15話
「お願い」
じっとレイス様を見つめると、唸り声をあげたレイス様は考え込み、それから黒猫をじっと見つめると言った。
「お前、ミラに悪さしないか?」
「みゃ(するかボケ)」
「……ミラ。なんだか悪口を言われているような気がする。おい。お前本当に猫か?」
「みゃ(ばーか。人間だ)」
レイス様はじっと黒猫を見つめた後に、小さく息をついて言った。
「ちょっと、ミラ、二人で話せるか?」
「……えぇ。黒猫ちゃん。ちょっと待っていてね」
私は黒猫をクッションの上へと降ろすと、レイス様と別室へと向かう。
隣の部屋にて、鍵をかけ、するとレイス様が小声で言った。
「……ミラ。あれは、普通の猫だろうか。そもそもなぜこの森に、猫が?」
疑うようなその視線に、私は確認するために尋ねた。
「レイス様には、黒猫がなんて言っているか、分からない?」
「ん? 私は呪われてうさぎにはなるが、なったとしても動物の言葉が理解できるわけではないぞ」
レイス様には黒猫の声が聞こえていないのか。
つまり、私にだけ聞こえると言うことなのだろうか。
「あのね、私にはあの黒猫が喋ると、人間の言葉で聞こえるの。あと、私が聖女って知っているみたい」
「なっ!?」
レイス様は驚き、黒猫の元へと向かおうとするが私はそれを止めた。
「声がね、子どもの声なの」
「子ども?」
「……えぇ。だから、なんだか放っておけなくて……それに悪い子じゃないわ」
レイス様はため息をつくと、私の両肩へと手を置いて言った。
「意思の疎通ができるならば、尋問すべきだ」
「……尋問……」
その言葉に、私は首を横に振る。
「やめて。怖いわ」
「ミラ……」
「あんなに可愛くてふわふわの子を尋問だなんて、私には出来ないわ」
「……ちょっと待て」
「それにあの子……肉球が……あるのよ」
「肉球!?……私には、ない……な」
「えぇ。そうなの」
「ミラ。ちょっと待ってくれ。話題が違う方向へとずれたぞ」
「あら、そうかしら?」
私は微笑むと、レイス様の手を引き、その体をぎゅっと抱きしめた。
「ちょっとずるくないか?」
「ふふふ。お願い。だって、この森に入れるってことは悪意も敵意もないってことでしょう?」
「……あぁ」
「なら、いいでしょう?」
私はレイス様を見上げると、そんな私をじっと見つめる。
お願いというようにじっとレイス様を見つめると、降参とばかりにレイス様がため息をつき、私の額へと口づける。
「ずるいぞ」
「ふふふ。私の勝ちね」
「君には一生勝てそうにない。だが、怪しい動きをしたら即座につまみ出す」
「あら……優しくね?」
「ミラ。一応聞いておくが、あの黒猫よりも、私の方が可愛いよな」
じっと見つめられてそう尋ねられ、私は思わず吹き出した。
「あはは。最初は可愛いって言われるも抵抗があるみたいだったのに! ふふふ。おかしい」
「いや真面目な話だ」
私はレイス様をもう一度抱きしめる。
「もちろん。貴方が一番可愛いわ」
「よし。ならば許そう。だが君に黒猫の声が聞こえていることは本人には伝えないようにな。誰なのか、目的は何かそれが判明するまでは、秘密だ」
そう言うと、レイス様は扉を開いて言った。
そこには黒猫がおり、私が抱き上げようとすると、その前にレイス様がひょいと抱き上げて言った。
「飼ってやる。だが、ミラに悪さをしたらつまみ出すからな」
「みゃ!(てめぇの許可はいらねぇ)」
黒猫は暴れて地面へと着地する。その様子を見て私はまた笑うと言った。
「じゃあ黒猫ちゃんの名前を決めなきゃね」
私がそう言うと、黒猫が慌てた様子で言った。
「みゃ!(俺の名前はルーカスだ! 変名前はつけんなよ)」
ルーカス。良い名前だなと思いながら、私は笑顔で言った。
「ルカはどうかしら?」
黒猫は驚いた表情でこちらを見つめるが、私は気づかないふりをしながら言った。
「黒い体に金色の瞳。金色の瞳がまるで一番星みたいなそんな輝きがあるから、光を意味するルカという名前が合っていると思うの」
するとレイス様はうなずいた。
「いい名だな。ルカ。私はミラの恋人だ。よろしくな」
ルカは、私とレイス様を見つめた後、フンっと鼻を鳴らす。
「みゃ(恋人……追い出してやる)」
不穏な言葉が聞こえてきた。
私はルカを抱き上げるとその頭を優しく撫でながら言った。
