12話
それから二日後、呪いの解呪薬の試作品が完成した。
小瓶に入れたその解呪薬は青色の液体となっており、見た目はとても澄んだ色をしていて美しい。
ただ、味はと尋ねられれば良薬口に苦しとしか言えない。
「準備はいいかしら?」
レイス様は私のことを赤いつぶらな瞳で見つめると言った。
「ミラ嬢。本当に、人間になっても、嫌がらないか?」
うるうるとした瞳を見つめ返しながら、私はすっと視線を逸らした。
「……多分」
小さな声でそう呟くと、レイス様が静かにうつむく。
「……うぅ」
「多分大丈夫よ! あのねぇ……そんなこと言わなくても、ちゃんと完全に元の姿に戻るまで……力は貸すわ」
「本当に?」
小首を傾げて尋ねられる。
可愛い見た目を最大限に生かしたその尋ね方であり、レイス様が私の扱いが上達してきたように思う。
「えぇ」
私がうなずくのを見てレイス様はほっとした様子である。
私は飲みやすいようにと薬を皿に流し込みそれをレイス様がちびちびと可愛らしく飲み始めたのだが、さすがに美味しくないのだろう。
「うぅ……苦い……うううう」
という声がたまに零れ落ちる。
私はそれを眺めていたのだけれど、全部を飲み終わったレイス様は急いでお水を飲みに行き、そして私の手編みのひざ掛けにごろりと横になった。
「ううぅぅ。動けなさそうだ」
「たぶん、一時間以内に変化が起こるはずよ」
「あぁ……」
「私は庭に行ってくるから、体に変化があったら教えてね」
「わかった」
人間の姿に戻ったら、きっと食事をしっかりと摂りたいだろう。
パンは朝焼いてあるし、チーズもある。後はスープでも作るかと思い、庭に生えている野菜を収穫していると、部屋の中から大きな物音が聞こえる。
いよいよ人間に戻ったのだろうかと思い、立ち上がるとしばらくの間、私は深呼吸を繰り返した。
心臓が煩いくらいにバクバクと鳴り始める。
久しぶりに人間と一緒にすごさなくてはならない。
レイス様ならば大丈夫だと言う気持ちと、本当に大丈夫なのだろうかという気持ちとが行ったり来たりする。
その時、扉がゆっくりと開く音がして、私は勇気を振り絞って振り返った。
「み……ミラ嬢。ありがとう……戻れたのだが、あの、大丈夫か?」
扉の陰に体を半分隠して、こちらの様子を窺ってくるレイス様は想像とは確かに違う。
私が最初に想像していたのは、細身の男性であった。
王子であるから別段そこまで鍛える必要もないだろう、そんな考えもあった。
だけれど、そこに立つレイス様の体はしっかりと鍛え上げられた男性の体であった。
無駄な脂肪などなく、すらりとした肢体、
ただ、真っ白な髪と、ウサギの時と変わらない赤い瞳を見ればそれがレイス様だと分かる。
「たしかに、想像より大きいわね。あの、近寄ってもいいかしら?」
「あぁ」
身長が高く、近くに歩み寄ってみると見上げる形となった。
不思議な感覚であった。
人間の姿は初めて見るというのに、ウサギの姿で一緒にいたからなのか違和感が全くない。
「不思議。レイス様だわ」
「え?」
「ウサギ姿でも人の姿でも、レイス様だって分かるわ」
「名前……」
「え?」
「名前、初めて呼んでくれたな」
そう言われ、私はたしかに思い返してみれば呼んだことがなかったなと思っていると、嬉しそうにレイス様がへにゃりと笑う。
「嬉しい」
「……不思議だわ。目がおかしいのかしら」
可愛く見える。
いや、身長も高く筋肉のしっかりとついた男性である。可愛い要素なんてないはずなのに、可愛く見える。
ウサギマジックだろうか。
「だが、これで、ミラ嬢の手伝いがたくさんできる! その前に、ミラ嬢……ちょっと森で狩りをしてきてもいいだろうか」
「狩り?」
「肉が食いたい。不思議なものだ。ウサギの時には全く思わなかったのだが……今は肉が食べたくて食べたくて仕方がないのだ」
「道は大丈夫?」
「あぁ。この周辺なら問題ない」
「わかったわ。気を付けて。あぁでも、大きな動物はやめて頂戴」
「あぁ! では小型の物を狙ってくる!」
そう言うと、レイス様はウキウキとした様子で森の中へと走って行ってしまった。
武器などはどうするのだろうかと思いつつも、まぁいいかと思い私は野菜を洗いに向かったのであった。
もし肉が来たらスープに入れて煮込もう。きっと柔らかくなって美味しいだろうなと思ったのであった。
それからしばらくして、レイス様が楽しそうな様子で帰って来た。
捕まえてきたのはカモと川魚であり、すでに下処理は終えられていた。王子なのにと思いながらも、手間が省けるのでありがたい。
「解体をしてくる。ナイフを借りてもいいだろうか。魔法具で武器は持っていたので狩は出来たのだが、小型のナイフはなくて、やりにくくてな」
「えぇもちろん」
私はキッチンからナイフを取ってくるとそれをレイス様に手渡す。レイス様は解体を始め、私は料理の続きに戻った。
しばらくするとレイス様が切ったカモ肉を持ってきてくれる。
「ありがとう。スープに入れてもいいかしら?」
「もちろんだ。魚は外で焼いてもいいか?」
「えぇ。塩があるわ。それを使って」
「ありがたい」
以前少し奮発して塩を買っておいてよかった。しばらくしてから様子を見に行くと、レイス様は魔法具を持っていたようで、それを使い庭で魚を串焼きにしていた。
「魔法具持っていたのね」
「あぁ……だが、ウサギ姿では取り出すことも出来ず、役立たずだったがな。あ、今のうちに外しておこう。ミラ嬢、よければ使ってくれ」
「いいわよ。一応身につけておいて。何かあった時用の為に」
「そう、だな。よし! いい感じに焼けて来たぞ!」
「スープも出来たわ。ふふふ。せっかくだから外で食べましょうか。台と椅子を持ってくるわ」
「それはいい考えだな!」
私達は外で食べる準備をする。焼き魚にスープにチーズを乗せたパン。昔だったならば変な組み合わせの質素な食事だと思っただろう。
だけれど今では、とても贅沢な食事である。
「あぁぁぁぁ。美味い。美味いぞ! ミラ嬢! 美味い!」
興奮気味にそう叫ぶレイス様に、そりゃあずっとウサギの姿で草と果物しか食べられない生活だったので、相当美味しく感じるだろうなと思った。
私も一口スープから食べれば、美味しさが口いっぱいに広がる。
「んー。おいひい」
ほっぺたが落ちるとは本当に良い表現である。私のほっぺたが落ちていないのが不思議なくらいだ。
「美味いな。ミラ嬢、ありがとう」
「いいえ、レイス様のおかげだわ」
「ふふふ。美味いなぁ」
私達は笑い合って食事を楽しむ。
ふと思えば、この森に来て初めての人との食事であった。
あれほど人間は怖いと思っていたはずなのに、レイス様は全く怖くないどころか、一緒にいてすごく居心地がいいなと感じたのであった。
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