【25話】幽鬼揺々参道通Ⅻ【終】
そこは何処までも広い。
水平線の様に眺めが良い。
其処にサタンは浸かっている。
優雅に風呂にでも浸かるかの様に。
普段のサタンとは違う容姿で足を伸ばし岩が作り出す境界線に肘を預け天を仰ぐ。
微笑み此の世の全てを達観、見下している様な視線で何者かに訴えかける。
天は空など映し出すはずもなく固く閉ざされている。
「空かぁ…もう見れないしなぁ、別にこのままでも良いけど少し惜しいかも」
突拍子も無く呟いた声に反応する声。
その者が奥から歩み寄る。
「貴方から惜しいという言葉を聞くだなんて、奇妙な事もあるものだ」
サタンはゆっくりと首を動かしきたものを確認する。
見なくともある程度の予想はつくが、
「やあベルゼブブ、お早いお帰りだね。もう少し時間が掛かるものだと思っていたのに」
「サタン、御前が地獄から出られないのは判っているがだからといって私に仕事を押し付けるのは辞めてもらえませんかね」
「えー事情判ってるなら少しくらい手伝ってよ」
「そもそも御前の自業自得だからな」
呆れた溜息をつきベルゼブブは手荷物書類をサタンに突きつける。
「これ、報告書」
「あー、服の近くにでも置いといて〜後で確認して判押しとくから」
ベルゼブブが辺りを集中して観察する。
岩の直ぐ近く、脱ぎ捨てられた服に抜け殻に包まるサタンが何時も腕に巻いている蛇。
状況を脳内で整理しベルゼブブは適当に書類を服の近くに投げ捨てた。
何するのと問いただす上司を無視しベルゼブブは入浴(?)中のサタンに近付き声を掛ける。
「其れよりサタン王。」
「そ、それより?」
「蘆屋道満殿にあったんだよ」
「蘆屋道満か、平安時代の陰陽師で安倍晴明と対を成す最強と名高い。報告での百鬼夜行の実行メンバーには入っていなかったと思うけど」
其れもそうだと云いベルゼブブは屈み靴を脱ぎ始める。
「最後の最後に、多分晴明公あたりに焚き付けられてと強いと噂の私を見に来たらしい。そこで話したのだけれどね私が今まで戦ってきた相手の中で一番強いのは誰かと、まあそう云う訳だよ」
「成る程、伝承を聞く限り蘆屋道満は力に執着する性格みたいだし…続けて」
サタンの声に応えベルゼブブは頷く。
ベルゼブブが脱いだ靴と靴下を置き洋袴の裾を捲ったのを確認した。
「それで私なんと答えたと思う?」
突然の問い掛けにサタンは顔を固まらせ次に考える素振りを見せる。
「伝承の中での神様の君が倒した敵はヤム=ナハルにモート、アペプにロタン中々の兵だね」
「だろ?」
「答えか、判った。迂生の名前を上げた。【サタン】と」
自信満々に答えるサタンの期待を裏切る様に無情に一刀両断された。
「否、違う」
「え?違うの!?」
「【赤い竜】と答えた」
ベルゼブブは裸足になった足を隣のサタンと同じように浸からせた。足湯である。
「悪魔の力に慣れた少し後ぐらいに戦ってギリギリで勝った。確か銀河の一つか二つ吹っ飛んだんじゃないかな」
「ふ〜ん…ベルゼブブツンデレって云われない?」
「云われない。其奴に正式な名前は無かった。ただ天使連中からは其の見た目から【赤い竜】と云う名だけが付いた。其奴の本名は誰も知らなかったから、名乗りもしなかったらしい」
「まあねー」
ベルゼブブとサタンが浸かっている液体が煮え立つ。
嫌な匂いが鼻を突く。
「尻尾を一振するだけで銀河の三分の一を地上へと投げ打つ程の力の持ち主。正直零落後の衰弱期間後過ぎて、新たな能力得て強くなったって自信ついてた頃によ自信なくしたわー」
「其れはまた、後少し疑問なのだけれど」
「ん?」
「今、その【赤い竜】と戦ったら、勝てる自信は?」
ベルゼブブが不適に微笑む。
「あるよ、大いに。次はこっちがボコす予定」
「はは、凄い自信」
「総じてこちらからも質問、なんでこんなのに浸かってんの」
サタンは首を傾げたがベルゼブブはまあまあ理解し得ない状況だった。
サタンが浸かりベルゼブブが足だけ浸かっているこの液体と呼ぶのものは烏滸がましいのは硫黄の燃える火の池。
「加えなんですかその見た目」
サタンの見た目は普段とは違うもの。
体の至る所に計小さめの六つの首が生え、十本の角に被せられている七つ冠には字が記されている。
異形と呼んで然るべきの見た目だった。
「ほら、一応史実に従ってやろうと思って」
「何です…それ、」
「偶には浸からないと、上が五月蝿いから」
サタンは天を仰ぎ少々真面目な声で云った。それに関してはベルゼブブも同意だったので深くは追求しない。
