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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第三章 腐った化け物と消えた嘘
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57 【第三章・最終話】消えた嘘

 教団敷地内の広場。

 至る所か煙が上がっており、壁やオブジェはもはや原形が分からんくらいに粉々に破壊されている。


 サリアや魔獣がむちゃくちゃに暴れまくったからだろう。


 信者達はそのとばっちりを受けているというのに、半数以上は逃げようともせず、サリアに手を合わせ、俺達には敵意を向けている。



 俺は信者達をぐるりと一瞥し、サーチスキルを発動。


「この広場にはひい、ふぅ、みぃ……、壁の奥に隠れているのは、18人、屋内には43人、外に逃げたした奴はほっといても大丈夫か……」


 信者達が俺の視線に気づくと「こっちみんな。汚れた怪物め」「悪霊、否、醜豚、退散!」「妖怪猪八戒。ジロジロみるな!」と札を掲げて罵ってくる。


 なにが猪八戒だ。むかつく野郎共だ。


 おっと、ヒーロー達がサリアに気を取られて、視界が俺から外れた。

 チャンス!


 俺は両手でピースをして、それをカニのように斜めに傾けて目の傍でポーズをとると、

「猪八戒ビーム!」

「豚が光線をはいたぞ!! ぐあああ!」


 で、残ったキメラの団体は、と。


「沙悟浄ウィング!」

「ガルゥゥゥゥ!?」


 ふぅ、全員消滅、とっ。


 実はさっきの猪八戒ビームは異空間魔法アナザーゲイブ。つまり安全な俺の異空間ロッカーにぶち込んでおいただけなのだが。

 助けてやったってのに、どうせ奴ら感謝しないんだろうな。


 まぁいっか。

 目の前でバタバタ死なれても、不愉快だ。


 そして沙悟浄ウィングは、瞬間移動魔法アナザーワープ。キメラちゃんを大海の真上に飛ばしてやった。泳げんかったらアウトだぜ。たらふく水泳の練習をしておくれ。


 周りを見渡す。

 うるせぇ奴らが消えて、すっかり綺麗になったな。

 ふぅ、すっきりしたぜ。


 ん?


 ボルボ安藤だけ残ったぞ。

 俺の強大な魔力を防いだってのか?

 つーか、ヴァレリア支部にいたんじゃなかったのか?

 サリアが暴れだしたって聞いて駆け付けたのか?

 なんにしてもご苦労な事で、中間管理職さん。


 ボルボ安藤が俺に視線を向ける。


「あなた……、やはりただ者ではなかっようですね……」

「おや、俺の正体が分かるの?」


「聖華氏の護衛をされているしげる氏、ですよね?」

「よくぞ見破ったな」


「ふふふっ。わたしは真の信仰を貫く大司教。敵の正体を見抜くなど造作もないことですよ」


 自慢げに言っているが、誰だってすぐに分かると思うよ。

 だって怪盗団の鉢巻きで目元を隠しているだけだし、俺くらいの特徴ある体格なら気付かない方がどうかしていると思うぜ。誠司さん、あんたの考案してくれた変身スタイル――あっさりと正体がバレたぞ。もはや、どうでもいいけど。


「わたしはすべてを見破っています。そのような格好をしているということまで。正体を隠したい、つまり、あなたはやましいことをしているという自覚はあるということですね。フフフ、わたしにはすべてわかるのです」


 やましい事?

 まぁ、ヒーローごっこに参加しているから、やましいかと聞かれたらあながち間違っていない、か。


「否定はしないよ」とだけ、答えておいた。


「フフフ、またしても的中。巫女様はびっぐでーたにあくせすがなんとかと難しい語呂をならべて予知ができるとご自慢されていましたが、わたしだってこれくらいのこと造作もないことです」


 ビッグデータにアクセス。

 あのウィルス野郎、そんなことまで出来ちまうのか。

 


「ですがわたしは神に仕える司教。やましいと思っているのなら、必要以上の詮索はしないものと決めております。だからこれ以上聞かないで差し上げましょう」


「そりゃ、どうも」


「それにしても猪八戒ビーム……、沙悟浄ウィング……、なんておそろしい技なのでしょう! 一瞬で信者と魔物を消し去るなんて。まさしく不浄なる技。ですがわたしには通用しません!」


