事件の予兆
昼休みを終え、5限に彼の姿が無く・・・
梨桜は先生に呼ばれてしまう。
【事件の予兆】
水曜日の今日も、怪しい手紙がある訳でもなく、とある男子に体当たりをされるわけでもなく午前中の授業を終えた。
今日は一週間で唯一5限で終わるのだけど、『道徳』の時間になっても縁君の姿が見えない。
先生もそれについて何も言わない。
体調不良?それとも・・・?
そんなことを考えていると、教室の扉が少し開いて、山崎先生が顔を出す。
古井先生が廊下まで歩み寄って何やらこそこそ話し・・・
「本間さん、ちょっといいか?」
そう呼ばれた。
・・・え?私?
・・・なんだか嫌な予感がする。
ざわつく気持ちを抑え、山崎先生に連れられて行った先・・・
そこはなんと『校長室』。
嫌な予感が膨らむ。
「悪いねぇ、授業中に。
ちょっと話を聞きたかったものだからねぇ。
まぁ、ちょっとそこに掛けて。」
お辞儀をして、『そこ』に腰かける。
「実はちょっと聞かせて欲しい事があるんだがね?
最近、本間さんにストーカーめいたことが起きている、
と土井君から聞いてねぇ。
その辺、差し支えなければちょっと聞かせて貰ってもいいかね?」
きっと何かがあって、縁君は先生に相談し、校長先生のところまで話が及んだんだろう。
私は幾分ほっとした。
縁君が何かやっちゃったのかと思ったじゃない!
横に座っている彼をちらりと覗くとただ黙って正面を向いている。
「はい。
・・・まず、ですけれど、何も確証がある訳ではありませんし、
ただの悪戯だったり、全く別の理由だったりするのかもしれません。」
そう前置きをして続ける。
「4月に2回、6月に1回ノートが一時的になくなることがありました。
ただ、その日のうちには帰ってきていたので、黙って借りていった可能性もあります。
それから、土井君が転校して来てから、帰り道で私達の後をつけてきている生徒がいたように思います。そのうちの何回かは気のせいかもしれませんが、この間の月曜日はマンションまでつけてきていました。
部屋に入るのを確認して帰って行ったので間違いありません。
あとは、これも何もなかったですし、故意かどうかもはっきりしませんが、ぶつかられそうになったことが2回ありました。
ただ、繰り返しますが、特に被害とかがあったわけではないです。」
「そのつけてきた生徒の名前は分かるかね?」
「はい。2組の川東君です。」
「ひょっとしてぶつかられそうになったのも彼かね?」
「はい。」
「なるほどねぇ。
それと、もう一つ聞かせて貰いたいんだがね、
月曜日、体育の後に4組の男子と3組の教室でトラブルがあったと聞いたんだが、どんな感じだったのか話してくれるかね?」
「はい。男子は体育の授業でバスケットをしたらしいんですけど、負けたことに腹を立てた4組の男子3人が怒鳴り込んできました。それを土井君が諌めましたが、彼らはそれを聞かず塩崎君が突然土井君に殴りかかって、彼は冷静に対応していました。どちらにも怪我はありませんでしたし、喧嘩ではなかったと思います。」
「うん、なるほど。たくさんの生徒が見ていたんだね?」
「はい。男子はほとんどいましたし、女子も半分は戻っていました。」
「うん、どうもありがとう。参考になったよ。
さて、というのはね。
その川東君なんだが、昼休みに階段から落ちて怪我をしたんだ。
ところがその彼が、『土井君に突き落とされた』と言うものだからねぇ、こうして本人に来てもらって確認したところなんだ。
そうしたら、彼が言うにはそれは全くの逆で、自分が突き落とされそうになり、身をかわしたら川東君が落ちてしまったのだとそう言う。
残念ながらその場には誰もいなかったそうだし、真実を確かめようもない。困っていたところ、彼が君へのストーカー被害について話してくれてねぇ。何も事情を知らせず君から話を聞きたかったんだよ。
それで、君がぶつかられそうになった、というのはどうしてだかわかるかね?」
「どうしてかはわかりません。
雰囲気的には私に怪我をさせたいと言う感じはしませんでした。」
「発言してもよろしいでしょうか?」
「あぁ。うん。どうぞ、土井君。」
「彼女は学校でとても人気があります。
僕はその彼女と幼馴染みたいなもので、転校そうそう仲良くしていました。おそらくそれに嫉妬して、実は僕への嫌がらせや誹謗中傷なんかもあります。それはさっき話に上がった塩崎君にでも確認してもらえればすぐわかると思います。また、それだけ人気の彼女ですから、相手がぶつかりたいと思う理由は、『偶然を装って接触するきっかけが欲しかった』と考えるのが自然でしょう。」
「なるほどなぁ。
だがそうすると、そう言う嫉妬による嫌がらせを受けて、君が恨みを持ったとも考えられるのではないかな?」
「ええ、相手が分かっていればそれもあり得ますが、僕は川東君とは面識はなく、また、僕へ嫌がらせをしてくるのは主に腕力に覚えのある生徒で、彼ではありません。それから、誹謗中傷についてはそう言う噂を聞いていると言うだけで、実際に直接聞いたのは塩崎君からだけです。このあたりも、周囲の生徒に聞いてもらえれば分かると思います。」
「ふむ。本間さん、それは間違いないかね?」
「正直、私は直接男子生徒との交流は少ないのですが、土井君はもっと交流が少ないように見えます。友達づてに聞く話だと、今の土井君の話で間違いないと思います。」
「うん、分かった。二人とも時間を取らせたね。
後は我々教師が対応するから、心配しないでいいよ。」
「後一点よろしいでしょうか?」
「うん?」
「もし、彼が主張を曲げず、彼の両親が警察だの裁判だのと言い出した場合についてですが、警察が彼の言い分を聞けば、それと怪我の状態が必ずしも合致しないことが高い確率で判断できると思います。」
「なるほど。そんな事まで分かるのか。
さすがは署長さんの息子と言ったところかな?
