⑩
「俺のために生きろよ」
「生きたい。でも……余計なこと考えてしまうから、私には無理。私にはできないの。あなたと一緒にいても、私が満たされることはないから。私はいつも空っぽで、私には何もないのよ」
「……どうしたらいいんだよ。どうしろって言うんだよ」
「私の最期を看取ってくれたらいいの」
「最期を看取る……?」
「私が死ぬときに、傍にいてくれたらいい」
「お前は、その才能をみすみす無にするわけか? あれだけ人に称賛されておいて……それを軽々と手放すのかよ。それこそ愚者ってもんじゃねえのかよ。え?」
敦也は手を振りかざし、香名を説得しようと試みた。
「じゃあ訊くけど。才能って何? 才能ってなんの役に立つの? 百年に一人の天才だとか、逸材だとか、他に類を見ない才覚の持ち主だとかいわれて、周りにちやほやされて……何があるの? 何になるの? 何もないじゃない。そんなこといわれたって、私が喜ぶとでも思っているの? 才能があったって、何も変わらないじゃない。人に認められても、世界は私を認めてくれない! 私は世界の一部にもなれない。ただ日々を過ごしていくだけの、小さな生き物じゃない! 何も生み出せない。私が一人死んだところで、世界になんの影響もない。そんな小さい生き物なのよ。生きていたって、死んだって何も変わりやしないもの。私はその程度の事象で、私という一個の存在は、ちっぽけなのよ。そんなちっぽけな存在でも、憶えていてくれる人間が、私を好きでいてくれる人間がいるのなら、すぐに命を擲てるわ」
持つ者の苦悩を、敦也は理解できなかった。香名の血を吐くような言葉が、耳を劈き、心を突き刺す。香名の悲哀に満ちた双眸。涙が頬を伝って、テーブルにしみを作った。
「誰よりも勉強ができたって……、私は何にもなれやしないの」
敦也は考えた。どうしたら、香名は生きてくれるだろうか。必死にもがいてくれるだろうか。
その苦悩を、どうすれば取り払うことができるのか。香名よりも皺の少ない頭を必死に回転させた。
それでも、香名が欲しい答えを導き出せなかった。
「あのさ。お前はなんで俺と付き合いたいと思ったんだよ。俺と付き合って、何をしたかったんだよ。キスとかハグとか、そういう恋人ごっこか?」
「違う。私がしたかったのは、人を救うこと。そんなくだらない恋愛事はどうでもいいの。愛情なんて要らない。愛してくれたって、私はその愛に報いることができないもの。そんなの、他の浮ついた奴等がすることよ。もう一つは……さっき言ったこと。私を好きなその人に、私という存在を永遠に刻むの。私の肉体は滅んでも、魂は生き続ける。何も怖くないわ。それに……私が死んだら、どう思うかなって」
香名は肘をついた手を組んで、首を傾いで笑った。