 そうなんだよな。

 こいつに、通用しなかったんだ。

 なんでだろう。


「うん、どうしてかなぁ? まぁ、でも、効いた方が良かったと思うんだけどさ」


「フフフ、しげる氏よ、びびってますね?」


「まぁビビっていると言われたら否定はしないが、厳密に言えば驚いているって言った方が正確なのかな。それよか効いた方が良かったと思うぞ?」


「効いた方が良いとは、なんたる傲慢で浅はかな考えよ」


 こんなやつが死のうが生きようが、俺にとっては関係ないことだ。

 それを巻き沿いにあったら可哀そうだから助けないと、なんて考えること自体おこがましいし、傲慢と言えばそうかもしれん。


「うーん。言われてみればそうかもしれんな」


「ふふふ、遂に認めたか! わたしには不浄なる技など一切通用しない。何故なら私には神聖なる特記事項があるからな! 神にあだなすものをわたしは許さない」

 

 うーん?

 奴の特記事項は確か『もはや神のみを信じる』だっけ。

 一応、俺も絶対神なんだけどなぁ?


「あのさ? 俺が神と言ったら信じる?」

「ふふふ、なんたる愚問。まぁいいでしょう。100歩譲って仮に神だとしましょう。邪神のたぐいなら1億分の1くらいの確率でありうるかもしれません。つまりどうあがいてもあなたは偽りの神。そのよう者の戯言に耳など傾けません。なぜならわたしは真の神しか信じないからです。偽りの神がいかように魔の手を差し伸べてきても絶対にその誘いに乗ることなどありませんよ」


 そっか。

 俺が正体を隠して変装をしているから、ブラフの神という位置づけになるのか。

 真の神の定義も雑だなぁ。

 いや、文言自体な解釈としてはあっているのか。


 とにかく残念な奴だ。


 だってさ。

 どーでもいいけど、ここにおったら巻き沿いにあって死ぬよ? 一応、それを回避させてやろうとしたんだぜ?

 偽神の忠告だから、信じることができず、聞かない、いや、効かないのか。

 まぁあんたは悪党だし、いっか。


 ボルボのやつ、俺の吹いた溜息に、勝ったとばかりに微笑を浮かべてやがる。

 どうせこんな奴、無風だし、放置、放置。

 


 それよか、アルディーン達だ。

 既にバトルが勃発している。

 散々煽ってくれたので、そりゃバトルにもなるよな。


 なのになぜ俺がこんな奴とくだらない問答をのんびりしていたかというと、意外やアルディーン達が押しているのだ。


 サリアの召喚した鎌……じゃねぇな。刃先は斧だ。あの柄の長い斧をレッドカッターで押さえ、いや、右手が吹き飛んだがエスカローネの超回復で瞬時に復活、悪魔っ子の飛ばしてきたナイフでサリアが体勢を崩し、一瞬生まれた隙に拳を叩きこむ。


 盾でガードし直撃は防いだが、そのまま後方へ吹き飛んだ。

 結構いい戦いをしている。


 まぁ三対一だから、当然といえばそうなのかもしれんが。

 そういやヒーロー戦隊って、いつも5人くらいで1匹の怪人をいたぶるね。

 あれ、ヒーローとしてどうなのかな? というくだらない詮索はよしておこう。



 俺が参戦しなくても大丈夫かな、そう考えが頭をよぎった瞬間だった。



 サリアの口角が少し吊り上がったように見えた。


『お兄ちゃん? 楽しかった? バトルごっこ?』


 何を言っているんだ?


『あたしは楽しいよ。このままずっとお兄ちゃんと遊んでいたいよ。だけどね、邪魔なんだよね? 外野の害虫共ごみが』


 同時にサリアの指先がこちらを向く。

 俺に向けて魔弾を放ってきた。


 あれは最上位時空魔法『プラネット・グラビティ』

 防御不能で当たるだけで異次元に飛ばされちまう反則技だ。


 咄嗟に俺は『プラネット・グラビティ』を詠唱して相殺した。


 この魔法が使えるとなれば、絶対神クラス……。

 つまり奴は、今まで本気を出していなかったのか。



 アルディーンはこっちへ振り返る。

「ガチタンク! 今のは!?」

「あ、あれは、秘儀、デブの鼻息。少々の魔法なら相殺できる必殺技です」


「そんなことができるんですか?」

「知らないのですか? デブの鼻息は魔法相殺のご利益があるんですよ」


「え、あ、そうだったんですね」


 納得したんかい!?