「さぁさぁ、二人とも今後仲良くね。今日はレイス様も帰って来てくれたし、テラスに出て優雅な朝食としましょうか」
「いい考えだな。では準備しよう」
「えぇ」
今日はとてもいい天気だ。
大きな窓を開け放ち、テーブルを外へと出すとそこにテーブルクロスを敷く。
私が外の準備をしている間に、レイス様は手際よくパンを温め、卵を焼き、鍋に数種類の野菜と鶏肉を入れて煮込む。
そしてフライパンでは保存庫からステーキを取り出し焼いていく。
「朝からお肉?」
「実は昨日から何も食べていなくてな。君に早く会いたくて馬を飛ばして帰って来たんだ」
「そうだったの」
私は嬉しく思いつつもレイス様に負担をかけたのではないかと心配になる。
そんな私にレイス様は歯を見せて笑うと言った。
「ミラに会ったら疲れがふっとんだよ。あぁ、頼まれていた本も持ってきた。だが、あまり心配しないでくれよ」
「ありがとう。楽しみにしていたの」
私はレイス様から数冊の本を受け取る。
一つはレイス様のご友人が書かれたというレイス様の冒険譚。どんな物語なのだろうかと私はずっと気になり、今回の帰りに頼んだのである。
そしてあと数冊は、聖女についての本である。
私はそもそも聖女についての知識が足りない。だからこそ、聖女についても学べるような本があればと頼んでいたのであった。
また時間がある時に読もうと、私は本棚へとそれらを片付けた。
「ミラ。猫用の皿はどれを使っているんだい?」
「ちょっと待って」
私はルカ用の小皿を棚から取り出すとそれをレイス様へと手渡す。
味を付ける前に鍋に煮込んでいたスープをルカの皿へと移すと、レイス様が机の上へとルカのご飯を並べ、そしていつもはウサギ姿の自分が使っている椅子をルカの為に持ってくる。
「ルカ。貸してあげるけどこれは私の椅子だからな」
「み……(は? 待てよ。この子ども用みたいな椅子……おいおい。変態じゃねぇだろうな)」
私は吹き出しそうになるのをぐっとこらえながら、レイス様の手伝いに行く。
「紅茶を頼む」
「えぇ」
私は紅茶の用意をしている間に、スープの味付けを手際よくレイス様が行い、そして皿へと盛り付けていく。
机に食事を並べると、私達も席に着く。
心地の良い日差しを感じながら、私は微笑む。
「いただきます」
「いただきます。ミラも肉食べないか?」
「朝からはちょっと。ありがとう」
そんなレイス様をルカはじっと見つめる。
「なんだ、お前、食べたいのか」
「みゃ……(けちけちすんな)」
「猫って……肉、食べられるのか?」
「本で調べたら大丈夫と書いてあったわ」
「ふむ……だがこれには味付けしてあるからな。はぁ、ちょっと待っていろ」
そう言うと、レイス様は立ちあがるとルカの為に肉を小さく切り分けてそれをフライパンで焼いて持ってきた。
「ほら、まだ熱いからな、ちょっと待てよ」
「みゃー(……一つ借りだな)」
ルカははぐはぐとおいしそうに肉を食べる。
私はその可愛らしさに少し興奮しながら言った。
「ほら、見て! ねぇ、レイス様。食べ方が、可愛らしいでしょう」
私がそう言うと、肉を勢いよく口に入れたレイス様はそれを不満げに咀嚼し、食べ呑み込んでから言った。
「それ以上言ったら、嫉妬する」
「えええ?」
「自分でも驚きだ。猫に嫉妬する日が来るとはな」
「まぁ! ふふふ」
そんな会話をしながら、私達は食事をすませる。
こんな風に優雅に朝を迎えられるなんて、なんと幸せなことなのだろうか。
そう思いながら、食後の紅茶を入れて飲む。
のんびりとした時間が流れ、私は一瞬瞼を閉じ、それから開く。
「あら……今……」
何かを見たような気がしたが……。
私は膝の上に乗るルカを優しく撫でる。
「かわいい」
「ミラ嬢。私というものがありながら……」
「あらあら、やきもちかしら」
「くそっ。私のほうがっ……」
レイス様の言葉に、ちらりと可愛い黒猫のルカがこちらを振り返る。
そして、勝ち誇った顔でフンっと小さく鼻を鳴らして、私を誘惑するようにしっぽをぱたぱたと動かす。
「う……可愛いわ」
私がそう呟くと、レイス様が私の体を抱き上げると膝の上へと乗せ、後ろからぎゅっと強く抱きしめた。
「どうしたの?」
「やきもちではない」
「ふふっ」
「みぃぃぃぃ(くそ……)」