まぁ、そんなことにはならないとは思うが、頭に入れておくよ。」
それで私たちは釈放され(笑)、校長室を後にした。
もう授業は終わってしまっている時間だ。
「大丈夫だった?」
「あぁ。本当は落ちるのを止められれば良かったんだが、避けるので精いっぱいだった。まだまだ未熟だな。」
私は、校長先生にいろいろ聞かれて大変だったね、って意味で聞いたのだけど、帰ってきたのは落ちた生徒への言葉だった。
「でも、なんかしっくりこないよね?」
「うん。
彼が探偵まで雇ってしたかったのは、こんな事なのか。
君を脅すネタを探したかったんじゃないのか・・・。」
「うんうん。」
剣崎さんのラインによれば、生徒の他に探偵風の男性が私たちを遠巻きにつけて来ていて、縁君が私の部屋に入るところまでしっかりと写真に収めていたと言う事だった。だからてっきりそれを使って脅迫とかしてくるものだと私たちは想像していたのだ。
「単にその写真を見て、僕にむかついたんだろうか?
だとすると感情面で腑に落ちない気もする。」
「感情面で?」
「そう。
僕が君の部屋に入ったことを、君に執着している男子が知ったとすると、感情的に怒りは君の方へと向く気がする。
今まで、僕があれこれ嫉妬されていたのは、せいぜい君と仲良く話す程度だったと認識されていたからだと思うし。」
「どゆこと?」
「つまり、・・・あれなんだ。
普通に仲が良い程度なら、男としての怒りは同性に向きそうな気がするし、それ以上特別仲が良いようだと、逆に女性の方へ怒りが湧くんじゃないかって気がしてね。『可愛さ余って憎さ百倍』というし。まぁ、こんなのは人それぞれだから全く根拠はないんだけど。」
「男の人ってそうなの?
女子的には、嫉妬からの矛先はたいてい同性に行くみたい。
あっ!私は経験無いよっ。」
だから、月曜日ので縁君の好感度がとても上がっちゃったし、今度は私が女子に襲われるかも・・・なんて言ったら、『俺が守る』とか言い出しそうだ。
「なるほどな。
『愛しさ余って憎さ百倍』なんていうのは自己中な男への言葉なのかもしれないな。」
「でもさ、私と縁君は幼馴染って事になってるじゃない?
部屋に入れるのってそんなに変かな?
ひょっとしたら中にお父さんとかいるかもしれないのに。」
「中学生男子の妄想力を侮っちゃいけない。」
「ぷっ!(笑)
意外っ!
縁君の口からそう言う言葉が出るなんてっ!(笑)」
「思春期真っただ中だからな。
あまり信用しすぎると危ないよ。」
「ほう~~、ほう~~、
私を襲っちゃったりするんだ~?」
「そんなことはしないように心掛けてはいる。
ただ、『魔がさす』なんて言葉もある。」
「縁君は絶対にそんなことしないよ。」
「この世に絶対なんてない。」
う~~ん、この強情っぱりをどうしてくれましょう?
・・・やばい。
・・・また変な悪魔が頭をもたげてきた!
・・・この横顔を見ていると
・・・とっても悪戯をしたい!
私は両手をそっと彼の頬に充てて・・・
「なっ!、ちょっ!・・・」
彼をまっすぐ見つめる。
そして・・・
「縁君は、絶対にそんなことはしません。」
「・・・は、・・・はい。」
「うん。よろしい。(笑)」
【縁】
(ちょっ、なんだこれっ、キ・・・キ・・・)
そう、決意を固めた瞬間!
・・・けれど、彼女が発した言葉は、
『僕はそんなことはしない』
という強い断定。
・・・頬に残る彼女の手の感触は、家に帰っても、
風呂から上がっても、ずっと残っていた。
本日もいかがお過ごしでしたでしょうか?
週末は少し寒くなりそうです。
ご自愛くださいませ。