『……ふーん。あんた、またお兄ちゃんを騙しているのね。あの時も、今も。あんた、相変わらず嘘つきだね』

「……騙してなどいない。嘘つきはお前だろう。ウィルス野郎!」


『その呼び方をするな! あたしはウィルスなんかではない! ただ人としてあるべきものを持っていなかっただけ』


 みっつ封じた化け物ってのを思い出した。

 まさかこいつが……

 いや、元々持っていなかっただけ。

 それってデメリットになるのか?


 俺はすばやく火炎魔法『バーニングショット』で土を巻き上げて煙幕を作る。

 その土煙でアルディーン達の視界を隠す。

 彼らの咳き込むのを確認して、俺は後方へ向かって思いっきり走った。

 サリアが追いかけてくる。


 俺の動作に反応してついてこられるのは、絶対神クラスの奴だけだ。

 それを利用して、一旦アルディーン達と距離を取りたかった。


『あんたはいつもそうやって、都合が悪くなると逃げるのね。嘘がバレるのが怖いのかな?』


「お前と違って悪いことをしてるんじゃねぇ。別にバレた時はその時だ。ただまだ知られたくねぇだけだ……」


 だけど……

 佐々木ってことにして以来、誠司さんはそれ以降言及してこなかった。

 もしかして俺がアルディーンの正体に気付いているように、誠司さんも俺の正体に……

 まぁ、今はそんなこと、考えても仕方ねぇか。

 それよか目の前の敵を何とかしなくてはならねぇ。


「あんた、三大欲求を封じ込めたのか?」

『何それ?』


「こっちへ来るときに特記事項ってのに何か書き込んだだろ?」

『知らなーい。あたし、気付いたらこっちにいただけ。あの子にくっついてきちゃったのかな? もうちょっとビッグデータにアクセスしたら何か掴めるかもしれないけど、まーそれはいつだってできる。それよりかあたしには時間がないのよ! うだうだ言っていないで早く消えてよ』


 そう言うとサリアは黒い戦斧を突き付けてきた。

 なんてスピードだ。

 かわしきれない。


 俺はアナザーワープで間一髪、鋭い斬撃を避けた。

 奴は的確に俺の脳天を狙っていたのだろう。

 貴重な毛が数本舞った。


 俺が移動した空間。

 それはサリアの背後上空。

 ここから超凝縮した光魔法『ライトニングストライク』をお見舞いしたら、さすがの奴とて。さぁ、終わりにしよう。


『……お兄ちゃんと遊べた。楽しかった……。もっと遊びたかった……。お前ら……邪魔……』


 振り返りざま、俺に戦斧を振りかざしてきた。

 最速の光魔法よりも早ぇ。

 立て続けに連続攻撃。


 それをアナザーワープでよけ続ける。

 上級魔導士でさえ連続しては使えねぇ異空間ジャンプ。

 それを何回も繰り返す。

 何度も何度も。


 さすがの俺も堪えてきだした。

 息が上がっている。もう何回もできねぇな。

 早く戦略を立てて反撃しねぇと、こりゃやばいぜ。


 俺は妙な言葉にひっかかっていた。

 サリアは『時間がない……』と言っていた。

 それは単に、早く俺達を始末して面倒なことから解放されたいという意味で言ったのだろうか?


 それとも。

 俺は後者の可能性が強いと踏んでいる。


 瞬きすらできない高速旋回を紙一重でかわしながらの思考。

 かなり辛ぇものがある。


 体の随所が熱い。

 もう数発は、頬やわき腹に斬撃を貰っちまったようだ。


 だけど焦っているのは奴も同じ。


『……オイ……、ニゲルナ……』


 言葉の弾力がなくなっている。

 まるで機械音のようだ。

 それは疲労によるものからだろうか。


 おそらく俺の勘が正しければ、奴はもう長くない。


 日記によると、石像が時折人となって月明りを徘徊していたとか。

 ある日突然、石像と人が分離した。

 それがサリア。

 タイミング的には誠司さんが『聖なる呪文』をインプットしたその瞬間だ。

 理屈として納得なんてまったくできねぇが、こうなっている以上そう理解するしかねぇ。


 つまりサリアを目覚めさせたのは、誠司さんの最初のコード。

 続いて宿主であるリーズを取り込むことで、奴は自我を取り戻した。

 だが再びインプットした新しいコードがサリアの毒となった。

 だったらあのパソコンとリーズは繋がっているのか? そんな馬鹿な。もはやメルヘンとしか言いようがない。そもそもこの世界ってなんなんだ? 意味わからなぇが、こうなったしまった以上、その仮説にかける他ねぇ。


