意外な結末
月曜日、新たに届いた手紙をもとに、
3人は話し合い、ひとつの可能性をみるのでした。
そして・・・
【梨桜】
日曜日の夜、学校の図書室で能代さんが読んでいたラノベを借りてきて読んでいると、お父さんがお風呂から上がって隣に座り、いつものようにビールを一息に飲んだ。
「この一週間は特に変わったことはなかったそうだよ、梨桜。」
「そっか、ありがとう。」
「気にするほどではないと思うんだが、金曜に子供の忘れ物を届けに行ったという保護者がいたけどね。あれから、げた箱には何も入ってはいないんだよな?」
「うん。何かあったら言ってって伝えてあるから、何も話がないってことは変わったことはないんだと思うよ。」
「俺も聞くまで知らなかったけど、保護者の人たちが通学路に立ってくれてるんだってな。」
「うん。だからね、学校の外の人だとはちょっと考えにくいかなって。」
「忘れ物を届けたという人も、この一週間毎日立っていたって。まだ定年には早いだろうにね、熱心で立派なことだ。」
「うん。」
私はなぜかちょっとだけ引っ掛かりを覚えた。
たぶん気のせいだと思うのだけど。
【月曜日】
「おはよう。」
いつものように3人で学校に着くと、1階踊り場で能代さんに声を掛けられた。
「 「 「おはよ。」 」 」
「あの、またこれが・・・」
そう言って私たちに差し出したのはラブレターっぽい封筒。
中は確認したようで開封してある。
「預かっていい?」
「うん。お願いします。」
私はそれを受け取りカバンにしまうと、「お昼休みに話そ」と紗奏と美沙に言い、3人で教室へ向かった。
昨日感じた引っ掛かりがちょっと大きくなっている。
・・・なんだろう。
そして今日はとても長く感じた午前の授業を終え、お昼休みに3人で体育館裏のベンチに腰を下ろして、手紙を確認すると、
『いつまでも笑顔の変わらぬことを。』
という一文と、一枚の写真が添えられていた。
公園で微笑みながら鳩に餌をあげている能代さんが映っている。
「これってどういうこと?ストーカー終わりってこと?」
美沙が言う。
「私たちが犯人探しをしていることに気が付いたとか?」
そう、今まで聞いた範囲のことと、この文面を見ると『もう終わりにするからお元気で・・・』という風に取れる。
・・・けど・・・
私はあの後、能代さんに金曜日は何時ころ学校を出たのか聞いてみた。そうしたら、微熱とのどの痛みで午前中で早引けしたのだと言った。
「最初っからストーカーじゃなかったのかも?」
私は思ったことを口にする。
「ん?どういうこと?」
「最初のラブレターっぽい手紙、意味が解らなかったって・・・
・・・詩的な内容だったって。
うまく説明できないんだけど、能代さんから聞いた話だと
『能代さんが奇麗』なのか、『能代さんを綺麗に』なのか・・・
『今の世界を憂いている』のか、『能代さんの未来を案じている』のか、
『変わってほしい』のか、ほしくないのか、
『何かが変える』のか、自分が変えるのか、
それがよく解らなかったって。
たぶん、主語が無いか、あいまいだからわからないんだと思う。
詩だから。
で、今のこの手紙でしょ。
だから、最初のも
『能代さんは綺麗だから今の世に流されずに綺麗なままでいてほしい』
とか勝手に解釈すると、
今まで入っていた『良く撮れた写真』っていう話と、
この写真もすごく良く撮れていて、被写体への愛情
みたいなものがある気がするんだよね。
だから、そもそもストーカーじゃなく、
『見守りたかっただけ』って思えないかな?」
「ふむふむ。とすると、やっぱり一般人が入れたと梨桜は考えるんだ。」
「うん。
あと、あれから能代さんに確認したら、
金曜は具合悪くて午前で早引けしたって。」
「ほう、それで?」
「うん。
えっと、金曜の午後に忘れ物を届けに学校に来た
保護者の人を見た人がいるの。」
「あ。ひょっとしてそれがこの手紙だった可能性?