レイス様は小さく息をつき、私の手を握る。
「笑顔が増えた」
「え?」
「王城では緊張しているようだったから、君が笑顔になってくれると嬉しい」
「レイス様……」
私はそっとその手に自らの手を重ねると、胸元に頭をもたげる。
「私が笑顔なのは、貴方のおかげよ」
「……ミラ」
「レイス様」
じっと見つめ合っていたその瞬間。
机の上へとルカは飛び乗ると私達を睨みつけた。それから、私の方へと視線を向けると、ゴロリと転がって、体をくねらせる。
「みゃ~(……今なら撫で放題だぞ)」
可愛らしいその動きに、私は驚きと同時に胸が高鳴る。
今ならば、撫で放題? あのふわふわの毛を? でも、本当は男の子のようだし、子どもだとしても恋人のいる今、異性を撫でるなんて……撫でる、なんて。
ルカが可愛らしく潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。
あざとい……私が手を伸ばしかけたその時、レイス様が私の両頬を両手で包む。
「ミラ」
「あ……」
レイス様が私のことを見つめ、真面目な声で言った。
「久しぶりに会えたんだ。もっとよく顔を見せて」
「あ、えっと……」
先ほどまでは、ルカの可愛らしい姿で脳内がいっぱいだったというのに、レイス様がそれを許してくれない。
男らしいごつごつとした手も、私を見つめる優しい眼差しも、なんだか、久しぶりすぎて心臓がどんどんと煩くなっていく。
「れ、レイス様……」
見つめられるのが恥ずかしくて、堪えきれそうにない。
もうこれ以上は許してほしい。
「……可愛い」
「か、からかわないで……お願い。こういうの、慣れていないのよ」
「ん? なら、慣れていかないと」
「え?」
「君が思っている以上に、私は君を愛しているのだから」
「……もう。もう!」
私ばかりが、ドキドキとさせられっぱなしだ。
色恋ごとに慣れていない私はいっぱいいっぱいだというのに、レイス様は余裕そうだ。
「……なぁ、ミラ」
「……なに」
「キスしてもいいか?」
その言葉に、私は視線を泳がせ、それから恥ずかしさで死にそうだ。
聞かないでほしい。
「あ……えっと……」
ルカがそんな私達を見つめながら鳴き声を上げる。
「みゃーみゃーみゃーみゃーみゃ(やめろ)」
見られている目の前でなんて無理だ。
私は首を小さく横に振りながらレイス様を見つめると、レイス様が呟く。
「ずるだろ……その潤んだ瞳は……」
「や……だめ。だって、ルカが……」
「ルカが見ていなければいいんだな」
「そ、そういうわけじゃ……」
空気が変わった。
先ほどまでは朝の気持ちの良い空気だったのに、甘い雰囲気だ。
恥ずかしすぎて、私はどうしたらいいか分からずに戸惑っていると、レイス様がそっと私にキスを……。
ボフン……。
「……くそ……」
「あ、あら……」
「シャー!(な、なんだ!? 何が!?)」
ウサギの姿になったレイス様を私は抱き上げた。
「あ、あら……薬は?」
「実は……昨日の王城に寄って来たのだが、そこに……忘れてきてしまったのだ」
「あらあら……ふふ……ふふふ」
ほっとしたような、残念なような気持ちだ。
ルカは驚いたのか飛びのき、距離を取った位置で毛を立てている。
「シャー!(どうして、なんで人間がうさぎに!? くそ……何が起きている)」
戸惑うルカに、私はレイス様を抱っこしたまま呼びかけた。
「ルカ。驚かせてごめんなさいね。実はレイス様、ちょっと色々あって、うさぎになってしまうの。でも、人間に戻る薬があるから、大丈夫よ」
「みゃ!? (動物の姿から人間の姿に戻る薬があるのか!?)」
ルカの驚きの声に、私は考える。もしかしたらルカも薬を飲ませたら戻るだろうか。
そうも考えたのだが、何故だか、私はそうとは思えなかった。
ルカは、人の手による獣化の呪いではない……そうなぜか確信的な不思議な思いがあった。
これはもしかしたら、聖女の力の一つなのだろうか。
「ルカ。私の研究室には入ってはだめよ。色々な種類の薬草とか薬品があるからね」
遠巻きに、勝手に飲んだりしてはだめだと伝えたい。
「レイス様、薬を取ってくるわ。少し待っていてね」
私は、レイス様用のひざ掛けを持ってくると、それを椅子に敷き、レイス様を乗せて研究室にしている一室へと向かったのであった。






