↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第四章 感謝の国と慈愛の王
PR
78/97

58 最強新聞

お久しぶりです。弘松です。

大変長らくお待たせいたしました。

以前掲載していた「偽ヒーローギルド」を土台に、物語と設定を全面的に組み直し、第四章「感謝の国と慈愛の王」として連載を再開します。

今回の舞台は、「ありがとう」が暮らしを支える不思議な国・セレノア。

一枚の新聞をきっかけに、しげるたちは新たな冒険へ向かいます。

以前の版を読んでくださった方にも、今回初めて読まれる方にも、新しい物語として楽しんでいただけましたら幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

 世界を救った翌朝に待っていたのは、拍手喝采でも、山積みの金銀財宝でもなかった。


 埃だった。


 ヴィスブリッジの応接間は、床も机も窓も、長い留守の分だけ平等に白くなっていた。


 朝の光が差し込むと、室内に漂う細かい塵までが立派に見える。ここまでくると、いっそ芸術ではないか。


 俺はカーテンを閉めた。


 見えなければ、汚れていないのと同じである。


 人類はこうやって発展してきた。


「しげるさん。お掃除、進んでいますか?」


 廊下から聖華さんの声がした。


「ほぼ終わりました」

「今、カーテンを閉めませんでした?」

「日焼け防止です」


 世界を救っても、埃は溜まる。

 そして聖華さんは、嘘が下手なわりに人の嘘への追及が厳しい。


 俺たちは今日から、ヴィスブリッジの営業を再開する。

 いろいろあった。ありすぎた。誠司さんも、聖華さんも、リーズも、全部を置いてきたわけじゃない。

 それでも帰ってきた。

 また明日から頑張ろうと言った。

 その明日が、ちょっと埃っぽかっただけだ。


 建物の裏から、子犬の鳴き声が聞こえた。


 こういうときは、掃除以外の用事を優先するに限る。

 裏口を開けると、壁際で三匹の子犬が身を寄せ合っていた。その向こうで、母犬が俺に向かって牙を見せている。


「ウウウウ……」

「安心しろ。取って食おうってんじゃねぇ」

「ワン!」

「そもそも、俺の方が豚に近いからな。会話は可能だと思う」


 不可能だった。


 子犬たちは、泥だらけの新聞紙を布団にしていた。紙は牙で破られ、端は涎でふやけている。


「それ、食い物じゃねぇぞ」


 俺は母犬の様子を見ながらしゃがみ、子犬の下からはみ出している紙の端へ指をかけた。


 その瞬間。


「ぐおおおおおおおおおおおおっ!」


 焼けた鉄を全身へ流し込まれたような激痛が走った。

 視界の端で、俺のヒットポイントが減る。

 きっちり十分の一。


 補強しようがしまいが、十分の一。

 残り九割。死にはしないが、痛いものは痛い。


「しげるさん!」


 さっきより近くで聖華さんの声がした。

 俺は痛みを噛み殺し、新聞から手を放した。


「だ、大丈夫です。すげぇ静電気が」

「新聞紙ですよ?」

「冬の新聞はよくやるんです」

「今は初夏です」


 言い訳というのは、言わない方がよい時もある。


 この特記事項のダメージが発生するのは、俺が女性に触れたときだけだ。

 この新聞、女なのか?


