⑧
敦也は急いで飲み屋の主人に水をもらいに走った。ぐらつく脚を動かし、止まりそうになる息を必死に整えて、ひた走った。――自分の我儘で、人様を殺したくない――。罪滅ぼしと言わんばかりに、敦也はやれるだけのことはやった。
飲み屋の主人に頼んで水をもらった。細かく説明するだけの時間はなかった。水をくれと頼み込んで、困らせることしかできなかった。意味のわからない懇願でも、飲み屋の主人は時間がないことを察してくれたようだった。バケツ一杯に水を汲み、両手が千切れそうになる。最近はまともに運動もしていなかったせいで、身体が重い。思うように動かない。重い荷物を持って走っているので、心臓が張り裂けそうになって、口の中に血の味が広がって苦しい。それでも、自分の招いた結果を覆すために、運命に抗うように、頑張った。
――今は、絶対に死にたくない。
みんなを助けるまで、絶対に死んではならない。
敦也の足跡をつけるように、辿っていった歩道に水たまりができていく。
「水……。水持って来た!」
汗だくになりながら、敦也は叫んだ。がくがくと手足が震えていた。
頑張って水を持って来た敦也に、女性はにっこりと微笑みかけた。
「大丈夫。誰も死んでいない。奇跡的に無傷だったわ。よく頑張ったわね」
「そうか! 良かっ……」
ほっとしかけた敦也を、女性は思いっ切り引っ叩いた。そしてバケツを奪い取った。
敦也は見ず知らずの女性に二度もぶたれて、呆然とする。痛すぎて、言葉も出ない。
「大事になるところだったのよ。何を安心しているの。バカじゃないの? 怪我人がいなかったからって、安心なんてしちゃいけないのよ。あなたのやったことを後悔しなさい。たまたま運が良かっただけなのだから。あなたのくだらない自殺未遂に巻き込まれて、何人か死んでいたかもしれないのよ? なんでそんな考えができるのかしら。本当は、誰かを巻き込みながら死にたかったんじゃないの? 今更偽善者ぶっても無駄よ。あなた、やっぱり死んだ方が良かったんじゃない? 死んで反省すれば」
剣呑な面持ちをして、バケツを奪い取った女性が事故現場に駆けていく。
敦也は引っ叩かれた頬を手でさすって、目を丸くした。手柄を横取りされたような気分だ。
初対面の相手に向かって、死んだ方が良かったなんて……そこまで言うか?