能代さんは早引けしていたから今日見つけた、と?」
「うん。
でも、うちの学校も大きいから本当に忘れ物をした子
がいて、届けてもらったのかもしれないんだけどね。
ただの可能性として。」
「じゃぁ、とりあえずその人がアヤシイかもしれないって事ね。
誰かわからないけど。」
「それでね。
その人は毎日通学路に立って見守ってくれている人だっていうの。」
「ええーー?
ちょっと待って、それどこ情報?」
(うん、美沙が驚くのも分かる)
「えっとね。凄く言いにくいんだけど、
お父さんが私にボディガードをつけていて・・・」
「マジかっ!!」
「ひょっとして、それはあの事件の後からかな?」
「うん。心配性のお父さんで困ります。(苦笑)」
「じゃぁ、山野辺さんが入れた可能性が高いって梨桜はそう考えてるのね。」
「うん。
それで、放課後にちょっと話してみようかなって。」
「3人で行くの?」
「えっとね、ただの勘違いかもしれないし、
帰りに立ち話で聞いてみようかなって、一人で。」
「危なくない?」
「ほら、そこはボディガードさんがいると思うから。(笑)」
「ま、3人で押しかけたら疑ってるみたいで気分も悪い
だろうしな。
もしそうだったとしても、しらばっくれられるかもしれんから、
一人のほうが聞きやすいっちゃ聞きやすいと思うけど・・・」
「それから私、こういうものも持っているのですよ。(笑)」
そう言って、防犯ブザーと防犯スプレーをポケットから出して
みせる。
「うわっ!、徹底してるな!、梨桜パパ。」
「愛が重い!(笑)」
二人を安心させるためだったとはいえ、私はなんだかとってもいたたまれなくなってしまった。
【私たちを見守る目】
学校を出て、いつもと違う道を通る。
駅とは反対の住宅街へと続く道。
「こんにちは~。」
「こんにちは。今日は暖かいねぇ。」
私が挨拶すると、山野辺さんは屈託なく微笑んでそう言ってくれた。
本当に『いつも見ているよ』、という優しい目だ。
「山野辺さん、ちょっと相談があるんですけど。」
「うん?なんだい?」
そして私は勇気をだして話を切り出した。
「友達が最近怖い思いをしているそうなので、何かご存じないかなって思って。」
「そりゃけしからん!、私にわかる事なら何でも力になるよ。」
「去年の暮れ頃から、げた箱に手紙や写真が入れられてて怖いって。」
そういって、私は山野辺さんの目をそっと見つめる。
瞳が少し揺らぐのがわかった。
「なるほどな。うん。詳しい話を聞きたいから、ちょっと中に入らんか?」
私は頷いて山野辺さんのお宅にお邪魔することにした。
(大丈夫、スプレーもベルもポケットに入っている。)
古くて立派なおうちで、居間から見えるお庭はきちんと整えられ、小さな池と鹿威しがある。
それに、犬小屋・・・中でワンちゃんが寝てるのかな?