「成る程、」
「因みに君、豊穣と天候の神、後砂嵐と戦争の神様でしょ?元は」
ベルゼブブは頷く。
「属性で云ったら草と風、硫黄の火の池に使って大丈夫なの…?」
サタンの心配に答えるようベルゼブブはゆっくりと浸かっていた足の片方を持ち上げる。
液体から見えるベルゼブブの足は、
火によって皮膚が焼かれ爛れ朽ちた太腿の肉から骨が見える。
火傷という言葉じゃ済まないほどの火傷。
「………莫迦じゃん…?」
「失礼な、結構頭使って勝ってきてるんですよ兄弟同士の戦いに私」
「ヤム=ナハル、モート、オシリス…確かにそうか。と云うかその足!大丈夫なわけ、」
「ええ、肌が焼ける裂ける様な痛みに慣れてますし直ぐに再生しますよ」
ほら、と最後に付け足し痛々しい足を見せびらかした儘に再生を始める。
肉が生え皮膚を細胞単位で繋げる、再生をし足を生足の状態に作り出す。
豊穣神には再生能力がある為豊穣神に当て嵌まるバアルは怪我の再生、死からの甦りも可能となる。
こんな程度の傷となれば秒すら掛からずとも再生出来る。
「うわー…何その再生能力、何回見ても異次元なんだけど」
「俺の力を見誤るなよ、一時は神の始祖エルをも凌ぐ力を持ってたんだぞ。もう昔の話だがな」
「高天原内だったらそいつが神様の代表格だよな、バアルの父親だっけか」
「彼奴が俺の父親? 冗談はよせと云うかそんなおぞましいこと云うなよナチュラルに殺していいか?」
サタンは思った。
(此処にも此奴の地雷が…生きづらそう此奴)
ベルゼブブは再生した足を躊躇いなく又火の池に突っ込んだ。
サタンはドン引きした目でベルゼブブを見る。
「お前俺の零落理由知ってるだろ、あれから俺は彼奴を父親だと思ったことは一度たりともない」
熱気漂う此の場からは考えられないような冷たい声が出る。
従者のフルーレティやタルキマチェは其れで怯むがサタンは怯む事無く先程と変わらない様子で語り始めた。
「確かに…ありゃ実の父親認定しなくなるのも頷けるか」
「そっちこそすべての罪の始祖としての話ねえのかよ」
「ええ~迂生が蛇になって最初の人類唆した話?聞いても面白みないよ伝承の通りそのまんまだし」
「まあお前のその行動で人間はエデンの園と云った楽園を追放され寿命ができて男は労働の苦しみ、女は出産の苦しみが与えられた訳だが、そこから続け様に色々おいたやらかして此処に封印されたわけか」
「そうそう。悪魔だって迂生の有り余る力から漏れ出た者が形成化して生まれたし、実質迂生が悪魔全員の親である訳だ。」
雑談は続き話のネタは咲き続ける。
ベルゼブブも続きを話した。
「ついでとして封印された此の場を【地獄】と呼び悪魔社会を我々二人で築いたのは懐かしい話だな」
「もうあれが四、五千年前か…時の流れが恐ろしい。」
年寄りの云う台詞だと鼻で笑うかと思いきやベルゼブブはあっけらかんとしたようにサタンの顔を覗きつつ零す。
「十三年前の間違いじゃないか?」
「……はあ?」
サタンはベルゼブブの顔を見た。
ベルゼブブは不思議そうな顔をし首を傾げた。
サタンが長考した後に結論を出した。
「あっ神の一年は三百六十年か……はぁ…メンド生きづらそ…」
「何の話だよ、」
「いや? 別に、話変えようよ例えば概念的生命体」
「【七つの美徳】か、彼奴等もなぁ…面倒くせえんだよな、暴食は【節制】だったか」
「君が豪遊してる印象ないけど、性格的にも」
「マジでそれ俺一回も暴食とかしたことないし、節制しかしてないよ慎ましく生きてるよ、」
神々の王とは思えないね、サタンが云った。
ベルゼブブは適当に頷いた。
「結論零落クソくらえ、じゃあ俺残りの仕事あるのでもう行きますよ」
「へーへー頑張ってねー」
*
瓢は立つ。
子供ほどの背丈の石に刻まれた文殊の文字。其れを眺め瓢は決意したように表情を固めた。
「此れとも、もうお別れだ」
童子切を抜き天高く刀を構えた。
此の石に詰まった想いは数知れない。だからこそ、今日を持って破壊する。
童子切の狙い。
「さよならだ、」
振り下ろす。
そして一刀両断。
石は真っ二つに割れ砕け散る。
此れで瓢の中の物語には終止符が打たれた。本当の終止符は瓢の心を何処までも軽くさせたが同時に溜まりに溜まった寂しさが身を焦がした。
*
「瓢も……くそガキが此処まで成長してさ、良かった此れで心置き亡き成仏できるや」
*
童子切を鞘に仕舞い佇む。
耳の奥で鳴る聞き馴染みの声に心地よさを覚え瓢は
