死というもののない村の話
東方の話である。
むかし、家族をなくしてよるべのない旅にでた女がいた。女は、あちこちをうろつきまわったすえ、ペリフュアというところについた。そこで、日雇い仕事をしながら逗留するうち、地元の若い男と恋仲になった。
その村のおきてでは、よそ者は長く留まってはならぬことになっていて、女もすぐに出ていくことになっていた。しかし、仮宿から男の家にうつり、内縁の妻のようになって暮らしながら、ずるずると出立をひきのばしていた。
ある日の夜、男が神妙な顔をしていった。
「この村の掟は知っていよう。おれも日に日に立場が悪くなる。このうえは、おまえとともに村を出ようと思う。本当はそれも掟に反することだが、仕方ない」
「いったい、なぜそんな掟があるのです。」
女はそうきいたが、男は答えなかった。
次の日の晩おそく、ふたりは旅支度をしてこっそりと村を出た。万一にも追手がかかりはすまいかと、心配してのことだった。
夜の山道を歩くうち、男が口を開いた。
「迷ったが、やはりお前には話しておこうと思う。」
「いったい何をです、」
「掟の理由だ。あの村は、普通の村ではないのだ。」
「と、おっしゃいますと。」
「あの村では、人は死なぬ。また、生まれることもないのだ」
「それは……どういう意味でございますか。」
「そのままだ。老いて死ぬものも、病で死ぬものもおらぬ。およそ、死ぬということが全くないのだ。そもそも、年をとるということもないようだ。少なくとも、おれの知るかぎりは。」
「では、生まれることがない、とは。」
「あの村のものは、誰も子をなすことがないのだ。事実、おれが生まれてからこの年になるまで、赤子というものを見たことがない。」
「それでは、あの村の人は、永遠に生きるのですか。」
「そうではない。死ぬことはないが、ある日ふっといなくなっている。そういうときは、最初からそんな人間はいなかったように、あらゆるところから名前が消え、持ち物もなくなってしまう。そして、誰ひとり、消えたもののことは口にしないのだ。」
「それでは、……人が増えるときは。」
「同じようにだ。つまり、ある日とつぜん、ずっと前からその姿でいたように、隣人が増えている。誰ひとりとして、その不思議を口にするものはない。」
女はその話をききながら、いろいろなことを考えた。
夜を徹する旅のつらさを紛らすため、あるいは女を怖がらせてからかうために、男が作り話をしているのだろうとも思った。あるいは、人の生死をけがれと嫌う村の風習が、いつしか男にそんな考えを植え付けたのか、とも。
そうして、女は、自然にこんな問いを口にした。
「それでは、……おまえさまは。」
「……おれも、おなじさ。」
男の声が、がらりとかわったようにきこえた。
「おれは、ずっと前からこの年のまま、あの村で暮らしてきた。それより前のことは覚えておらぬ。このまま長いこと生きて、やがて他の皆のようにふいと消えてしまうのかと思うと、つらくてならぬ。……お前と村を出る決意をしたのも、実はそのためだ。」
女はぞっとして足をはやめた。男の足音が消えていた。
「……ああ、やはり駄目だった。お前は、ひとりでゆけ。おれはここでおわりだ。」
ふりむくと、そこには誰もいなかった。
女は、そのまま旅を続け、次の年に子を産んだ。それがあの男の子なのかどうかは、ほんとうのところは誰にも語らなかった。
その子は、やがて長じて魔術師となり、魔物を呼びいだす秘術を使って、時の王によく仕えたという。