「君は名前は何と言ったかな?」
「はい。本間梨桜と言います。去年までは八月朔日と言いました。
母が亡くなって。それで・・・」
「そうか、それは大変だったね。
梨桜ちゃん、ちゃん付じゃぁ失礼かな?」
「いえ、呼びやすい呼び方で平気です。私、子供っぽいので。」
私がそう言うと、山野辺さんは、たっぷりと時間を使って、静かに話を切り出す。
「友達を怖がらせてしまって、申し訳ない。
手紙や写真を入れたのは私なんだ。」
・・・そう言って深く頭を下げる。
やはりそうだったのだ。
「・・・少しお話をお聞きしても平気ですか?」
「うむ・・・
恥をさらすことでもあるし、中学生に聞かせる話でもないんだが、
全部聞いてもらおうかな。
この家の手入れも庭の手入れも全部私がやってる。
家内は習い事が忙しいと言って、今では家事もな。
息子はもう25にもなるのに働きにもいかず、部屋に引きこもっとる。
そんな私のたった一つの楽しみが、学校へ通う君たちを見守る事だった。
それでも最近はやっぱり、疲れがたまってたんだなぁ・・・
去年の文化祭、クラスの作品を見て回っているとね、
『いつもありがとうございます。』
ってお礼を言ってくれた生徒がいたんだ。
たったその一言で、私は憑き物が落ちたように気持ちが晴れてしまった。
いつも通学路に立って見守っていたのは決して自己満足じゃなかったと。
だけれど、それからどうもその子に元気のない時がある。
それで私は、何か困ったことがあったら相談に乗ると声を掛けたんだが、『大丈夫です。』と彼女は言ってね。
まぁ、なかなか悩みなんて話せるもんでもないし、
それで私は
「君はとっても綺麗な心をしているから、ずっとそのままでいてほしい。」
と手紙にしたためてげた箱に入れてしまった。
その後も、いい笑顔を見かけると写真に撮り、それも入れてしまった。
全く自分本位だったんだなぁ。
相手が怖がっているなんてつゆほども思わずに。」
「そうだったんですね。
あの、映画館の写真もあったって。」
「あぁ、あぁ・・・そうか、そう思われてしまったんだな。
あれはたまたま古い映画のリメイク作品があったんで見に行ったら、
ちょうど千夜ちゃんがデートをしていて、とっても幸せそうだった
もんだから、つい・・・
そうだなぁ。冷静に考えてみると、ストーカーだと思われるわなぁ。
本当に、申し訳ない。
この通りだ。」
『トントントントン』
そのとき、上から誰か降りてくる足音が聞こえた。
そして顔を出したのは背の高い無精ひげを生やした男の人。
「おいおい、オヤジ、何、中学生連れ込んでんだよ。捕まるぞ。」
どうやら山野辺さんの息子さんのようだ。
「琢也、俺は相談に乗ってたんだ。
ヒキニートもたいがいにしろよ、
お前のようにはなるなという話もしていたんだ。」
「あのな、俺は引きこもりでもニートでもねぇって。」
「お前はニートの語源を知ってるか?
『働かないやつ』のことだぞ。
お前みたいな、な。』
「だから俺はちゃんと働いてるんだって、家で。」
私はそういう息子さんを見つめる。
「あの、作家さんですか?」
そう聞いてみた。
指にはペンだこ、インクも手のあちこちについている。
作家さんではなくイラストレーターさんかな?
「作家?お前が?」
「んーーー、
別に隠してたわけじゃねーけど、
ただ親父が思ってるような本を書いてるわけじゃねー。」
「ラノベとかですか?」
「お、君もそう言うの読むの?」
「ハイ、例えばこういうのとか。」
といって、今日借りてきたこの間の続巻を見せる。
すると、彼は目の色を変えて、
「おっ!、おっ!、そうか、で、どうだった?それ?」
と、なんだか異様に食いついてくる。
あれ?これは?・・・ひょっとして・・・あれかな?
まさかね・・・?
「今、山野辺さんに相談していた友達から面白いって言われて読んでみたんですけど、会話がとてもいいと思います。今人気ですよね。」
そう言って、彼の顔をじっと見つめると・・
「おっ、おー、なんか面と向かって言われると嬉しいな、
ひでーレビューするやつもいて、ちょっとへこんだりもしたんだが、そっかそっか。」
なんと、お父さんがストーカー(疑い)していた能代さんのお気に入りの本を書いていたのは、その息子さんでした!
なんというか、神様はとても悪戯好きで困ります。
と、そのとき・・・
(ピンポーン)
呼び鈴が鳴った。
(やばい、そうだった!忘れてた!、たぶん私のことだ!)
