不老長寿の霊薬についての話
東方のある村に、不老長寿の秘法があるという。
なんでも、村に伝わる特別な薬があって、その薬を飲んだものは、老いることも死ぬこともなく、永遠に生きられるとか。
薬のことは、村のものは誰でも知っている。代々、村長をつとめる一族が管理していて、2年に一度、選ばれたものにだけ与えられるという。
さて、この村に婿入りしてきた男がいた。男が村に住み始めてからしばらくして、妻の父、つまり男の義父が、薬を飲むことになった。
その日、義父は正装をして、客間に座していた。日が高くなった頃、村長の使いのものが、うやうやしく薬の入った古めかしい瓶を持ってきた。薬は青い液体で、ジョッキに1杯ほどの量が入っているようだった。
使いが帰ってから、義理の父親は、家族が見守るなか、神妙な手つきで瓶をなでさすってから、一気に薬を飲んだ。そのあと、しばらく座していたが、やがて、「外してくれ。」といった。
家族は言いつけどおり部屋の外に出ていたが、しばらくして、義母が、「もういいでしょう。」といった。妻が扉をあけ、3人で部屋に入った。
そこには、義父が着ていた服が、ひとそろえ落ちているばかりだった。
義母は、だまってその服をひろいあげ、片付けた。
それきり、義父は、どこにもいなくなってしまった。妻にたずねても、「父様は、老いることのない体になったのでしょう。」と言うばかり。
さて、それからしばらくして、男は少しずつ、薬のことを調べはじめた。薬の存在は、村人ならだれでも知っていたが、その製法や保管場所を知っているものは、村長の一族だけだった。
男は、村長の孫娘を手なづけて、時間をかけて少しずつ、秘密を聞きだした。薬は、村から一昼夜ほど歩いたところにある岩山の、洞窟のなかに保管してあるという。正確な場所は、村長とその跡継ぎしか知らないということだった。
男は、都にいる親戚に不幸があったといって、旅支度で家をでた。行き先は、岩山である。人目をさけながら歩いて、三日目にはふもとに着いた。それから、山中を歩きまわって、ようやくそれらしき洞窟をみつけた。
洞窟の奥までいくと、小さな台座のようなものがしつらえてあって、その上に瓶が置いてあった。それは、まさしく義父が薬を飲んだときに使った瓶と同じものであった。
水音がした。
天井から、何やら液体がしたたり落ちる音だった。
瓶の中には、青い液体が3分の1ほど入っていた。天井から落ちる液体が、瓶に落ちて少しずつ溜まっていくようになっているのだった。
男は、じっと液体を見つめて考えこんだ。貴重な薬をくすねて売り払うくらいの考えであったが、いざ実物を前にすると別の思いが湧き上がってきた。
義父のゆくえは、未だにわからぬ。が、義母も、妻も、なにも疑問に思っていないようだ。薬を与えられたものは、村では羨望の的である。
しばらく悩んだのち、男は瓶をとって、青い液体をぐっと飲み干した。
男が目をさますと、ひどい頭痛がした。ふらふらと歩いていくと、いつのまにか岩山のふもとに出ていた。
裸である。が、暑くも寒くもない。
あたりは、ボンヤリと霧につつまれたようで、薄暗い。
よく目をこらすと、黒い人影のようなものが、遠くで動いているようだ。
オーイ! と叫んで、影のほうへむけて進む。あたりは林であり、木々がおいしげっている。急いで歩いたせいで、右肩が木の幹にぶつかった。
すると、触れた感触もなく、するりと通り抜けてしまう。
男は狼狽して、両手で木の幹をさぐった。いくら手をのばしても、影のように通りぬけるばかりで、木も、岩も、まったく触れることができない。
地面さえ。
よく見ると、男の足はほんの少しばかり浮いていた。
男は叫び声をあげて、やみくもに走りだした。
やがて、男は村のはずれで裸で倒れているところを発見された。家にもどり、しばらく寝ついていたが、すぐに旅に出てしまい、二度と村には戻らなかったという。