 聖華さんはそんなことは知らない。新聞の方より先に子犬を見つけると、たちまち目を輝かせた。


「かわいい……」


 異空間から〈わんちゃんのエサ〉と書かれた袋を出した。

 なんで常備しているんだよ。


 干し肉に子犬たちが食いついた。母犬の警戒も少し解ける。聖華さんは新聞をそっと引き抜き、破れた面を開いた。


「これは、かわいそうですね」

「新聞が?」

「はい。こんなに傷ついています」


 聖華さんが両手をかざす。

 淡い光が紙面をなぞり、裂けた部分がつながっていく。泥は消え、折れ目が伸び、やがて彼女の手には刷り上がったばかりのような新聞が残った。


 聖華さんの腕には何の変化もない。

 やっぱり、俺にだけ効く。


 つまり中身は女性で、俺に厳しいタイプだ。


 新聞は何も言わなかった。

 紙面の上には、擦れた題字と日付欄が残っている。細い罫線も、記事を区切る枠もある。古いインクが消えたような跡まであった。

 ただし、肝心の記事欄には、見出しも本文も一文字としてない。

 見た目はどう見ても新聞なのに、中身だけがきれいに抜け落ちていた。


 記事欄の白い新聞を、聖華さんが大事そうに布で包む。

 そのまま応接間へ運ぶと、誠司さんは帳簿から顔を上げた。


「新聞さんです」

「新聞さん?」


 すでに敬称がついている。


 リーズは新聞へ触れず、紙面をじっと見つめた。


「何か分かる?」

「新聞の形をしています」

「見たら分かるよ」

「中身については、沈黙をお許しください」


 リーズは、それ以上何も言わなかった。

 その顔から感情は消えている。


 時計が六時十五分を指した。

 その瞬間、紙面の中央に黒い点が浮かんだ。


 点が線になる。

 線が文字を作る。

 活字は魚の群れのように紙面を走り、みるみる標題と記事へ変わっていった。


『ヴィスブリッジ、本日より営業再開』


 記事には、迷子の捜索、荷物の運搬、家具の修理など、俺たちの業務が正確にまとめられている。

 世界を救った企業という大広告ではない。初めての客でも依頼できるよう、注意事項と料金目安まで書いてあった。


「これはよくできています」


 誠司さんの声が明るくなった。


「このまま受付へ置けます。案内文を作る手間が省けますね」

「世界を救ったことより、そっちの方が嬉しそうだな」


 聖華さんが、自分の両手と新聞を交互に見た。


「もしかして、私の魔法で、新聞としての機能まで直ったのでしょうか」

「その可能性はあります。しかし、今日の営業再開を知っているのは不思議ですね」


 誠司さんが新聞へ問いかけた。


「私たちの言葉が理解できますか?」


 記事は変わらない。


「もし助けが必要なら、文字で教えてください」


 新聞は何も答えなかった。


「そうだ。同じ紙同士なら通じるんじゃねぇか?」


 俺は応接間の本棚へ向かった。


 一番下の棚だけ、本が一冊も入っていない。

 代わりに小さな敷物と衝立、それから開け閉めできる布のカーテンがついている。聖華さんが作った、手紙専用の住居だった。


「おい、手紙。出番だ」


 カーテンが、ほんの少し開いた。

 その奥にいる手紙の紙面へ、文字が浮かんだ。


『先にノックしてください』

「本棚にもノックがいるの?」

『ここはボクの家です』

「はいはい。すみませんでした」


 カーテンを開け、一通の手紙を持ち上げる。


 以前、ヴィスブリッジへ助けを求めてきた転生者である。

 人の顔を見て話すのが苦手すぎて、特記事項に書いたとおり、本物の手紙になってしまった。

 今は自分の紙面へ文字を浮かべながら、ここで一緒に働いている。


 俺は手紙を新聞の隣へ置いた。


『同じ紙というだけで、会話できるとは限りません』

「人間は、同じ人間同士で話せるだろ」

『人間同士でも、誰とでも話せるわけではありません』

「急に深いことを言うな」


『新聞さん。初めまして。僕は手紙です』


 新聞は沈黙している。


『お名前を教えていただけませんか』


 返事はない。


『……人見知りなのでしょうか』

「お前とは気が合いそうだけどな」


 手紙の表面に、しばらく三つの点が浮かんでいた。


『でも、なぜでしょう。初めて会ったような気がしません』

