27話
私は怖くなり思わずレイス様の腕にしがみつくと、レイス様は私を守るようにして肩を抱き、そして身構えた。
ローゼウス殿下は、ひとしきり叫んだあと、顔をあげると涙をぼたぼたと流しながら私の方を見て、両手で顔を覆った。
「どうして……あぁぁぁ……私は……私はぁぁぁ」
声を上げて私から目を逸らすローゼウス殿下。それを見て国王陛下が言った。
「ローゼウス……気分はどうだ……」
本当に、洗脳が解けているのだろうか。
ローゼウス殿下は地面に顔をこすりつけると、何度も床に額を打ち付けながら声を上げた。
「あぁぁ。どうして。どうしてどうしてどうして……あのままで、いさせてくれなかったのですか……」
その呟きに、あぁと悟った。
思い出したくなかったのだろう。
捨てた私のことも、今の現実も。
私はそう思いながらも口を開く。
「薬は継続して飲む必要があります。ローゼウス殿下は元々体の弱い方なので、朝昼晩しっかりと飲むのと同時に食事もとらなければなりません」
「あぁ。あぁぁぁ……嫌だ」
ローゼウス殿下は顔をあげると、私のことを見つめ、泣き腫らした顔で言った。
「そなたの、そう言う所が大嫌いだった。そなたは……私などいないほうがもっと輝けたはずなのに……私のことなど見捨てておけばいいものを、私に生きる期待をさせる。なんと残酷なことだ」
ドキリとする。あぁ、これがローゼウス殿下の心の奥底にあった本音かとそう思っていた時だ。
レイス様がローゼウス殿下の腕を掴むと立たせ、そして言った。
「八つ当たりするな。しっかりと己の罪と向かい合え。ローゼウス殿。正気を取り戻したのであれば、まずは言わねばならないことがあるだろう」
その言葉に、ローゼウス殿下の視線が揺れる。
「な、なにを? 謝れとでも? オリビア嬢に洗脳されて顔を焼いたと!? そう言えばいいのか! ……今更……そんなことで許されるわけがない」
レイス様はローゼウス殿下の背中を勢いよく叩く。
「許されようと思うな。謝罪と許されることとは別問題だ」
その言葉に、涙をぼろぼろと流していたローゼウス殿下は、私の方を見て頭を下げた。
「すまなかった。本当に……申し訳、ない……」
謝罪を聞いたところで、過去はなくならない。
「……体調は、どうですか。そして2年前、何があったのか、事細かに教えてください」
「……あぁ……」
瞳の色が、元に戻ったように思えた。
そして、私達は2年前の真実をローゼウス殿下の口から聞くことになったのであった。
神々から神託が降りたという知らせは、神殿の鐘が打ち鳴らされて全国民へと知らしめられる。
そしてそのおおまかな知らせというのだけは国民にも知らされるのだ。
【聖女が現れると言う神託だ】
その噂は一気に広がり、それはもちろんオリビアの耳にも届いた。
元々自分は特別な人間だと思っていたオリビアは、自分こそが聖女なのではないかと期待を胸に抱きながら、王城の開放されている庭へと向かったのだという。
そのことについては、オリビアが詳しく語ってくれたとローゼウス殿下が呟いていた。
すでにそこには貴族令嬢達がこぞって集まっていたと言う。
わずかな期待を皆が胸に抱いていた。
神官長と副神官長はすぐに王宮を訪れた。
ただし、丁度その時、国王陛下は王城内を留守にしていた為、王子であるローゼウス殿下の元へと向かうことになったのだと言う。
ここで、運命の歯車が狂い始めた。
神官達はローゼウス殿下の元へと向かう途中にて、自分こそが聖女だと信じるオリビアに一瞬で洗脳され、オリビアを聖女だと誤認識し始めた。
ある意味、これまでオリビアの洗脳の能力が拡散されていなかったのは運が良かったのだろう。
我が王国では令嬢達のデビュタントは16歳からであり、オリビアは間もなくデビュタントという時期だったのだ。
デビュタントした後であれば、もっと被害は拡大していたかもしれない。
そこから、神官長達はオリビアを連れてローゼウス殿下の元へと向かい、そしてローゼウス殿下も洗脳された。
元々私のことが目障りだったオリビアは私に罪をかぶせ追放したのだ。
ただし、ローゼウス殿下から話を聞き、洗脳の能力が万能ではないことも知る。
洗脳するためには、視線が必ず合うことが第一条件だそうだ。
幸いなことにオリビア自身は自分の能力についてしっかりと把握しているわけではないことから、被害はそこまで広がっていない。