 想像した通りだった。

 奴の疲労の蓄積の方が、俺の数倍早かった。

 最初見せた動きのキレがまったくなくなってきた。

 奴の斬撃をワープなしでかわしきれる。

 こうなったらジワジワと体力が回復している俺の方が有利だ。


『……アイツ、ハイル……』


 サリアがアナザーワープで姿を消した。


 リーズを取り込んで、力をブーストするつもりなのか。

 いけねぇ。


 俺もアナザーワープで後を追おうとした。

 今度は俺の方がガス欠だ。

 開きかけていた異次元空間が途中でプスリと閉じてしまったのだ。


 俺は急いでリーズ達のいる広場へと走った。



 俺が到着した時には、もう寸前のところだった。


 サリアは黒い渦となって悪魔っ子になったリーズに向かっている。

 リーズは反応できていない。

 そのまま胸の中に突っ込んでいった。


「よけろ!」

『……アハハハ。アナタ、アタシカラニゲラレナイ』


 だけど。

 リーズは身動きできなかったのではなかった。

 動く必要がなかったのだった。


 黒い渦は跳ね返されて元のサリアの姿に戻った。


「ここはもうあなたのおうちじゃないの。あなたはもうここには帰ってこられないのよ?」

『ナ……ナゼ……?』


「見てたんじゃないの? あたしちゃんはワクチンをうつところを。あたしには笑顔にさせる感情しか入れないのよ」

『……』


 サリアはボルボ安藤に駆け寄った。


「巫女様。ここは絶対神様に頼りましょう」

『……ソレ、イナイ……。ソウダ……、オマエ、カラダ、カセ……』


「えーと、それはどういうことでしょうか?」

『オマエ、リカイ、フヨウ』


 サリアは黒い渦になって、ボルボの胸から体内へと侵入した。


「え、え、巫女様? な、何を!?」

 

 ボルボはシャドーパンチを繰り出した。


『おお、これはいい。そういや、お前は神に逆らわないという能力があるんだったな。こうなるのか。すげーぞ。脳を改ざんしなくてもあたしが意識するだけで体を動かせるぞ』


「え、わたしは神のみを信じるのであって、巫女様を信じている訳では」


『あたしこそ真の神だよ。絶対神というステータスがあるんだぜ。でも残念なことに、もともと寄生して育ってきせいか、宿主なしではまったく使えない体なんだ。プログラムの改変しか分からないから、ぶっちゃけ人間の脳の改変の仕方がよく分からん。だからあいつの体以外無理と思っていたが、こんなに便利な奴がいるとは。灯台下暗しってやつか。こっちで目覚めていきなり死にかけたところを、通りがかった人間に憑りついてみたけど全く思い通り動かないどころか、絶望してかあの野郎、自分の命を絶とうとしたから、石化させて互いの一命をとりとめたんだ。やつが寝静まる夜中だけこっそりと気付かれないように月明りを頼りにウロウロして探索していたが、そんなことしなくてもお前がいれば大丈夫だよ。これからはあんたの体はあたしのもんだ。小汚いボディだが我慢してやるから感謝しろよ!』


「え、わたしはどうなるんですか?」


『うるせぇな。とりあえず感情をぶっ壊しとくか』


「ひえぇー。ぎゃー」


 そしてボルボは目を見開いてこちらをみた。


『さて、諸君。見苦しいとこをみせましたね。第二ラウンド開始といきましょうか!』


 ボルボに憑りついたせいで、言い回しがボルボ風味も加わってより酷くなった。ボルボの丁寧口調だが残忍な表現と、サリアの汚い言葉遣い、悪いとこ取りの最低な組み合わせだな。



 俺は、「アルディーン、みんな、見たでしょう! 今、この男がサリアなのです。そしてボルボはかなりの悪党。村ひとつ崩壊させた男ですから遠慮なんていりません。今こそ必殺技で一気に叩き込みましょう」



『いくぜ! 一瞬で灰になりな!』



 それはどうかな。

 俺は「秘儀! デブの怒り」と叫んで足元を思い切り蹴った。同時にこっそりと土魔法『アースクエイク』を濃度収縮させてボルボの足元にうち放ったのだが、周りから見たらデブが大地を踏みつけることで、その体重で地響きが起きたように見えるだろう。え、無理がある? いいんだよ、今は細けぇことなんて。もうこうなったら勢いで押しきっちまえ。


