルーカスは誰かのために、感情を動かされたことなどなかった。
それなのにもかかわらず、目の前にいるミラが傷つけられたという過去に、今、怒りを覚えてこぶしを握り締めている。
大きく揺さぶられるその感情にため息をつき、ミラの頬に聖力を込める。
淡い光が舞い、そしてミラの傷がわずかに薄くなった。
「……くそ。聖力が足りねぇ……聖女を守れと言う割に、力を戻してはくれないとはな」
ルーカスはじっとミラを見つめる。
「……薬を調合している時の聖なる力……本人は無自覚のようだったな……はぁ。聖力が見えないやつらからしたら、あのすごさがわからねぇんだろうな……」
ルーカスはため息をついた。
「遅くなって、すまなかったな……」
先程までの黒猫の姿は、神による手助けだったのか、はたまた、聖女を守れなかった自分への神罰なのだろうか。
「……神はなんと、無慈悲な存在か……神に選ばれ聖女となるとは、可哀そうにな」
そう呟いた時、赤い月が雲に隠れ、ルーカスの姿はまた黒猫の姿へと戻る。
「みゃぁ(不便な体すぎる……)」
何もできない小さな存在となった今、ルーカスに出来ることは聖女を傍で見守ること。
いつになったら人の姿に戻れるのか。
そう思うものの、黒猫の自分だからこそミラは自分を受け入れて家にいれてくれているのだとそうルーカスは思う。
「みー(仕方ねぇか。まぁ……)」
そう言いつつ、ミラの眠る横でルーカスは丸くなった。
「ふわぁ。ふわふわ……」
寝言を言いながらミラが自分の体を抱き込む。
ルーカスは驚き身を固くするが、ミラがぎゅっと抱いて放す気配がない。
「みぃ(はぁ。無防備すぎる……)」
誰かに抱きしめられた記憶が、ルーカスにはない。
だからこそ、その温かさに驚き、それと同時に、安らぎを感じる。
「みゃ(くそが……)」
悪態をついて、自分の恥ずかしさに蓋をするしか、ルーカスには出来なかった。
「あら? なんだか……傷が薄くなっているような……」
朝起きたミラは、洗面所へと向かい鏡に映る自分を見て首をひねった。
「気のせいかしら」
昨日はあんなに痛んだと言うのに、今日は全く痛みがない。その上薄くなったような気さえする。
不思議に思いながらも、ミラは別段気にすることもなく、朝の支度へと向かった。
「みぃ(おはよう)」
「あら? 今日は挨拶してくれるの?」
いつもは姿を隠している黒猫だが今日は朝から姿を見せてくれた。
私はそっとその体を抱き上げると優しく撫でる。
「みゃ(気分だ。気分)」
「ふふふ。可愛いこね」
そう呟いた時であった。
扉が勢いよく音を立てて開き、レイス様が駆けこんできた。
「ミラ! ただいま!」
「レイス様!」
まだ二週間たたないというのに、帰って来てくれたのか。
私は立ちあがり、レイス様を出迎えようとした。
「シャー!(誰だこいつ)」
黒猫は私の腕から地面へとひょいと降りると、レイス様に向かって毛を逆立てたのであった。
その様子に、私は笑みを浮かべながら黒猫を抱き上げてレイス様に紹介をする。
「この度、我が家に迷い込んだ、黒猫ちゃんだにゃ」
次の瞬間、その場がシンとした。
私は恥ずかしくなって猫の頭に顔を埋めると、レイス様が少しむっとした表情で言った。
「黒猫……は、あとで話を聞く。その前に」
両手を広げるレイス様に、私は苦笑を浮かべて黒猫をソファの上へと降ろすとレイス様の胸へと飛び込んだ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
つぎの瞬間、黒猫がレイス様の顔に飛びつき、ひっかこうとするが、レイス様はそれをよけるとひょいと避けた。
それからも黒猫が飛び掛かるたびにレイス様がひょいひょいと避けていく。
あまりにも素早いやり取りに、私は驚く。
黒猫は机やソファなどを巧みに使い、レイス様に攻撃を仕掛ける。
レイス様も身軽な動作でそれをよけながら、途中から楽しそうに動き始めた。
「すごいな。めちゃくちゃ攻撃してくるじゃないか」
「シャー!(くそっ! 人間の姿ならば!)」
攻撃をいなしたりよけたりしたレイス様は、その動作を見た後に呟く。
「おいおい。まさかその急所を的確に狙おうとしてくる動作、お前人間なんじゃないだろうな」
レイス様がそう言うと、黒猫は驚いたかのように目を丸くして、動きを止めた
私は苦笑を浮かべると、もう一度黒猫を抱き上げて頭を撫でる。
「こーら。だめでしょう。レイス様は私の大切な人よ。怪我をさせちゃダメ」
「み……(大切な、人、だと?)」
「大切な、人。いい響きだ」
嬉しそうにレイス様が微笑むが、私は注意をするように言った。
「レイス様も、この子はまだ小さいんですから手加減をしてあげて」
「小さい?」
「みゃ?(小さい? そんなわけないだろ)」
「子ども相手に、ダメですよ」
「子ども……確かに、子猫……か? うーん」
「みゃ(子猫……)」
なぜだかショックを受けている様子の黒猫の頭を私は優しく撫でると、レイス様を見上げた。
「あの、お願いがあるの」
「ん? どうした、改まって」
レイス様は嫌がるかもしれないけれど、黒猫を放っておくことは出来ない。
何より、こんなに可愛らしい小さなもふもふを、外に追いやるなんて、無理だ。
「あの、この子、うちで飼ってもいいかしら?」
「え?」
「みゃ……(飼う……)」
レイス様は顔をひきつらせていた。






