猫にばかされた話
そういえば、猫は人をばかすと言う。おれが聞いたのは、こんな話だ。
ある男が、都からホダニーに帰る家路をいそいでいた。とっぷり日も暮れて、暗くなった街道を星あかりをたよりに歩いていると、
にゃあ、
と声がする。
ここらあたりでは、猫は別に珍しくもない。野良猫でもいるのだろうと、気にせずに進んでいたところが、しばらくたつと、
にゃあ、にゃあ。
と、声が増えた。もう一匹いたのか。そう、思いながら、また歩く。すると、
にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ、
ぞわり、と寒気がした。いったい、何匹いるのか。
あたりを見回すと、星あかりのような小さなひかりが、いくつも浮かんでいる。蛍のようだ。
かならず、対になって。
猫の目であろう。しかし、こんなに光るものかと、ふしぎに思う間もなく、どんどん増えていく。
10や20ではきかぬ。30、50、いや、もっとか。
まわりじゅうを、猫に囲まれているのだ。前も、うしろも、右も左も。
男は身を震わせて、目をさまよわせた。思わず、空をみあげると、
星あかりが、かならず、対に。
男は叫び声をあげて走りだした。
気がつくと、夜が明けていた。男は、全身草だらけで崖下に転がっていた。
そういうことがあるので、夜道を歩くときには猫に気をつけろ、と云う。
そうそう。猫は、人に化けることもあるらしい。
ある女が、嫁入りのために別の村へゆく直前に、急な病で死んでしまった。
家族のものが、看病と葬儀のことでばたばたしている間に、飼っている猫がいなくなった。女になついている猫だったので、そんなこともあるだろうと、あまり身を入れて探すことはしなかった。
さて、女の兄が、妹の死をしらせに結婚相手のいる村にゆくと、どうも様子がおかしい。
嫁入りは、昼の間にとどこおりなく済んだと言う。それでは妹に会わせて欲しいというと、気分が悪いといって出て来ない。
ふしぎに思いながらも帰り、葬儀をすませた翌日、妹の結婚相手が、ひとりで訪ねてきた。
かさねて、妹の死を伝えると、すでに何ごとか察していた様子で、ぽつりぽつりとわけを話しはじめた。
嫁入りの日、女は家族をともなわず、ひとりでやってきた。不審には思ったが、本人に間違いないように見えたので、ともかく迎え入れ、予定どおり婚儀をすませた。女はなにも喰わず、おかしな形に結い上げた髪を決してほどこうとしなかった。
夕方になり、女の兄がやってきたが、女ががんと拒むので、会わせなかった。家族となにかあったのだろうと、あえて理由も聞かなかった。
さて、夜になり、女と男はおなじ寝室にはいった。そこで何があったか、男が細かく語ったわけではないが、ともかく、寝床に入るまえに男は傷だらけになり、一匹の猫が家から飛び出していったという。
それ以来、猫の行方は知れない。
さては、主人の果たせなかった嫁入りを、かわって成そうとしたのであろうと、みな不憫に思ったということだ。