「紙の顔なんて、だいたい同じだろ」


 その日、新聞に二つ目の記事が現れた。


『東三番通りの老婦人、行方不明の灰色猫を捜すため、ヴィスブリッジへ依頼に向かう』


「……うちに来るの?」


 俺は受付を見た。

 まだ誰もいない。


「現在、こちらへ向かっているようですね」

「依頼人が来る前に、依頼内容だけ来たぞ」


 新聞は何も答えなかった。


 半時間後、受付の呼び鈴が鳴った。


「すみません。灰色の猫を探していただきたいのですが……」


 入ってきたのは、東三番通りに住む老婦人だった。


 俺たちは、同時に新聞を見た。


「本当に来た」


「猫の居場所も書けるか?」


 文字が動いた。


『魚屋の裏、空樽の中』


 行ってみると、本当にいた。

 猫は無事に老婦人へ戻り、俺たちは営業再開第一号の依頼を解決した。


 午後には、『西の丘に局地的な雨雲。三時過ぎ、東三区へ到達する見込み』と出た。

 空は晴れていたが、記事を信じて洗濯物を取り込むと、三時七分には雨が落ちてきた。


 新聞は喋らない。

 名前も書かない。

 けれど、俺たちが必要とする情報を、どこからか正確に集めてくる。


「これ、最強新聞じゃない?」

「まだ二件と天気予報です」

「完璧に使いこなしたら、もう受付と調査員いらねぇな」

「人材派遣会社が、人材を不要としないでください」


 誠司さんはそう言ったが、彼も新聞を手元に置いて放そうとはしなかった。


 皆が次の依頼へ散ったあと、リーズが俺の袖を小さく引いた。


「この新聞について、しげるさんにだけお伝えします」


 声は、俺にしか届かないほど小さい。



「この新聞には、有効な特記事項があります」

「読めたのか?」

「はい。『見聞きし、裏を取った真実を、誰よりも早く記事にする』」



 誰よりも早く、真実を記事にする。

 なんだよ。名実ともに最強新聞じゃねぇか。


 夕方、新しい特集が組まれた。


『お金がなくても暮らせる国 セレノア』


 食事。治療。宿泊。就業。

 セレノアでは、感謝が暮らしを循環させているという。


「この国、行ったらタダで飯が食えるんじゃね?」

「感謝される必要があるようです」

「俺、今まで結構感謝されてるぜ」

「そ、そうですね……」


 誠司さん、そんな目で見ないでよ。冗談だってば。


 新聞の紙面がパラリとめくれた。

 そこに、別の記事が現れた。


『さすらいの勇者アルディーン、セレノアの孤児院を救う』


 応接間の時間が止まった。

 誠司さんはその記事を三度読み、応接間の窓、時計、自分の両手を順番に確認した。


「誠司さん、いつの間にセレノアへ行ったんです?」

「しげるさん。僕とアルディーンに関係はありません」

「うん。まぁそういうことにしておこう」


 聖華さんは一生懸命にうなずいた。


「そうです。誠司さんは今日もずっとこちらにいました」

「聖華さん。それだと誠司さんにアリバイを作ってるみたいです」


 リーズだけは、窓の外を向いていた。肩がわずかに揺れている。

 あんた、もしかして笑ってんのか?


 記事の中のアルディーンは、不屈の勇者を名乗り、真っ赤な拳で魔獣を倒している。

 引用された台詞まで、俺たちの知っているアルディーンそのものだった。


 だが、誠司さんの表情から、ふっと余裕が消えた。

 顔色がわずかに青ざめ、新聞を持つ指が震えている。


「……これは、僕ではありません」

「はい!」


 聖華さんが即答した。


 いや、聖華さんの即答はいったん置いておこう。


 ってかマジかよ。

 誠司さん以外にも、こんな暑苦しい――もとい、ヒーローごっこに本気の奴がいたのか。


 だったら、この記事のアルディーンは誰だ?


 誠司さんは震えを押さえるように、新聞を机へ置いた。


「この人物がアルディーンを名乗る理由と、この新聞が僕たちのことまで知っている理由は、確認すべきです」

「そうだな。ついでに、ありがとうだけで飯が食えるかも試せる」

「そちらが本命ですね?」


 それから三日後。

 俺たちは、感謝の国セレノアへ向けて出発した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。