26話
謁見の間の扉がノックされ、扉が控えていた侍従によって開けられると、ローゼウス殿下が入室する。
侍従はすぐに扉を閉め、その前に騎士が立つ。
「なんだ」
怪しむように周囲を見回したのちにこちらへとローゼウス殿下の視線が向けられる。
ローゼウス殿下は驚いたような表情を浮かべると、こちらに向かって眉間にしわを寄せながらも堂々とした様子で歩いて来て言った。
「父上! これはどういうことなのでしょうか。彼女は先に私が保護したはずですが?」
以前のローゼウス殿下では考えられなかったその姿と、保護、という言葉にため息をつきそうになる。
国王陛下はゆっくりとした口調で言った。
「保護したのであれば、私に報告するのが筋だろう」
するとローゼウス殿下は視線をヴィクター様へと向けた。
「お前……父上の回し者だったのか。オリビアを裏切ったのか! ……いや、お前は私を恨んでいるのだろう。愛しい婚約者を奪われたとでも思っているのか!」
その言葉にヴィクター様ははっきりと答えた。
「私は元よりオリビア様を愛してはおりません。そして私の忠誠は国王陛下にあります」
「なっ!? ……なんだと?」
心底驚いたというようなその表情。
国王陛下は静かに口を開いた。
「ローゼウスよ。オリビア嬢には洗脳という特殊な能力があるのではないかということだ。もしそうではないと言うならば、ミラ嬢の薬を飲み、治療を再開せよ。お前は元々優しい性格であった。自分がいかに変わったか、分かってはいないだろう」
「父上!」
「オリビア嬢を信じているなら問題ないだろう?」
「その女が毒を盛っていないと証明できますか!」
その言葉に、ヴィクター様が口を開く。
「では毒見として私が先に飲みましょう」
「お前など信じられるか!」
その言葉に国王陛下はため息をつくと言った。
「では、私が飲もう。私はミラ嬢のことを信じておる」
「ち……父上……」
そこまで言われればさすがのローゼウス殿下も拒否は出来なかったのであろう。
ローゼウス殿下は国王陛下と共に待つことになり、私はすぐにローゼウス殿下の飲み薬の調合へと移った。
私は以前使っていた薬の研究室へとヴィクター様と共に入ると一人の医師がそこでは待機していた。
「彼女は、ミラ嬢の薬を以前ローゼウス殿下に飲ませた医師です」
三つ編みに丸眼鏡をかけた女性は、私が現れると顔を歪ませ、それから頭を深く下げた。
「お帰りなさいませ。そして……申し訳ございませんでした」
私が帰って来たと唯一知らされたその医師、彼女の名前はシルビア・ローワン。私も彼女のことは知っていた。女性でありながら医師という地位に就き、そして活躍してきた希有な人だ。
「いいえ。薬の材料を提供していただけますか?」
「もちろんです。ミラ様が以前残していた本を元に、材料については常に新鮮なものを取り揃えておくようにしました」
「そうなのですか。それは……何故」
「いつか必ず必要になると思いました。私は医師です。聖女の力はありがたいものかもしれません。ですが、それはそれ。私は医師としてするべきことをします」
真っすぐな視線に、私は驚く。
「あの日……私は、恐怖故に貴女様を……助けませんでした。恥ずべきことです。許されることではありません。ですから、今度は間違いません」
私はそんな彼女の決意に、微笑みを向けた。
きっと彼女は彼女なりに葛藤したのだろう。私は裏切られ見捨てられたことを悲しみはするがだからと言って、そうした人達皆に不幸になってほしいなどとは思わない。
そして彼女の協力があるから私は薬が作れるのだ。
それには感謝しなければならない。
「ありがとうございます。では、材料を見せていただけますか」
「はい。こちらです」
一つ一つ準備されている材料を見ていくと、どれも保存状態がよく、すぐに薬の調合に移ることが出来そうであった。
その後私は、着替えを済ませ調合にかかる。
レイス様は国王陛下等と共に現在待機しており、ヴィクター様の薬の到着を待っている。ただし、ヴィクター様の薬も即効性のあるものではなく、あくまでも私の薬と同等の物だ。
故に、飲むタイミングをレイス様は考えるとは言っていた。
私はシルビア様に調合を途中手伝ってもらいながら進めて行く。
薬を作る時には雑念は捨てる。
あくまでも薬を作る時には、病気がどうか良くなりますようにとそうした思いだけで作っていく。
そして薬の調合が終わり、私は息をつく。
「出来ました」
ふと視線を窓の外へと向けると、空はすでに夕やみに包まれていた。
シルビア様と別れ、材料を持って私は国王陛下とローゼウス殿下の元へと向かう。
ヴィクター様がずっと傍についていてくださり、誰にも会わないように通路を調整してくれる。
国王陛下の元へと戻ると、ローゼウス殿下は肩で呼吸をしており、上げられた顔は青白く隈が浮かび上がっていた。
私の姿を見ると、ローゼウス殿下が言った。
「っふ。私のことを治療できるのは……オリビアだけだ」
オリビアのことを信じているのだなと思いながら、本当に私の薬が効くのだろうかと不安に思う。
これはローゼウス殿下の為だけに調合したもの。
私の……ローゼウス殿下と婚約していた十年間。十年間の全てが詰まっている。
「十年……です」
私は真っすぐにローゼウス殿下を見つめながら呟く。
レイス様が私のことを心配そうに見つめるのが分かった。
「は? なんだ?」
「ローゼウス様と婚約し……十年間、貴方の為に、薬の研究をし、寝る間も惜しんで医師達と話し合い、調合を何度も何度もやり直し、完成した薬なんです」
「そんなこと私は頼んでなどいない」
「……」
「私がいつ頼んだ! お前に! 私がいつ助けてくれなどと言った!」
立ち上がり私の目の前に立つローゼウス殿下。
「それは……」
私が、勝手にやったこと?
