声にまつわる怪異の話
声というのは不思議なもので、人がいなくなっても、しばらく残っていることがあるらしい。
むかし、飢饉がひどかった折のことだ。
今では考えられないことだが、数十年も前には、子供ができても育てきれず、飢饉があるたびに殺して埋めてしまうようなことが、ちょくちょくあった。
そのころ、どうしたはずみか、このガットビルスに旅の女がやってきた。女は子連れであったが、子供は痩せおとろえて自分では歩けず、女に抱きかかえられていた。
女がこの村についたのは、夜中であった。どの家も扉を固くとざして、旅人を迎え入れようとはしなかった。女はあちこちの家をまわった末、いちばん大きな門のまえで、せつせつと自分の身の上を語った。
……わたしは、この村の西にあります、デルトンという村の女であります。夫と二人の子がありましたが、この不作で食べるものとてなく、ついに末の息子を殺すことになりました。しかし、母としてしのびなく、私は末の息子の手をひいて、夜中のうちにこっそりと家を出ました。ゆくあてもなくさまよい歩いて、三日目にようやく、この村に着いたのです。私はここで死んでもかまいませぬ。どうか、息子だけはあわれとおぼしめして、……
いくら語っても、家のものは出て来ぬ。
やがて、朝になり、門がひらいた。女は短刀で首を突いて死んでいた。その脇に、骨と皮ばかりになった幼児の死体が転がっていた。
さて、本題はこの後である。
その日から、夜中になると、どこからともなく声が聞こえるという。
女の声ではない。子供の声だ。
かあちゃん、殺さないで。殺さないで。殺さないで。
平坦な声で、そればかりを繰り返すという。
場所は、ちょうど、おれたちが今いるあたりだ。公館ができてしばらくして、ようやく、声は聞こえなくなったという。
今の話をきいて、思い出したことがある。
おれがまだ幼いころだ。近所の子供たちと広場で遊んでいると、何かのはずみで、ひとりがわぁっと叫び声をあげた。
すると、一瞬あとに、こだまがひびくように、わぁっと再び声がした。
叫んだものはもう、口をつぐんでいる。それからまた少しして、まったく同じ叫び声が、どこからともなくまた聞こえてきた。
三度、四度。繰り返すたびに間隔があいていたが、声は止まらなかった。
おれたちは、そのあたりで怯えて散り散りに逃げてしまった。あとは知らぬ。ただ、その広場にはもう、誰も行こうとしなくなった。いつのまにやら大人も近寄らぬようになり、今ではただの林のようになっている。
さて、もうひとつ。
都の裏側、大堀にほど近い四つ辻には、もののけが二人、棲むという。
もののけといっても、姿はない。声がするばかりだ。
夕暮れどきに人が通ると、どこからともなく、二人の話し声が聞こえてくる。たいていは、たわいもない近所の噂話のような内容だが、ときには不穏な話をすることもある。たとえば、こんなふうに。
──三軒むこうの鍛冶屋がつぶれるそうな。
──ああ、となりの酒屋もなくなるそうな。なんでも、天下の大掃除じゃと。
──都も、ずいぶん静かになろう。むごいことじゃ。
──まったくじゃ、ああ、まったくじゃ。何もかんも、平らかに。
これは、三十年ほど前、大地震がある直前のことだそうな。
このもののけは、今でもいるらしい。先の王陛下がはかなくなられる前にも、同じような話を聞いたものがいたとか。