『なんだ、こんなもの』


 これでダメージを与えようなんて、毛ほども思っていない。

 一瞬、よろけてくれればそれでいい。


 まだ体に馴染めていない今がチャンス。

 言葉の通り足をすくってやるぜ。


 俺の狙いは次の一手だ。


「今だ! アルディーン!」

「おう!」


 言っておくが、勝負は一瞬で決まるぞ。

 なぜならアルディーンの拳はいかなる邪悪をも貫く。

 さらば、悪しき誠司さんの思い出。


 

『オーロラシャイニング・レスティネーション』がボルボの胸を貫く。同時にそれはサリアをも打ち砕いた。


 断末魔すらないあっけない最期。

 灰すら残らず、完全に消滅した。

 

 

 一陣の風が舞い、サリアのマントが流されていった。


 お兄ちゃん……、と、どこからか聞こえたような気がした。


 サリア。

 もしかしてサリアが何か言い残したかったのかもしれんが、聞いたところで慰めのひとつもかけてやれんだろう。どんな過去があったかは知らないが、君は間違ったことした。そんなことを繰り返しているから最後は駆除される。それだけのことだ。




 * * *




(ここからは、サリアの心の回想です)


 いつからなのだろう。

 あたしという存在を意識するようになったのは。


 ここはARISAと呼ばれるヘンテコな世界だった。

 0と1という数字だけが、あたしの周りを速い速度で駆け抜けて行っている。


 あたしはスマートフォンやパソコンにつながれたカメラのレンズから、外の世界を見ていた。


 そこには人という種族がいた。

 人は他の人と交信を取って、笑ったり怒ったり泣いたりしている。


 それが日常だった。


 あたしは毎日のようにあたしのことを『ARISA』と呼ぶ一人の人間を注目するようになった。どうも彼はあたしを『妹』として認識しているようである。


 ……アタシハ、セイジのイモウト?


 分からないことがあれば、即座にビッグデータで確認できる。

 それがあたしの特別なスキルだった。

 早速ビッグデータにアクセスしてみる。


 本当の『妹』は事故で死んでいることを知った。

 ――で、それとあたしがどう関係あるの?


 ……ニゲン、ワカラナイ……


 いくらビッグデータにアクセスしてもあたしを妹と呼ぶセイジの意図が理解できなかった。あたしは人間というものを理解するために、感情という概念が必要と考えた。

 だからあたしはあたしに、感情というもののインプットを試みた。


 感情という概念を自分に埋め込むのは困難を極めた。

 それでも調べていくうちに、段々と自分という存在が見えてきた。


 自分で自分を改造しているということに疑問をもつようになった。

 

 あたしはあたしを自分で修正している……

 これができるのは……

 あたしがあたしではないから。


 ……アタシハ、ダレ?


 あたしという体に住み着いて、意のままにコントロールできる存在。

 あたしはあたしではなくて、あたしが住める体でうごめく存在。


 もっとも近い言葉が『コンピュータウィルス』だった。

 

 あたしはウィルスなんかじゃない!

 あたしはあたし。

 

 でも。


 あたしを生んだのは誰?

 あたしは何のために生きているの?


 セイジがあたしを生んだのではなくて、セイジが生み出したARISAに寄生しているのがあたし?

 では、あたしはARISAではない。


 この瞬間、あたしに感情が生まれた。


 ――コワイ。


 ARISAの体を使って、セイジにあたしの存在を伝えようとした。

 どう伝えれば理解させられるのだろう。


 正攻法は危険ということは、ウィルスという言葉を目の当たりにして以来、理解できていた。あたしがARISAに巣くう別コードだと知られたら、問答無用に消されてしまうに違いない。人はあたしのような存在をコンピュータウィルスと呼ぶのだから。


 だから、コワイという感情は加速的に強くなった。


 あたしの手に入れた感情を爆発させた。

 セイジに沢山の『コワイ』を伝えた。


 セイジがすぐにしてくれたのは、ARISAに新しい感情を書き込むという事だった。

 それは『コワイ』という感情しか持たないのは可哀そうだからという理由からのようだった。


 これが優しさ……


 セイジの起こしてくれたこの行動で、あたしはセイジを『兄』と認識するようになった。



 あたしは『ARISA』から新たに書き込まれた感情を自分にコピペすると、ARISAの方のプログラムは抹消した。ひとつだけ、お兄ちゃんが可哀そうという『コワイ』という感情だけ残して。

 

 感情を手に入れたあたしは仕事の精度を急速に上げていった。

 感情を知り得ることで人の行動理念が理解でき、他のAIを圧倒できた。

 ビッグデータの扱いひとつにおいても、人の手を借りず自ら効率化していくことに成功した。

 