眠たくても、体調を多少崩しても頑張ったことも。誰一人にも認められなくても、貴方の為に費やしてきた時間が全て。
「あはは……」
乾いた笑いが自然と口から零れ落ちて、息が苦しい。
「しかもお前の薬は全く効かなかった! 私を癒したのは愛しいオリビア。お前の薬はなんの役にも立たなかったではないか!」
その時、レイス様が元々私が手渡していた獣化の呪いを解く薬を服用すると、人間の姿に戻り、そして私とローゼウス殿下との間に割って入る。
そして青白い顔をしたローゼウス殿下を見下ろすと、恐ろしい程の低い声で言った。
「彼女を……これ以上傷つける言葉を、その口からこぼすな」
「な、なんだお前は! お前は……え? レイス殿!? 行方不明と……聞いていたが、何故ここに!?」
私が渡した薬が一つしか残っていなかったから、飲むタイミングをすごく気にしていたレイス様。
だけれど、どうして今?
手が震える中、私はレイス様の服を後ろから掴む。
「レ……レイス様」
声が震える。
「……ローゼウス殿。黙ってミラ嬢の薬を飲むといい。だが、たとえ貴方が正気を取り戻し、ミラ嬢に何度許しを乞おうが、貴方の元にミラ嬢を返すつもりはない」
「は? な、なにを。その女は罪人だ! 私に毒を!」
「ローゼウス。何度も言っただろう。私自ら調査の指示をし、毒など検出されなかったと! ミラ嬢に罪など一つもない! いい加減にしろ。騎士よ。ローゼウスを押さえつけ、ミラ嬢の薬を飲ませよ」
国王陛下が命令を下し、騎士達が押さえようとするがローゼウス殿下は暴れ、私に手を伸ばそうとする。
怖くなり身を強張らせると、その手をレイス様は掴み、一ひねりで床に押し倒した。
「うわぁ!」
「彼女に触れるな」
騎士達に押さえつけられている前で、国王陛下とヴィクター様が一口ずつ薬を飲んだ。
「ローゼウス。この薬はただの薬だ。見ろ、私達は何ともない」
「ち、父上! いつ容体が悪化するかも分からないではないですか!」
「はぁ。騎士達よ、ローゼウスに薬を飲ませよ」
「「はっ!」」
「や、やめろ! 離せ! そんな毒飲むものか!」
叫び声をあげるローゼウス殿下を騎士達は押さえつけて薬を飲ませる。
ゴクリと飲み込んだローゼウス殿下はこちらを睨みつけて声を上げ続けた。
「悪女が! 罪人が! 毒を、毒を飲ませやがって! くそがくそがくそがぁ!」
大きな声に私が震えていると、そんな私の両耳を、レイス様はふさぐように手を当る。
見上げれば、レイス様が優しい瞳を私に向けてくれた。
大丈夫だと微笑みかけられるだけで、こんなにもほっとするなんて思ってもみなかった。
そして、しばらくした後に、ローゼウス殿下はうつむき始め、その場に膝を突いた。
「……う……うわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁあぁっぁぁぁ」
ローゼウス殿下の叫び声がその場に響き渡った。
読んでくださる皆様に感謝です(´∀`*)ウフフ
昨日の夜は一足先に夏を感じるために、流しそうめんと(くるくる回るやつ)とスイカを食べました。
夏を先取りです(*´ω`*)






