夜の軍勢が来る話
西方のとある地方には、年に一度、夜の軍勢というものが来るという。
それについて、こんな話がある。
セノラスという男がいた。前にも話したことがあったと思うが、剣一本で各地をわたりあるいている流れ者である。
この男が、ある村にやって来たとき、夜の軍勢の話をきいた。なんでも、その日の夜が、軍勢がやって来る日だという。
その晩は、どの家も戸をぴしゃりと閉め、絶対に外を見ることはない。いっぽう、食い詰めた流れ者や、まともな職業でやっていけぬ者は、夜の軍勢に加わるために、あえて外で待つこともあるという。
その話をきいたセノラスは、すぐに宿を出て、井戸ばたの広場にむしろを広げて、ごろりと寝転がった。
やがて、とっぷりと日が暮れた。飲み屋も、夕っぱりの食事処も、この日ばかりは日暮れとともに戸をかたく閉じていた。セノラスは人けがなくなるのを気にもとめず、があがあと鼾をかいていた。
夜半ごろ、つめたい風がセノラスの頬を強く叩いた。
目をさますと、広場に、武装した数十人の男が立っていた。男たちはさまざまな武器をもっていたが、みな一様に、眼窩に闇をたたえていた。眼球はなく、滝壺のようにぐるぐるとうずまく闇が、沈んで。
「今年は一人だけかよ、」先頭の男が、あざけるようにそう言った。
「その目で、見えるのか。」
セノラスがかえすと、男たちはかたかたと声をあげて笑った。
「おれたちの仲間にはいれば、お前もこうなるのだぞ。」
「べつに、仲間にしてほしいとはおもわぬ。」
セノラスは腰の剣をぬいて、地面につきたてた。
「いちばん腕のたつものと、立ち会いたい。どうだ。」
男たちはまた、かたかたと笑った。
「よろしかろう。では、おれだ。」「いや、おれだ。」
長剣をたずさえた男と、手斧をもった男が、競うようにして進み出てきた。
「面倒だ。まとめて相手をさせてもらおう。」
セノラスはいいはなつと、ひゅっと剣を地面からとって、ひといきに男たちの胴を薙いだ。手斧の男はさっと後ろに逃げ、もうひとりの男は長剣で受けた。
と、思いきや、長剣はがつんと音をたてて、地面に落ちてしまった。
「剛力!」
だれかが叫んだ。長剣を持っていた男は、くやしそうに地面に座った。
手斧の男が、がっと地面を蹴って突っ込んだ。セノラスは男を抱きとめるように距離を詰めて、腕をまわした。男は両腕で抱えられて、締めつけられた。手斧の刃が肩に突き立てられたが、セノラスは手をゆるめなかった。
やがて、男はぐむう、と息を吐いて斧を落とした。降参である。
「……さすがだ。」
ひとり、高価そうな兜をかぶった男が、手をたたいた。
「我が兵団に入らぬとは、惜しい。いずれ、また迎えにこよう。」
「おぬしは、立ち会わぬのか。」
「悪いが、時がおしい。夜明けまでに、まだ廻るところがある。」
そう言うと、男がさっと手をあげた。戦士たちは音もたてずにすぐ整列した。
それから、「死してのちに、また会おう!」口々に、そんなことを叫んで、セノラスをおいて歩きだした。不思議なことに、男たちの足は徐々に地面から離れてゆき、ついには雲のあいまに消えていってしまった。
さて、後日談が2つある。
ひとつは、男たちが落とした剣と手斧のこと。これはセノラスのものになったが、どれほど使っても刃こぼれ一つせず、よく魔をしりぞけるとして長いあいだ愛用されたということだ。
もうひとつ。その日、外にいたのはセノラスひとりではなかった。夜の軍勢入りを望んで広場にいたものの、怖気づいて隠れてしまった男がいた。その男は、その後すぐに熱病にかかり、死んでしまったということだ。