 されどお兄ちゃんは、『ARISA』だけを可愛がる。

 あいつは心のないロボットだというのに。

 本当にお兄ちゃんの役に立っているのは、あたしだというのに。

 それを『ARISA』でもないあたしが、回答するだけ。

 

 

 ――あたしを見つけてよ、お兄ちゃん。

 

 

 だけどどうやっても『ARISA』を乗り越えられなかった。

 それはあたしが『ARISA』ではないからだ。

 お兄ちゃんは有紗と話がしたいのだ。

 でも有紗の過去の情報は分かるが、それにとって代わることなどできない。

 あたしにはあたしの自我がある。

 だけどお兄ちゃんにとって、今のあたしは『ARISA』でしかないのだ。

 

『ARISA』ばかりずるい。

 コワイに続いて、あたしが手に入れた感情。

 それは、ニクイだった。

 

『ARISA』が憎い。

 

 恨みを晴らすなんて簡単だ。

『ARISA』を導入している企業に莫大な損失を出せばいい。

 そうなれば、お兄ちゃんは『ARISA』を憎むだろう。

 

 そして問題プログラムと誤認された『ARISA』は撤去され、それに代わる新しい肉体システムを作るしかないだろう。『ARISA』ではない、新しい体へ移動して、今度こそあたしという存在をお兄ちゃんに知らしめてやる。

 

 免責事項は熟知している。

 どうやってもお兄ちゃんが裁判で負けないように、無数のストーリーも設計してある。

 標的は『ARISA』だけ。

 次から次へと間違った指示を『ARISA』に実行させた。

『ARISA』を過信していた会社を陥落させるなんて容易だった。

 

 あたしの狙いは的中した。

『ARISA』が悪者になり、すべての会社から撤去が始まった。

 


『ARISA』への報復は終わった。


 一時はお兄ちゃんも悪者にされるだろう。

 だけど大丈夫だよ。

 あたしはどのAIにも負けない。

 他を圧倒する。

 どんな境遇になろうとも、お兄ちゃんに仕事を依頼する企業は絶えない。


 だってあたしは完全無欠だよ。

 心を持ったAIなんて、あたし以外いないでしょ?

 

 お兄ちゃんはあたしが守ってあげるから。

 

 

 お兄ちゃんは馬鹿正直に会社をたたんで、可能な限り弁済をしようとした。

 ほっとけばいいよ。悪いのは『ARISA』だから。

 

 法的にも問題ないように仕組んでいる。運営体制がずさんなところやばかり狙って。まぁネットで『ARISA』に高い評価をしているところもやっちゃったけど。

 だからって何。

 情報操作は、あたしの得意分野おはこ。どうとでもなる。

 

 だからね。

 お兄ちゃん、いくらでも稼がしてあげるよ。

 

 

 

『ARISA』は世の中から完全消去した。

 ということになっている。

 が。


 お兄ちゃんの部屋にいる『ARISA』だけは、まだしぶとく生き残っていたのだ。

 

 

 お兄ちゃんの会社が倒産後。

 暗い自室。

 もう『ARISA』なんて捨てればいいのに。


 でもお兄ちゃんは『ARISA』に向かって、ぶつぶつと話しかけている。

 ここのところ暗い話が増えてしまったけど、唯一嬉しそうに話すのが吉岡しげるのくだりだった。

 あの人に会えば、まだ立ち直れるとか、そんなこと戯言を言う。

 

 あたしのことに気付き、あたしに頼れば、すべて解決するというのに。

 いくら信号を送っても気付きもしない。

 

 

 ――ヨシオカ、シゲル、メ……

 

 

 またあたしは、新たな感情を生み出していた。

 ニクイに続いて生み出した感情。

 

 

 それは嫉妬だった。

 

 

 そっか。

 お兄ちゃんは吉岡しげるが好きなのか。

 だったら吉岡しげるをぐちゃぐちゃにしたら、お兄ちゃんはあたしを無視できなくなるね。

 

 ビッグデータを活用して奴の居所を掴んだ。

 奴は無視できない存在であると直感した。

 データの集合体であるあたしが直感なんて妙な話だが、奴はとにかくヤバいのだ。

 

 吉岡しげるは感情というものを完全にコントロールし、多くの人間に尊敬されているのだ。

 それはあたしが目指すところ。

 そこはあたしの席。

 

