第13話 其れは甘えだったと思う (視点変更)
ギルドマスター:ラシエラと新人事務アルバイト:クシュルが最難関のダンジョンへと向かって十数分後、ギルドハウスにあるパーティがやって来た。
10代後半から20代前半と思しき藍色の髪をした足長族の青年と少女4人で構成されたパーティ〈竜の翼〉だ。リーダーである剣士の青年カインは苛立った様子で、カウンターへ向かった。
「どうして俺達が中級ダンジョンに潜れないんだ!?」
足長族の女性職員への第一声に周囲の冒険者たちは驚き、青年へ視線が集中する。
「今までは入れたのに、おかしいだろ!!!」
空色の瞳は怒りに燃え、周りが見えていない。
「調べますので、冒険者ライセンスを提示していただけますか?」
その怒鳴り声に顔色一つ変えず、女性職員は青年にお願いをした。
4つのダンジョン、そして周囲の町や村からの依頼が集まるレファース街のギルドハウスには、多くの冒険者が集まっている。パーティの結成、解散、メンバーの加入に脱退と日常茶飯事だ。星5や4の様に指より数える程度の実力者や問題行動を起こす要注意人物でない限り、職員達は全ての冒険者を把握しているわけでは無い。
「はいはい。俺が代わるよ」
「サブマスター」
青年がライセンスを出す前に、カウンターの奥から長身の男が現れた。
波がかった〈もじゃもじゃ〉と表現できそうな暗い茶色の髪を目が隠れるまで伸ばし、後ろは一纏めに結んでいる。その隙間から金色の瞳が覗き、無精ひげを生やした端正な顔立ちには笑みを溢している。身長は、足長族の成人男性の平均身長である180㎝よりもやや高い。
腕まくりされた白いシャツ、茶色の着古したベスト、焦げ茶色のズボン、黒の靴と書類仕事や接客を行う職員らしい服装だ。しかし、逆三角形に引き締まった体や足の運び、傷跡の残る腕から実力者であるのが見て取れる。
「職員のくせに、俺達の邪魔してんじゃねーよ!」
冷静に判断できる状況であれば、青年も礼儀正しい態度を取っていただろう。頭に血が上り、怖いもの知らずの若さを前面に出してしまっている。
少女達は周囲の視線や向こう見ずな青年の態度に、不安を募らせる。このままでは、冒険者として廃業しかねないとすら思った。
「邪魔なんてとんでもない。君達は星2から星1に降格しているから、中級には入れない。ただ、それだけだよ」
「はぁ!?」
へらへらと笑う男に、青年は目を見開く。
初級は星1と星2、中級は星2と星3、そして上級は星4からとされている。
パーティでダンジョンを潜る場合にも適応され、誰か一人でも低い星であれば門をくぐることを許されない。それは、初心者や慣れ始めで油断しやすい時期の冒険者をカモにする悪徳業者から、彼等を守る為だ。
また中級ダンジョンへ潜れる星2には、条件がある。パーティ4名以上、そして星2のクエストの中でも魔物討伐を8件以上クリアしなければならない。中級では魔物の強さが初級よりも跳ね上がる為、実力とチームワークの向上を狙って定められた。
冒険者になったばかりの大魔術師などの特例もあるが、ラシエラの作ったレファースダンジョンのルールは絶対である。
「降格ってなんだよ! そんな話、聞いた事も無いぞ!」
「前に受けたクエストで、結果次第では降格になると伝えているよ。君達は報酬を貰った後、その結果を聞く前に出て行ったんだ。こちらは何度か止めたけれど、無視されたね」
カインたちは、街道沿いに出た魔物の討伐クエストを請け負った。討伐自体は簡単だったが、魔術の加減場上手く行かず道路に大穴が開いてしまっていた。
「クエストの達成条件が満たされているかどうか。冒険者や街の住民への素行の良し悪し。周囲の自然に対する不要な破壊行為の有無。それらを全て合算した上で、判断させてもらったんだ。あぁ、俺の独断じゃないよ。マスターと相談した上だ」
冒険ギルドの事務において〈外〉を担うサブマスター:ゼルレオス。
カウンターの奥、事務を行う職員がいる中で、昼間はソファに寝転がっていつも眠っている。時には開いた本を顔に被せ、寝返り以外は動かない。
