13話
人間の姿へと一時戻ったレイス様であったけれど、やはり薬の効果はそれほど長くは続かないらしく、今の所一日のうち三時間程度でウサギの姿に戻ってしまう。
ここから薬を服用し続けていけば、早ければ二週間、遅くても一か月程度で完全に人間に戻ることが出来るであろう。
ウサギの姿を見れなくなるのは寂しいけれど、仕方がないことだ。
作れる限りの薬を作っておこうと私がそこに時間を割いていると、レイス様は自分に出来ることはしようとウサギ姿の時は掃除など、そして人間の姿に戻った時には狩りに行き食事の支度を手伝ってくれた。
それだけでなく、古い家の修繕の行き届いていなかったところまでしてくれて、私はなんとありがたいことだろうかと感謝した。
袖をまくり、薬棚の横にある窓の立て付けを修理してくれているレイス様は、近くで薬を作っていた私に尋ねた。
「そういえば、この家はどうしたんだ?」
そう尋ねられ、私は家を見回しながら答えた。
「空き家になっていたの。町の人に聞いたところによると、十年ほど前までは森の魔女と呼ばれるおばあさんが住んでいたらしいわ」
「そうなのか」
「えぇ。おばあさんはもう亡くなったらしくて、私がその後に住んでいるの」
「納得がいった。そりゃあぼろぼろなはずだなぁ」
「家の修繕なんてしばらくは出来ないと思っていたのに、本当にありがとう。貴方のおかげで冬もどうにか越せそうだわ。去年は本当に死ぬかと思ったのよ」
私がそう言うと、レイス様は手を止め、それからこちらを向くと私のことを見つめる。
「大変だったな……」
ウサギ姿の時はいつも私が見下ろしていると言うのに、人間の姿になると私が見上げることになる。
私よりも高い身長に鍛え上げられている逞しい体。こちらを見つめてくる視線はとても優しくて、人間だと言うのに不思議と怖くない。
「不思議だわ……」
レイス様へと手を伸ばし、そっと頬に触れる。
確かな温かな体温を感じ、ちゃんとここにいる人間なのだということが分かる。
追放されて以来、人と一緒に少し喋るだけで緊張し、それが長ければ長いほどに嫌悪感を抱いた。
だけれど、どうしても人と話をしないといけない時はあって、そういう時には、堪えて、耐えて、そしてあとからひっそりと一人で吐き、うずくまって震えていた。
「み……ミラ嬢?」
ハッとしてレイス様を見ると、レイス様は耳まで真っ赤にして固まっていた。
突然のその様子に、私は慌てて両手で頬に触れ、それから目に異常がないか、体温が上昇していないかを見る。
「薬の副作用かしら……真っ赤だわ。ちょっと待って。薬を調合するから」
一体何がいけなかったのだろうか。
薬の摂取が多すぎたのだろうかと焦っていると、そんな私の肩にレイス様は手を置く。
振り返ると、レイス様は片手で顔を抑えながらうつむき呟いた。
「すまない……と、突然、ミラ嬢が……触れてきたから、ドキドキして、緊張しただけだ」
「は?」
どういう意味だろうかと眉を寄せると、真っ赤な顔のまま、レイス様は声を上げた。
「私は二十歳の男だぞ! ミラ嬢……容易く触れてはいけない」
「? だって、触れないと健康状態も分からないじゃない」
触れずにどうやって体調管理をしろというのだろうか。
そう告げると、何故かレイス様は大きくため息をつき、それから両手で顔を覆う。
「自分がこんな乙女のようになるとは思わなかった」
「は? レイス様……男でしょう?」
「男だ! そうなんだ! 私は男だから、その……あぁもう!」
感情の起伏が大きな人だなと思いながら、私はため息をつくとレイス様の額へと手を伸ばし触れた。
「うん。まぁ、発熱していないのはわかったわ。でも体調が悪くなったらすぐに言ってちょうだいね……心配だから」
心配。
私がまた誰かの心配をするようになるなんてなと思いながらちらりとレイス様を見る。
多分、レイス様は分かっていないだろうけれど、自分の中の感情が大きくレイス様に出会って変わってきたのを感じている。
「はぁ。ウサギだったらよかったのに」
レイス様に聞こえないように小さく呟く。
ただのウサギだったら、愛でて撫でて世話をして一生一緒にいられるのに。
でもこの人は一国の王子だというし、よくよく見てみれば、かなり女性にもてるだろうと容易に想像できる容姿をしている。
白いふわふわの髪も、ルビーのように美しい赤い瞳も、しっかりと鍛え上げた体も。
それに比べて自分は……。
「外で薬草を洗ってくるわ」
「私が行こうか?」
「大丈夫。その窓、修理してくれたらありがたいわ」
「わかった。ここが終わったら食事作りに取り掛かるけどいいか?」
「ありがとう。お願い」
薬草と、桶を持って私は家の外へと出た。
森の空気を思い切り吸い込み、顔をあげた。
暗い森。人のいない、静かで寂しい場所。
「ここが……私にはお似合いよ」
欲張ってはいけない。
あの人は、いずれたくさんの人に囲まれて生きていくであろう人。
たくさんの人の中に、私は含まれない。いや、含められないだろう。
井戸まで向かうと、水をくみ上げ、そして桶へと流し込む。
桶に映る自分の姿を見て、私は息を呑む。
「なんて……なんて醜いのかしら」
焼けただれた頬へと手を伸ばし、私はそれから目を背ける。
「……あぁ。だから嫌なのよ」
人と関わらなければこんな気持ちになることもなかったのに。
あの人に出会わなければ、こんな思いを抱くことなんてなかったのに。
「バカみたい……」
乙女みたいね。
私は両手で顔を覆い、しばらくの間、動くことが出来なかった。
読んでくださる皆様に感謝です(●´ω`●)
心の声が聞こえる悪役令嬢は今日も子犬殿下に翻弄されるも、コミカライズ共に好評いただいているようでほっといたしました(*´▽`*)
漫画家の百畑先生は大学に通いながら漫画を描いて下さって、本当にすごいんです。