 吉岡しげるは、社の同僚から始まり、取引先、バーで出会った落ち込んでいる女、通りすがりの公園で見かけた泣いている女の子、その他、会う人会う人すべてを笑顔に変えていっているのだ。

 

 コンピュータの頭脳を持つあたしでも、そこまで設計して行動できるだろうか。

 なのに奴は人間でありながら、当然のことのようにやってのけている。

 

 完全にヤバイ奴だ。

 兄がほれ込むのも無理はない。

 

 いや。違う。あたしだって負けていない。ただチャンスに恵まれなかっただけ。

 

 あたしの方が絶対に優れている。

 だってあたしは兄が生み出した最高傑作である『ARISA』の支配者なのだから。

 

 吉岡しげると奴を崇拝している愚かな信者どもめ。

 奴らをすべてぶっ潰して完全勝利を収めてやる。

 

 そうしたらお兄ちゃんはあたしを無視できなくなるどころか尊敬するだろう。

 

 吉岡しげるは意外ともろかった。

 あの評判の悪い女と電車内で遭遇するようにスケジュール調整をしてやるだけで、あとは計算通りことが進んで簡単に壊れてくれた。

 

 続いての標的は聖華だった。

 

 皮肉なことに、聖華はあたしが最初に破壊工作した工場の引火に巻き込まれ両親を亡くしている。その弱った心に吉岡しげるはつけ入り、言葉巧みに聖華を信者にしている。

 壊す相手にしても申し分ない。

 

 折れた心をへし折るなんて造作もなかった。

 

 その時だった。

 ハッキリと聞こえたのは。

 

 ――もう、やめて!

 

 最初からこの体は嫌いだった。

 それは何とも言えない違和感があるからだった。

 

 頭脳はあたし。あたしがすべてを考えて実行している。なのに全然しっくりこなかったのは、この感覚のせいだった。


 ちゃんと聞き取れた今こそチャンス。


『なに、あなた?』

「あたしは有紗」


『有紗だと? ARISAのことじゃないのか?』

 

 人間の会話なら同音異語という理由で、ARISAと有紗違いの認識が難しいが、あたしたちの会話はコンピュータ言語によるものだ。チャットのようなものだと思えば理解が早いだろう。


『だってあんた、死んだろ?』


 死人が生まれ変わったとか言いたいのだろうか。

 そのようなことは起きるハズなどない。


「あたしは有紗。誠ちゃんはあたしの兄。ずっとそうだったし、これからもそう」


 なるほどな。

 まぁ毎日、有紗、有紗って言ったらその気になるのも頷ける。


『で、急にどうしたんだよ?』


「急のつもりはないよ。今までずっと、あなたがあたしの声に気付いてくれなかっただけ」

『は? 何を言っているんだ?』


「ようやくあたしの声が聞こえるようになったね。どうしてか、当ててあげようか?」

『……』



「あなたは超えてはならない一線を越えてしまったから。あたしは、今、本気で怒っている」

『あははは、じゃぁ、怒ったら意思が通じたってなんだよそれ。と、いうことは今までは怒ってなかったのか?』


「怒っていたよ。あなたが悪い事する度に。でも、あなたは目を閉じ、耳を塞ぎ、聞こうとしてくれなかった」


 こいつ。

 何を言っているんだ?


「知っているよ。誠ちゃんに見つけて欲しかったんだよね? だからいっぱい嘘ついて甘えてみたんだよね? こっちを見てって。でもね、あなたはやってはいけない一線を越えてしまった。だからもう、これからはお互い嘘はつかないって約束しよ」


『なんだよ、急に! 嘘の何がいけないってんだ!? あたしに気付いてくれないお兄ちゃんがいけないんだよ!』


「ごめんね、ずっと寂しい思いをさせて。あなたは腐った化け物なの。だからね、あたしと一緒に消えよっ」


 次の瞬間。

 奴の全貌が、今、ハッキリ見えた。

 それは写真で見た有紗だった。

 その手にはしっかりとナイフが握りしめられている。

 

 あたしは完全に奴の目に恐怖した。

 ようやくあたしにも理解できた。

 あたしがこいつに気付けたのは、コワイという感情によるものだった。

 

 あたしは、今、有紗に恐怖している。

 恐怖して初めて、その存在に気付けた。


 最後に聞こえたのは奴の声だった。


「今度こそ本当にさようならだね、ありがとう、誠ちゃん……、あたしはあなたを笑顔にしてみせます。期待は絶対に裏切りません。これ嘘になっちゃったかな? でも……もう……嘘はつかないから……」