昼間は〈内〉のサブマスターがギルドハウスの運営を担い、ゼルレオスは夜の時間帯を担当しているからだ。
「そ、そんな話、聞いた事が無いぞ!!」
カイン一行がギルドハウスを訪れるのは、主に朝から昼の間だ。ゼルレオスは怠け者としか思っていなかった彼らは、その口ぶりに驚き戸惑う。
「ここでライセンスを取得する際に、全員に一通り説明している。なんなら、星2昇格の時にも十分注意するように伝えているよ」
「1回や2回で覚えられる筈が無いだろ!!」
「君達へ5回は忠告しているよ。こちらの受付が、ね」
ゼルレオスが示したのは、つい先ほどカインが怒鳴りつけた受付の女性だ。
「クエストの難易度と達成条件について、星が上がる程に厳しくなる場合がある。例えば同じ種類の薬草採取でも、星2からは依頼者によって花や蕾が付いているもの、虫食いが少ないものが欲しいと条件が付く。君達はそれを無視し、俺達の忠告を右から左へ流し続けた結果が降格なんだ」
カインの影に隠れている少女の1人が、顔を青ざめた。
少し前に脱退したクシュルが、ダンジョンでの採取クエストの際に黄色の花を咲かせた薬草ばかり集めていた。
わざわざ花なんか、と嘲笑ってしまっていた。彼がいた時期は、忠告なんてなかった。
「星が上がると言うことは、実力だけでなく知識、責任、品格が求められるんだよ」
ゼルレオスは、カウンターに広げられていた本のとあるページの文章を指で指し示す。
「ここ、何が書いてあるか分かるかな?」
「は? ゴブリンの討伐、だろ?」
カインは眉を顰め、苛立ちながら言った。
「半分は正解、もう半分は不正解だね。大人を討伐し、子供は捕獲するようにと書かれている」
「気色悪い条件だな。魔物なら、全部討伐するべきだ」
「その理由について、ここにきちんと書かれているよ。これは、研究機関からの依頼だね」
ゼルレオスはあえて言わないだけで、カインは苛立ちと焦りの中で理解してしまっていた。いや、薄っすらと分かっていた。
文字が、文章が読めない。
討伐の文字はクシュルが〈俺達でも倒せそう〉と言ってクエスト掲示板から紙を取っていたので、覚えた。魔物の名前も同じ流れだ。だが、それ以外は簡単な文字や単語しか分からない。
読めてさえいれば、クエストの達成条件を満たせていた。
読めていたから、あいつは星3になれた。
〈足長は何もできないってなるぞ。いいのか?〉
クシュルの冷静な言葉が脳裏を過り、カインの怒りは一気に冷めた。
あいつは分かっていた。サブマスターには見透かされていた。
「星2から1への降格はよくある話だ。失敗は成功の基とも言う。君達なら、すぐにでも昇格できるよ」
「……昇格テストは、2か月に一度だろ」
見下されたと、屈辱だと激昂する余力はカインにはもう無い。
先走った彼だが、現実を見る目だけはある。
優秀な兄姉ばかり見る両親の元を飛び出し、旅先で路頭に迷う同年代の女の子達に手を差し伸べた。同じ境遇のエルフと若者と出会い、意気投合した。
これまで自分は勇者気取りで、〈パーティのリーダー〉である自覚が足らなかった。
〈文字の読み書きができないと、リーダーは務まらないぞ〉
〈魔物を知っておくと、剣士は有利に立ち回れるんじゃないか?〉
〈植物の知識はクエストだけじゃなくて、応急処置や野営にも便利だぞ〉
クシュルに云われ続けた小言が、カインの頭の中をぐるぐると巡る。
自分一人なら兎も角、彼女達はついて来てくれた。彼女達を前と同じ道に向かわせてはいけない。
カインは静かに深呼吸すると、自分を踏み止まらせる。
「…………ここって、音読教室やってますか?」
ある日、冒険者の少ない午前中に街の子供達が集まっていた。冒険者ギルドの見学に来たのかと思っていたが、もしかして、とカインはゼルレオスに訊いた。
「少し前に学校が出来てね。今はそちらでやっているよ」
ゼルレオスはそう言うとカウンターの引きだしから、大人向けの音読教室の案内が書かれた紙を取り出した。