また、国王陛下はヴィクター様の意見によってオリビアとは出来るだけ会わないようにすることや視線は絶対に合わさないことを徹底してきた為、洗脳されていない。
ヴィクター様の功績は大きいだろう。
これまで、洗脳自体を証明することがむずかしかった。だけれど今、ローゼウス殿下の洗脳が解けたことでそれが証明されたのだ。
「でも、何故私の薬で……洗脳が解けたのでしょうか」
その言葉に、国王陛下はゆっくりと私に視線を向け、そしてしばらくの間考え込む。
他の方々も同じように考え込んでおり、私は視線をローゼウス殿下へと向けた。
ローゼウス殿下は私のことをじっと見つめ、それから視線を逸らすとうつむく。
国王陛下はゆっくりとした口調で言った。
「とにかく、すぐにオリビア嬢を拘束するぞ」
皆がその言葉にうなずこうとした時であった。
ローゼウス殿下が口を開いた。
「お待ちください。オリビアは……オリビアは悪くありません」
その言葉に皆が驚くが、ローゼウス殿下はハッキリと告げた。
「だって、自分の能力なんて知らないんですよ? ただ、ただ聖女だと間違って洗脳してしまっただけではないですか……」
背筋がぞわりとした。
胸の奥底をえぐられるような感覚がした。
「オリビアと話をさせてください。そして彼女にも機会をください。だって、彼女は彼女なりに頑張っているんです! 私だって、彼女のおかげでこの2年間、自信をもって王子として頑張って来れました!」
あぁ。
そうだなぁと思う。
確かにローゼウス殿下にとってこの2年間は悪い物ではなかったのかもしれない。
その時だった。
部屋が、ノックされる。
皆の視線が当たり前のように扉へと向いた時、私は声を上げた。
「見てはだめ!」
だけれどそれは遅かった。
「あれ? みーんなここにいたんですね」
可愛らしいオリビアの無邪気な声がその場に響き渡った。
ローゼウス殿下は声を上げた。
「オリビア! 自分の目を見るように伝えろ!」
「え? 私を見てって? ふふふ。ローゼウス殿下、どうしたの?」
次の瞬間、オリビアの言葉に反応するように皆がオリビアのことを見る。
私は国王陛下へと視線を向けるが、陛下もまた、オリビアに釘付けにされるようにそちらを見ていた。
「うふふ。みーんな私が可愛いから私に釘付け? あら、今日は国王陛下も私と視線を合わせてくれるんですね」
にこにこと楽しそうなオリビア。
外にいた門を閉めていた騎士達もオリビア達に洗脳されてしまっているのだろう。
ローゼウス殿下が恍惚とした瞳で立ち上がると、オリビアの目の前に跪いて言った。
「どうか、私にいつものように声をかけておくれ」
「えぇ。ローゼウス殿下は男らしくて勇敢な勇ましい方。大好きですわ」
「ありがとう」
「あら、そちらにいるのは、まぁ! 行方不明になっていたレイス様ではありませんか」
私はぞっとした。
レイス様までもがオリビアの洗脳に毒されてしまったかと思うと、絶望感が胸の中にうずまく。
「れ……レイス様……」
私は、レイス様の服を引っ張り、名前を呼ぶ。
どうしよう。
レイス様まで洗脳されてしまっていたら、私はもう、立ち上がる勇気が出なくなるかもしれない。
「ミラ嬢、一度逃げるぞ」
その声が聞こえ、私はぱっと顔を明るくした。
「えぇ!」
レイス様は私を抱き上げると、窓を開け、そこから外へとでた。
次の瞬間ローゼウス殿下の声が響く。
「騎士達よ! 罪人ミラとレイス王子を捕まえるのだ!」
警笛が鳴り響き、王城内から騎士達が次々に現れる。
誰が洗脳されていて誰が洗脳されていないのかは分からない。
だがしかし、今は王子の命令に従い私達を追ってきている。
「レイス様! 私を置いて逃げて! 私は足手まといよ!」
「ははっ! 好きな女を置いて逃げろ? バカを言うな。好きな女は死んでも守るのが男ってものだ」
その言葉に、私は目を丸くする。
好きな、女。
顔が一気に赤くなっていくのが分かる。
「いきなり! こんな時に!」
「こんな時だからだろう! さて、これは逃げきれるか?」
多勢に無勢である。
現在、レイス様は私を抱えて王城の庭を走り抜けているけれど、いつ捕まってもおかしくはない。
その時だった。
「レイス王子殿下あぁぁぁぁぁあ!」
雄叫びと共に、上空から黒い甲冑に身を包んだ騎士が現れ、その場に降り立った。
最初から最後まで、毎日きっと読んでくださる方もいるのかなって思うと、にやにやします(●´ω`●)
ありがとうございます。読んででくれる方がいるから、私、小説楽しく書けます(*´▽`*)






