雲を見て未来がわかる話
むかし、ドリューというところに、雲で占いをする男がいたそうだ。
いつでもできるというわけではなく、ふとしたときに空を見上げて、
「明日、凶事がおこる。」
などと言う。
すると、次の日に、崖崩れで人が死んだりする。
あるいは、朝、きゅうに男が近在を走りまわって、
「すぐに収穫せよ。すぐにだ」
などと言う。ドリューの名物は青菜であるが、この時季は、まだ充分に育ちきっていない。収穫まであと7日は待つところだ。
半信半疑ながらも、村人たちが収穫を終えると、そのとたんに、雹が降ってきた。そのあたりでは、冬でも雹などめったにない。まして、まだ秋口にさしかかったところである。
雹は半日ほど降り続いた。もしも、そのままにしておけば、野菜はほとんどだめになってしまっただろう。
男が予見するのは、悪いことばかりではない。
山でめずらしい石が採れるといっては、村人総出で探したところ、古代の虫が閉じ込められた硝子のような石がみつかり、都で高く売れたこともある。
そんな時、男はきまって、雲が教えてくれたのだ、と言う。
さて、男はもともと青菜を育てる農夫であったが、ある年から、ほとんど畑に出なくなった。
ひがな一日、丘のうえに座りこんで、空を眺めているばかりである。
どうしたのか、と聞くと、雲が見えぬ、という。
見えぬといっても、雲はいつも通り出ている。
雲占いができなくなったということか、と思えば、そうでもないらしい。あいかわらず、流行り病や凶作の前に村人に警告したり、旅人がやってくるのを前もって知っていたりする。むしろ、前よりその回数は多くなったようである。
ある時、男は知人にこう言ったという。
「どうも、雲が消えてしまうようなのだ。」
「どういうことじゃ。雲が消えるとは。」
「おれにもわからぬ。今、すぐではない。おれたちが眺めているこの空から、雲というものが、一切なくなってしまうような。」
「なぜ、そんなことがわかる。」
「なぜかは、おれにもうまく言えぬ。ただ、空を見ているとわかるのだ。」
「それは、一体いつのことだ。」
「おれたちが死んで、ずっと後のことだ。」
そこまで聞くと、知人は一笑にふした。死んだあとのことなど、どうでもよいではないか。
しかし、男にとっては、そうではないようだった。
男は、日に日に悩みが深くなっていくようで、空を眺めては、何やら、「いや、そういうわけにはゆかぬ。」とか、「そう言われても、おれには、やめられぬ。」とか、よくわからぬことをつぶやいていた。
さて、男の占いの頻度は、どんどん増えてゆき、毎日のように何ごとか予言をするようになった。村人たちは、なかば気味悪がりながらも、男の言葉をきいて作付けをしたり、結婚相手を決めたりするようになった。
ある日のこと。男は、村人たちを丘の上に集めた。また何か予言があるのかと、村人たちはすぐに集まった。男はしばらく黙っていたが、やがて決意を固めたように口を開いて、
「実は、──」
そう、何かいいかけた、まさにその時。
晴れわたっていた空から、一条の雲が、ものすごい勢いで降りてきて、男を押し包んでしまった。
雲はすぐに消えたが、男の姿はもうどこにもなかったという。




