第37話 借りていた場所
もう、あの場所にはいない。
あの事故から数日が経った。
ここ数日、自宅近くの現場だ。
“日替わり”現場だった俺にとってはいつもの事。
以前なら、何の違和感もなく淡々とこなしていたはずだ。
しかし、今回はそうはならなかった。
夏前まで感じていた“収まりの悪さ”を差し引いても、妙に落ち着かない。
なんとなく、お客様感というか余所者感が抜けない。
“周辺地域”にとって余所者である工事現場。
その中での余所者が俺だった。
今まではどちらの“余所者”も日常だった。
それが、居場所を奪われたような寂しさに駆られる。
あの現場は今の俺にとって“居心地のいい”場所になっていたのだと気づく。
いわば一種のホームシックのようなものだ。
といっても、自分の行ないで追い出されたのだから“後悔先に立たず”ってやつだ。
そんな事を考えながら歩いていると、方子に会う。
『こんにちは。今日はこんな時間に、夜勤ですか?』
仕事終わりは同じでも、家に近ければ会う時間も早くなる。
「こんにちは。最近はこの近くでの仕事なんですよ」
『そうなんですね。最近は遅い時間にお見かけする事多かったからつい。』
それには応えず、暫く並んで歩く。
そこへ、例のイヌがひょっこり顔を出す。
「久しぶりか?」
イヌはすぐには近づかなかった。
『なんか、珍しい。最近は“来い”だけだったのに』
「そうかな?」
自分でも気にしていなかった。
そんな時、明日の連絡が入った。
あの現場だ。
翌日、現場に向かう俺の足取りは家出から戻る気分だった。
「あの時は御迷惑おかけしました。」
『まあ、もとはといえば、こっちがミスった事だしな。でも、ともあれ事故にならなくて良かった。俺らの事も信用し過ぎんだよ!』
「ありがとうございます。」
『そういや、所長が探してたぞ』
「行ってみます。」
恐る恐る事務所に向かった。
「何日かぶりだが、久しぶりな気がするな。」
『もう出禁かと思ってました』
「ワシは反対したんだが、一応“カタチ”として何日か別の人に来てもらってたんだ。しかし、職人たちが“俺等のミスでやつが怒られるのは寝覚めが悪い。やつには助けられたし、猿も樹から落ちるさ”ってな。で、戻す事ができたんだ。」
『ありがとうございます。皆さんにも改めてお礼言っときます。』
「まあ、ワシも最初から外す気はなかったからな。またポカして面倒かけるなよ、tetsu」
その言葉が染みる。
だが、それは俺に向けられたものではなかった。
胸の奥で、何かが静かに引いていく。
ーー認められていたのは、俺じゃなくコイツだったんだな。
事務所を出ると、澪がいた。
『お疲れ様です』
「ああ」
それだけ返す。
澪は少しだけこちらを見て、
『……戻りましたね』
「何が?」
『いえ』
それ以上は何も言わなかった。
俺も、聞かなかった。
ただ、誘導灯の重さだけが、確かに手の中にあった。