「はーい。」
そう言って、山野辺さんは玄関に出ていく。
私も後をついていく。
「あのー、失礼します。こちらに梨桜ちゃんがお邪魔してると思うのですが。」
(やっぱり!!
そりゃそうか、ここに通されてもう20分は経っている。
ボディガードの人が見ていたなら、心配するには十分な時間だ。)
「あぁ、えぇ、ちょっと相談に乗っていたんですが・・・」
山野辺さんはちょっとびっくりしている。
そりゃそうでしょう。いきなりこう言って訪ねてこられたら、何事かと思いますよね!
「あ、お父さんのお友達ですよね?
今から帰りま~す。
それじゃぁ、山野辺さん、あとで能代さんもつれてくる
かもしれないのでよろしくお願いします。琢也さんも。」
「あっ、・・・あぁ。気をつけてな。」
私はそう言って、山野辺さん宅を後にした。
【そして報告会】
ボディガードさんに説明をして、お礼を言って別れ、私はみんなが待つ喫茶店へ向かう。手紙の投函された今日は、またみんなで会うことになっているのだ。
「おまたせ~」
「お、無事だったな。(笑)」
「おつかれさま。どうだった?」
「うん、ちょっと待ってね、飲み物とってくる。」
今日は少し疲れたので、甘いココアにしておいた。
「では、みなさん、説明しますね。
ってその前に、
男子3人は紗奏たちから話聞いてるかな?」
「うん。さっき聞いた。」
「そっか。
結局はね、元気が無いように見えた能代さんを元気づけ
たいために、手紙やら写真を入れてたって事だったみたい。
山野辺さんも、申し訳なかったって何度も謝ってました。
それから、その能代さんが何で元気がなかったか?
なんですけど、口をきいてくれなくなった子がいる、
って言ってた。
最初はそれが原因かも?
でも、その後ストーカーのような目にあって、そこから
悪循環したのかな?
これは本人に聞いてみないとわからないけど。」
「やっぱスゲーな、安藤、
最初の推理でほとんど正解じゃん。
それにしても、あの山野辺さんが・・・」
「理由は僕が言ったのとはまるで違うけどね。(苦笑)」
「それでね、山野辺さんはその理由まで丁寧に話してくれました。
家庭のことで悩んでいることがいっぱいあったみたい。
そんなとき、文化祭を見に来た山野辺さんは、
能代さんに『いつもありがとうございます。』って
お礼を言われたんだって。その一言でホントに救われたって。
そんな能代さんがそのあと元気がなさそうに見えたので、そん
なことをしてしまったんだって。」
「なるほどな。」
「で、これは皮肉なめぐりあわせなんですけど、
能代さんが最近読んでるラノベの作者が、
山野辺さんの息子さんだったんです。(笑)」
「 「 「 えーーーー!」 」 」
「なぜそこで息子が出てくる!(笑)」
「あははっ。
多分話し声を不審に思った息子さんが上から降りて来たんだね。
お父さんが中学生を連れ込んでると(笑)
そこで、山野辺さんにヒキニートって叩かれていたんだけど、
ペンだことか手に付いたインクを見て、
『作家さんですか』って私が聞いたのがきっかけで、この本の
作者だと判明しちゃいました。(笑)」
「凄い偶然だね。それも。(笑)」
「それでね、明日能代さんに聞いてみようかと思ってます。
訳を話して、山野辺さんに会いに行くかどうかを。
会ったほうが安心できるかもしれないし、
作者さんに会いたいかもしれないし。」
「ん。じゃぁそれは梨桜に任せていいのかな?」
「うん。」
「OK。それじゃ、みなさん長い間お疲れさま。」
「おつかれさまー。」
「うぃーっす。」
そう言って紗奏がきちんと締めてくれてストーカー対策会議も終了したのでありました。