「文殊、渡辺、卜部、坂田、碓井。全部終わってそっちに行くことになったら手厚く迎えろよ五十年程度しか生きられなかった人間が経験しないような千歳超え長寿ならではの話死ぬほど聞かせてやるさ」
迷子で導き手を求めていたたはずの子供はもう、立派な大人になった。
只其処に居るのは懐かしい顔を求める成熟した妖怪。
「覚悟してろよ」
瓢がはにかんだ。
全ての終わりを告げたその笑顔はどんな太陽よりも美しかった。
*
場所は高天原。
ある神殿の客間に座する二人の女神。
一人はバアルの実妹であり妻アナト。
そしてもう一人
「ねえねえ聞いてよネイト!バアル兄様の件聞きました!?ヤム=ナハルのクソ兄貴が甦った事の確認のために一時的に高天原に帰ってきたって話!」
「ええ、もう高天原中の噂話の種になっていますわね。知らない方は居ないんじゃないでしょうか?」
【戦い、知恵、織物の神】ネイト
能力:戦い、知恵、織物を司る、遺体の守護、ヌンを司る、【次元渡航】
紅茶の香りを楽しみ微笑む貴婦人。
鎖骨辺りの長さの髪、透き通るように美しい青色の髪に輝き瞳は澄んだ青色。おしとやかな見た目で対に座るアナトとは正反対の出で立ちである。
そして彼女も又バアル、いいや今回の場合はセトの配偶神の一人である。
「そう! 折角戻って来たんなら此方にも顔出してほしかったんだけど!! 用事終わったからってそそくさと帰ったみたいなの、その間ヤムとモートと楽しく茶会ですって」
アナトは手にしていた紅茶を勢いよく机に叩きつけた。
そして一拍
「五千年近く姿見せてないっていうのに! あんなバアル兄様に敵対してたクソ兄貴達よりも直ぐに此方から会いに来るべきじゃないんですか!」
「云わんとしていることは判りますよ」
「しかも今兄様、あの罪の始祖の【蛇】と悪魔社会の確立に全てを捧げてるんですって! あの憎たらしい【蛇】と! 兄様がした事、遣ろうとしてる事、全部肯定して納得してきましたが此ればっかりは理解出来ません。然し兄様が行っている事ですから全力で肯定はしますけど、」
不貞腐れ口を尖らせるアナトの様子にネイトは耐え切れず笑みを零す。
紅茶に角砂糖を四つ放り込みネイトは紅茶に口を付ける。
「ネイトは相変わらずの甘党ねぇ」
「? 駄目でした?」
「ううん、逆に平常通りで安心してるだけ。にしてもアスタルテも狡いな、兄様と一緒の所に堕ちれたなんて、姉の方を優先しなさいよ」
「普通我々神にとって零落は文字通り死ぬほど避けたいことなんじゃ?」
ネイトはアナトに問いかけたが長年の付き合いであるネイトにはこの問いに帰ってくる回答に大方の予想をつけることができていた。
「何言ってるのネイト?私は貴方の云う事を真似すると文字通り兄様の事が死ぬ程大好きで死ぬ程愛してるの、たかが零落するぐらいどうってことない最終的に私の隣に兄様がいればいいだけの事、兄様は神としての神格を貶す事無く魔王を続けている。十分に此方に戻ってくるだけの資格はある」
アナトが卓上の焼き菓子に手を付ける。
今回はアナトがネイトに相談したいことがあると云って呼び出していたのだ。
この焼き菓子も紅茶も全てアナトが用意したものである。
「どんな手を使っても兄様を高天原に引き戻す、」
「……出来るの?」
ネイトが純粋に思った事を質問した。
その質問にもアナトは真摯に答える。
「キッカケを作ればいいだけなの、それにうちのクソ父親も兄様の事を呼んでいたからそのついでとして寄ってもらえさえすればいいの。一度足を踏み入れたら、絶対逃さないし」
「成る程……それネフティスには?」
「話してるわけ無いじゃん!! あの裏切り者、よりによって兄様の兄弟と浮気して子まで設けて…加えて憎たらしいことに彼奴が人間界では正妻ってことになってるのが解せない!」
確かに自分と同じエジプト神話の神ネフティスはオシリスと浮気してアヌビスという子を設けていた事をネイトは紅茶片手間に思い出した。
「あっちもさっさと離縁させて私が正妻に成るつもりだから」
「そう、まあ私も浮気者が正妻って云うには気に入らないし……私に出来る範囲なら協力するわよアナト」
ネイトの発言にアナとは目を輝かす。
「本当!? まあネイト兄様と政略結婚しましたみたいな顔してるけど実際は兄様の事大好きだしね」
「あら、何の話かしら?」
「ふふ、直ぐそうやってはぐらかす。まあ良いんだけどね」
アナトが足を組み持っていた焼き菓子を天高々に上げ宣言する。
「じゃあそう云う事で、期待してるわよネイト」
「貴方もしくじらないようにねアナト」




