第16話 杖の修理できた。疲れた
「地上に持って行けないって事は、ここで修理……ですよね?」
念の為、訊いてみる。
「そうです。ここは魔物が発生しないように調整されていますので、気兼ねなく修理に集中してください」
「は、はい」
俺の不安をよそに、ラシエラさんは世界樹の若木や周囲の植物の世話を始めた。全部は分からないが、庭園の植物達は希少種ばかりだ。
ガラスみたいな葉っぱと花を咲かせている高山植物、スズランのような花がほんのりと光る植物など、図鑑でしか見た事のない種類ばかりだ。
近くで見たいし、どうやって手に入れているのか気になるが、我慢だ。
護衛兼案内役であるラシエラさんが傍にいない以上、たとえ安全地帯でも何が起こるのか分からない。ダンジョンコアがラシエラさんと協力関係なら、俺が変な事をしたら速攻で制裁を加えて来るはず。
死なないだろうが、何が起きるのか全く予想が付かない。杖の修理に集中だ。
「よし……」
俺は庭園の石造りの壁際に座り、折れ曲がった杖を包んでいた布を解いた。
まずは俺の魔力を流して生きている枝と蔓を確認。
これ以上折れ曲がらないように、あえて残していた死んだ枝と蔓を慎重に取り除く。
次に、俺の膝の上に置いた杖へ先程よりも多めの魔力を流して、真っ直ぐにする。杖に使用される木材は、魔力を流すと軟化し加工しやすくなるからだ。
そして、世界樹の幼木にも魔力を通しつつ、杖へ丁寧に編み込み、整形をしていく。
単純で簡単そうな作業に見えるが、技術がかなり必要だ。
魔力の流す量の調節と編み込む時の力加減が難しいんだ。
流し過ぎる木材が余計に固くなったり、ひび割れが発生する。しかも流す量は木の種類だけでなく個体差、さらに言えば軟化具合や強度の差もあるので、簡単にポキッと折れてしまう。
俺は焦らずに幼木を一本一本確認しながら、杖の木や蔓と丁寧に絡ませ、編んで行く。
「これで良いかな」
ようやく杖の修理が終わった。多分、二時間は掛かってる。
俺は立ち上がり、杖の加減を確認する。
老人や脚の骨折した人のように体重をかけて支えにしても、充分なしなりと問題の無い強度が確保されている。握った感じも良い。大きく振ったり回転させても、編んだ部分は解けない。
うん。良い感じだ。
世界樹の幼木は、繊細さは有るが思っていたよりも扱いやすかった。幼いからか、編み終わった後も他の枝や蔓と喧嘩をしていない。
亡くなられたひい祖母ちゃんの杖に、一歩近付いた気すらする。
あとは、試しに魔術をやってみるだけだ。
「灯りよ」
死んだ枝や蔓を片付けた後、ダンジョン用の魔術で光の玉3個を作ってみる。
浮き上がり方、ゆっくりとした動き、灯りとしての安定感…………うん。消え方も静かだ。魔術はちゃんと発動している。大丈夫そうだ。
「終わりましたか?」
庭園の奥から、上着を抱えたラシエラさが出てきた。白い手袋には土汚れが付き、髪をポニーテールに結び直しているのを見るに、熱心に世話をしていた様子だ。
魔術でパパッと完了、みたいな想像をしていたが、地道に作業をしているんだな。
農家の三男坊としては親近感が湧く。
「はい。お陰様で、杖が直りました」
ラシエラさんは手袋を外しながら、俺の杖を上から下へとしっかり目に観察する。
「見事ですね。曲がっていたのが嘘の様です」
「ありがとうございます!」
頑張りを褒められるのは、気持ちが良い。疲れが和らいだ気がする。
「休むのは、地上に帰ってからにしましょう」
裏返しにした手袋をズボンのポケットへ仕舞い、ラシエラさんは上着を羽織り直した。
「帰還魔術がありますので、ご心配なさらず」
身一つで来たから、どうするのかと気になっていたんだ。
初級や中級は、休憩スペースや最深部の手前に、帰還魔術の魔方陣が地面に描かれている。その上に立ち、魔術師が魔力か魔石を使って発動する仕組みだ。
ここはラシエラさん専用の階だ。階段近くや庭園周辺にはそれらしい魔方陣は無かった。
どうするのだろうか。
「出て来なさい」
ラシエラさんのワイシャツの胸ポケットから顔を出したのは、茶色い毛玉の様な小さく丸い生物。鼠かと思ったが、その生物はラシエラさんの手へと特徴的な前足を使って移動した。
「コウモリ?」
「えぇ、帰還魔術の術式が組み込まれた使い魔です」
使い魔。召喚し、使役する生物の呼び名だ。
方法は3種類。
1つ目は魔物や精霊、妖精を含む生物を支配または服従させ、操る。条件が複雑で、魔力切れを起こすと反旗を翻される危険性がある。
2つ目は一から育てる。凄い時間と労力が掛かる上に、信頼関係が無いと成り立たない。
3つ目は一から作る。用途や見た目に拘ると費用が掛かるが、最低限の動きならこれで足りる。魔力切れを起こしても機能が停止するだけで安全に見えるが、別の誰かに操られないように注意が必要だ。
使役している魔術師を何人か知っているが、使い魔を間近で見るのは初めてだ。どれに当てはまるのだろうか。すごく気になる。
「この子はゼルレオスの使い魔です。彼が帰還の座標となっています」
事務の〈外〉担当のサブマスターであるゼルレオスさん。俺の上司になる人だ。日中はクエストカウンター奥の事務所で眠っていて、夜から朝にかけての業務を担当している。
ダンジョンから地上へ戻る為の座標として、ギルドハウスにずっといるあの人は確かに打ってつけだな。職員の人なら、猶の事だ。
よし。帰ったら、使い魔について訊いてみよう。ずっと前から興味があったんだ。
「魔術を発動させるので、私の隣に立ってください」
「よろしくお願いします」
俺がラシエラさんの隣に立つと、コウモリが翼を広げて飛び立った。俺達の頭の上をぐるぐると飛び回り始めると、魔方陣が浮かび上がる。
魔方陣が光って……
そこで俺の視界は真っ暗になった。