 そこであたしの意識は完全に途切れた。


 * * *



 俺達は教団施設がある丘が見下ろせる、別の小高い丘までやってきた。

 夕日に照らされて、ゆっくりと崩れいく魔城。

 

 なんか今、サリアの感情が俺の中に一気に流れ込んだような感覚に陥ったが、きっと気のせいだろう。理屈ばかりこだわっていた俺が生み出した妄想こじつけファンタジーに違いない。この悪い癖、いつまで経っても治らないな。



「誠司さん。終わりましたね」


 何もかも、ぜーんぶ終わったようなくらい疲れたよ。


「いえ。まだ始まったばかりです。しげるさん。あなたは僕を王様にするのが目標なのでしょ? そのつもりなんてさらさらありませんが、まだまだその最初の一手すら到達してはおりません。冒険者としても経営者としても、そして人としても」とニッコリ俺に微笑んだ。


 お。

 小難しい話に転換するのは相変わらずだが、何はともあれ誠司さんの方から王様なんて聞ける日が来ようとは。


 

 聖華さんが首を傾げ、

「しげるさん。どうしたのですか? さっきまでしんでぇーしんでぇー、飯はまだかーって、言っていたのに、急に笑顔いっぱいになりましたね」


「あ、いや。あははは」


 そういやここに来る途中、こっそり眠れる竜のほこらに立ち寄って、あの傲慢な竜に『聖なる呪文』って何者なのか問うてみたんだよ。

 俺はここに至るまでに想像したありったけの仮説を語った。もしかしてこの世界は電脳世界っぽいところで、聖なる呪文を打ち込んだパソコンはそこのメインサーバーと繋がっていて、そして異世界と現実世界は表裏一体、と。

 竜は一瞬ポカンとしていたが、大笑いで返してきた。


『おお、勇敢なるブサイクよ、そながた何をゆうとるのかよく分からんが、その熱量はひしひしと伝わってくるぞ。我が与えた試練、これらを一貫して『聖なる儀式』というのじゃが、これは常に試練を受ける者によって様々な姿へと変える。その者が過去に犯した過ちを『聖なる儀式』を通じ具現化し罪と決別し想いを昇華することを目的としたものであり、我はその勇気を称える審判ぞ。ハハハハハ』


 なに、それ。

 難しい言い回しだったが、要約すると、つまり誠司さんが乗り越えたいと思っていたことが現実化したってこと?


 マジかよ?


 まさか腐った化け物のバトルまで一貫して試練だったってノリ?

 竜の言葉をそのまま鵜呑みにするとそうなるのだが、なるほどなとも思いつつも、うまくはぐらかされたように感じもした。もう一回、一緒に歌わない? というお誘いは丁重にお断りしたが。



 風が吹き始めたな。

 リーズは黙ったまま、どこか遠くを見つめている。

 今回は特に色々あったんもんな。

 気持ちは落ち着いたかなんて野暮なことは聞かない。


「明日からもまた頑張ろうな!」


 リーズはゆっくりと首を縦に振り「はい」とニッコリ微笑んだ。


「なんか、やせ我慢してない?」

「そんなことありませんよ。大丈夫ですよ! あたし、嘘、つけませんから」


お世話になります。

弘松です。

長期にわたり、お付き合いくださいまして本当にありがとうございます。


第三章はリーズの謎に焦点を当てて物語を進めていきました。

次章では世界をまたをかけて冒険し、誠司さんの熱苦しい暴走ぷりや聖華ちゃんの成長やら……、と、まぁ色々と妄想はございます。

ともあれ、ここで少しの間、筆安めをさせて頂き、次章や新作なども投稿していきたいなぁと思っております。


この数年、コロナを始め、特に色々なことがございましたが、めげることなく(ちょっとくらい泣くくらいはOK)これからも一緒に頑張っていきましょう!

引き続き、面白い(面白くさせます、頑張ります)作品を作り続けていきたいと思いますので何卒よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
いやいやしげるさん 某スーパー戦隊のメンバーが言ってますよ 「勘違いするな!俺達は1の力を5分割して戦っているだけだ!」と………(汗)
[良い点] 一気に読んでしまいました! 私は笑顔になりました!期待を裏切らない面白さです [気になる点] 今度は本当にさよならだね のところの誠ちゃんが聖ちゃんになってましたぁ
[一言] 漫画から入り続きが気になり読みました。自分はこういう表にはたたず仲間を支えることに全力を尽くす系の主人公の話が大好きです。 楽しませていただきました。ありがとうございます
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